赤髪海賊団の艦はグランドラインのとある島に寄港。陸に着いたら酒を浴びるほど飲
むのは海賊と言わず船乗りたちの楽しみだが、宴の前にやらなければならない仕事は沢
山ある。年季の入った船員たちはその仕事も手馴れたもので、てきぱきとこなして作業
は終わりに近づいていた。
「副船長−!」
威勢の良い大声が響き渡る。
オレンジ色の帽子を被った青年が駆け寄ってくる。
副船長がその人物を特定する前に、青年は彼の胸に飛び込んだ。
「ああ!やっと追いついた!俺だよ副船長!」
自分の胸に顔を埋めるように抱きついている青年を見た。青年も顔を上げて副船長を
見つめる。声こそは太く逞しく変わっていたが、そばかすのある頬を盛り上げて笑う顔
には懐かしい面影が色濃く残っていた。
「エース!」
副船長は懐かしい名を呼んだ。
「エース!?」
それを聞いたシャンクスは歓声を上げた。古参の船員たちもどよめく。
「お頭こいつの背中…!白髭の彫物が!」
新参の船員たちがどよめいた。
「オヤジのマーク?」
シャンクスはエースの背中を見た。堂々と大きく彫られた白髭と卍のジョリーロジャ
ー、間違いなく白髭の「仲間」にしか彫ることを許されない印。
「シャンクス、オヤジのこと知ってんのか?」
エースは嬉しそうに驚いた。
「ああ、オヤジは元気か?」
「くたばりそうなとこなんて一度も見たことねぇなぁ」
「変ってないってことだな」
副船長が苦笑しながら言った。
シャンクスは満面の笑みを浮かべて号令をかける。
「さあ、野郎ども!飲もうぜ!今日は若き海賊の門出を祝おう!」
おおーっ!
野太い歓声が港に響き渡った。
午後、まだ日の高いうちから宴会が始まった。乱痴気騒ぎの中、悪魔の実の能力を使
ったエースの水芸ならぬ炎芸が場を盛り上げた。各々が浴びるように酒を飲み、幾つも
の樽が干上がっていく。
夕刻近くになって、シャンクスの首の安定が悪くなってきた。昼から飲み続けている
とは言え、酔うのが早い。何が原因なのか、副船長が考えようとしたところをエースの
声が遮った。
「俺が部屋まで連れていくよ。副船長、手伝ってくれ」
「ああ」
二人は脱力しきったシャンクスの重い体を部屋まで運び、ベッドに彼を横たえた。
「悪かったな、折角来たのにシャンクスがこの有り様で」
副船長は謝りながらとポケットから煙草を取り出した。
「いや、いいさ。昔とちっとも変ってなくて」
エースが副船長の顔を覗き込んでくる。昔のまま変らないと感じた顔も良く見ると男
らしく大人びていた。記憶では鳶色だった彼の瞳が赤い。悪魔の実がもたらした変化な
のか、深紅に染まった虹彩がこの世の者ならぬ雰囲気を醸し出している。
「副船長は髪の色変っちゃったな」
エースは灰銀髪の一房を指に絡め取る。
「ああ、でもよく分かったな。昔の知り合いの中には俺だと分からない奴もいるのに」
「俺は忘れたり間違えたりなんかしないよ。絶対にね」
エースはさらに副船長に顔を近づけると、煙草をつまんで彼の口から引き離した。
「何だ?煙草なら新しいのを…」
エースの唇が彼の口の動きを止めた。副船長は何が起こったのか把握できない。言葉
を失ったまま呆然としていると、エースの舌が副船長の唇の間にするりと入り込んでき
た。舌先を絡められて、ようやく副船長は自分が何をされているのかを理解した。エー
スの両肩を掴んで押し、彼から逃れる。
「何だ?エース!お前も酔ってるのか?」
エースは心外だという顔をした。
「約束だったろ?忘れちゃったの?」
「約束?」
「シャンクスとの関係を黙ってる代わりに、俺が大人になったらシャンクスと同じコ
トをしてもいいって」
エースの一言が、副船長が脳裏の奥底に沈めていた「触れたくない記憶」を一瞬にし
て蘇らせた。
書庫を兼ねた副船長の狭い部屋の中。ベッドが二人分の重みで苦しげに軋む。荒い息
遣いに混じる微かな嬌声。シャンクスは一糸纏わぬ姿の副船長の腰を深く折り曲げて、
自分の腰を容赦なく打ち込んでいた。
「はーっ」
シャンクスの大きな溜め息。二人はそのまま平たくベッドに崩れ落ちた。
「おい、人の上で寝るな。重いんだよ」
だが副船長の忠告は既に遅く、シャンクスは副船長の上で寝息を立て始めた。
「ったく、この人は…」
副船長はシャンクスを自分の体の上からずらして、床に落ちている自分のズボンに手
を伸ばした。自分の手の向こうに何かの気配を感じてビクリと身じろぎする。恐る恐る
机の下を覗くとそこには視線を送ってくる小さな人影があった。
「エース!?」
「よぉ」
エースはいつもと変らない挨拶をした。副船長は答えを恐れながらも確認をする。
「…お前、いつからそこに居た?」
「晩飯が終わってから自分のスケボーがないのに気が付いてさ、この部屋で探してる
うちに居眠りしたみたいで」
エースの持病である「突然の居眠り癖」に副船長は一縷の望みを託す。
「じゃあ、何も見なかったよな?」
「うん、二人が交尾してるとこ以外は何も」
「……………!!!」
ショックで錯乱しそうになるのを必死で落ち着かせ、次の対応を考える。
「なあ、エース。頼みがあるんだ…」
「分かってるよ、誰にも言わないで欲しいんだろ?」
うろたえる副船長に反し、エースは平常心のようだ。
「ああ…」
副船長はがっくりとうなだれる。
「黙ってるよ。でもその代わりに俺の言うことを聞いてよ」
エースが嬉しそうな声で言う。
「航海に連れて行くことは出来ないぞ」
真っ赤になりながらも副船長は釘をさした。
「そうじゃない。俺が大人になったらシャンクスと同じことをさせてよ、副船長」
「…え?」
優秀な頭脳の持ち主である彼でさえ、あまりに突拍子もない申し出を理解するのには
時間がかかった。エースはそれを「否定的な態度」と感じたのだろう、口を尖らせた。
「駄目ならいいよ。皆に言う。マキノにも言っちゃうぞ」
部屋を出て行こうとするエースの腕を副船長は反射的に掴む。
「待てっ、約束するっ。約束するからっ」
「じゃあ指切りな」
にやりと笑いながら小指を差し出すエースを見て彼は思った。こいつは将来とんでも
ない海賊になるかもしれん。
事の元凶ともいえる男はこの騒ぎにも気付かず、赤い髪を枕に沈めて呑気に寝息を立
てていた。
まさか、そんなことをしっかり覚えていたなんて…。俺は忘れていたかったよ…。
副船長は真っ赤になって俯いた。
「あの時の約束、ちゃんと果たしてもらうよ」
言うやいなやエースは自分よりもでかい男を正面から乗り倒す。
「冗談はよせ!お前なら相手に不自由なんかしないだろ?よりによって白髪になった
一回りも上の中年男なんかを犯って楽しいか?」
「うん、楽しい」
エースの笑顔は昔のままだった。無邪気にサッシュを解こうとする手を必死で止める。
「ちょっと待て、こういうことは心の準備ってもんが−後日に改めて」
「この偉大なる航路で『また』なんていい加減な言葉が通用しないのは俺にだって分
かるよ。はぐらかさないでくれ」
エースが真剣であることに副船長は気付いた。だからといって「はい、そうですか。や
りましょう」と言えるわけもない。副船長は隣に目配せする。
「シャンクスが横にいるんだぞ?いつ起きるか分からないのに」
「それなら大丈夫」
エースは小さな紙包みをポケットから取り出して副船長の目の前で振ってみせた。動き
にあわせてサラサラと粉が揺れる音がした。
「それは、まさか…」
「そう、眠り薬。シャンクスには悪いと思ったんだけど、そうでもしないとあんたは俺
の相手なんかしてくれないだろ?」
副船長は呆れながら大きな溜め息をついた。
「計画的犯行か…。ここに来たのも偶然じゃないわけだ」
「ああ、赤髪がこっちにいるって確かな情報をもとにここに来たんだ」
「何だってそこまでして、俺を抱こうとするんだ?」
エースは切羽詰った表情になった。
「俺だって分かってるよ。あんたがシャンクスのモノだってコトは。でも7年をかけて
もあんたへの思いを断ち切れなかった。ホント自分でも莫迦だとは思うよ。だけど、この
思いは止められねぇんだ」
副船長はエースの頬に手を差し伸べた。
「まだ、隠してることがあるな。急ぐ理由が何かあるんだろう?」
「ああ…。俺は裏切り者を追ってる。白髭の二番隊の隊長の就任に着いて不満を持って
た男が仲間を殺して、白髭の船から逃げたんだ。そいつも隊長候補だった、決して弱くな
い。自分に自身が無い訳じゃないが、奴とぶつかって自分が無事に帰れる保証もない」
「そうか…」
「熾烈な戦いになる、だからその前に心残りを振り払いたい。だから頼むよ。今夜だけ
俺のものになってくれ。決着をつけたいんだ、自分の気持ちに」
エースは泣きそうな顔になっていた。
副船長は隣を見遣る。赤い頭は一向に動く気配はない。ここでお頭を起こしたところで
どうなる?シャンクスはエースを息子のように思っている。肩を組んで笑いながら酒を飲
んでいた二人。あの笑顔を曇らせたくない。二人を悲しませたくない、ましてや自分のこ
とで二人を仲違いさせることだけは何があっても避けたい。迷いながら彼は結論に至る。
「…今夜だけだぞ」
続きの所在は後書にて…