噂の神仏・大宰府編 大宰府と言えば「東風吹かば〜」の菅公こと菅原道真様の最後のお勤め先。 菅公は優れた政治家にして詩文の才に優れていたが、藤原の陰謀により大宰府 に左遷。死後の菅公は怨霊となり、それを鎮める為に神格化され祀られた。 そこまでは誰もが知っているお話。だが、私が菅公に惹かれるのは「文芸の 神様、しかも渋いおじ様v」だからだけではなく、公がもう一つの顔を持って おいでになるのでは…という謎にある。 菅原家はその祖を土師氏、土師と言えば土器だが土器だけでなく埴輪も司る。 埴輪を作るということは、当然古墳の製作に深く関わっている一族。云わば、 「陰宅風水士」(実際はもっと別の呼称があると思われるが、私が不勉強なの で私が分かる範囲で平たく表現しました。ご容赦を)。 陰宅とは死者の家つまりお墓、それに対し生者の家を陽宅と呼びます。風水 学とは本来「先祖の家となる陰宅」を最良の条件で建てて先祖の御霊を慰めて 尊ぶことで現在生きている一族に繁栄をもたらす為の術。古い時代の大陸(古 代中国や古代朝鮮半島)では風水とは陰宅風水のみを指す言葉でした。近年流 行している風水は後から派生した陽宅風水、しかも元祖風水学から見るとおま けのおまけ程度なのです。 説明が長くなりましたが、その筋から考えると菅公は「陰宅風水術の後継者」 という術者としての一面を合わせ持っていると考えられるのです。しかも大王 の墓を作ってきたと言う事は「天皇を守りなおかつ繁栄させる影の守護者」。 そんな血筋の者が表の政界に出てきたとあっては、政権を掴まんとする藤原に とってはこの上ない脅威。 また、菅公が家紋にしていた梅花紋は五行「火・木・土・金・水」を象徴し た護符(安倍家の家紋・晴明桔梗印と同じような性質のもの)であるという説 があります。(詳しくは加門七美先生著「晴明。」を読んで下さい)陰陽五行 説は仙道五術の基本。五術とは「山・医・命・ト・相」ここで五術の「相」が 風水を含む地相学にして墓相学…やはり符号しますね。 私は生家の稼業が五術の内の一つ「医」に当たる漢方薬の処方なので、ここ ら辺についての知識は当たり前の様に染み付いてしまってます。そこら辺が浮 世離れしていると言われる所以か…?残り三つについては機会があればまたお 話しましょう。 話が反れましたが、公の仰る「梅」とは花ではなく、天皇家を守る護符か護 法、あるいは墓相学の粋を集めて作られた何か、埋められているか張り巡られ ている結界のようなもの、都を守る呪力の源そのものである可能性もあるわけ です。 以上のことを踏まえてあの有名な「東風吹かば」の歌を省みる。 東風とは朝廷を脅かす事態(若き天皇を東に例えるので東を乱すものと訳す か、あるいは朝廷を脅かす東からの勢力とも考えられる)と考えれば、その訳 は… 「もし朝廷が脅かされる事態になったなら、梅よお前は都を守れ。司る私が いなくとも、朝廷を守護するお前の本来の役目を忘れるな」 と護法「梅」に言い聞かせ、左遷されても猶最後まで朝廷を心配し続けた歌 なのでは?菅公が死後怨霊となって都に落雷を引き起こしたと言うが、それは 怨霊ではなく、祭司を失って暴走した「梅」の力では…?菅公の遺産ってひょ っとすると日本版「失われた聖櫃」級の何かなのか!? 加門先生の作品では「梅」は菅公から藤原が奪ったとしているが、「東風〜」 の歌を菅公本人が本当に詠んだのなら、藤原に「梅」は渡っていない様子でも ある。藤原氏はその後繁栄を極めたが、結局天皇家に寄生しただけで神格化さ れていないこと、身内の争いが絶えなかったこと、仏教に傾倒していったこと 等から「梅」を使いこなせたとは考えにくい。陰宅風水術の性質から考えても 「梅」は不動産系だと推測される。ならば、強力に朝廷を守り続けた「梅」は 未だ都のどこかに眠っているのでは…? 日本では最強クラスの守護神は「元・祟り神」というケースが少なくない。 もしかすると、「梅」もそういったものだったとか…? 「なーんて、考えすぎかな。状況証拠だけだし」と思っていたら、ふと気に なる一文を発見。 <公は乙丑のお生まれで(中略)、自分が死んだら骸を牛車に載せ、人には 轢かせず牛の足が止まった場所に埋葬せよとの遺言に従い墓所を建てた> …「陰宅風水術の後継者」その可能性は否定できないな、と。 そして大宰府を観光の後、帰路についた私は新幹線のぞみの車窓から幾つも の遠雷や霹靂(岡山〜大阪間)を見ました。菅公のお参り帰りに雷を見るなん て偶然とは言え洒落になんない…。しかも、大宰府まで案内して下さった波樹 様によると、私を博多駅まで送って下さった後の帰り道で雷雨に見舞われたそ うです。(波樹様は自家用車での帰路でしたから被害はありませんでした)博 多駅ものぞみが出発するまでは晴れていたと思うのですが…。