偉大なる航路特有の気まぐれな嵐を抜けたゴーイングメリー号のメインマストの遥か上に澄んだ
青空が垣間見えた。
ウソップが感慨深そうに大きな溜め息をついた。
「オレたちあんな所まで冒険して来たんだな」
「な!だから冒険して来て良かったろ?」
ルフィが笑う。
「とんでもない目にも一杯あったけどね」
ナミが苦笑する。
甲板で寛ぐ船員全員が空を仰ぎ見た。
「今頃どうしてるのかなぁ、コニスちゃん」
サンジが煙草の煙をハート型に吐いた。
「あいつらなら大丈夫だって!」
ルフィの答えにはまるで根拠というものがないのだが、それでも船員は納得してしまった。
空島のかぼちゃ畑の片隅でガンフォールとピエールが休憩をとっていた。空島は復旧活動が
忙しく、数日前までガンフォールは休みも思うようにとれなかった。久々にかぼちゃのジュー
スを飲み、柔らかで安らかな溜め息をついた。
「青海にはあんな男たちが沢山いるのかのう?ならば、一度行って見たいものであるな、ピ
エール」
「ピエ〜〜ル」
隣で翼を休めていた水玉模様の鳥が答えるように鳴いた。
彼の脳裏に青海から来た男の記憶が蘇る。気さくで飄々としていながら威圧的なまでの存在
感を持つ謎めいた男の印象は今も強く残っていた。
豪華なコートやシャツをラフに着崩した、バサバサの黒髪に長く豊かな髭の男がふよふよし
た白い雲を不思議そうに踏みしめている。
「天国の敷石は全てサファイアで出来ていると聞いていたが…。やっぱり、神父や牧師ども
の言う事はアテにならんな」
男は鼻で笑った。
「シンプ?ボクシ?それは何者であるか?」
ガンフォールが聞き慣れない言葉の意味を問うた。
「窮屈な生き方を撰んだ変わり者どもさ。お前を崇めて犬となる事も辞さないそうだぞ」
「いや、崇められても困る。我輩、白海にも青海にも服従を強いた覚えなどないのである」
ガンフォールが狼狽した。
「はーはっはっは、そう言うと思ったよ」
ゴール・D・ロジャーは豪快に笑った。
「ところでガンフォールよ。ここに来た時から気になっていたんだが、あれは何だ?」
ロジャーは遠い雲の切れ間に見える大きな蔓を指差した。
「あれはジャイアント・ジャック。大地の力で巨大化した蔓である。我輩が幼い頃から既に
あの大きさであった」
「あの上に登った奴はいるか?」
「いや、登った者がいたかどうかは我輩にも定かではないのだ。恥ずかしい話だが、この海
では昔から紛争が絶えず、皆それどころではないのであろう」
「ふむ…」
ロジャーはジャイアント・ジャックを見つめた。
青海から来た海賊の一人がガンフォールに声をかけた。
「あ、神様。お忙しいトコすんません。ウチのお頭見ませんでしたか?」
「先ほどまで我輩とここにおったが、船に帰ったのではなかったのか?」
「姿が見えないんですよ、ホントどこ行っちまったんだか」
「ピエール、探してくれぬか」
「ピエ!」
「いやいや、お気になさらずに。うちにとっちゃ、いつもの事なんで」
「…流石に、これは俺の艦に積むには大きすぎるな」
ロジャーの頭上には黄金の巨大鐘楼が眩く輝いていた。彼はジャイアント・ジャックの頂上
に辿り着いていた。黄金の礎の中央には読める者も稀な古代文字で碑文が綴られている。彼は
碑文に難なく目を通した。
「では俺もここに碑文を刻ませてもらおう」
ロジャーはカトラスを抜き、黄金の礎に古代文字を流暢に刻んでいく。出来上がった碑文に
ゆらりと輝きが走った。ロジャーはその剣先を天に向け自分の顔前に翳す。
「俺が地獄の業火に滅ぼうとも、天に挑む偉大な愚者が後世にも生まれる事に俺は賭けよう」
にたりと笑い剣を収めると、名残惜しそうに彼は鐘楼を振り返る。
「これは、次にここへ来る冒険者たちへの褒美として残しておくとするか」
青海から来た男はコートを翻して蔦をスタスタと降りていった。
赤髪大海賊団の艦の甲板で大頭が空を眺めていた。
「どうした大頭?何かの予兆でも感じるのか?」
傍で海図を見ていた銀髪の副首領が訊ねた。
「いや、ただ何となく…あの空の向こうでルフィが笑ってるような気がした」
近くに居合わせたルフィを良く知る古参幹部がうろたえた。
「お頭ぁ!そんな縁起でもねえこと言わねぇでくれよう〜」
「そういう意味で言ったんじゃなかったんだけど…」
彼らの上にも青い空が静かに広がっていた。