迷宮の住人たち



 -クライガナ島シッケアール王国跡地-

 ミホークがゾロに稽古をつけるようになってから一年半が経つ。ゾロは彼との稽古から全てを貪欲に
吸収する、実に成長の早い教え甲斐のある弟子だった。だが、一つだけ彼が教えられようとも会得でき
ないものがある。それは「方向感覚」だ。

 買い出しから戻ってきたペローナが怒りながらカートを引いて城内に戻ってきた。彼女はクラシック
なドレスに身を包んでいる。ミホークが彼女への駄賃として、城に残るクローゼットの鍵を小出しに渡
しているのだ。
 「あいつ、また迷子になったんだ!もう勘弁してくれ!これ以上あいつと一緒に買い物なんて無理だ!」
 ペローナはミホークに噛みつくように続ける。
 「以前はホロウで動きを止めたり、尾行することも出来たんだがな、今はさっぱりその手が通用しない
から手に負えないんだ!どうしてくれる」
 「覇気が身に付いてきた証拠だ。仕方ないさ」
 「仕方ないで済むかーっ!」
 「ならば、(おれ)が買い出しに行ってお前が料理を作るか?」
 「フン、それも御免だね」
 ペローナは腕を組んでそっぽを向いた。
 「お前も料理ぐらい身につけたらどうだ。良い年頃の娘が得意料理の一つも無いとは嘆かわしい」
 「爺むさい説教はやめてくれ!お前こそ金が有り余ってるなら執事や使用人や料理人を幾らでも雇え
ば良いじゃないか!」
 「己が使用人を雇うと、それらの中に密偵が紛れてくる可能性があってな。それに、雇い主が突然消
えるのでは、雇われた者たちが路頭に迷う。雇うだけ無駄だ」
 「はん!大層なご身分だな」
 「夕食の支度を始めるぞ、手伝え」

 ミホークが鮮やかな手さばきで料理を作り、ペローナはそれらを長いテーブルへと運ぶ。

 三人は大広間の長すぎる食卓に会話も出来ないほど離れて座る。この奇妙な共同生活も長いが、互い
の距離は一向に縮まることはなかった。
 ”悔しいが、美味い。最寄りの街で色々店を回ったが、やっぱりそれを上回ってる。何て言うか洗練
されてるんだよな”
 ペローナは感心しつつも、不機嫌そうな顔をして食べる。
 ゾロも最初は酒ばかりを飲んでいたが、ミホークに「剣の腕を上達させたいのなら、体を作る食事を
おろそかにするな」と(たしな)められ、きちんと食事を摂るようになった。
 食事の終わり際にミホークが言った。
 「ロロノア、明日は最終テストをするぞ。早く寝ておけ」
 「最終テスト?」
 「後片づけは任せたぞ」
 ミホークは席を立った。


 翌日、師弟は陰鬱な森へと入っていった。もうヒヒたちはゾロにも近づかない。彼らは遠巻きに息を
潜めて見ているだけだ。
 随分歩き、森の奥に来たところでミホークが足を止めた。
 「ここでよかろう」
 「分かった」
 ゾロが刀を抜いた。
 「剣のテストではない」
 「あぁ?」
 「お前の方向感覚のテストだ。ここから城まで一人で帰って来い」
 「そんな簡単なことで良いのか?」
 「そうだ」
 ゾロが刀を納める前にミホークは瞬時に姿を消した。
 不気味な鳴き声をあげる鳥が飛ぶ空を、一人残された彼は見上げた。
 「こっちだ」


 城の塔からミホークとペローナの二人が森を見下ろしている。 
 「どうして、あいつの方向感覚は最悪なんだ?お前の教え方が悪いんじゃないのか?」
 「ロロノアは見聞色の覇気のバランスがかなり悪い。殺気や闘気は感知できるが、真の力は奥底の方で
眠っているようだ。それに闘気ばかりが先走る。バランスが取れるようになるまでは随分かかるだろう、
二年ではとても足りぬ」
 ペローナはため息をついた。ミホークが呟く。
 「アリアドネの糸巻きがあればな」
 「何だ?それは」
 「ものの例えだ。伝説の英雄が迷宮に住む化け物を退治する際にアリアドネという姫が糸巻きを手渡し
たのだ。英雄は見事化け物を倒し、その糸を辿って迷宮から帰りついたとな」
 「それ、見つかりそうか?」
 怪訝な顔で彼女が訊いた。
 「今の所はない」
 「馬鹿につける薬がないのと一緒だな」
 彼女は吐き捨てるように言いながらふわりとその場を去った。
 「はは、確かにお前の言う通りだ」
 ミホークが苦笑を浮かべた。





 試験開始から四十八時間が経過した。
 「何やってんだ?あいつは!」
 痺れを切らしたペローナはミホークから頼まれた訳でもないのに、森へ彼を探しに飛んだ。
 「まあ、仕方あるまい…」
 ミホークは森を見ずとも、覇気でゾロの居場所を常に把握している。この二日間、彼の気配はひたすら
にあちこち迷走し続けていた。
 ”やはり無理だったか…”



 ペローナが森の中でゾロを見つけた。彼は座り込んだまま眠っていた。
 「こいつは寝るか筋トレのどっちかしか頭にないのか?」
 ペローナは彼の頬をつねってやろうと手を伸ばした。その手を不意にゾロが掴んだ。
 「なんだ?」
 戸惑うペローナの頬が赤くなる。
 一方、ゾロは幼い頃の夢の中にいた。森の中で彼は迷子になりうずくまっていた。女の子が彼に向かっ
て歩いてくる。 
 「ゾロ、やっと見つけた。合宿でいっつも迷子になるんだから、皆心配してたよ」
 くいながゾロの手を取って歩きだした。
 「でも、くいなはどうしてオレの居場所が分かるんだ?」
 「ふふ、勘かな?」
 「ふーん」
 ゾロはくいなに手を引かれて歩き続けた。
 「そんなんじゃ、海になんか出られないよ?」
 「うるせぇ!」
 「もし、ゾロが海にでるときは私も一緒についていこうかな。そしたら大丈夫でしょ?」
 ゾロは振り向いた旧友の名を呼んだ。
 「くいな…」
 ペローナの額に青筋が浮いた。
 「バッカ野郎!」
 彼女のパンチがゾロの頭上に炸裂した。ペローナは痛む手で傘を握り、空いた手でさすりながら上空
へと消えた。
 「はあ?何怒ってんだ?あいつは…」
 追いついて、二人のやりとりを見ていたミホークは溜息を漏らした。方向感覚の他に、もう一つ把握
できないものがあったのか。方向音痴の上に女心も解さぬとは、二重苦だな…。
 

 - 数ヶ月後 -

 この状態で返すのは不本意だが、仕方あるまい。仲間と落ち合うことさえ出来れば、後は何とかなる
だろう。

 「おい、ゴースト娘。あいつをシャボンディ諸島まで送ってやれ」
 「どうしてオレがそんなことしなくちゃならないんだ?」
 「只でとは言わぬ。己はもう此処を離れて新世界に拠点を作るから、この城を譲ってやる。金は置い
ていってやるから、執事でもメイドでもコックでも雇って暮らせばいい」
 「本当か?」
 「己に二言はない」
 「仕方ない、行ってやるか」
 彼女は面倒臭そうには言ったが、声が先に浮き足立っていた。


 さて、己は赤髪の所にでも行くか。良い土産話も出来たことだしな。

 
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