夜中の船内。副船長の部屋の前でシャンクスは固まっていた。この扉をノック したいのだが、あの夜のことを思うと手が止まった。悩みに悩んだ末、結局自分 の部屋に帰っていった。そんな夜が続いた。 シャンクスの様子がどうにもおかしいと、副船長は不審に思っていた。 デッキにはパイプをふかす船医の姿があった。副船長は声をかける。 「なあ、B・J」 「副船長」 船医は振り向いた。 「医者としてお頭の様子をどう思う?何か体調がおかしいような症状はあるか?」 船医はお頭を探す。間もなくデッキで昼寝をしている彼を見つけた。 「俺はこの船に乗ってからまだ日が浅いから、お頭の普段ってものを把握しきれ てはいないんだが、病気の兆候は見られんな。何を根拠にそう思う?」 「いや、病気でなければ良いんだ。俺の思い過ごしだろう」 副船長は言葉を濁した。 まさか「この頃夜這いに来なくなったからだ」と、彼の口から言えるはずもない。 シャンクスは副船長を部屋に呼んだ。 二人はベッドの中に入った。シャンクスの愛撫の手が急に止まる。副船長はお頭 の顔を見上げた。今まで見たこともないような悩んでいる表情だった。 副船長は起き上がって、心配そうに言う。 「なあ、やっぱり体調が悪いんだろう。折角船医がいるんだ。ちゃんと診てもら おう」 シャンクスはしばらく黙っていたが、ぼそりと言った。 「名前・・・呼んだんだ」 「は?」 副船長はその意味が分からなかった。 「お前、この前のときの最中にロジャーの名前呼んだんだ」 「言いがかりはよせ!」 覚えのないことに副船長は驚いて声を荒げる。 「言いがかりじゃない!」 シャンクスも強い口調で言い返したかと思うと、急に勢いをなくしぼそぼそと話 し始めた。 「お前泥酔してたから、覚えてないんだ。この間の宴会で飲み比べしただろ。俺 はあの時烏龍茶でごまかしてたんだ。その後事に及んだんだ」 「何でそんなことを?」 「いや、泥酔状態だったら理性も働かなくて、声を上げてよがってくれるかなー なんて思ったんだ」 副船長は呆れて言葉も出ない。 「そしたら、お前ときたら喘ぎながらロジャーなんて叫ぶからさ…」 シャンクスはベッドのシーツを指でいじりながら拗ねている。 「作り話にも程が…」 副船長はそう言いかけてシャンクスの顔を見た。彼の眼は真剣だった。 「俺が嘘をつけるほど器用じゃないって、お前が一番知ってるだろ?」 副船長は記憶を手繰った。シャンクスが部屋に来なくなる前に宴会は確かにあっ た。その翌日はお頭を除く全員が二日酔いになった。そこまで思い出して副船長は ハッとした。 「海賊王に俺はなる!」 と涙声まじりに叫び、二日酔いの船員たちに非難を浴びているシャンクスの姿が 浮かんだ。 それで海賊王になるとかなんとか叫んでたのか?副船長はやっと理解した。 「で、ロジャーとはどこまでいったんだ」 シャンクスは副船長に詰め寄った。 「どこまでって…別に何も」 副船長は返事に詰まる。 「じゃあ、お前はイク時に何にもなかった相手の名前を呼ぶのか?」 シャンクスはきつく問い詰めた。 「いっ…時って…」 副船長はシャンクスの言葉に面食らった。シャンクスはこちらを睨んでいる。こ こは嘘をつかない方が彼の気が済むと副船長は判断した。 「一回、キスしてもらっただけだ…」 副船長はそう言ってうつむいた。だが、その「してもらった」という語尾がシャ ンクスを苛立たせた。今までの情交で副船長から求めたことは一度もなかったのだ。 「もしも、ロジャーが生きてたらやっぱりこういうことをするのか?」 シャンクスは口を尖らせた。 「一度っきりの人生に『もしも』なんて意味があるのか?」 副船長の態度は静かだっだが間違いなく怒っていた。今まで見せたことのない強 い抵抗。 「用がないなら部屋に戻らせてもらう」 副船長は服を着始めた。 「答えになってない!」 シャンクスは怒鳴った。 副船長は振り向いた。 「多分な…」 ドアが閉められた。シャンクスは彼の表情を思い出した。怒りと悲しみと寂しさ が混じったせつない顔。あんな顔をさせるつもりじゃなかったんだ。シャンクスは ベッドにもぐりこんだ。眠ろうとしても寝付けなかった。 副船長は自分の部屋で煙草に手を伸ばした。その箱を見て手を止める。 ゴールドラッシュ・黄金狂時代という意味の名を持つこの煙草は、かつてロジャ ーが吸っていたものだった。 副船長はそれを吸わずに戻し、ベッドに寝転び毛布を頭まで被った。 泥酔時のうわごとまで責任持てるか。そんな時に事に及ぶからだ。馬鹿たれ… 翌朝。 「あれ?副船長が煙草咥えてないなんて珍しいな。禁煙始めたの?」 船員が尋ねた。 「いや、そういうわけじゃないんだが」 副船長は言葉を濁す。 一方シャンクスは寝不足の目でしみる様な青い空を見ていた。 「お頭どうしたんだよ。拾い食いして腹でも壊したか?」 ルウがからかった。 「お前と一緒にすんな」 シャンクスは麦藁帽を深く被って顔を隠す。 「どうしたよ、しょぼくれて」 スペードも覗き込む。 「何だよ、俺は悩みのないガキンチョだと思ってんのか?」 シャンクスは言い返した。 「お頭が大人だってんなら、俺たちは老人会のお達者倶楽部になっちまうよ」 ルウがそう言って笑った。 「ルウ!ハムにされたいのか」 二人の追いかけっこは日常茶飯事だった。船の床はミシミシ音を立てる。走る シャンクスの目は、いつもと変わらない顔で笑っている副船長の姿をとらえた。 なんで、あいつは平気な顔で隠していられるんだ? シャンクスの胸の痛みは増した。 ルウを捕まえていつものプロレスごっこを終えると、シャンクスはラットライ ンを上り見張り台へ向かった。 「見張り交代するわ」 「お頭?いいんすか?」 「いいから、いいから、お前は下で他の仕事手伝ってきてくれ」 「はあ」 釈然としない様子で船員は下へ降りていった。 シャンクスは大きく溜め息をついた。ここなら、悩んでいる顔を仲間に見せず に済む。 俺、すぐ顔に出ちまうんだよなぁ。ガキなのかな、やっぱり。そういう所はあ いつに敵わないな。どんなことにもうろたえずに冷静であることが、船長として 大事なことだとは思うんだが…。 下では、副船長が見張り台を見上げていた。 昨夜、売り言葉に買い言葉で返したことを副船長は気にしていた。 「そんなことはない」と言ってやるべきだったんだろうか。俺も自分で考えて るほど大人じゃないな。 そう悩みながらも、副船長はすぐに仕事に戻った。 敵船にでも遭遇すれば、ごまかせるのに。シャンクスは遠くを見つめた。 こんな日に限って海は静かで、何事もなく夕暮れを迎えた。 その夜、シャンクスの扉をノックする者がいた。 「どうぞ」 シャンクスは机にもたれかかったまま、投げやりに答える。 「シャンクス」 副船長の声。彼が来てくれたことがシャンクスには嬉しかったのだが、どんな 顔をしたらいいのか分からず、振り向けなかった。 「これだけは言っておく。俺はこの船の副船長として、あんたとこの艦の仲間た ちに命かけてることに嘘はない。ただ、ロジャーのことを完全に忘れ去ることは出 来ないと思う。こうして海賊やっている以上はな。それが気に入らないなら、この 艦から降ろしてくれ」 「降りたらどうするんだ?」 シャンクスは振り向かずに訊いた。 「二度と海賊にはならない。海にも出ない。俺にとって『船長』は後にも先にも あんただけだ」 副船長は部屋を出て行こうとした。 「そんなわけねえだろっ!」 シャンクスは駆け寄って彼を引き止めた。 「頼まれたって降ろしてやるもんか」 副船長は壁とシャンクスに挟まれて身動きが取れなくなった。シャンクスは彼を 固く抱きしめながら謝った。 「悪かった。俺、頭に血が上っちまって、つい…」 シャンクスは彼のシャツに下から手を差入れて訊いた。 「なあ、いいか?」 「好きにすればいい。全部あんたのモンだ」 シャンクスは彼の胸に自分の額をあてた。 「この中も?」 「そうだ」 副船長はシャンクスの頭を撫でた。 シャンクスは服を着たままの副船長をベッドに乗せ、キスを浴びせながら脱がし ていく。つい夢中になって副船長の肌をきつく吸った。シャンクスは我に返った。 副船長はいつもシャンクスが跡をつけようとすると怒る。だが、今夜は何も言わな かった。シャンクスは彼の太腿の付け根の内側に幾つも跡をつけた。 「シャンクス…」 副船長は両手で彼の顔を包み、彼の唇に自分の唇を重ねて舌を挿し入れた。シャ ンクスはそれに答えるように彼の舌を吸う。 二人は求め合い、与え合いながら深い海に飲み込まれていくような感覚に落ちて いった。 副船長は万が一の場合に備えて服を着ておこうと身を起こそうとしたが、髪が何 かに引っかかって動けない。後ろをそっと見ると、シャンクスは黒い髪を指に絡め て握ったまま眠っている。 もやい綱代わりか? 副船長は思わず苦笑する。 「そんなことをしなくても、『離れるな』と言われたら離れんよ」 副船長は囁いた。 シャンクスは以前と同じ安らかな寝顔に戻っていた。
