逗留先の島が雨季に入ってしまい、赤髪海賊団は足止めを喰らっている。航海に
支障が出るには至らないのだが、曇天続きは気が沈む。増してや晴天を愛する船乗
りたちが太陽の光を恋しがるのも無理はない。それでも雨を止める術がない以上、
暇をどうにかして潰さなければならない。

 多忙を極める副船長はこれ幸いと今までの航海のデータを資料化することに専念
した。雨季にも限りがあるので時間がある内に、と彼は徹夜で作業を進めた。
 副船長が欠伸をかみ殺しながら自室に向かうと、扉の前で船長が待っていた。シ
ャンクスは扉から背中を離し、頭の後で組んでいた手を外した。
 「よう、副船長。お疲れ」
 「何だ?用があるなら呼び出せばよかったのに」
 「大したことじゃないんだ。暇つぶしに本を借りようかと思って」
 副船長に続いてシャンクスも副船長室に入る。早速シャンクスは本棚で本を物色
し始めた。
 「ここで読んでも良いか?静かにしてるからさ」
 椅子に座ってから部屋の主に訊ねるあたり、シャンクスに部屋から出て行く気は
最初から無かったらしい。
 「珍しく良い子じゃないか」
 副船長が皮肉混じりに鼻で笑う。
 「良い子ついでにお休みのキスをプレゼントしようか?」
 「気持ちだけで結構だ」
 愛想無く答えて副船長はベッドに入った。


 副船長の瞼が開いた。自分が寝ていた時間を測る為に時計を見遣る。
 ”二時間か…”
 時計から離れた目が次に捕らえたのは赤い髪。シャンクスがこちらを向いている。
だが、本を読んでいるわけではないようだ。
 「何してるんだ?」
 「起きちゃったか、もう少し寝ててくれれば良かったのに」
 シャンクスは板を机代わりにして何かを書いていた。
 「何か書き物でもしてたのか?」
 手元を覗きこんだ副船長はギョッとした。
 「あんた…これ!」
 「そっ!お前の寝顔」
 シャンクスは得意満面の笑みを浮かべた。その手元には寝ている副船長をモデルに
鉛筆のみで描かれた素描があった。の上にも数枚の描きかけの素描があった。寝返
りを打って姿勢が変るたびに描いたようだ。
 「画力はあるんだな…。知らなかった、こんな特技があったなんて…」
 信じられないと言いたげな副船長の口ぶり。
 「ヤソップには負けるけどね」
 口では謙遜しているが、「褒められて嬉しい」とシャンクスの顔には描かれている。
 「でも、なんで俺の寝顔なんだよ」
 「俺が絵に描くから脱いでくれって言ったら、お前脱ぐんかい?」
 一瞬驚いたような目をしたかと思うと、副船長は呆れたような溜め息を着いた。
 「脱ぐわけないだろ…」
 「だから寝顔で妥協したんだよ。本音言えば全部脱いだとこを描いてみたかったん
だけど…」
 心底残念そうに溜め息をつくシャンクスに、副船長は「あんた、そんなモンが描き
たかったのか?」と内心ツッコミを入れた。
 「どうせ描くなら他のものにしとけば良いじゃないか、これじゃ他の奴らに見せる
わけにはいかないだろう」
 彼の文句の裏には、寝ている間中ずっと見つめられていた気恥ずかしさとそれをご
まかそうとする小さな混乱があった。それを鋭く感じ取ったシャンクスは、そんな恋
人への愛しさを一層募らせた。
 「いいだろ、可愛いから描きたかったんだ」
 「技術はともかく美意識に問題が有るようだな」
 副船長は眉間に皺を寄せた。
 「心配しなくても、この絵は誰にも見せないって」
 シャンクスは幸せ一杯の顔で笑った。

 
 数年後
 雨の中を停泊中の艦内。副船長はノックをして船長室に入った。
 「お頭、航路の修正案なんだが」
 シャンクスは古い紙から顔を上げない。
 「何を見てる?」
 覗きこんだ副船長はギョッとして動きを止めた。そこにあったのは副船長の寝姿を
描き留めた素描。シャンクスはやっと紙から顔を上げた。
 「覚えてるか?この絵を描いたのもこんな雨の日だったってこと」
 副船長はふっと表情を弛めた。
 「覚えてるさ。これがあんたの描いた最後の絵になっちまったな。もっときちんと
した絵を描いておけば良かったんじゃないか?」
 シャンクスの左袖は包む手を失って垂れ下がっていた。
 「好きでもないものを描いたって意味ねぇよ。俺はお前が描きたかったんだ」
 シャンクスの晴れ晴れとした顔に、副船長は表情で「あんたにゃ負けたよ」と告げ
る。
 長い間艦を包んでいた雨垂れの音色は、雲を割る日差しとともに消えた。

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