君の為にBirthday songを歌おう


 新世界の沖でレッドフォース号に接近するかのように小さな小舟が進んでいる。小舟は中型のタンカーを引っ張っていた。
 「大頭っ!鷹の目だ」
 見張りが叫んだ。
 「ああ、分かってるって…」
 いつも陽気なシャンクスが珍しく面倒だとでも言わんばかりの不満顔を見せた。
 ”何だって、今日なんだよ…。別の日ならいつだって歓迎してやるんだが…”
 副船長が彼の変化を見逃す筈もない。
 「どうしたんだ?いつもなら笑って迎える相手なのに」
 「いや、だって、お前さ。今日だぜ?今日は…」
 見張りが望遠鏡を構えながら叫んだ。
 「鷹の目が船から消えた!」
 「何?」
 仲間が叫んだ。
 頭を始め古参幹部はちらりと上を見る。
 「もう来てる」
 甲板に黒い影とつむじ風が舞った。
 船員たちが固唾を飲んで黒い影を見つめる。背中の黒き大太刀、マントのようになびくロングジレ、羽根飾りのついた黒い
帽子。幾度と無く見てきた鷹の目だが、ただ一点、いつもと違う光景に彼らは驚愕した。あのミホークが巨大な花束を抱えて
立っている。
 ミホークは周囲の視線など気にも止めず、その花束を持って彼らのツートップに向かって歩み寄る。
「Happy birthday, Benn Beckman」「は?」

 「Happy birthday, Benn Beckman」
 「は?」
 二人の顔に疑問符が張り付く。
 ミホークは副船長に花束を差し出した。
 「…Glasious…」
 副船長はぎこちなく礼を言いながら、怖ず怖ずと花束を受け取った。
 横でシャンクスが静かに怒気を放ち始める。
 "誰だぁ?副の誕生日をコイツにばらしたのは…"
 船員たちが船長の機嫌を察して気配を潜める。中の一人がガタガタ震えだした。
 ヤソップとルウはそっと彼の前に立ち、船長から見えないようにしながら小声で事情を訪ねた。
 「おい、どうした」
 「おっ…おれ、使いで頼まれた副船長のプレゼントの葉巻買いに行ったら、鷹の目に見つかっちまって、そこで問いつめら
れて、つい…」
 「あ、その使いは俺が頼んだったな…」
 ヤソップがすまなそうな顔をする。
 「あの二人に睨まれちゃったら、命の危機だもんネ…」
 ルウが肉を毟った。
 ヤソップが小声で新入りに指示する。
 「ほとぼりが冷めるまで船底に隠れてろ。おれたちが匿ってやる」
 「アイアイ…」
 消え入るような声で答えて新人は恐る恐るその場を離れていった。

 甲板ではまだ鷹の目と古参幹部を船員たちが囲んでいた。周囲の空気が奇妙に硬い。
 「誕生日祝いに花だけなのか?しけてんなぁ」
 シャンクスが嫌み含みに茶々を入れた。
 「祝いの品ならまだある。酒を持ってきた」
 「どこにだよ?」
 「あのタンカーに詰めてもらった」
 「…タンカー?」
 今度は副船長が聞き返した。
 「船を引き寄せてポンプか何かで汲んでくれ」
 「…」
 シャンクスは内心毒づく。
 "まあた、札束で面を叩くような真似して買ってきやがったんだな…"
 「おら、野郎ども飲みやがれ!祝いの酒だ!」
 自棄気味に船長が号令をかけると、船員たちが一気に宴モードに突入した。



 シャンクス、ベックマン、ミホークの三人は船長室で飲んでいた。
 「…ったく、何でバラすんだよ。この日は二人で密かに静かに祝う為にあるのにぃ〜」
 「邪魔をしたか?」
 「気にするな、鷹の目。毎年、この男が勝手に一人で盛り上がるだけなんだから…」
 副船長がため息をついた。
 「え?!お前、そんな風に思ってたの?」
 シャンクスが狼狽えた。
 「お前のことだから、船を上げて全員で祝っているのかと思っていたが、違うのか?」
 「お前ね、恋人や妻の誕生日ってのは特別なモンだろ?」
 「ふむ…、そうだな」 
 「その説明でごく自然に納得しないでくれ…」
 副船長は左手で頭を抱えた…。
 「では赤髪よ。これを良い機会に、彼をお前と己で共有しないか?」
 「てめぇ!」
 シャンクスが反射的に刀の柄に手をかける。ミホークも背の剣に手を伸ばす。閃きにも近い動きをジャキンという重い
金属音が空間を止めた。
 「ちょ…ベック?」
 ベックマンの両手に握られた短銃が、右にいるシャンクスの顎と左のミホークの眉間を同時に狙っていた。
 「剣を納めろ!あんたら、この戦艦(ふね)壊す気か!!」
 二人の剣豪は手を己の得物から離した。
 「たかが喧嘩止めるのに実弾入り使う?」
 シャンクスが拗ねたような顔で抗議する。
 「あんたらにとっちゃ、これだって玩具レベルだろうが…。それから、鷹の目。俺は舟じゃないんだ、共有とか訳の
分からない冗談は止めてくれ」
 「冗談を言ったつもりはない」
 鷹の目の返事にシャンクスの表情がまた険しくなる。副船長は二人を視線で牽制してから、ポケットに銃をしまった。
 「二人とも俺の誕生日を祝いたいってんなら、静かに酒ぐらい飲ませてくれないか。それに誕生日なんて言ったって、
他の364日と何が違うんだ?」
 シャンクスが首を傾げながら答えを捻りだそうとする。
 「うーん、何て言うかな…。でもお前だって覚えてはいるんだろ?自分の誕生日」
 「ああ、それは昔J・Jが毎年必ずプレゼント持ってくるから、覚えちまっただけで…」
 RRRRRRRRRRR
 電伝虫がけたたましく鳴り響いた。
 「誰の?」
 「俺のだな」
 副船長がズボンにある幾つものポケットから迷うことなく取り出す。
 『ハーイ!オレの可愛い可愛い小鳥ちゃん!元気か?』
「おう、仕事でこっちに来ててな」
 「J・J?」
 『おう、仕事でこっちに来ててな。お前んとこの船をこの近海で見かけたって情報が入ったんで、もしかしたら電波
届くかな〜って、かけたらドンピシャ!おい、隣にいるであろう色男、おれたちの小鳥ちゃん泣かしたりしてないだろ
うな?』
 「泣かせてませんって…お義兄さん」
 シャンクスの笑顔がひきつる。
 『さあ、野郎ども!歌うぞ』
 電伝虫から複数の野太い声が響いてきた。
 『Happy birthday to you♪,Happy birthday to you,Happy birthday dear B.B〜♪Happy birthday to you〜。んじゃ、
名残惜しいけど、盗聴ひっかかんない内に切るぞ。元気でな、愛しい弟よ』
 「流石はお義兄さん、凄いタイミング…」
 さすがのシャンクスも半ば呆れ気味に感心した。
 「何であんたがJ・Jを義兄呼ばわりしてんだ…」
 副船長のこめかみに青筋が浮かぶ。
 ミホークが口を開いた。
 「噂をすれば影…という奴だな。己も初めて声を聞いたが、彼がJ・Jか。海の傭兵王と称される」
 「一緒にいた頃は毎年あんな感じだった…。よく、飽きもせずにやってくれるよ」
 ミホークが不思議そうな顔でベックマンに問いかける。
 「大切な相手が生まれた日に感謝したいと思うのは至極当然の感情だと思うが?」
 「そう、それ!お前、時々良いこと言うね」
 シャンクスが分別臭く数度頷いた。
 副船長はため息をついて静かに微笑んだ。
 「じゃあ、返しに次はあんたの誕生日を祝ってやるよ、鷹の目。何月何日?」
 「三月の九日だが」
 「ええっ!」
 副船長とシャンクスが同時に奇声を上げた。副船長が笑いを堪えながら呟いた。
 「よりによって同じ誕生日とはね…」
 「誰と?」
 ベックマンは立てた親指で示して見せた。
 「マジかよ…」
 シャンクスがげんなりした顔で長年の好敵手を見た。
 「あんたら、長い付き合いなのに今まで知らなかったのか…」
 俯いた副船長の背が震えている。
 「笑うなよ」
 シャンクスが窘めた。
 「だってさ…」
 たまらず副船長が大声を上げて笑いだした。
 「ここまでタガを外して笑うのは初めて見るな…」
 「ああ、オレでも滅多に拝めない貴重な場面だ」
 赤髪がいつもの陽気な笑顔に戻る。
 「んじゃ、改めて乾杯といこうか」
 シャンクスがグラスを持ち上げるとミホークもそれに応じた。
 「Happy birthday, Benn Beckman」
 二人の剣豪の声が重なりグラスが鳴った。
 「ああ、ありがとう…」

 長年の間謎だった副船長の誕生日が分かってからというもの、船員たちが自主的に毎年祝いの宴を開くようになった。
 シャンクスが鷹の目の嫌がらせを今でも恨んでいるのは言うまでもない。


 
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