空と海に怒号が響いた。
接した二隻の戦艦から喚声が湧き上がっていた。両者とも海賊旗を掲げている。
一方の艦には交差した剣の上に、左眼窩に3本の向こう傷の髑髏。それに敵対す
る艦は半月刀を加えた髑髏。その旗の下にはさらに赤い無地の旗が翻っていた。
海賊旗の下の赤一色の旗。それは皆殺しの宣戦布告を意味する。
銃声、剣のかち合う音、火花、悲鳴が船上を埋め尽くした。戦闘は数時間に及
んだが、先に逃げ出したのは皆殺しの宣戦布告をした筈の海賊船だった。
「皆無事かーっ?!」
赤髪の船長が舟中に響く大声で仲間に呼びかけた。
「おーう」
太い声が重なり合う。シャンクスが安心した矢先、どよめきがあがった。
「副船長?」
副船長の左顔面が血に染まっている。左目を開けていられないほど血が溢れて
いる。
「大丈夫か?」
シャンクスが駆け寄った。
「血の量は多いが、傷は深くない」
そう答えて、副船長は布で傷口を押さえる。だが、顔色は悪く、息も荒い。何
より、いつもの余裕の表情が失せていた。
「点呼と被害状況と艦の破損についての報告を」
副船長がそう言いかけてその場に倒れた。
「副船長!?」
その場の全員が動揺した。シャンクスがすかさず叫ぶ。
「船医を呼べ!」
船員の間をぬって白衣の男が出てきた。
「B・J!副船長が」
「今、診る」
B・Jは副船長の様子を調べる。
「失血による気絶じゃないな。様子がおかしい」
彼は真剣な顔で診察を続け、副船長の左肘上に異状を見つけた。傷口そのもの
はかすり傷だが、周囲が赤黒く異様に腫れ上がっている。
「毒だ。毒を塗った刃物でやられたんだ」
船医は副船長の肩を縛った。
「傷口から毒の吸引と洗浄を!急げ」
「おう!」
船医見習たちが二人がかりで副船長を運んでいく。
B・Jが叫んだ。
「何かが塗ってある刃物を探せ、今すぐに全員で!」
「どういうことなんだ?」
シャンクスが訊ねた。
「毒ってのはな、どんな毒が体に入ったかが分からなきゃ、手の打ちようがな
いんだよ。体に入った毒を検出するのは困難だが、元があれば調べられる」
シャンクスの顔が険しくなった。
「探せっ、何をおいてもまず探せっ!他にも同じような傷を負ってる奴はすぐ
に連れて来い!」
船医は医務室の薬棚を開けた。毒を調べる試薬と器具を机に並べる。次に小さ
な鞄を取り出した。中には細いガラス管に入った液体が並べられている。彼はそ
の中から、予想される毒の血清を数種類選んだ。
「あの腫れは蛇毒の可能性が強い。蛇の毒なら、なおさら治療を急がにゃならん」
意識を失った副船長の耳に周囲の会話はほとんど入らなかった。彼は朦朧とし
た夢の中にいた。真っ暗闇の中、何かが近づいてくるような気配を感じていた。
「あったぞーっ」
「本当か?」
「何でもいい。疑わしいものは全部医務室へ運べ!」
シャンクスは次々とされる報告を聞いていた。シャンクスの前には数人の船員
が報告の為に並んでいる。
ルウがシャンクスの肩を叩いた。
「お頭、後のことは俺たちがやっとくから休んで良いぜ」
「そうか?でも」
ヤソップがシャンクスの背中を押す。
「いいから、いけって」
「ああ」
シャンクスは駆け出した。
「ずっと、行きたかったんだろうな。副船長のとこに」
ルウが笑う。
「お頭にしてはよく我慢してた」
ヤソップが分別くさく頷いた。
医務室のドアが小さくノックされた。
「ああ、お頭か」
ドアが開ききる前に船医が言った。
「何で分かった?」
「分からいでか」
ベッドの上には、頭から顎にかけて包帯で巻かれた副船長がいた。シャンクス
は心配そうにのぞきこむ。
「で、容態は?」
「間に合ったよ。海蛇の毒だった。血清を用意しておいて正解だったな」
シャンクスが安堵の溜め息をついた。
「これに感謝して、俺の分け前と医薬品費の予算を上げてくれよ」
B・Jがにやりと笑った。治療が上手くいくと、この男は決まって治療費をふ
んだくるのだ。
「ありがとな、B・J」
「そりゃ、真剣になるさ。副船長がいなくなったら、この艦は暗礁に乗り上げ
たも同然だからな」
鼻先で笑いながら、B・Jは答えた。
「もう聞き飽きたよ、その言葉は」
シャンクスも笑った。
「なあ、B・J」
「なんだよ、改まって」
「俺、今夜ここで泊まってもいいか?」
「副船長のことをしっかり看てくれるなら、構わんよ」
「んん」
B・Jは医務室を出て行った。
シャンクスは包帯でぐるぐる巻きにされた副船長の顔を見つめる。
「お前のことを看護するなんてのは、出会った時依頼だな」
副船長は暗闇に一人立っていた。
俺はどこにいるんだ?
突然背後から声が聞こえた。
「久しぶりだな」
その低い響きには覚えがあった。
「ロジャー!?」
振り向くとそこには海賊王の姿があった。少年の日に憧れた彼の姿は全く変わ
っていなかった。
「約束の続きといこうじゃないか」
ロジャーは副船長の顎を捉え、すばやく唇で唇を覆う。
かつて一度だけ交わされたロジャーとの接吻。寸分記憶と違わなかったが、そ
の唇と舌は氷のように冷たく、副船長の体を凍えさせた。
ロジャーが副船長の服に手をかける。シャツもズボンも紙のようにもろく破れ、
彼は一瞬にして全裸にされた。
ロジャーを押しのけようとしたが、その手を掴まれて押さえつけられた。
「何故拒む。俺に会いたくて黄泉まで来たんだろう?」
冷たい指と唇が副船長の体をじわじわと這う。
だめだ!! ロジャー
叫んだものの、声にならなかった。
背筋が痺れて体を思うように動かせない。ロジャーの体がのしかかって来た。押
し潰れそうな重さで、体を押さえ込まれてしまう。
今死ぬわけにはいかない。俺はあの男の側にいなきゃならないんだ。
「シャンクス!」
「あいよ」
思いがけず聞こえた返事に双眸が開いた。開くと同時にこめかみに鋭い痛みを
感じた。
「気がついたか」
シャンクスがベッドの横でこちら側を向いて座っていた。
「俺は、どうして・・・?」
「毒の刃物でつけられた傷のせいで倒れたんだよ」
シャンクスの説明を聞いて、副船長を記憶をたどる。
「そうか、で仲間と艦の被害状況は?」
副船長の質問にシャンクスは呆れかえった。
「自分のことを心配しろよ。血清打つのが遅れてたら死んでたんだぞ」
「そうだったのか」
シャンクスがタオルで副船長の顔に浮いた汗をふき取る。
「うなされてたな、痛むのか?悪い夢でも見たか」
心配そうな顔をするシャンクスを、副船長は見つめた。
悪い夢という言葉で今しがたまで見ていた夢の内容が思い出された。やけにリ
アルで覚めてからも鮮明に残っている。
「覚えてない」
嘘の答え。
「あっ、そうそう」
シャンクスは思い出したように、ごそごそとベッドの下から何かを取り出した。
太い水差し口のガラス製ポット。尿瓶だ。
「お前、体が言うこときかないだろ?便所に行きたくなったら言えよ」
そう言ったシャンクスの顔は妙に嬉しそうだった。
「いらねーよ!ったく、この人は・・・」
「こぼさず受け止めてやるから安心しろよ。それに俺たち恥ずかしがる関係じ
ゃないだろ?」
「いや、そう言われてもだな」
赤面する副船長にさらにシャンクスは言う。
「痛みがひどいようなら、痛み止めの座薬もあるぞ」
「頼むから、もう勘弁してくれ・・・」
そっぽを向いた副船長に、シャンクスが体を浮かせて覆い被さる。
「おやすみ」
優しい声を聞いて副船長がシャンクスを見る。シャンクスは副船長に軽くキ
スをした。唇の温かさに安心した副船長は、再び眠りに落ちた。
数日後、B・Jは副船長の包帯を外した。包帯のため、髭を剃れないまま過ご
していた。
副船長は鏡で自分の顔を見る。髭と傷で以前にもまして迫力がついた。鏡にシ
ャンクスも映る。
シャンクスは副船長の顔を不思議そうに見つめて言った。
「髭は生えても、眉毛は生えんのだな」
「今日という今日は許さんっ!」
「だはははははは」
船上を二人が走る。船員たちがその光景を見て笑い出した。
「あっ、副船長完全復活だ」
「これでこの艦も安泰だな」
艦は以前の陽気な雰囲気を取り戻した。
副船長の部屋は夜遅くなっても、灯りが消えなかった。戦利品の宝石の真贋を
調べているのだ。
作業中、一つの指輪が彼の目を引いた。骸骨をデザインした頭部、輪の内側に
は刻印があった。声に出して読んでみる。
「MEMENTO MORI・・・」
ノックの音が聞こえた。相手は分かっている。夜遅くに彼の部屋に来るのはお
頭しかいない。
「どうぞ」
一応返事をする。
「何見てんの」
シャンクスが背後から肩越しに副船長の手元をのぞきこんだ。
「この前の戦利品」
副船長が指輪から目を離さずに答える。
「骸骨の飾りなんて珍しいな、海賊の持ち物か?」
「いや、これは古い時代のものなんだ。骨董的価値もある」
シャンクスが副船長の手から指輪を取り上げて机の上に置いた。副船長はやっと
シャンクスの方へ顔を向けた。
シャンクスが訊ねた。
「体の方は大丈夫か?」
「そんなにヤワじゃないぜ」
「じゃあ、こういうことをしてもいい?」
シャンクスの手が首から胸に滑り込んできた。返事を待たず、小さく柔らかな突
起を探り指先で愛撫を始めた。
「あんた、この髭面に欲情すんのか?」
「欲しくてたまんない」
耳の後ろから首筋をシャンクスの舌がゆっくりと降りていく。
副船長が観念してベッドに身を横たえた。片手で脱がせようとするシャンクスを
手伝ってゆっくり脱ぐ。その様子は誘うようにも見え、シャンクスをさらに煽る。
副船長の体を貪る様に唇と指で隈なく愛撫をしていく。
副船長は自分の上で体を揺らしているシャンクスの首に両腕をまわして引き寄せた。
下腹部が圧迫されることも構わず、彼は引き寄せた頭を抱きしめる。
激しい波の中で彼は思う。
このまま融けてお互いに繋がってしまえばいい
この男だけとは、何があっても引き離されたくない
二人の契りをランプの灯りと指輪だけが見つめていた。
かつてこの指輪は、誓いの言葉の下に贈られた。
「死が二人を分かつまで」
古き指輪の刻印は語る。
MEMENTO MORI
忘るることなかれ、汝が死すべき運命を。