赤髪海賊団は人員を増やしたことで経済的に窮地に陥っていた。自由を謳う海賊と言えども、船員たちを飢え死に
させない為には物資の補給に必要なお足、つまり金銭が必要だ。
副船長は以前の職場の伝を頼り、ある情報屋に行き着いた。ビーチの外れにぽつんと建つ藁葺き屋根の小さな屋台
に船長と相棒は入っていった。カウンターには店主一人しかいない。浅黒く日焼けした背の高い初老の男。腹こそた
っぷりと丸いが捲ったシャツから見える腕は筋骨逞しく、腕から手に至るまでロープの摩擦傷や刀傷が幾つもあった。
黒い筋が僅かに残る短い白髪が日焼けした顔を際だたせていた。
二人はカウンターに座り、ベックマンはピアスを外して店主に見せた。店主はそれを見つめると彼に返し、ドアに
CLOSEの札を持ってカウンターを出た。副船長はピアスを戻すと、灰皿を取り寄せて煙草に火を点ける。店主は
カウンターに戻ると注文も聞かず、二杯のグラスに透明な蒸留酒を注いだ。
「どんな仕事をお探しで?」
「短期間で出来るだけまとまった金が入る仕事を頼む」
「ああ」
「一番大きく稼げるとしたら、アリュメ・ラ・コキーユの輸送だね」
「貝殻?そんなんで仕事になんの?」
シャンクスが暢気に口を挟んだ。
「名に貝とはあるが宝石だよ。炎の真珠とも呼ばれるが、実際はある島でしかとれない希少な鉱物さ」
店主は写真をカウンターに乗せた。
炎の如く透明な緋色の中に蝶の羽を思わせる虹色の燐光が浮かび上がる不思議な宝石の写真。
「ラブラドライトに似てるな…」
副船長が呟いた。
「そいつは気位が高くて自分の持ち主を選ぶ石だって伝説がある。宝石が自分の主にふさわしくないと判断した時は
持ち主に不幸をもたらすってな。だが人間はおかしなもんで、そんな曰く付きのものほど欲しがるんだ。特に金が有り
余ってるようなお偉いさんとかがな」
「ほ〜おぅ」
他人事で聞き流す船長に対し、副船長は訝しげに眉間に皺を寄せた。
「誰でも飛びつきそうな話じゃないか。こんな仕事がなぜ空いてる?」
「産地の島で鉱脈が見つからなくなったんだと。おまけにそれ以来、そこを目指す船は事故に遭って沈むか、たどり
着けないかのどちらかでな。島の連中が生きてるのか逃げたのかさえ分からん状況なんだよ」
「島に着いたとしても、無駄足ってことになりかねないワケか…」
副船長が紫煙を長く細く吐いた。
「そう、だから運び手が決まらない。だが、持って来れたら大金持ちさ」
「仕事と言うよりは博打だな」
副船長は皮肉なこめて笑う。
「そう、だからこの仕事の斡旋料は後払いなのさ。さて、どうなさるね?」
「どうする、船長?」
相棒の視線に船長は笑顔で答える。
「やってみっか!そういうイチかバチかの仕事の方が楽しいじゃねぇか、海賊なんだし」
「ったく…」
シャンクスはグラスを持ち上げた。
「そんじゃ、契約成立。仲介料は後払いで」
二人はグラスの酒を飲み干した。店主の強面の顔がにやりと崩れた。
「ところで、前払いや仕入れ分を立て替えるだけの持ち前は…」
「悪いが…無い」
副船長の表情が苦渋に曇る。
「宝石商の数社が常に連絡を待ってるから、原石が手に入るとなりゃあ、どこかが小切手が手形を出してくれるだろう。
そこまでの手配はこっちに任せてくれ」
「すまんな、助かるよ」
副船長は眉間を緩めて溜息をついた。
「あんたたちなら、きっと出来る。そんな気がするよ。これを持っていきな」
店主は副船長に海図と薄汚れた布製の大きなナップサックを差し出した。
「こっちは何だ?」
副船長がナップサックを持ち上げる。見た目を裏切る重さが彼の腕にぶら下がる。
「お守りさ、きっと役に立つ」
「有り難く貰っておこう」
「成功を祈ってるぜ」
店長は二人を見送って、ドアの札を外した。
海賊団は海図の情報を元に往復の物資を積んで即座に目的地に向かった。船は天候に恵まれ、拍子抜けするほど早々と
目的地に着いた。
「難攻不落って聞いてた割には簡単についたよな?」
シャンクスが船縁に座って横で立っている相棒に尋ねた。
「海図にから見ても、さして航海が難しい島とは思えなかった。要因は他にあるのかもしれんな…」
「問題はこっから先だな」
「ああ…」
副船長は島の地形を見つめた。灰色の崖が波に削られたのか不規則に丸くに抉れている。いわゆる奇岩の島だ。
薄く霧がかかってはいるものの、船舶は問題なく島に着いた。半分の人員を残し、彼らは上陸した。到着先が得体の知
れない島である場合、ヤソップは常に船に残ることを選ぶ。優秀な戦士とは見た目とは裏腹に臆病…もとい、慎重さと畏
怖心を備えているのだろう。
奥の森からわらわらと人々が出てきた。島民が生きていたとほっとしたのも束の間、船長以下幹部たちは島民を見て呆
気に取られた。島民たちは男女も老いも若きも、皆が船長と同じ見事な赤い髪をしていた。
ルウがシャンクスに耳打ちする。
「お頭、この島に来たことアル?」
「ねぇよ、ひょっとして爺さんが昔にここで派手に遊んだとかか?」
シャンクスが眉根を寄せた。
だが島民は同じ髪色の船長には目もくれず一目散に副船長に駆け寄ってきた。副船長は赤毛の島民にみっちり囲まれて
しまった。彼らは興奮気味に話し合った。
「この人なら申し分ないな!」
「ああ!」
「これで儀式が出来る!」
「長老様に伝えろ!巫男が見つかったと」
「さあ、どうぞこちらへ!」
島民たちは喜色満面で副船長の手を引っ張って連れていこうとする。
「どうなってんノ?この島」
ルウがシャンクスの左袖を引っ張る。
「知るかよ…って、勝手に連れてくな!オレんだぞ!」
船長と船員たちは島民と副船長の後を追いかけた。
島民を追って、船員たちは森を切り開いて巨石を敷き詰めた古代都市のような街の中心に出た。島民は都市の中心部に
ある一際大きな建築物に副船長を連れていく。
黄色がかった白い髭を蓄えた、長老らしき老爺の前で彼らは止まった。
「おお…」
老人が目を見開く。副船長は眼下の老爺を見下ろしながら口を開いた。
「どういう事情なのか教えてくれないか?出来れば、後ろにいる連れにも分かるように」
「分かりました。では、皆さまもこちらの社の中にお入りください」
広い神殿の中に船員たちは招かれるまま足を踏み入れた。
「ここは?」
「この島の祖先から崇めている神の社です。あの中央のレリーフをご覧くだされ」
巨大な石版のレリーフには男性神の全体図が彫られ、彩色も為されていた。赤い髪をした筋骨逞しい男性の姿。その顔は
傷こそないが船長によく似ていた。レリーフの中で腰に下げた短剣だけは彫刻ではなく、本物の短剣が埋め込まれているよ
うだった。
「荒ぶる雄羊の神、戦の神にして全ての赤きもの、血や炎、紅色の宝玉を司る神でもありますのじゃ」
「お頭に似てるネ」
「やっぱ、爺さんかぁ?」
シャンクスは顎を掴んで天井を見上げる。
「古すぎていつからなのかは分かりません。何年前でしたかな?島に訪れた若い女性の考古学者さんによると、この神殿
は三百年以上昔のものだとか仰っておりましたな」
「爺さんじゃあ、なかったか…」
「お頭の遠いご先祖さんなのカナ?」
ルウが首を傾げた。
「言い伝えによりますとな、雄羊の神には恋人がいらした。その神は地下の王、死者の神であったと謂われております。
その像がこちらでございます」
老人が指したその先には黒い岩石で作られた長身の男性の彫刻があった。その髪は腰よりも長く垂れ、その面差しはどこ
となく副船長に似ていた。
船員たちの中から忍び笑いが聞こえたが、副船長はここでは敢えて目を瞑った。
「この島で採れる凍炎石は二人の神が恋仲になった際に火精が地中に宿って生まれた神秘の石と云われております。
ですが、二人の神は仲は引き裂かれてしまったそうなのです」
「何でだよ!」
シャンクスが我が事のように長老に真剣な顔で詰め寄った。
「二人が戦の神と死者の神であったことから、二人が睦まじくなれば死者が増えると人も他の神も恐れたのだそうです。
そして、女神たちの謀略によって死の神は妻を娶らされて地下に封じられ、戦の神は地上に独り残されたのです」
「けしからん話だな〜。その神サマは怒ったんじゃないのか?」
シャンクスは他人事とは思えないのか、すっかり感情移入しきっていた。
「雄羊の神の怒りで地上は大火に飲まれそうになり、それを身をもって宥めたのが我らが先祖でした。雄羊の神は先祖
に感謝し、アリュメーを授けて下さいました」
船員たちは何が何だかと要領を得ない顔で聞き流している。副船長が本題を切り出す。
「伝説は分かった。そのアリュメーが採れなくなって久しい上に次の鉱脈が見つからないと聞いたが本当か?」
長老は髭を撫でながら頷いた。
「本当でございます。次の鉱脈を見つけるための儀式を執り行うことが出来ませなんだ」
「どういう事だ?」
「アリュメーを探す儀式には巫男が必要なのです。それは死者の神と同じ長身で長い黒髪の男を岬の神殿に捧げねばならない
のです。ご覧の通り、この島に黒髪の子は産まれませぬ。今までは、他所から招いておったのですが、ここ数年の間、
島には船一つ着かない有様で…」
船員たちはやばい展開になってきた事を感じた。
「どうか、巫男になって下され!お願い申し上げる!」
長老が薄い白髪頭を床にすり付けんばかりに土下座して副船長に頼み込んだ。
「鉱脈が見つからなきゃ、うちも仕事にならないわけだからな…」
副船長は諦め顔で首を掻いた。
船員たちも副船長に深々と頭を下げた。
島は久しぶりの儀式と祭りに活気づき、騒がしくなった。
副船長は村の女たちに髪をほどかれ、死者の王の衣装を着付けられていた。
「これを持ち込みたいんだが、構わないか?」
副船長は横に置いたナップサックを指で示した。
中年女の一人が袋の中を確認すると、彼女は微笑んで答えた。
「分かりました。供物と一緒に運びますからご安心下さい」
日没が迫る頃、島民に付き添われた副船長が船員たちの前に現れた。
「お前、似合ってんな〜、ソレ」
シャンクスがぽかんと口を開けた。
「違和感ゼロって感じだネ」
「あの彫刻そっくりだな」
船員たちが口々に感心する。
副船長は長い黒髪を垂らし、金の輪状冠を額に着けていた。白いトーガ風の衣装の上に、裾も袖も長くゆったり
した黒衣を羽織っていた。黒衣の裾や襟周りには細かな金糸の刺繍が施されている。
「参りましょう」
村の女性たちが副船長に向かって恭しく頭を下げた。
「行ってくる」
巫男は島民たちに付き添われ、厳かな行列は進む。巫男の後を十数人の民が供物を駕籠に積んでいた。
彼らの先に岬の神殿が見えた。岬というよりも細い崖の上のある小さな神殿、その前に続く道は無く崖と眼下の海に
阻まれていた。神殿の崖に向けて木製の跳ね橋が下ろされる。一行は跳ね橋を渡り、巫男と供物を置いて重厚な門扉に
閂をかけて戻ってくると再び跳ね橋を上げた。もう、誰も彼処には儀式が終わるまで近づけないのだろう。
空から陽の名残が消えて星が満ち始めた頃、船長と殆どの船員たちは巫男を連れてきた客人として歓迎され、村の広
場でもてなされていた。若い男が酒を注いで回る。
「すみません、村は今貧しくて、大したおもてなしも出来ませんが、海の物と山葡萄の地酒だけはたくさんあります
から遠慮なく飲んで下さい」
「で、儀式って何をやるわけ?」
シャンクスが何気なく若者に尋ねた。
「巫男は雄羊の神のかつての恋人である死者の神の代役を務めます。神の寝所である岬の神殿に入り、夕餉を共にし、
それから…」
答えを聞いたシャンクスの顔色が変わり、微かに口の片端が不自然にひきつった。船員たちは船長の変化を見逃さな
かった。ひきつったままの口でシャンクスは聞き返す。
「…今、なんつった?」
「ええ、ですから ムグ…」
ルウが若者の口を慌てて押さえた。
「ま、儀式ってことで形だけだから、ネ!神殿に入るのは副船長一人なんでショ?見たもんネ!」
「そうです、巫男以外の人間は誰も入れません」
”例え芝居みたいなもんだとしても、あいつが誰かの恋人役だなんて…”
シャンクスは声に出来ない不満を有り有りと浮かべ、見る見る不機嫌になっていった。彼の前に並々と酒を注がれた
ジョッキが仲間の手で差し出された。
「飲んで♪飲んで♪飲んで!」
船員たちが手拍子で囃し立てる。
シャンクスは自棄気味にジョッキを呷って空にした。
「おおーっ!」
船員たちが拍手喝采で宴を盛り上げる。
「酒!もう一杯!」
シャンクスが空のジョッキを突き出した。そのジョッキに酒が満たされる前にシャンクスの瞼が下がり、卓上に崩れ
落ちた。崩れ落ちた船長を仲間は見つめる。やがて鼾が聞こえだし、船員は胸をなで下ろした。
ヤソップが船医に親指を立てて見せる。離れた場所で飲んでいた船医が頷いた。
ルウが眠りを覚まさぬようこっそりと謝る。
「一服盛っちゃってごめんネ、お頭。こうでもしないと危ないからサ」
「仕方ねぇわな、こればっかりは」
ヤソップが目を閉じて何度も小さく頷いた。
一方、神殿内に残された副船長は寝所横に供えられた二人分の食事を目の前に座っていた。
大仕事に差し支えない程度に腹ごしらえはしておくかと皿に手を伸ばした時、向こうに人影を見た。それはこちらに
やってくる。赤い髪の頭、殆ど裸に近い布と軽装の鎧を纏った彼は迷わず彼の前にやってきた。
顔は傷と髭の位置こそ違えど、シャンクスにそのものだった。だが、背は副船長よりも頭半分ほど高かった。彼は見
上げて男の顔を見つめた。
”何故だ?俺はこの男を知っている…だが、名前が…”
男は巫男を掻き抱いて口づける。彼も抵抗はしなかった。息が止まりそうなほど濃密で長い接吻の後に彼らはお互い
の視線を合わせた。
「よう、ハデス」
金色帯びた赤い髪の男が微笑んだ。彼は相手の腰に両手を回し、至近距離で会話は続く。
「アレス…なぜ、俺たちの意識がこの世界に?」
「オレの短剣を与えた人間が死後に黄泉じゃなく、ここに何かの弾みで飛ばされたみたいでな。そいつがここでもオレ
を崇めてた。短剣に残ってた思念に意識の底を刺激されたんだろう」
「なるほどな…」
「約束、ちゃんと守ったろ?必ず同じ船に乗って旅をするって」
「ああ、そうだな」
ハデスが苦笑した。
アレスがハデスの首筋に唇を這わせる。
「待て、この体にはまだ仕事が…」
「今はオレを慰めるのが一番の仕事なんだろ?人間たちの計らいにはきちんと応じてやらないとな」
アレスはその姿勢のままハデスを縦に抱き上げ寝所に運んだ。ハデスの服は帯を一本緩めただけで全ての布が床に落
ちた。アレスは恋人を横たえ上から覆い被さる。ハデスの手が下から伸び、慣れた手つきでアレスの服と鎧を一つずつ
愛撫しながらはぎ取っていった。
夜も更けて来ると、周りにいた島民の姿が無い。
グラスがそれを見計らったか、神妙な面持ちで口を開いた。
「お頭や村の衆の手前、言えなかったんスけど…。副ちょ、生きて返して貰えるんですかね?」
いつものノリで飲んでいた船員たちが顔色を変えてどよめいた。
「っどど・どういうことだよ、グラス!」
ヤソップが動揺した。
「いや、オレの考えすぎかもしんないんスけど。こうした儀式って古ければ古いほど、人身御供っていうか命がけな
ものである確率が高いってのが世の習いってモンなんで…。増して、相手は戦の神と死者の神とくりゃ、無事に済ませ
てもらえるのか、どうにも気になっちまいましてねぇ」
「お前、何でソレ先に言わないんだよ!」
ヤソップがグラスの胸ぐらを掴んで激しく揺さぶった。グラスの眼鏡がずり落ちそうになった。
「初めて聞く神様だったからオレも、確証がなくって…」
「無事に帰ってくる、そう祈ろうョ、ネ」
ルウがその場を宥めたが、宴は一転通夜のように重苦しく静かな雰囲気に変わり、酔いもすっかり覚めてしまった。
次の酒を酌もうとする者は誰もいない。
副船長は寝所の上で目を覚ました。脱がされたはずの服は乱れもせずそのままだった。
”おかしな夢でも見てたのか?…まあ、仮眠がとれたんだ。良しとするか”
副船長は衣装を脱ぎ、七部袖の上下の水着に着替えた。ナイフや金鎚、鑿を備えたベルトを締め、ヘッドライトをつける。
最後に酸素ボンベを背負い、ナップサックを肩に担いで神殿の奥に向かう。神殿の奥には底なしかと思えるほど縦に深い穴
があり、鎖が遙か下方に垂らされていた。
”これが黄泉の国への入り口って訳か…”
副船長は縦穴の奈落に自ら鎖を伝って降りていく。
重い沈黙が数時間流れた後、グラスが口を開いた。
「時に航海士長サン、今日の満潮何時か分かりやスか?」
「そうだな、もう満ち始めてる。半時ほどで満潮になるだろう。でも、何でだ?」
「ええ、ま、勘で物言って申し訳ないんスけども、こういった儀式ってのは月の満ち欠けやら潮の満ち引きなんかに合わ
せて動くんじゃないかと思いやしてね」
「…神殿、見に行くか?」
航海士長が言った。皆が賛同した。
神殿前についた一行は息を呑んだ。神殿の扉や隙間から水という水が勢いよく溢れだしている。恐らくは満ち潮に加えて
何らかの力で海水が神殿中に満ちているのだろう。船員たちの心臓に直接氷水を浴びせられたような衝撃が走った。
「何てこった!手品の大脱出じゃねえんだぞ!」
ヤソップが両手で頭を抱えた。航海士長が指示を出す。
「操帆とロープ担当組は崖よじ登ってでも閂を外すんだ。残りは手分けで村のモンを探せ!別の救出法があるかもしれん」
船員たちは村人を捜した。村人は最初に招き入れられた神殿の中で集まって何やら祈りを捧げている様子だった。
航海士長が叫ぶ。
「おい、教えてくれ!うちの副船長をどうするつもりなんだ!」
村人全員が振り返り、長老が彼らの前に進み出た。
「爺さん、あんたウチの船潰す気か!副船長はどこにいる!今すぐ返してくれ!」
ヤソップがつかみかかった。
「お!落ちっ・着いっ・てっ・下さっ…れっ」
村長の頭が前後にガクンガクンと揺さぶられ続ける。
「これが落ち着いていられるか!」
中年女がおずおずと口を開いた。
「…あ、あの方は儀式の内容を知った上で承知して下さったんです。しかも、私たちが教える前から儀式の内容をご存じ
だったようで…」
やっとのことで、船員たちは冷静に村人の声に耳を傾け始めた。激しく揺さぶられて意識が遠のいている長老に変わり、
壮年の男が説明を始めた。
「この島の地下には自然に出来た洞窟と水路が蜘蛛の巣のように巡っています。それはアリュメーの鉱脈にも通じている
のですが、迷路のようになっている上に満ち引きによる水位の移動などもあって、捜索は難しい上に大変危険なのです」
「じゃあ、副船長は今頃、地下水脈の中を泳いでいるって事なのカナ?」
「ええ、恐らくは。我々には巫男の無事をひたすら祈って待つことしか出来ないのです」
説明を聞いても船員たちの希望は微かなまま膨らむことはなかった。
「…生還できる確率は?」
航海士長が問いかけた。
「昔はかなり低かったそうです。今でも確実に生還出来るかは分かりません。ただ、副船長さんは潜水用具や予備の酸素
ボンベをご準備されておいででした。まるで儀式の内容を最初からご存じだったみたいに」
航海士長は溜息をついて腕を組んだ。
「酸素ボンベの空気がある間に鉱脈を見つけて帰ってこれたらOKって事だな」
「もう鉱脈なんざどうだっていい、副船長さえ生きて帰ってきてくれたら、おれぁ何にもいらねぇ」
ヤソップが胸の前で手を組んで目を瞑った。
「神殿に行った連中も呼び戻してやんないとネ」
幹部たちが話していると神殿の入り口に一人の男が現れた。幹部たちは目をむいた。
「お頭…」
「あいつを迎えに行く。船からザイルと牽引用具持って来い。すぐにだ!」
彼らが頭目の目は半ば寝ぼけているように見えたが、号令は戦闘時のものと寸分変わらなかった。
「あれ?あの薬は飲んだら一日近く眠っちゃう猛獣用だった筈だけどナ…?」
ルウは小首を傾げながらも船長の指示に従った。
副船長は地下水脈の中、付けた足鰭を優雅に揺らして泳いでいた。水底にヘッドライトの光が当たると頭蓋骨が
垣間見えた。おそらくは昔の巫男にして犠牲者のものなのだろう。
水路の中は青く美しいが、空気も光もない世界は孤独と恐怖に満ちている。その上、延々と長い水路の先に出口があるとは
限らない。気の弱い者ならば一時間もいれば発狂してしまうだろう。
副船長は印の糸巻きを引き、島民の話を思い返しながら丹念に水路の壁を調べていく。
<こっちだ…>
何かに呼ばれたような感覚に彼は従って泳いでいった。
手が何者かに引かれるように動き、壁面の突起に振れた。彼は突起に鑿を当て金鎚で叩いた。落ちてきた大人の頭ほどの破
片を彼は膝で受け止めた。破片の断面にはアリュメー独特の美しい燐光が見えた。彼はナップサックに破片を入れる。最後に
印の布を結わえた楔を打ち込み、糸を楔の穴に潜らせた。
鉱脈を探す目的は達成したが、問題はここからだ。糸を辿れば確実に出口に行ける。しかし、ここまで来るのに随分と時間
を費やした。酸素ボンベの残量がそこまで残っている可能性は低い。彼は新たな出口を探す賭けに打って出た。
”後は最寄りの出口を探すだけ…なんだが…”
酸素ボンベの空気が薄くなったか、息苦しい。彼は予備のボンベに切り替える。
”出口を見つけるまで切れてくれるなよ”
海の上では空が淡い明かりを放ち始めていた。
船長は密林の中に分け行っていく。
「お気をつけて下さい、この森には幾つもの深い縦穴がありますから。落ちたら簡単には上れませんよ」
島民の一人が忠告した。
「その穴は水路に繋がってるんだな?」
「繋がっているのもありますが、そうでないものもあります」
船長は探すと言うよりは行き先が決まっているかのように真っ直ぐに走っていく。
暗い水脈の向こうに淡く小さな青い光を副船長は見つけた。
"出口か?"
ゆっくり泳いで途中で酸素が切れてしまえば元も子もない。早く上がりたいのは山々だが、急げば酸素を消費する。副船長
は光を目指して速度を少しずつ上げていった。
船長は命綱を付けた救助用のベストを身につけ、キャラベル船を浮かべられるほど大きな縦穴の崖っぷちに立ち、落ちたら
命の保証が出来ないのではないかという高さから緑青色の水面を見つめている。後ろでは綱を持った幹部と船員が控えていた。
「来た!」
シャンクスは羽ばたくかのように跳び出して遠い水面に身を投じた。
副船長はやっとのことで大きな縦穴に出た。予想に反し、光射す水面は遙か頭上にあった。もう、息が続かず、ボンベのガ
スを吸っても吸っても体が言うことを聞かない。
”後、もう少しだってのに…”
反射的に口がガバと開いた瞬間、大きな音と無数の泡が目の前に刺さるように降ってきた。泡の中から現れた腕は副船長の
腕を掴んで急速に上がっていく。
水面に上がり咳込んだ副船長の横で、見慣れた赤い髪が濡れていた。
「危機一髪、だったか?」
シャンクスが笑った。
「認めたくはないが、そうだった…」
水が入りこんで痺れるように痛む喉と鼻から出た答えはくぐもっていた。
「おーい!副船長を保護したぞ!引き上げてくれ!」
「おーっ!!!」
大歓声が二人の耳に遅れて小さく届いた。
「オレにしっかりしがみつけるか?」
「ああ」
副船長が両腕をシャンクスの肩の上に回し、首の後ろで手を結んだ。
「えっへへ、お前からこんな事されると照れちゃうな」
シャンクスは心底嬉しそうにデレデレ笑いながら相棒の背とボンベの間に右手を入れ、両脚で挟むように捕まえる。
「この非常時に、ったく…」
副船長が額に青筋を立てる。
二人の体が水から上がり、ゆっくりと引き揚げられていった。
潜水具を外す副船長に船員たちが群がる。
「副船長〜!」
「よくぞ、ご無事で!」
「良かった〜、もう宝石なんかどうでもいいよ〜」
船員たちの中には泣き出す者もいた。
「じゃあ、これはいらないのか?」
副船長がナップサックを逆さにすると、髑髏ほどの大きな鉱石がゴトリと地面に落ちた。途端に歓声と拍手が巻き起こる。
仲間の中に混ざっていた村人を見つけて副船長は声をかけた。
「ここの池に何か印をつけておいてくれ、こっちから潜った方が近い」
村人は頷き、即座に自分の袖を破いて近くの細い木の幹に結わえた。
副船長が立ち上がろうとするのを制止して、大柄な幹部が彼を背負う。彼らは集落を目指して歩きだした。
「おい、下ろしてくれ、歩けるから」
「良いんです、良いんです、このまま眠っちまっても全然構いませんぜ」
幹部は広い背中を嬉しそうに揺らす。
「眠っちまいたい所だが、寝る前に済ませたいことがある。出来るだけでかい紙とペンを用意してくれ」
「アイアイ」
副船長は集落の集会所に戻って着替えると、ペンを手に取り紙に向かった。彼はスラスラと蛇行した線を描く。
「これは…?」
村人たちがのぞき込む。
「洞窟の地図だ。俺が通った道とその横穴の位置ぐらいしかかけないがな。実際に潜る際にはこれを水に溶けない塗料で布
に写して使うと良い」
長老は出来あがった地図を見て目を見開いた。
「驚きましたな…。今まで、そんなことが出来た者はおりませんでしたから」
「うちの船自慢のレーダー付きナビゲーションならではの機能デス」
ルウがふざけながら解説する。
一仕事終えた副船長は周囲の反応など気にも止めず、村人に出された握り飯のような軽食と茶らしき飲み物を口にし始めた。
村人たちはその地図を貰いうけると、慌ただしく動き始める。
軽食を平らげた副船長は煙草に手を伸ばし、一本を吸い終えた。
「休みたいんだが、いいか?」
「どうぞ、どうぞ」
残っていた村人たちは集会所の隅に簡易の寝具を敷き、草木製のパーテーションで簡易の休憩室を作った。
副船長が横になるとすぐに寝息をたて始めた。シャンクスは横に座ってその様子を見ていたが、彼もまたそこに崩れ落ちて
眠ってしまった。
村人と船員は集会所を出た。村の若者が船員たちに興奮気味に尋ねた。
「本当にあなた方には驚かされました。どうやって居場所が分かったんでしょうか。これが噂に聞くハキの力なんですか?」
「いや、これは覇気じゃなくって…愛だヨネ、愛」
ルウが口の両端をつり上げて答えた。
「んだんだ、愛だな」
ヤソップが横で数回小さく頷いた。
「所で、こっちからも質問していいカナ?」
ルウは声量を抑えて尋ねた。
「はい、何でしょう?」
「君たちの間で赤毛は珍しくはないんだろうケドさ、外海から見たら結構珍しいモンなんだよネ。今まで村は人攫いなんかに
狙われたことはないの?」
「長老が仰っていた話に寄りますと、我々の髪の色は外海に行くと茶髪か金髪に変わってしまうそうなんです。黒髪の巫男も
この島で暮らすと段々髪の色が変わって最後にはこの色になります。ですから、巫男の獲得は非常に難しいのです」
「不思議なことがあるもんだなあ」
ヤソップが首を傾げた。
「ふーん…、お頭の祖先説は消えたか…」
ルウが少し上を向いて腕を組んだ。
鉱脈が見つかったことで、ビジネスは速やかに進んだ。副船長が見つけた最初の鉱石は薄謝代わりにそのまま受け取ることに
なった。それだけで時価一億ベリーは下らない、貴重な軍資金に変わる石は船長室の机で無防備にも文鎮代わりにされていた。
港に着く前の深夜、副船長は船長室に呼び出された。
「お前、この仕事が結構ヤバいっていつから知ってた?何で断らなかったんだよ」
「気づいたのはあんたが引き受けるって決めてからだった」
副船長はやや投げやりな口調で答えた。
「う…」
シャンクスは返す言葉もない。そこへ相棒は畳みかけて説明する。
「お守りだって渡されたのが潜水用具一式で、島の崖の形状から洞窟や地下水脈の多い土地と推測したあたりで、大体の察し
がついた。それに、今回は特殊な事情で条件を満たしてるのが俺だけだったんだ。仕方ないだろ?」
「そうは言ったってさ…」
シャンクスはむくれる。
「トレジャーハントなんて海賊らしくて良い仕事じゃないか」
ベックマンは余裕の笑みを見せる。
「けど、お前一人に危ない橋を渡らせるのは納得いかねぇよ」
「じゃあ、これからは仕事の内容をきっちり確かめた上で決めることだな」
相棒の皮肉な言い分は最も過ぎて、何一つ反論できない。それがシャンクスの悔しさを煽った。
「今回、秘密で一人で仕事した罰として、今度非番が来たら、その間ずっとオレと一緒に過ごせ」
シャンクスの悔し紛れの命令にベックマンは顔色を変えた。
「え…?頼むからそれだけはやめてくれ!他の事にしてくれ、頼む」
「軽い冗談のつもりだったのに、どんだけ本気で嫌がってんだよ。傷ついたぞ!」
シャンクスは副船長をベッドに押し倒した。
「そんじゃ、違約金は体払いってコトでいいか?」
彼は上からにたりと笑いかける。シーツの上に敷かれた相棒は観念したように目を閉じた。
「払うから、非番の日ぐらいは自由にしてくれ…」
机上に置かれた原石の赤いガラス質の光沢には濃密な契りを結ぶ二人の真の姿が映っていた。遠い時代と次元の壁を越えても
絶えることのない蜜の如き約束を、炎の色に煌めく石は無機質に照らし続けた。
”あの水脈に潜っていた時よりも、今の方が溺れているよう感じるのは何故だ…”
ベックマンの脳裏に疑問が浮かぶ。だが、その問いは答えを見つけられぬまま快楽の波に押し流されていった。
仕事の報酬と斡旋料の支払いの為、副船長は一人であの店を訪れた。店主が微笑む。
「原石の獲得に成功したそうだな、おめでとうさん」
「こっちこそ色々と世話になった」
報酬のトランクから男は斡旋料分の金を差し引いて副船長に渡した。
「一杯飲んでくかい?祝いに奢るよ」
「ああ」
注がれた酒が半分ほど目減りした所でベックマンは店主に尋ねた。
「あれをお守りに渡してくれたってことは、あんたも昔、あの儀式に参加した事があったんだろ?」
「…昔の話さ。儂の場合は生きて帰るのが精一杯で、鉱脈どころか原石の欠片も見つけられんかった。ヤバいヤマなんて幾つ
も踏んだが、あれより恐ろしいものはなかったよ。どうやら、あんたはあの神様に好かれたらしいな」
「ああ、本当に迷惑な神様だ」
副船長の口の端が微かに上げて苦笑した。
クローズの札をかけた筈の店のドアが開いた。
「オレも何か飲ませてくんないかな」