「で、どうせ正体見りゃあ枯れ尾花だって、空元気振り絞ってな、カンテラに火
を入れて窓を開けてみた奴がいたんだと」
 腕利きのストーリー・パフォーマーさながら、焦らすように一息おいたヤソップ
の語り口に引き込まれるように、取り巻く聴衆が息を飲んで押し黙った。メスルー
ムが静まり返る。誰かがごくりと喉を鳴らした音がはっきりと響いた。普段なら潮
騒に紛れるはずの、ほんの些細な物音が妙に耳につく。
 彼らが油を流したようなべた凪に捕まって、既に二度の朝日を見るほどの時間が
経過していた。最初はいい機会だと、後回しになっていた諸々の庶務を片付けてい
たのだが、副長を筆頭に、片っ端から雑事をやっつけるまめな連中が揃っていたの
が災いして、大した量が溜まっていたわけではなかった。丸一日もあれば、大抵の
方が付いてしまう。船乗りの常で、潮待ち、風待ち、なにもすることが無く、と言
って趣味に邁進することも憚られる拷問のような無為には皆耐性があったが、暇が
苦痛でないわけではない。軽い退屈しのぎは歓迎されるところだ。
 それに、どうもこの凪は気味が悪かった。海原という、意志や努力や心意気では
どうにもならない、無情な絶対者の懐で人生を送るうちに研ぎ澄まされた本能が警
鐘を鳴らしている。孤立が恐ろしくてたまらない。
 そんなこんなで、誰が召集したわけでもないのに、だだっ広いメスルームでは、
昼間っから見張り当番以外のほぼ全員が集合しての怪談大会が開催されていた。怖
いんだったら猥談でもいいだろうと思うが、やはり怖いもの見たさは人間の本質の
一つらしい。その手の話が好きな上に、キャリアの長さで色々と世間に知られてい
ないネタまで豊富に持ち合わせているヤソップが今は独演会を披露している。
 「…そして船幽霊に乗っ取られたその船は、今でも海のどっかを、次に引っ張り
込む船を捜して彷徨ってるってさ…」
 「ま、まじっすか…?」
 真に迫るヤソップの芸に見事はめられて、涙目になった新米水夫が怯えた声で嘘
だと言ってくれとステージがわりの食卓に縋る。
 「さーなー、俺もこの目で見たわけじゃネっからよ。
 おう、そういや、これは俺が前に乗ってた船であった話なんだがな」
 「そのー、水さして悪ぃんスけど、この辺にしときませんかね」
 「何だグラス、お前怖いのか?」
 「怖くはねぇんスけど…こう集まってくっと流石にうぜぇ」
 嬉々として向けられたヤソップの揶揄をげんなりと頬杖を付いたまま受け流し、
20代半ばの若さで操帆長を務める赤髪の幹部は、サングラスの奥の目をあらぬ方
に振った。視線の軌跡の不自然さに気付いた周囲の気配が緊張を帯びた。この男、
かなりオカルトがかったスキルの持ち主で、異能を剥き出しにすることは滅多にな
いが、稀にこういう、明らかに胡乱な仕草を見せたときには、大抵洒落にならない
事態が待っている。
 「早ぇ話、そういう話してっから、色々集まってきてるんすよ。いい加減鬱陶し
ぃっつーか…ねぇ副ちょ」
 うんざり顔で首を振り、グラスは行儀悪く椅子の上で体を捻って背もたれに肘を
つき、壁際に陣取って古書を紐解いていた副首領に向き直った。
 「何だ、いきなり」
 「いやほら、アレ」
 ぐるりと皆の頭上を指したグラスの手の動きを追って、ベックマンはひょいと頭
を巡らした。その動きにつれて、何が悪かったのかこの一月足らずで急速に褪色が
進み、僅かなほの暗い蒼みが却って白さを引き立てるほどに色が抜けてしまった長
い髪がさらりと揺れる。折角女も羨むほどの濡れ羽色だったと言うのに、30代半
ばに差し掛かったばかりで総白髪とはお気の毒な、と普通なら同情を買うところだ
ろうが、少年時代から年齢不詳の感のあるベックマンの風貌に、氷河色の髪は意外
にもよく似合っていた。
 遠目の利く銃手の間でも特筆に値する視力を誇る深紅の目が、しばし空を凝視す
る。メスルーム中が固唾を飲んで見守る中、ベックマンはいつも通りに恬淡と結論
を提示した。
 「実害はない、放っておけ」
 …沈着慧眼は結構なことですが、常識をあの世まで蹴りやるようなことを冷静に
言いきらないでいただけませんでしょうか。っちゅーか、あんたが真面目に言って
くれちゃうとギャグで流せません、怖いから止めて下さい。
 「その、悪いが副長、確かめさせてくれ」
 些か血の気の引いた顔で、それでも食い下がったヤソップに、メスルーム中から
勇者を讃える−−−蛮勇に呆れたニュアンスのものも混ざっているが−−−感嘆の
吐息が漏れた。
 「何だ?」
 「何が集まってるんだ?…つーか見えてんのか!?」
 「視力は至って正常だ」
 「いやそうじゃなくて」
  話が噛み合わない。徒労感に拉がれて、ヤソップのドレッドに纏められた頭が
がくりと垂れた。
 「見えないはずのモンが見えてんのかって聞きたいんだが」
 「おいおい、幻覚を視る心当たりは無いぞ」
 「いやそうじゃなくて!」
 「別に壁向こうや障害物の奥も見えんな。当たり前だが」
 「違うー!!」
 「大体、まだ老眼に悩む年じゃない…落ち着けヤソップ。どうも、何を尋ねられ
ているのか要領を得ん」
 「だからあんたはよー!!」
 逆ギレして半泣きで喚くヤソップを持て余し、参ったな、と眉間のあたりに困惑
を滲ませながら、ベックマンは短くなった煙草を捻り消した。その掌が、僅かに汗
ばんでいたことには、流石に誰も気付かなかった。
 グラスと副首領の爆弾発言に続く騒ぎで、うやむやのうちに怪談大会がお開きに
なったその夜。記載するべき事態も発生しなかった一日の記録を簡潔に航海日誌に
したため終わったシャンクスは、控えめなノックで入室を請われて筆記具を片付け
る手を止めた。
 「どうぞ、開いてるぜ」
 「済まん、邪魔をする」
  空気を殆ど揺らすことさえしない、惚れ惚れするような静けさで、部屋着姿の
副首領が腰をかがめてドアを潜ってくる。シャンクスの、やや作りの幼い顔が緊張
に引き締まった。ベックマンがこの時間帯に、しかも人目を避けて大頭の私室を訪
ねてくる理由など、何かしら公にしたくない変事以外にちょっと思いつかない。
(必需品の備蓄量はいまんとこおっけー、夕方確認した限りじゃ蒸留器は正常、っ
てことは水でも無いな。天候はおてんとさんの機嫌待ち以外に出来ることはねぇし
…あ)
 「やっぱりどっか具合がおかしいのか?」
 ベックマンの尋常でない白髪の増殖ぶりに、ついにどこかいかれたか、と血相を
変えた船医のメディヴが二週間ばかり前に敢行した腎機能を初めとする内臓諸器官
の精密検査には、シャンクスも立ち会っている。と言うか、カテーテル採尿を嫌が
って逃げ回る彼を取り押さえさせられた。
 あまりに暴れるから拘束具までかまされて、雁字搦めでズボンと下履きだけ膝ま
でずり降ろされた羞恥プレイ紛いの検査の挙げ句−−−幸いというべきなんだろう
が誰も医務室の様子を窺いに来たりせず、自分の部下の理解度の深さに、シャンク
スはなんだか複雑な気分を味わった−−−異常なし、健康体の診断を下され、だか
ら要らんと言っただろうがと奈落の底まで機嫌を急降下させたベックマンをなだめ
るのに相当大汗をかく羽目になった。
(違うだろ!)
 脇道に逸れかけた思考を叱咤一発引き戻し、シャンクスは慌ただしく吐息の匂い
や白目の色合い等、病変が現れやすい部分に注意を集中した。まさか、あのときに
はわからなかった変調の兆しでもあるのだろうか。
 心配そうに見上げてくる翡翠の視線から逃げるように顔を逸らし、言い辛そうに、
渋々ベックマンは口を開いた。
 「いや。体は何でもない。 …その」
 「だからどうしたって」
 「ここで寝かせてくれ」
 「はい?」
 顎が外れそうな勢いで落ちるのを意識の片隅で感じつつ、シャンクスは自分でも
間抜けだと顔を顰めたくなるような返事を返すことしかできなかった。いかんいか
んと気を取り直し−−−夜這いか?とちらっと胸が弾まなくもなかったが、ありえ
ねぇよとすかさず冷静な部分がつっこみを飛ばす。海賊界一の鴛鴦夫婦と揶揄され
るようになって十数年が経つが、おねだりどころか、朝まで同じ寝台に居てくれた
だけで感涙ものの素っ気なさはデキた頃から変化無し。努力で改善しようにも、性
的な欲求の水準が極めて低い男相手では無駄な足掻きというものだった−−−改め
て相方の気配を含めた佇まいを検討してみる。隠しているつもりだろうが、かなり
緊張した様子だ。ならば、
 「どうした、怪談聞きすぎて眠れなくなったか?」
 誓って言うが、張りすぎたテンションを緩める以外の意図は無かった。
 「…ぃか」
 「んん?何だ、聞こえねえ」
 わざとらしいほど性悪な顔で、肩をよたらせて頭一つ上にある精悍な顔を睨め上
げる。気分は古典演劇の色悪だ。
 全く、悪のりだった。きっ、と向けられた目尻がほんのり赤みを帯びていること
に気が付いたときには遅かった。
「悪いか。本物ならそりゃ、蹴るなり切るなり喰うなりすりゃあどうにでもなるけ
どな、フィクションの化け物はなにやってもどうしても絶対に消えんだろうが!怖
いじゃねえか!!!」
 周囲を憚ったひそひそ声で、ニュアンスだけの絶叫と共に胸ぐら掴んでぶんぶん
振り回される。むち打ちになりそうな揺さぶりを首の筋力でどうにかこらえて、
 「お、落ち着け!あああ、目真っ赤だぞ、ほら泣かない泣かない、擦るな、腫れ
ちまう」
 「()が紅いのは生まれつきだ!」
 「いやその…。その、な、ベック」
 「何だ」
 一頻り叫んで我に返ったのか、こみ上げる羞恥に見る見る耳を赤く火照らせた愛
しい男の頭を抱え込むようにして、シャンクスはおそるおそる問いかけた。
 「もしかして、とは思うんだけどよ。昼間、ヤソップと話が全然噛み合ってなか
ったの、あれまさかこっそりパニクってたから、とか」
 「悪かったな。本物は怖くもねえが、フィクションだと…」
 「想像が止まんなくなっちまった、と…、大丈夫怖くない、変なもん来たら俺が
全部ぶった切ってやるからなー」
 「だから切り捨てられる本物は平気なんだ!」
 またしてもエキサイトしかけたベックマンの背を慰めるようにぽんぽんと叩いて
やりながら、シャンクスはまさかこんな弱みがあったとはなあと苦笑した。映像的
な想像力が無闇に発達したベックマンのことだ、脳裏では『嵐の山荘にて姿無き殺
人鬼現る』ばりのパニックホラーな光景が、現実以上のリアリティで繰り広げられ
ているに違いない。確かに、腕力知力総動員しても排除不能と言う点で、これ以上
の恐怖はあるまいが。
 「提案があるんだけど」
 「何だよ…」
 「関係ないことに集中してみるってのは?」
 ダンスのリードの要領で、二回りも大きな長身を抱き込んでハーフターン、二歩
前進してベッドに腰を下ろさせる。そっと耳元に吹き込んだ囁きは、不用意なまで
に甘くかすれていた。言外に情事を匂わせる。
 「協力するぜ、何にも考えられなくなるまで」
 急激な欲情に煽られて、暗く濡れた光を放ち始めた翡翠の目と、恐慌の余韻に焦
点が未だ定まりきらないガーネットの視線がかち合う。一呼吸間をおいて、シャン
クスの提案なるものを理解したらしい氷河色の頭がこくんと縦に振られた。
 うぉっしゃー!と胸の中で拳を握りしめ明かりを落とそうと身を翻したシャン
クスは、僅かな抵抗に引き留められて体を捻った。邪魔にならないよう、肘の位置
で団子に結んだ左袖を、大きな、無骨な手が、縋るような頼りなさで掴んでいた。
 「ランプ消すだけだよ、ちょっと待ってな」
 これ以上煽ってくれるな、と艶と手触りだけは変わらない髪を梳くように撫でる。
 「消すな…」
 うつむいて、蚊の鳴くような懇願が止めをさした。
 シャンクスの、頼りないんだか強固なんだか今ひとつ強度が安定しない理性の糸
が、音を立てて弾け飛んだ。肩に飛びついてシーツに押し倒し、シャツの前合わせ
に遮二無二右手を突っ込んで、ボタンを引きちぎるようにはだけさせる。首筋に鬱
血を残さないぎりぎりの強さで歯を立てると、シャンクスのシャツを肩から滑り落
とそうとしていたベックマンの手がびくりと跳ねた。恐怖の反動でネジが数本飛ん
だのか、いつもより数段反応が鋭い。
 外部を阻む城壁から繊細で鋭敏な感覚器へと、急速に解放されていく肌を掌で探
索しながら、今度アジトに帰ったら、百物語を開催してみようかと、シャンクスは
不埒なことを考えた。

 「吹かねーなー」
 「そうだな」
 「妙な天気だしな」
 「ああ」
 相槌と共にぷかりと吐き出された紫煙の輪が、形を保ったままべったり灰色の空
へふわふわと昇っていく。シャンクスがたらふく美味しい思いをした夜から更に三
日が経っていた。相変わらず風はそよとも吹かない。流れが止まった海面から漂う
どぶ臭い悪臭が、疫病発生まで秒読み段階だぞと告げていた。ヤソップと副首領の
改良まで加えられた高性能な蒸留器も、原料の海水が腐ってしまっては、飲用に適
する水を絞り出せるかどうか微妙なところだ。
 「いー加減潮騒が恋しいぜ…」
 「昨日あたりから、眠れんからだろうな、鍛錬に身を入れる奴が増えてきている」
 「静かすぎるってのもなー、どうも落ち着かねえや」
 甲板に肘枕を着いて、面白くなさそうに水平線を見遣っていたシャンクスは、ど
うしたもんかねと溜息混じりにごろりと寝返りを打った。仰向けで後頭部に右手を
当てて、空を見上げる。どちらを向いても遠くにぼんやりと霞がかかったようで、
世界の区切りが判然としない。
 不穏な静けさだ。識閾ぎりぎりのレベルで、ひたひたと潮が満ちるように圧力が
高まっていく。ではそれが何なのか、と聞かれて誰もはっきりと答えられないのが
最大の問題だった。立ち向かう相手がはっきりしない状況では、緊張をコントロー
ルし続けるにも限界がある。赤髪の幹部共とグランドライン双方を相手取る日常を
過ごしておいて、一週間や十日で錯乱するほど繊細な神経なんぞ、今更大事にとっ
ておいている奴も居るまいが、拙い状況には違いなかった。
 「いっそ化けモンでも何でも、俺が黒幕ですってのがうわははははーっと出てき
てくんねえかなー」
 「何だその擬音は」
 「ああいうのって、高笑いすんのがお約束だろ?」
 「…高笑いは兎も角。
 ご期待には、応えられるかもしれん」
 余暇を善用すべく、未読の書物の消化に励んでいたベックマンは、偏執的なまで
に装飾的な手書き文字で埋め尽くされたパピルスからようやく目を上げた。銜えた
煙草の先が器用にマストの上、見張り台を指す。
 「ありゃ、グラスか。あいつも焦れたか?…って、なんかいつもの呪歌(まじないうた)と違く
ねえ?」
 見張り台に仁王立ちになったグラスが張り上げる、歌声と言うよりも強風に晒さ
れたロープの唸りに近い、奇妙なリズムで高低にうねる旋律に耳を傾けながら、シ
ャンクスは怪訝そうに片眉を跳ね上げた。どこがどうと言葉にすることは出来ない
が、過去、凪に捕まった折に操帆長が唱うことがあった風呼びの呪歌とは、明らか
にニュアンスが違う。
 「侮れないよなアンタは。あれを聞き分けるか」
 「何か別の呪いなのか?」
 ベックマンの方は、和音の高低・強弱の組合せで綴られる、通常の言語とはかけ
離れた構成で成る歌の意味を明晰に理解しているらしい。当人曰く、『あれは、特
殊な体質と幼児期からの訓練の両方が揃わないと、あのレベルでは到底扱えない。
言葉には違いないから、何を言わんとしているかは解るが』だそうだ。つくづく隠
し芸の多い男だ。
 「ああ…終わったな」
 「教えろよーけちー」
 「まあ、待て」
 「暇なんだよー」
 退屈紛れにじゃれつくシャンクスから経年劣化で脆くなった古書を庇っていたベ
ックマンが、不意に顔を上げた。鞭のように引き締まった痩身の男が、規則正しい
足取りで歩み寄ってきていた。全体に温雅な風貌に騙されそうになるが、正中線を
乱さない歩方は正統派の体系だった鍛錬を受けた人間に特有のものだ。戦えば相当
手強いに違いない。
「おくつろぎのところ失礼します」
「おうランス!何だ?」
 ベックマンの膝から顔を上げて、シャンクスはジョリー・ロジャーを縫い取った
ベレー帽をトレードマークのように被った、麦藁色の髪の青年に体を向けた。青年
といっても、ベックマンと一歳しか違わないはずだが、ぱっと見、一回り年下とさ
ばを読んでもそうそうばれないぐらい容貌が若い。
 隙無く一礼して、ランスはほんのりと和んだ笑顔と共に大頭の前に腰を下ろした。
胡座をかいてさえどこかその居住まいには品がある。それもそのはず、今でこそ高
額の賞金を首にぶら下げた赤髪の大幹部だが、ランスは本来ならロードなにがしと
名乗っていたはずの、歴史と格式と高貴に生まれし責務(ノーブレス・オブリージュ)を呼吸して人となった本物
の血統書付き(ブルー・ブラッド)だ。大げさなフルネームは一族を離脱した折に放棄して、幼名の「ラ
ンス」を通り名としていても、金と手間を惜しみなくかけて育てられた人間に特有
の雰囲気は隠しようもない−−−隠蔽しようと試みたこともあったが、あまりの似
つかわしくなさにいたたまれなくなった周囲に止めてくれと懇願されて断念した。
どのみち、刑務所そこのけに雑多な背景を持つ乗組員を揃えた赤髪海賊団では、彼
でさえちょっとした変わり種で済まされる−−−。
 「グラスから伝言です」
 「あいつも人使い荒ぇな、幹部にパシリやらせるかぁ?」
 「組織の構成員はそのトップを真似るものだそうですよ」
 「お前ね…」
 涼しい顔で「組織のトップ」二人のきな臭い視線を受け流し、にっこり笑って人
を刺すと悪名高い渉外部門の長は僅かに声を潜めた。いや、声の指向性を絞り込ん
だと形容した方が正しいだろう。声量は変わらず、表情もそのまま、会話の内容だ
けが他には届かない。
「『今夜の一点鐘頃、月を肴に一杯どうっすか、ツマミと酒の支度はこっちでやっ
からブキだけもってきてくださりゃぁ結構っす』だそうです」
 「物まね止せって、似合わなくて気色悪い。月、ねえ。出るかな」
 「さあ、出ない方に100ベリーといったところでしょうか」
 「ま、出なきゃ出ないで酒が飲めりゃどうでもいいけどな。
 他に誘った面子は?」
 「お二人の他は、グラスと僕の4人だけですよ。他に呑ませるのは惜しい秘蔵の品
があるのだそうで。くれぐれも内密に、ということでした」
 「了解。趣向を楽しみにしてるぜ」
 「申し伝えます。それではごきげんよう」
 社交界のサロンの方が相応しいだろう挨拶を残して立ち去る姿勢のいい後ろ姿を
見送りながら、シャンクスは殆ど吐息と変わらない声量で呟いた。
 「やっぱただの自然現象じゃ無かったか」
 「いくら出鱈目が売りのグランドラインでもな」
 「さーて、んじゃ寝んべ、夜明かしになりそうだ」
 「そうしておけ。俺も少し仮眠をとる」
 「抱き枕欲しくない?」
 「調子に乗るな」
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