1999.10 SIGNATURE 異邦人のスイス/持田 鋼一郎 より抜粋

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レマン湖畔に位置するホテル・ボー・リヴァージュは、1865年に初代の社長、ジャン・ジャック・マイヤーによって設立されて以来百三十四年の永きにわたって、スイスのホテル界に君臨しつづけている。
世界各国の国王や元首、実業家、著名な俳優がこのホテルを愛用しており、今上天皇もスイス訪問の際にはこのホテルを利用された。
たまたま今年一月にこのホテルに五泊する機会を得たが、そのときボー・リヴァージュのボー・リヴァージュたる所以をいきつも見聞きした。
その最たるものの一つは、ホテルの玄関を入ってすぐ右手の廻廊に置かれたガラスケースの中に陳列されている宿泊者リストである。
1898年9月9日のページが開かれているが、当時の貴顕紳士と思しき人々の名がズラリと並んでいる。
なぜそれが分かるのかといえば、名前の前に、伯爵とか博士とか将軍といった肩書きが添えられているからである。
もちろん、こうした肩書きのない人々も泊まってはいるが、おそらく当時の大金持ちだろう。
ちなみに肩書きのある人々の名は上段に特別のイタリック体の手書きの文字で記されている。当時のヨーロッパの階級社会を象徴するような宿泊者リストである。
余談になるが、なぜ1898年9月9日のページが開かれているかというと、この日、オーストリアの皇后エリザベス、通称シシーが投宿していたからである。ホテルの現当主の祖母、ファニー・マイヤーの残した記録によると、シシーはホテルに一泊した翌日の午後1時35分、レマン湖周航の船に乗ろうとして急ぎ足で歩いているところをアナーキストのルッチェニイによって胸を狙撃された。ルッチェニイは逃げ去ろうとしたところを捕まり、警察に連行された。
乗船後に倒れたシシーは、ホテルの前の桟橋から六本のオールとクッションで作られた担架に乗せられ、投宿していたスィート・ルームに運びこまれ、絶命した。
この部屋も実見したが、レマン湖を眼下に望む特別室で、現在の宿泊費は一泊二十五万円である。
天井にはキューピットの絵が描かれている。この部屋は今日、スィートとしても使えるが、入り口が二つあり、それぞれ一一九号、一二一号の部屋番号が記されている。・・・・(略)・・・・