「じゃ、お休み」 「お休み、お頭。また明日」 割り当てられた宿の部屋の前でシャンクスと別れ、後ろ手にドアを閉じて、ベンは大きく息を 吐き出した。ぐだぐだに酔ったヤソップや他の面々は今更乱入しては来るまい。シャンクスは何 かをさとった様子で、未練がましくベンの傍を離れたがらなかったが、額の青筋をおまけに付け てにっこり笑って見せたら流石に引いた。鋭い男だ。彼の視線は、いつも見抜かれている居心地 の悪さと諦めに似た安心感を同時にもたらした。 しばらくは一人だ。そう思うと同時に膝が崩れた。ずるずるとドアを支えに座り込む。 嘘は苦手ではないが、疲れる。立て続けに誤魔化し欺いた重く苦い疲労が背を支える力まで奪 い去って、ベックマンは立てた両膝に額を預けた。 嘘をついた。 母と顔を合わせた回数は確かに語ったとおりだが、それはつながりの希薄さを意味してはいな かった。彼女が望んだ結果として自分がここにいるのだと、それを疑ったことはない。 疑う余地など、無かった。 そう、彼女は望んだ。全てを終わらせるただ一度の悪夢を、ひたすらにそれだけを強く強く望 んだ。呪いに等しい盲目的な激しさで。 言わない。言えるわけがない。死を夢見て俺を産み落としたあのひとのことを、蹂躙の日々の 果てに夜叉と変じた彼女らの哀しい狂気を、現に目にしなかった輩がくみ取ってくれるなどと、 そんな幻想は抱かない。 ベックマンは彼女を許している。だから語らない。理解を求めない。赦しを、請わない。海の 底へでも、地獄の底へでも、抱えていこう。現在も深刻な迷惑を被っている俺が良いと言ってい るんだ、お前ら部外者の分際で、あの満身創痍の女達にこの上の血を流させるようなことを口に するな考えるな。これは俺一人のものだ。誰にもやらない、それが喩えシャンクスだろうと。 支離滅裂な思考が可笑しくて肩が揺れた。怠惰に頭を擡げ、手でゆっくりと、きつく顔を押さ える。 狂笑になりきれないひきつった呼気が、僅かに零れた。