見張りが島を発見した。 「お頭ーっ!島があるぜ」 シャンクスは右腕と両足で器用に見張り台へと上っていく。見張りは 台にたどり着いた船長に双眼鏡を手渡した。 覗き込んだままシャンクスは呟いた。 「なんて言うか…平たい島だな」 「俺もそう思った」 彼らの目に映る島は山や森は一切無く、廃屋と思われる家が数件と畑 が幾つか見えるだけだった。砂浜も見えず岩や石垣ばかりでゴツゴツし た印象を受けた。 「どうする、お頭?」 「昼飯を食うぐらいは出来るだろう。降りてみっか」 シャンクスは双眼鏡を手放すと上陸の号令をかけた。 船員たちが島に上がりはじめると、廃屋のように見えた家から人が飛び 出してきた。シャンクスたち一行に駆け寄ってくる。初老の男だ。 「おーい!あんたの仲間に船医はいないか?」 男は息を切らしながら叫び、彼らの前で立ち止まった。 「船医?」 声を聞いてB・Jが進み出た。 「病人でもいるのか?」 男はB・Jの顔を見ると肩を落とした。 「いや、ひょっとしたら昔の仲間かもしれんと思ったんだ。呼び止めて すまなかったな」 男の表情が悲しげに曇る。 シャンクスは男の肩を軽く叩いた。 「がっかりさせてすまなかった。こうして会ったのも何かの縁だ。俺た ちはここで昼飯を食うつもりなんだが、爺さんも一緒にどうだい?」 「お前さんたち、海賊だな?」 男はじろりと彼らをにらみつけた。 「そうだけど…」 シャンクスは笑みを浮かべてごまかそうとする。 「俺は元盗賊なんだ」 男はにやりと笑って見せた。 「お前さんらを見てると昔の俺を思い出すぜ。どうだ一杯飲んでいけよ。 雑穀で作ったろくでもない酒だけどな」 島の空に男たちの笑い声が響いた。 男は樽酒を船員たちに振舞った。 「いやぁ、俺は今でこそこんなしょぼくれた年寄りだが、若い頃はそりゃ 活躍したんだ。俺は盗賊の中でも金庫破りのプロフェッショナルで、俺に開 けられない金庫はないとまで言われてたんだぜ」 「今でも充分元気そうじゃないか。鍵師として俺たちの船に乗らないか?」 シャンクスに勧誘されると、男は急に力を無くした。 「いや、ヘマをして手をやられてな。精巧な鍵を開けるような細かい作業 が出来なくなって引退したのさ。以来ずっと生まれ故郷のここにいる」 「悪いこと聞いちまったな」 シャンクスは素直に謝った。男は首を小さく横に振った。 「それに、俺はここを離れるわけにはいかない。約束があるんだ」 「約束?」 「ああ、そいつは俺の盗賊仲間だった。常冬の雪の島の出身だと言ってい た。俺が引退してから四年経って、そいつはここを訪ねてくれた。奴は俺に こう言った。 『俺は医者になろうと思うんだ。俺は不治の病と医者に匙を投げられた。だ が俺は満開の桜を見て、その生命力の美しさに励まされた。生きる気力を取 り戻した。俺は桜のように全てを癒す者になりたいと心底思ったんだ』 とね。そして、この島にも桜の木を持ってくると約束してくれたんだ」 「それで船医を探したのか…」 副船長が呟いた。男は頷くと話を続ける。 「それ以来、俺はこの地を耕し続けてる。見ての通り木の一本さえ生えな い岩の島さ。蕎麦や粟、稗のような荒れた土地でも育つものを撒いて、畑を 作ってる。作物を作り続けることで少しずつ土を作っているんだ。いつか、 あいつが持ってくる桜を植える為に必要な土をな。今は生活の全ての目的が 土を作ることなんだ」 船員たちは黙って真剣な顔で話に聞き入る。 「でも、それも随分と昔の話さ。あいつが生きているかどうかさえ、俺に はわからねぇ。よしんばあいつが十年後にここに来ても、俺の方が生きてい るかどうか… 。だから、せめてあいつが感動したって言う桜ってもんを一 度でいいから俺も拝んでみてぇと思うようになった。そう思うこと自体、老 いぼれたって証拠なんだろうなぁ」 涙ぐむ男にシャンクスはかける言葉が見つからない。それはそこにいる全 員が同じだった。 艦は島を後にした。 シャンクスはバルウォークスに肘をついて空を眺めている。副船長が声を かけた。 「何を考えてる?って、察しはつくけどな」 「約束とか、誓いとかってさ、誰かさんを思い出させるよな」 「そうだな…」 シャンクス達一行は周辺の島を幾つも渡ったが、桜は見つからなかった。 船員たちはあの男がいた島から離れた大きな島の砂浜に降りた。 「桜って簡単に見つからないもんだな」 シャンクスは大きく溜め息をついた。副船長はその横で煙草に火をつける。 シャンクスは副船長の顔を見た。 「なあ、お前は桜によく似た花って知ってるか?」 「アーモンドの花なら色は白いがよく似てるんだ。でも、それさえここで は見つからないからな」 「この地方にはないものだからこそ、持って来ると言ったんだろうしな」 シャンクスはうなだれた。そのまましばらく足元を見つめていたが、急に しゃがみこんで砂をいじり始めた。副船長はその手元を覗き込むと、彼も同 じようにしゃがんだ。その様子に気付いた仲間が二人を見る。誰からともな く彼らもしゃがみ込み、砂浜はしゃがんだ男たちで埋め尽くされた。 男は畑を耕している。手を止めて直立すると、視野に帆船の姿が入って来 た。左眼窩に三本傷の海賊旗は数ヶ月前に見たものだ。 帆船は錨を下ろし、船員たちが降りてきた。男はやってくる彼らに手を振 った。 「よーう、久しぶりだなぁ。また一杯やるかぁ?」 シャンクスは手に小箱を持ってやって来た。 「いや、頼まれ物があったのをすっかり忘れてたんだ。随分前のことなん だが、妙に老けた医学生ってのに会ってな。この島近くに航海する予定があ るなら、ここへ寄ってあんたにこれを渡してくれって言われて預かってたん だ。思い出すのに時間がかかっちまった」 シャンクスはそう言って埃を被った小さな宝箱を差し出した。 男はそれを受け取ると埃を払って蓋を開けた。中に色褪せて黄ばんだ紙に 何かが包まれている。男は紙をそっと広げた。 「花・・・?」 薄紅色の花弁を男は摘み上げる。その薄片は思いのほか硬かった。花弁で はない。鱗か貝殻のようなものだった。男は肩を震わせる。 シャンクスは付け足した。 「その医学生から伝言だ。『俺はまだまだそっちに行けそうにない。本物 の桜が着くまで、待っててくれ。桜の花びらはそんな色をしてるんだ』とさ」 包みに水滴が落ちた。男の涙が次々に紙を湿らせる。 「ありがとう。ありがとう…」 「忘れずに渡せて良かったよ。おっさんの酒うまかったぜ。こっちこそ、 ありがとな」 海賊たちは踵を返す。 「俺たちは次の航海があるから、これで。元気でな」 「ありがとう…」 立ち尽くす男の視界の中、彼らの帆船は水平線の向こうへと消えた。