GRUMMAN F6F-3 " HELLCAT "

グラマン社のキャット・ファミリーの中で最も数多く生産され、
又、最も活躍したのがこの " ヘルキャット " なのです。
太平洋戦の初期はF4F ワイルドキャットが善戦したのですが、
それでも優れたパイロットが多くいた日本の航空機には苦戦していました。
そこで海軍、海兵隊ではワイルドキャットに変わる、
より高性能な戦闘機をグラマン社を含む各航空機メーカーに作るよう指示してきたのです。
ところがグラマン社ではワイルドキャットを作っていた時点で、
既に次の性能を向上させた戦闘機を試作していたのです。
それがこのヘルキャットでした。
又、同じ頃にチャンス・ヴォート社が開発していたコルセアが
海軍のテストを受けていましたが、空母への着鑑テストに失格してしまい、
海軍での採用がお預けになってしまいました。
以後この両機はライバル機として、海軍、海兵隊で戦争終結まで飛び続けました。
このヘルキャトの実戦デビューは、1943年のマーカス島攻撃に於いて、
第二次攻撃隊としてVF-5 所属のF6F-3が参加しました。
その後の活躍は目を見張るものがあり、
ワイルドキャットは次第に前線から姿を消していったのです。


 

キットはオータキ( 現アリイ ) の大昔のものですが、
このキットを作っている時点では、
ハセガワの1/48 ヘルキャットはまだ発売されていませんでした。
でも雰囲気はあのズングリしたヘルキャットを上手く再現していて、
ただパネル・ラインだけ気になったので少し深く彫り直しました。
塗装に関しては1943〜1944年の約一年間だけ海軍で採用された
トライ・カラー・スキーム( 三色塗装 ) で仕上げました。
作例のモデルは1943年マーカス島攻撃時、
空母ヨークタウン所属のVF-5 スコードロン、ジェームズ・H・フラットレー中佐の
乗機を再現してみました。