BELL P-39 " AIRACOBRA "


 

ベルから新型戦闘機の仕様書が提出されたのは1937年のことでした。
それはアリソン V1710 エンジンを操縦席の背後に配置し、
プロペラ・ハブ内を通して大口径の37mm 機関砲を発射するという、
画期的な設計の戦闘機でした。
他にも、機首にエンジンがないので視界がよくなり、
単発機にしては珍しい前輪式降着装置を採用していました。
と、ここまでは良いことずくめでしたが、予定していた排気タービンが撤去されたり、
気化器空気吸入口をキャノピーの後ろに配置したりしているうちに、
みるみる性能が落ちていったのです。
それでもヨーロッパ戦線のフランスやイギリスから発注があり、
数百機がイギリスに送られることになりました。
でもイギリス軍が各種のテストをした結果、
とても実戦では使えないという結論に達したのです。
この時点でイギリス本土に届いていたエアラコブラは既に212機でした。
ところがこのイギリス軍にキャンセルされた212機を、
捨てる神がいれば拾う神がいるというか、
当時ドイツと戦っていたソビエト軍が引き取りたいと申し入れてきたのでした。
これが縁で、最終的には4764機ものエアラコブラがソ連に送られました。

太平洋戦線の初期にも多少のイギリスでのキャンセル機が送り込まれました。
それらのエアラコブラはP-400 と呼ばれ、
主にオーストラリア、ニューギニア方面に配備されました。
この当時ラバウルに進出していた日本の海軍航空隊にはベテラン・パイロットが多くいて、
彼らの乗機であった零戦とのドッグ・ファイトでは圧倒的に零戦に軍配が上がったそうです。
また彼ら日本のパイロットは、このエアラコブラの事を
 " カツオブシ " と呼んでいたそうで、
なるほどそう言われれば真横から見たシルエットが、何となくカツオブシに似ていますね。

作例のモデルは往年のモノグラムのキットを作りました。
ただパネル・ラインなどは全て彫り直しています。
また主脚カヴァーや前輪の脚部分はモールドが分厚くて実感に欠けるので、
エッチング・パーツに替えています。
塗装はガダルカナル島のヘンダーソン飛行場で活動していた
347戦闘大隊339戦闘中隊のP-400です。
イギリス仕様のカムフラージュや機首に描かれたシャーク・マウスなどがとてもユニークです。