赤髪が光を鮮やかに弾いている。あれ以来、あの髪が異様に目立つ。 お頭はルフィに帽子をやってから、何も被ろうとはしない。今までずっと被って きたのだ、違和感がない筈は無い。突風に思わず帽子を庇う仕草をしてはそれがな いことに気付く、そんなことが何度もあった。あの帽子が帰ってくることを信じる 意地があるのだろう。なんともあの人らしい。 俺は俺で、今まで帽子しか見えなかったのが、お頭の髪の色が真っ先に目に入る。 目の眩むような色が。 「もうそろそろ黄金祭だよネ。お頭、どこに停泊する予定?」 ルウが肉を毟りながら訊いた。 「そうだな。何はなくとも酒は欲しいよな、祭りだもん」 シャンクスが目線を明後日の方向に逸らして考え込む。 黄金祭とは、海賊王G・D・ロジャーの命日のことだ。彼の公開処刑は大海賊時 代の幕開けのきっかけ。海賊たちにとっては記念すべき日で「Golden Dawn Day」 「La Fete de Mordre」と各地で呼ばれる年に一度の大祭だ。勿論、祝う人々は海 賊と海賊の恩恵に預かる関係者各位に限られている。 副船長は会話を聞きながら、過去の記憶を手繰り寄せていた。 海賊王が死んだのは秋だった。 その翌年には、公開処刑の日が祭りとなった。一年という時間はロジャーを失っ た傷を埋めるのには短く、俺は耐えられずに一人で街から離れた。そこで見つけた のは、赤い世界。 森が紅葉に染まっていた。あの少年の髪の色に― 名前さえ告げずに俺を懸命になって助け、約束を一つ残して去った不思議な少年。 彼は不思議な髪の色をしていた、美しい炎のような色の髪。 それ以来、俺は秋の休暇には赤い世界を眺めに行くようになっていた。言葉も思 考も何もかもが色に染まっていくような錯覚が、痛みを埋めていくような気がした。 三年目の秋、紅葉の森には先客が来ていた。初老の男がイーゼルにかけたカンバ スに向かって何かを描いている。見覚えのある顔。数日前から娼館の酒場で酒だけ 飲んで帰っていく客だ。学も品も備えたような物腰で、客としては珍しいタイプだ った。画家だったのか…。 男の後に回って覗き込んだ。彼が描いていたのはこの紅葉の森、数々の油絵の具 が混ざり合いながら忠実に紅葉の色をカンバスに再現していく。 つい見入っていると、男が振り向いて静かに微笑んだ。 「紅葉が好きですか」 「え…、あ、…まあ」 男は道具箱に手を伸ばした。赤系統の色だけで幾つもの絵の具があった。 「赤といっても、一つじゃないんだね」 俺はよく知りもしない男に何故か話し掛けていた。 「そうだよ。この森を描くのに色々な赤が必要だ。クリムゾン、カーマイン、バ ーミリオン、スカーレット、カーディナル、ガランス、どの色一つをとっても人を 惹きつける鮮烈な色だ。それらに赤以外の色を補って作る。それでも、本物と全く 同じ色は作り出せないがね」 男は苦笑した。だが、カンバスには克明に森が再現されつつあった。 「私が若い頃に愛した女もこんな髪の色をしていた。その女は罪深くて美しかっ た…」 画家は俺が紅葉に惹かれる理由を見透かしていたのかも知れない。 彼が教えてくれた赤の名前は、今も俺の記憶に呪文のように刻み付けられている。 舳先の向こうに赤い島が見えた。山が紅葉に染まっている。船員の何人かが小さ な溜め息を漏らした。 副船長はすぐ隣で風に揺れている赤い髪を見た。 この色が、俺にもう一度夢を見せてくれた。俺だけじゃない、この艦に乗ってい る全員の夢に色があるとしたら、きっとこの男の髪色をしているのだろう。 「あの島での滞在は長引くだろうな」 副船長が半ば独り言のように言った。 「何でそうなるんだ?」 シャンクスが訊ねた。 「分からないトコがあんたらしいよ」 副船長の苦笑には柔らかな優しさが微妙に含まれていて、シャンクスはくすぐっ たげに嬉しそうな笑みを浮かべた。
