赤髪海賊団は一仕事を終えて艦を港に止めていた。艦内の食堂では次回の航海の
打ち合わせが為されていた。
 「次の航海どうするヨ、お頭」
 ルウが肉を貪りながら器用に喋った。
 「今度は商売抜きで冒険と行きたい所だな」
 シャンクスが少年の様に目を輝かせる。そこに、会計士が申し訳無さそうに口を
挟んだ。
 「そうするにゃあ、ちょっと蓄えに不安があるんすよ。前回の仕事は経費がかさ
んで利益が薄くなっちまったんでさ」
 「そうだったよなー」
 首を傾げるシャンクスの横で、副船長が煙草を口から外した。 
 「海図を売って資金に当てるか?」
 「出た!内助の功ー」
 周囲の者が囃し立てた。
 「その言い方は止せ…」
 副船長は眉を顰めた。次回は冒険と決まったかのようにお祭り騒ぎになりかけた
矢先、戸口の壁をノックする音が彼らを静めた。
 「お頭、情報屋から連絡がありやしたぜ」
 「おう、言ってみろ」
 使いのものはにんまりと口の端を吊り上げて嬉しそうに話し始めた。
 「赤髪海賊団ご指名の仕事で、報酬は何と一億ベリー!しかも全額前払いと来た
もんだ」
 「へぇー、そいつは豪気だあ」
 シャンクスは感心した。周囲の者も色めきたつ。浮き足立つ面々の中、副船長だ
けが警戒している。
 「依頼者や内容が分からん以上は引き受けられんぞ。罠に誘い込む為の餌かも知
れん」
 シャンクスが真面目な顔に戻った。
 「ああ、その通りだ。それに麻薬と奴隷だけは幾ら金を積まれようが運ばねぇの
が俺たちの掟だ。で、依頼者とその内容は何だ?」
 「依頼者は刀匠の三代目鬼徹さん。届け先は大剣豪鷹の目で、届けるブツについ
ては会って直接話したいとのことでさぁ」
 話を聞いた全員の目が点になった。
 「どうしやす?女将!」
 皆が異口同音に副船長に伺った。
 「その呼び方は止せ!!」


 結局、赤髪海賊団は依頼者鬼徹の指定する場所まで来た。この仕事を選ぶ決定打
となったのは一億という報酬でもなく、依頼人の身元の確かさでもなく、シャンク
スの旺盛な好奇心だった。
  波止場に鏡で入港許可を得る信号を送る。見慣れぬ形の櫓からは入港許可を示す
信号が送られてきた。船員たちは忙しそうに艦を港へ泊める準備にとりかかる。
 「鬼徹ってどんな男なんだろうな。やっぱ、あいつも居るのかな?」
 楽しそうなシャンクスに反し、副船長はやや浮かない顔だ。
 「いない方に賭けたい気分だ。俺を女将呼ばわりするのだけは勘弁して欲しいね」
 波止場に駆け寄って来る者が一人。近づくにつれてその人影が侍であることが分か
って来た、その顔が以前見た顔であることも。
 「赤髪殿ーっ!女将に皆の衆ー!お久しゅうござるーっ!」
 「おーう!リューマ!久しぶりー!」
 元気に返事をするシャンクス。その一歩後ろで副船長の長身が傾きかけていた。

 シャンクスは一行を率いて港に降り立つと、リューマに駆け寄って彼の肩をパシパ
シと嬉しそうに叩いた。
 「元気だったか?」
 「赤髪殿もご健勝とお見受けした。拙者が鬼徹様の屋敷まで案内いたそう。この港
も鬼徹様の領海ゆえ、安心して船を預けて下され。鬼徹様の配下の者がしかと貴殿ら
の船を御守りいたす」
 灯台と思しき櫓から、白い式服姿で剣や弓を携えた集団が出てきて海賊団に一礼し
た。彼らもまたならず者から舟や港を守ることを心得た者たちであるらしい、シャン
クスたちは直感的に同類の雰囲気を感じ取った。
 「んじゃ、お言葉に甘えて。おい、見張り当番も呼んで来いや」
 シャンクスが後を振り返った。
 「いざ、宗匠のお館へ」
 リューマが草鞋をクシュクシュ鳴らして歩き出した。

 竹林に挟まれた細い道は昼間でも暗く涼しかった。赤髪海賊団たちは二列に並んで
細い道を窮屈そうに歩いた。竹林が開けたその先には、黒い瓦を乗せた白い壁に埋も
れた大きな木製の門が立ちはだかった。
 リューマは門のすぐ横にあるおまけの様な木戸に歩み寄った。
 「リューマにござる。赤髪殿御一行をお連れした」
 「開門」
 塀の中から男の野太い声が聞こえると同時に、ギギギギと門が大きな音を立てて軋
んだ。
 「ほえーっ」
 先頭にいたシャンクスが感嘆の声を漏らした。
 門の奥には黒光りする瓦をびっしりと敷き詰めた重たそうな屋根と、それを支える
幾つもの木の柱で築かれた御殿。武門らしく館のどこにも飾り気は見受けられない。
屋敷の内部にいたる道を挟んで数人が赤髪海賊団に頭を深々と下げていた。
 玄関口手前に年若い少年がリューマの前に駆け寄ってきた。彼は長い髪を後頭部で
結い、袖の長い着物を纏っていた。
 「リューマ殿。お客人(まろうど)には大広間にてお待ちくださいますよう、とのことです」
 「承知した。皆の衆、此処からは履物を脱いで上がってくだされ」
 「え?あ、ああ」
 海賊たちは慣れない作法に戸惑いながらも従った。
 案内された大広間に入ると、着物姿の女性がスッと襖を開けて現われた。洗練され
た無駄一つない所作から、彼女も只者ではなさそうだ。彼女は両膝を揃えて折りなが
ら座り、背中を伸ばしたまま深々と頭を下げた。
 「宗匠はすぐに参ります。どうぞ、お(ろく)にお待ちくださいませ」
 女性が奥に下がると、シャンクスが首を傾げた。
 「おろくに?お前、意味分かるか?」
 「いや…俺にも分からん」
 副船長は眉間に小さく皺を寄せた。
 「お陸にと言うのは楽にという意味でござる。好きなように座ってお待ち下され」
 リューマは先の女性と同じように両膝を揃えて折りながら座った。シャンクスも真
似してみるのだが巧くいかずよろけている。
 「拙者にとってはこれが楽な座り方だが、赤髪殿には難しかろうて。楽な姿勢でお
座りくだされ」
 諦めて膝を崩すシャンクスの右では、副船長が長い脚を持て余すように片膝を立て
て座っていた。
 間もなく多数の力強い足音が聞こえてきた。
 「お待たせいたした」
 腹の底まで響くような低い声とともに、厳格に白髪と白い髭を蓄えさせたような顔
の老人が現われた。生成りの白い着物がその男の高潔さを高めているようだった。痩
せて肉は落ちてしまっているものの、老いによる言い訳を一切許さぬようなきびきび
した身のこなしで彼は赤髪たちの向かいに座った。
 この男こそが三代目鬼徹だとシャンクスは直感した。
 老人を中心に客人を囲むように侍従たちも座った。
 「お初に御目文字仕る、赤髪殿。(それがし)は三代目鬼徹に候。先日は我が一門の命運を
賭けた使者を送り届けて頂き、誠に御足労をお掛けいたした。一門に代わりこの鬼徹、
心より御礼申し上げる」
 鬼徹が床に着きそうになるまで頭を深々と下げた。侍従たちも彼に従う。
 「いや、こっちも仕事として引き受けただけで、そんな礼をされるような筋じゃね
ぇんだ。頭を上げてくれ。早いトコ、次の仕事について聞きたい」
 人に頭を下げられるのが苦手なシャンクスは照れくさそうに頭を書きながら話を切
り替えた。
 「赤髪殿がそう望まれるなら」
 鬼徹はやっと頭を上げた。
 「では、本題に入らせていただこう。鬼徹一派の刀剣は不本意ながら巷で妖刀呼ば
わりされているのは周知の事実。しかし、噂と言うものは恐ろしいもので、噂の尾鰭
に尾鰭が付いて、鬼徹一門はあらゆる怪異に通じていると思う者もおるらしい」
 「まさかぁ」
 シャンクスがへらっと笑って返す。
 「その結果がこれでござる」
 侍女二人がスッと襖を開けた。そこには頭髪が茫々に生え伸びて異様な長さに至っ
た人形やら、血の涙を流した像やらが山となって積まれていた。霊感など無くても、
その部屋には物の怪の類がうようよしているのがよく分かる。この光景には海の猛者
どもも血の気が引いた。彼らの中でも、頭にバンダナを巻いた男はうへぇと一言漏ら
して黄色いサングラスをずらして目頭を押さえた。
 侍女らは何事も無かったかのように襖を閉めた。こういう事に鬼徹たちは既に慣れ
てしまっているらしい。
 「これらは本題とは関係ござらんゆえ、ご安心下され。問題はこれらの中に混じっ
てやってきたある物の出自にござる。件の物をこれへ、三方を赤髪殿の御前に」
 若侍が側面に丸く穴の開いた四角盆の載った木箱を持ってシャンクスたちの前に進
み出た。盆の上には白い布が敷かれ、中央には小さな輪が乗せられていた。
 「…これは、指輪?」
 「左様」
 シャンクスは指輪を手にとって見つめる。
 指輪は滑らかに磨き上げられた黒曜石に似た鉱石をボディにし、細かい彫刻を施さ
れた銀が三分の一程巻かれていた。
 「?気のせいか…どこかで見たようなデザインのような…」
 副船長が記憶を手繰ろうとしている。
 シャンクスはむずむずと楽しそうな表情になる。疼いているのは悪い癖、指輪を見
ると副船長の指に嵌めてみたくなるのだ。原因は以前からシャンクスは副船長に揃い
の指輪を持とうと提案しているものの、素っ気無く断られ続けていることにあった。
 「綺麗だな〜。これ絶対にお前に似合うぞ」
 言い終わる前にシャンクスは隣にいた副船長の左腕を右腕だけで絡めとり、副船長
の薬指に嵌めてしまった。
 
 「あ〜っつ!!」 
 リューマも鬼徹も侍従たちも一斉に叫んで目を見開いた。彼らの反応に海賊たちも
狼狽した。
 「ったく、あんたが馬鹿な事をするから!」
 副船長はシャンクスの腕を振り払った。「悪い、大事なものなんだろう?今すぐ返
すから」そう言って、指輪を外そうとした。
 「…あれ?」
 彼の薬指から指輪が抜けない。嵌められた時は全く違和感がなかったのに、抜こう
とするとびくとも動かない。
 「石鹸とぬるま湯を持て!」
 鬼徹が叫ぶ。侍従たちが慌てて廊下を走った。
 盥と石鹸が運ばれてきた。泡を立てて指輪を滑らせようとするが、やはり指輪は彼
の左薬指から外れない。
 侍女の一人が鬼徹の側に寄った。
 「御館様、浮腫を鎮める薬湯を用意致しましょうか?」
 「うむ、そうしてくれ」
 侍女は一礼してその場を離れる。答えた鬼徹の顔には精彩が無かった。その手段に
も彼は期待していないようだ。
 鬼徹一門とリューマの顔に翳りが見えてきた。まずい雰囲気に海賊たちも不安にな
る。沈黙にぽつりと穴をあけるようにルウが恐る恐る訊ねた。
 「確か仕事の依頼って…鷹さんへのお届け物でしたヨネ?」
 「まさか…!」
 副船長が指輪を見つめた。シャンクスの顔が引きつる。
 鬼徹は厳しい顔にさらに眉間に皺を足し、溜め息を付いた。
 「そう、その指輪が鷹の目殿への届け物、かの黒刀に所縁(ゆかり)深き品にござる」
 海賊たちの顔から血の気が引いた。
 鬼徹はシャンクスと副船長に改めて向き直る。
 「あの一件の後、鷹の目殿は我が館に足を運んで下さった。すぐさま我らと意気投
合なされた鷹の目殿はしばらくの間こちらに滞在された」
 「それは容易に想像がつく、目に浮ぶよ」
 シャンクスが分別くさく頷いてみせた。
 「その時、鷹の目殿が黒刀にとって番の品があるという伝説を語って下されたのだ」
 海賊たちは固唾を飲んだ。
 「黒刀はその昔に戦いの女神が鍛えて戦士に授けた剣であるという。剣を授けた女
神は戦士と恋に堕ちたが、人と神の一線を越える事は許されぬ。故に女神は恋心を形
見に託す事にし、黒刀と同じ素材で指輪を作り戦士に授けた。だが、その指輪に込め
られた力は並々ならぬもの。やがて指輪は戦士の子孫にとって災いとなり、子孫は指
輪を手放してしまったそうだ。もし、伝説が本当ならば、黒刀には同じ素材で作られ
た対の指輪が存在する、と」
 「で、この指輪が伝説の代物だってぇ根拠は?」
 シャンクスが神妙な顔で訊ねた。鬼徹は小さく頷いた。
 「黒刀の素材は鉱石の鷹眼石(ホークアイ)とプラチナ。プラチナはともかく、鉱石の鷹眼石を金
属のように鍛えなおす事は、人の身では為し得ぬ所業なのだ。我らも真贋を疑い試し
たが、我らの(すべ)をもってしてもその指輪には傷一つつける事すら(あたわ)なんだ。それは間
違いなく黒刀と番の指輪でござる。それが我らの手に届いたのは鷹の目殿がここを去
って一月も経たぬ時でござった」
 海賊も鬼徹一門同様に翳りが見えてきた。
 「じゃあ、これって呪いの指輪なのか?副ちゃんの命に関わるのか!?」
 シャンクスが慌てふためいた。
 「ご安心下され。恐らく女将の命に別状はござらん。ただ、ここから先は話が込み
入る故、頭数を絞りたく…」
 鬼徹は控えめな視線を海賊たちに配った。
 ルウとヤソップが後を振り向いた。「ここは俺たちに任せろや」と暗に示している。
 「行こう、お頭は妙な隠し事はしない」
 古参の幹部たちが部下をまとめる。
 「俺も残っていいっすか?」
 バンダナと黄色いサングラスの男が手を挙げた。
 「いいだろう」
 副船長が許可を出す。
 「では、皆様には先に湯殿で船旅の疲れをお取りくだされ。誰か案内を」
 部下たちは侍従の後について大広間を出て行った。残りの侍従が手際よく襖を動か
し大広間を小さな部屋に仕切りなおしてその場を去った。
 気配が去ったのを見計らって鬼徹が口を開いた。
 「実はその指輪は…黒刀の持ち主の妻や恋人に災いを為したそうでござる」
 「どういう意味だ?」
 シャンクスが間抜けな顔で首を傾げた。
 「つまり、その指輪は黒刀の持ち主の花嫁を選ぶのでござる。そして持ち主が指輪
の意に添わぬ者と結ばれた場合、命をも奪われた。故に、指輪は黒衣の花嫁と呼ばれ
た、と」
 「じゃあ…、ひょっとしたら、うちの女将は指輪から鷹さんのお嫁さんに選ばれち
ゃったってコトなの?」
 ルウが鬼徹の顔を覗き込んだ。
 「嘘だろ!」
 シャンクスと副船長が異口同音に叫んだ。
 鬼徹は深刻に悩みながら、口を重たげに開く。
 「…お肉殿の仰る通りかもしれん」
 否!と副船長が反射的に叫ぼうとしたのを遮ったのは赤子のような大きな泣き声。
 「うわ〜ん!やだやだやだったら、嫌だ!絶対に嫌だ。やだったら、やだも〜ん!
そんな指輪絶対運ばないったら!運ばないからなーっ!」
 寝転がり手足をバタバタさせて駄々をこねるシャンクスの姿に、副船長は呆れかえ
って声も出せない、それは海賊幹部たちも同じだった。日頃の副船長の代役をかって
出たのはリューマだった。
 「赤髪殿!それはあまりにご無体な仰りよう。この指輪は黒刀の秘密を抱えている
のですぞ。万が一、悪しき輩の手に渡って黒刀の如き剣が幾振りも作られ、さらに悪
用されたら何とします?こればかりは届けぬ訳にはいきますまい!」
 「それがオレの知った事かよ!」
 シャンクスは駄々をこね続ける。
 「あんたが迂闊に俺の指に嵌めたりしなきゃ、こんな騒ぎにはならなかったんだが
なぁ?」
 副船長に釘を刺され、シャンクスはぐっと詰まって動きを止めた。
 「まだ、指輪が女将の指から外れなくなったと決まった訳ではござらん。策を練っ
て全てを試しましょうぞ。それにあの鷹の目殿の事、何か解決策をご存知かもしれぬ」
 「む、リューマの言う事ももっとも。赤髪殿を見込んでお願い申し上げる。先行き
短き老いぼれの後生の頼み、何とか聞いてはいただけませぬか!」
 鬼徹はひたすらに土下座した。
 「頭を上げてください鬼徹さん。俺たちゃ海に出ると決めた時から、頭下げたり下
げられたりする人のしがらみにはおさらばしてるんでさぁ」
 ヤソップが鬼徹をなだめ、シャンクスを振り返って見つめる。
 「お頭よぉ、こんなに懸命な爺さんに頭下げさせて何やってんだよ。いつものアン
タらしくねぇぜ?」
 「う…」
 シャンクスはしぶしぶ上体を起こした。
 「いいじゃん、お頭この野郎!出たトコ任せの行き倒ればったり、当たって砕けよ
うヨ」
 ルウがシャンクスの背中をバシッと叩いた。
 「とにかく、この指輪を外して鷹の目にくれてやりゃあいいってことだよな…」
 シャンクスがふてくされたまま答えた。
 「かたじけのうござる!」
 鬼徹とリューマは両手を前につき深々と頭を下げた。
 「しかし、宗匠の老い先が短いというのは疑問がござるなあ」
 頭を上げたリューマが笑った。
 「年長者には敬意を持てい!」
 鬼徹の握り拳がリューマの頬を直撃し、彼はその勢いで畳の上をでんぐり返った。
 その様子を見ていたルウが素朴な疑問を口にした
 「あの〜、時に鬼徹サンはお幾つで?」
 鬼徹ははにかみながら答えた。
 「生き恥をさらすようでお恥ずかしいのじゃが、今年で百八歳を迎えますのじゃ」
 「はぁ〜、お達者なことで…」
 周囲から感嘆の溜め息が漏れた。
 「拙者の先行きのほうが短い気が致します…」
 リューマが畳に寝そべりながら呟いた。
 この騒ぎの一部始終を黄色いサングラスの男は冷静に聞き、指輪をレンズ越しに見
据え続けていた。


 鬼徹たちはシャンクスたちを夕食(ゆうげ)と酒でもてなし、泊まる部屋まで用意してくれて
いた。リューマ曰く、「鬼徹殿のお屋敷には多くの剣客や道場主が多くの弟子を連れ
てくることなど日常茶飯事なので大人数のもてなしには慣れていらっしゃるのでござ
る」とのことで、彼らは鬼徹たちの厚意を素直に受けた。

 「良い風呂だったな〜。広くて木の香りのする浴槽でさ」
 シャンクスはすっかり機嫌が直っていた。用意された浴衣は歩く側から着崩れ始め
ていた。シャンクスに用意された部屋では副船長が既に風呂から上がっていた。崩れ
た座り方にも関わらず、浴衣は着崩れていない。彼は湯呑みで何かを飲んでいる。
 「おっ、オレにもその飲み物くれよ」
 「これは浮腫(むく)みをとる為の薬だ。あんたが飲んでも仕方ない」
 「あっ、そっ…」
 「あんたにはあっちに飲み物が用意されてる。水と酒の両方な」
 枕元には盆の上に朱塗りの酒器と青竹製の水筒と湯呑みが並べられていた。
 副船長は酒宴の席でも殆ど酒を口にしていなかった。酒を我慢し、薬湯を飲む彼の
行動からもこの指輪を早く外したい気持ちが伺える。
 シャンクスは副船長の隣に座り、彼の肩に甘えるようにもたれかかる。
 「なあ、もしその指輪が外れなかった時はさ、鷹の目に事情話してお前が指輪を保
管するってことで手を打とうな」
 「なんだ、今回は弱気だな?」
 副船長が苦笑した。
 「こればっかりは話が違う!お前を他の男に嫁にやるわけにはいかん!絶対に!」
 「俺の人生、一度だって"嫁にいこう"と思った事は無いぞ…」
 シャンクスの表情も言葉も真剣だっただけに、副船長は呆れながら答えた。
 「つーかさぁ…」
 シャンクスの言葉が猫撫で声に染まる。
 「このユカタっての?オレには似合わねぇけど、お前には似合うな。似合うを通り
越して色っぽいぞ〜」
 「此処は他人様の家だぞ、どこぞの安宿とは違うんだ。妙な気は起こすな」
 数多の海賊や海兵を恐れさせた彼の睨みもシャンクスには通じない。
 「そういうおカタイこと言われっと、反ってそそられるんだよ。オレって男はね」
 浴衣の袂に手が滑り込んでくる。
 「馬鹿っ!…」
 シャンクスは圧し掛かかり、膝で彼の裾を割る。副船長はシャンクスの肩を押しの
けようとするが、筋力だけでは彼に勝てない。
 シャンクスが唇を重ねようと顔を近づけた瞬間、
 ”バチンッ!!”
 互いの体の間で何かが光って弾けた。
 「痛ぇ〜」
 シャンクスが肩を押さえた。
 「何だぁ?今の静電気のでかいのに似てたけど…」
 副船長が左手を見つめている。シャンクスもその目線の先を追った。左手薬指から
小さな火花がパチパチ光っている。
 「指輪から出てんのか?」
 シャンクスが近寄って見つめると、指輪は彼を警戒するかのように火花が速さを増
して発生する。指輪の持ち主に対する狼藉を戒めるかのようだ。彼らの胸に伝説が現
実味を帯びて重く圧し掛かってきた。
 「何ていけすかない指輪なんだーっ!」
 シャンクスは副船長の膝に取りすがって泣いた。
 副船長は「自業自得だろ」とシャンクスを小突こうと拳を握り締めたが悲しむ彼の
姿を見ている内にタイミングを逃し、いつの間にかその手を開いて赤い髪を撫でてい
た。
 

<後編に続く>


LIBRARYへ戻る