「おーし、訓練つっても実弾だからなー、気ぃ抜くなよ野郎共!」
「大頭こそ、コシぬかさねえようにな!新開発の大砲の威力、とくと見やが
れってんだ!」
威勢良くぶんぶん腕を振り回して気炎を上げ、ヤソップは後ろに控える砲撃
班の面々を振り返った。
「ルゥ、標的の準備はいいか?」
「いつでもドーゾ。でもヤソさん、ほんとにこれでいいわけ?」
「見くびるなっての。俺の目を信用しろよ」
彼らの足下に置かれた、幼児の頭ほどのサイズの素焼きの壺が今回の標的だ。
蝋を流して防水した内側には、威力よりも炸裂音を重視して調合した火薬が詰
まっている。砲弾が命中すれば爆発する仕掛けだ。しかし、きっちり目張りし
た蓋に立てた、海軍のエンブレムを描きなぐった小旗は、海上での目印にする
にはあまりにささやかだ。
「あれ大砲で狙おうってんだから大概いい度胸だよな」
無造作に船端から投げ込まれていく壺を見るとも無しに眺めながら、シャン
クスはこっそり傍らで舵輪を握る黒髪の副首領に大丈夫なのかと訊きただした。
只でさえ小さい標的が、ルゥが手にしているとよけいにちっちゃく見えて来る。
「それだけの精度は出した。何なら棟梁に確認でもしてみるか?」
「済まん、疑った俺が悪かった」
アジトに構えた工房を仕切る老鍛冶士の、頑固一徹な顔が脳裏をよぎる。シ
ャンクスはがくりと首を垂れた。人二人ぶんの目方は優にある大鎚を麻殻のよ
うにぶん回す、ぶっとい二の腕を思い出して更にげんなりする。鍛冶士が神職
も兼ねていた時代の最後の生き残りは、技量と正比例する偏屈大王だ。怒らせ
ると海賊より怖い。
「そんなことより、そろそろ目的のエリアだ。しっかり検分してくれよ、大
頭」
「はいよ。グラス、操帆準備良いか!」
「いつでもどうぞぉ!」
ミズンマストの中程に取り付いた、薄いイエローのサングラスをかけた若い
操帆長が怒鳴り返すのを合図に、身の軽い水夫たちがガスケットや滑車の最
終チェックに駆け回る。人差し指でブリッジを軽く押し上げて、グラスは更
に声を張り上げた。
「解ってんだろぉけど、こっから先ぁ特に気流が正気の沙汰じゃねぇからな!
耳かっぽじっとけ、指示聞き逃したやつぁ今晩飯抜き!」
「正気の沙汰じゃないたぁ言えてて妙だよな」
「それを言うなら言い得て妙、だろ」
苦笑混じりにつっこみを一つ、黒髪の副首領は潮に押されて横滑りしかけたケ
ツに軽く当て舵を入れて進路を立て直した。赤髪海賊団がアジトを置くこの海域
は、通常のログポースには反応しないほど磁気が弱い上、大小の島と岩礁が密集
し、潮流も風も複雑極まりない。知らずに迷い込んできた船はほぼ百発百中で海
神の宮殿の門を叩く羽目になる。夏島の中でもからっとした凌ぎやすい気候、豊
富な真水の水脈に加えて少し離れた地点にある火山島を源とする温泉脈まで走る
極上の条件を備えていながら、無人島だったのも無理はなかった。実際、副首領
のレクチャーと海図が無ければ、自信も実績も兼ね備えた配下の船長たちだって
そんな無茶には従えないとストライキを決め込んだに違いない。それほどの難所
だった。
轟、と大砲が火を噴いた。5拍ほど遅れて、標的の炸裂音が耳に届く。標的ま
での目測距離と着弾までの時間から大体の弾速を計算して、赤髪の大海賊はなり
損ねの口笛を吹いた。弾足が速い。後日廃棄予定のボロ船を標的艦に仕立ててテ
ストしてみるまで正確なことは言えないが、威力は相当なものが見込めそうだ。
サウスブルーの新型火薬に関する文献が手に入ったとかで、花火師上がりで火薬
の調合に通じた水夫を中心に、ベックマンを始めとする頭脳労働組が何やら一月
ほど工房でごそごそやっていたなあと思い返して、
「煙が少ねえな。こないだ言ってたやつか?」
「ああ。煤が殆ど出ないからな、扱いが簡略化できる…ミズンとメイン、アッ
パートップスル半分巻き上げろ!スパンカーブームアウト!」
風を間切って岩礁をすり抜けながら、ベックマンは巧みに舷側を標的へ正対さ
せた。操帆チームへ出す指示が時折砲声にかき消されそうになる。ガンデッキに
二門装備した新砲の連射速度は、従来型では考えられないハイピッチだ。
「あの標的で三発に一発は命中、有効射程も二割増ってとこか?扱いに慣れり
ゃ命中率はもっと上がるだろうしな」
「ちとリコイルがきついのが難だが、このぐらいなら許容範囲内だろう。気に
入ったか?大頭」
「ま、そうだなー…」
言葉を切って、シャンクスはにやりとくちじりをつり上げた。
「これで勝てなきゃ、俺の指揮が悪いってことになるな」
アジトの南の入り江は船溜りとして利用されている。高い崖にはさまれて、入
り口は狭いが結構な奥行きがある上、河が流れ込んでいないから水深が深い。大
型船でも腹をこすらずに接岸できる。
キャプスタンの固定具合を確認して、シャンクスは下船合図を出した。
「おっつかれさん!解散する前に当番の奴らに引継済ませろよー」
「ヤソップ、明後日の昼までにレポートを纏めて欲しいんだが。週末までには
改良点を煮詰めにかかりたい」
「あいよ副首領。つーことでやろーども、休むヒマねえぞ」
ぐえーとか人使い荒ぇよとかなんとか言ってる割に、砲撃班の面々の顔は口ほ
ど嫌がっている様子はなかった。赤髪海賊団は、大頭を筆頭とする異常な戦闘力
を持った一部の乗組員の腕力以上に、状況を選ばず確実に効果を上げ、常人でも
訓練次第で扱える、従順な鉄の暴力に戦力としての重点を置く。華々しさでは一
歩譲るがしぶとくしつこく、どこをとっても隙らしい隙がない闘いぶりは、最も
敵に回したくない海賊団、とまで評されていた。自分たちの働き如何がその名声
モラル
の今後に関わって来るという自負がある。志気は高い。
照準器の改良案、従来より格段に引火性の高い新型火薬の保管法、測距用の小
型砲作成に関する問題点、それより小型のガンボートに積むとなると復元性と反
動のかねあいがどうとかこうとか。専門外の奴にはさっぱりわからない符丁と数
式だらけの喧噪が傍らを通り過ぎていく中、当番への引継作業を終えたグラスは、
ぼんやりと立ちつくしている一月前に自分の下に配属された新米水夫の肩をどう
した、とはたいた。伝法な巻き舌と、針のようにねじ込んでくる視線が彼の印象
をやばげなちんぴら風味に仕立てているが、その実気さくで面倒見がいいし、一
見理解しがたいルールの存在理由をかみ砕いて説明するだけの頭がある。場馴れ
しない堅気崩れの新入りをよく任されるのもその辺を買われての起用だ。
「あ、操帆長…」
「グラスでいいって言ってんじゃねぇか。どうした、へばったか?」
「その、グラス先輩」
「ん?」
軽く先を促すと、捕鯨船の銛撃ちから海賊に転業した若い水夫はひどく混乱した
顔でおそるおそる口を開いた。
「海賊って、こんな、ええと兵器工廠みたいなことまでするもんなんスか?」
「普通はやらねぇな。ってっか、やりたくてもできねぇ」
戦闘用の艤装を海賊が入手するルートは限られる。馬鹿馬鹿しいほどの大枚をは
たいて闇商人に発注するか、武装船を捕獲するか、それともこうやって自力で開発
するか。前二者はリスクが高いし、性能面で納得がいくものが手にはいるかはかな
り博打だ。といって、最後の手は、それなりの人材と資金力が要求される。実行で
きる海賊は滅多にいなかったし、実行する海賊はもっと少ない。
「鍛冶屋のとっつぁんとか、その辺のプロを身内に抱えてっからできる話でよ。副
ちょが居るってのも大きいぜ、闘りかたから補給から船の癖まで飲み込んで設計で
きるってんだからよ、ほんとにあのひとぁ有り難ぇ」
砲列艦の闘いに疎い新米に、一つ二つ蘊蓄を付け足す。まず船のサイズに合わな
い口径の大砲を積んだところで邪魔くさいだけで役に立たない。戦い方も重要なポ
イントになる。小回りは利かないが火力の高い浮き砲台が欲しいのか、船足重視で
積載重量と砲門数の折り合いを付けるのか、それとも脅しがメインか。それぞれま
るで違った設計思想が求められる。そのほか、砲手の技量、補給能力、経済性。ど
の辺に妥協点を見いだすかで、大砲は鉄屑にも伝家の宝刀にも化ける。
「一体どこで…って、これは禁句でしたね」
危ない危ない。すんでの所で吐いてはいけない台詞が飛び出しかけた口を自分で
塞いだ新米の頭を、グラスは良くできましたとかいぐりかいぐりしてやった。
こんな稼業だ、誰だってばれたら身の破滅を招く過去の汚点の10や20はあっ
て当たり前。本人が語らない事項は口に出して問いかけないのがアウトロウのルー
ルである。観察と推測は黙認されるが、それもはじき出した結果を黙秘できるとい
う前提条件の上に立ってのことだ。これが守れない輩は、最悪の場合味方の手で闇
から闇へ葬り去られる。その点についてはくどいほどレクチャーしていた。面倒を
厭わなかった甲斐はあったようだ。
少し考えて、グラスはご褒美にちょっとだけ、新米の好奇心を満たしてやること
にした。この程度なら自分で責任をとれる範囲内で治める自信がある。
「何で海賊やってんだかわかんねぇってのぁ俺も同感だけどな。そういや前によ、
大頭と副ちょ、どうやって遭ったのかってのぁちらっと聞いたことあんだけどな」
聞きたい、と描いてあるような目で見上げられて、グラスは闊達にくちじりをつ
り上げた。
「それがよぉ、笑うぜ。大頭に言わせっと、モーガニアも百年に一度ぐらいは有
り難いこともあるってよ。んでな、副ちょの方はな」
思わせぶりに一拍。
「海流が蛇行してたからだってよ!わっかんねぇなぁアタマのいい人ってのぁ!」
膝を打ってげたげた笑う先輩の顔を見上げながら、新米水夫はその二つの言葉が
どう結びつくのかと頭を捻った。
シャンクスもベックマンも、別に謎かけをしたつもりでは無かった。グランドラ
インを我が庭のごとく往来する大海賊団の頭目と補佐役の出会い。それは確かに、
モーガニアの略奪と海流の蛇行がもたらした物だった。