「ねえ、シャンクス。オレも船に乗せてくれよ!」
 「だめったら、だーめ」
 フーシャ村の港は今日も賑やかだった。副船長はじゃれあう二人から
遠く離れた場所に、黙ったまま海を見つめる少年の姿を見つけた。彼は
ルフィの兄、エース。当初はエースも船に乗せてくれとせがんできたの
だが、ある日を境にその言葉を口にしなくなった。それは一ヶ月前、赤
髪海賊団が出港する前のことだった。

 エースはシャンクスの頑固な性格に見切りをつけて、副船長に猛烈な
アタックをかけていた。彼の方が押しに弱そうだと見込んだのだろう。
 「なあ、副船長。オレを船に乗せてくれよ」
 副船長は黙ってエースを見つめたかと思うと、ふと空を見上げた。上
空には鳥の群れがVの字形に並んで飛んでいた。
 「エース…。あの鳥を見てどう思う?」
 エースは空を見上げて、突然の質問に戸惑いながら答えた。
 「そりゃあ…、自由に空を飛べていいなぁって」
 「本当にそう思うか?」
 「なんで?」
 「鳥が空を飛ぶのは、人間に例えるなら全速力で走り続けるようなも
のなんだ。決して楽なことじゃない」
 「そうなの?」
 「稀にだが、飛行中に心臓が停止する事だってあるんだ」
 エースは驚いたのか言葉を失った。副船長は続ける。
 「確かに空は自由だが、宙を飛び続ける為には全力を振り絞って自分
の体を支えなきゃならない。自分の力だけが頼りだ。例え番いの鳥であ
っても飛ぶことは手伝えない。天敵だって同じように空を飛ぶし、落下
すれば命が危ういこともある。陸で生きるのとは比べ物にならないほど
厳しい生き方だ。鳥にしても海賊にしても自由に生きるってのはそうい
うことだ」
 「それでも鳥が飛ぶのはなぜ?」
 「多分、そういう生き方しか出来ないんだろう。俺たちがそうである
ように」
 「自由に生きるってことは孤独なの?副船長もそうなの?」
 エースは副船長のズボンを掴み、悲しそうな顔で見上げた。十歳の子
どもの口から孤独という言葉が出てきたことに副船長は驚いた。泣きそ
うな顔をしているエースの頭を、副船長は撫でた。
 「孤独ってわけでもないさ」
 エースは副船長の言葉を鵜呑みに出来ず、悲しそうな顔のままだった。
 「鳥があの形で飛ぶのは訳がある。先頭の鳥は風を切って後に続く仲
間が飛びやすいように風を作り変える。その風に乗って飛ぶことが、彼
らの仲間としての証なんだ」
 「じゃあ、シャンクスもそうなのか?とてもそんな風には見えないけ
ど」
 副船長は苦笑した。
 「ま、陸ではおちゃらけてるように見えるがな。誰よりも強く飛べる。
どんなに困難な風でも切っていく、そんな男だ」
 「ふーん」
 エースは目を丸くした。
 「エース、手を出してみろ」
 「今度は何?」
 エースは手を差し出した。副船長はその手に自分の手を合わせた。副
船長の掌にエースの手が納まってしまうほど、大きさに差があった。
 「お前さんの手がこれぐらいの大きさになるにはまだ時間がかかる。
それまでに自分の生き方をゆっくり決めれば良い。焦りなさんな」
 副船長は笑って見せた。エースは真剣な表情で受け止めて、深く頷い
た。

 副船長はエースの隣に歩み寄った。
 「エース、考えは変ったか?」
 「いいや、海賊になる。それは変ってない。今はまだ、それだけの力
がないけど、時が来たら必ず海に出る。遠い海の向こうでラフテルがオ
レたちを待ってるから」
 エースは水平線の彼方を見つめたまま答えた。真剣さと気迫に満ちた
エースの言葉に副船長は息を呑んだ。
 「あ!でも、ちょっと考え方が変ったところもあるぞ」
 エースは突然子どもらしい表情と声に戻った。
 「どんな風に?」
 「船長になるのもカッコイイけど、副船長みたいに強い男を支える強
い男になるのも良いなって思うんだ」
 「そりゃどーも」
 副船長は静かに笑った。余裕の表情だったが、エースはそこに不意打
ちの言葉をかけた。
 「シャンクスってば副船長のいないところでは、いつも副船長のノロ
ケ話してんだぜ。知ってた?」
 子ども相手に、ったく…あの人は…。
 副船長は面と向かって自分が褒められた事よりも、シャンクスが自分
のことでのろけているということに照れて顔を赤らめた。
 「オレはシャンクスの船には乗らないんだ。だってあんたたちとライ
バルになりたいからな」
 「ほう…、言ってくれるな」
 「いつか必ず、ポートガス・D・エースの名を海に広めるからな!オ
レの名前を忘れんなよ!」
 エースは駆け出した。
 「どこへ行くんだ?」
 「ルフィの奴が泳ぎの練習で溺れないようにしないといけないんだ!」
 エースは元気よく走っていった。副船長は小さく手を振って見送った。
 あいつにミドルネームがあるとは知らなかったな。D…。
 副船長の脳裏にある名前が蘇った。

 副船長の少年時代の記憶はゴールド・ロジャーという男に大きく独占
されていた。
 大男が手配書を見ながら言った。
 「お頭、すっかりゴールド・ロジャーのあだ名が定着しちまったな」
 それを聞いてベンは驚いた。すぐ隣にいる長く黒い髭を伸ばした男に
尋ねる。
 「あだ名って、本名じゃないの?」
 「オレの名前はゴール・D・ロジャーさ。だが、黄金と呼ばれるのも
悪くないな」
 「Dってどんな名前なの?」
 ベンは無邪気に聞き返す。
 「海の悪魔は真名を明かさぬものだ」
 海賊王は不敵な笑みを浮かべた。

 まさか、な…。副船長は疑念を払った。だが、エースの言葉を思い出
した。
 あいつは何故ラフテルの名を知っていた?
 副船長はエースの姿を探したが、彼の目の届く範囲からエースは既に
消えていた。


 数年後、シャンクスたちはエースの手配書を見つけた。
 「あの港にいた雛鳥たちが巣立ち始めたんだな」
 副船長はシャンクスに囁いた。
 「ああ、いよいよ面白くなってきやがった」
 シャンクスはにやりと笑った。
 二人の耳に力強い羽ばたきが聞こえるのは、それほど遠くない未来の
こと。

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