マリンフォード大戦後、白髭海賊団と別れた赤髪海賊団は小さな無人島に休暇と称して 立ち寄った。常春島の砂浜は限りなく白く、淡い青色の波も風も穏やかで、かの大戦はた だの長い悪夢だったのではと思わせるほどに美しかった。 船員たちは真昼の通夜よろしく弔い酒をしんみり飲み始めた。 シャンクスが仲間からそっと一人離れるのを見つけた副船長が同じように気配を消して 後を追った。 普段のシャンクスとは真逆の、押し殺すような静かな気配をたたえた背中を副船長は距 離を縮めることなく見守る。シャンクスが浜辺で足を止めて真面目な横顔を見せた。 「尾行みたいな真似してないで、こっちに来いよ」 「ああ」 副船長は言われるまま足を進めた。 定位置の距離まで来るとシャンクスは副船長の煙草を摘んで取り上げる。それをさもつ まらないもののように波に向けて指で弾き飛ばした。 「お頭?」 顔をのぞき込もうとした瞬間、副船長の体が仰向けに倒され限りない青空が目に入った。 シャンクスの顔が首に近づいてくる。副船長は本気で彼を押し退けた。 「何考えてんだ!あんた?今そんな気になれると思ってんのか?」 「その気になれないってんなら、泣けよ!それがお前の本音なら!」 シャンクスの拳が副船長の左頬を直撃した。顔を歪めながら彼は抗議した。 「…いってぇな!顎が外れるトコだったぞ!」 副船長の顎や首に水滴が落ちてきた。それは馬乗りになっている男の頬から滴ってきた ものだった。 「…どこまでも勝手な男だな。泣けと言っておきながら先に泣く奴があるか!」 相棒の泣き顔が彼の胸の奥を震えさせる。耐えかねて溢れ出した感情が声にならない慟哭 となって喉を貫いた。 どれくらいの時間が経ったのだろう。二人の男は砂浜に座り沖を眺めていた。 「ロジャーが本当は余命幾ばくもなかった事、処刑台に上るまで生きていたことそのもの が奇跡だったとあんたから聞いて、俺は正直心が少しだけ軽くなった。だが、エースは捕ま りさえしなきゃ生きていけたかもしれないんだ。それを思うと悔しいな…」 「全くだ。出来れば、ロジャー船長に対するエースの誤解を解いておきたかったんだがな。 時期尚早だと先延ばしにしてたのが裏目にでちまった」 副船長が煙草に火を点けた。 「エースは処刑されたんじゃなく、大切なものを守り抜く為に命をかけた…それがせめて もの救いだな」 ようやくシャンクスの顔に明るさが戻り始めた。 「あんたがその左腕を失くしたのだって、似たようなモンだろ」 副船長が苦笑する。 「これ、お前にやるよ」 シャンクスがポケットから小さな物を取り出し、副船長の手の上に置いた。 「ライター?まだ壊れてないぞ?」 黄金色をした蓋付きの四角いライターを彼は見つめる。胴の部分にも開口部があるのを見 つけ、そこを開けて見る。黒い絹糸のような物が編み込まれ、透明な樹脂でコーティングさ れている。 「これは…エースの遺髪か?」 「マルコに頼んで貰ってきたんだ」 開けた蓋裏には文字が刻印されていた。 ”黄金と炎の煌めきを継ぐ者に” 「あんたにしちゃ上出来の文句だな」 副船長はライターを閉じて握りしめた。 あの時、絶望の中でこの男を信じられたのは、ロジャーの光がこの男の中に宿っていたから なのだろう。 「同じようなものをもう一つ作らせた。ルフィに渡せる日が来るまでオレたちで持っていよう」 「分かった」 シャンクスは後ろに倒れ込んだ。 「は〜っ、会いたいなあ!ルフィに」 彼の閉じた瞼はまだ腫れが引いていない。 「出来ればあの頃と変わらない笑顔に、だろ?」 沖を見据える相棒の目の縁にも赤みが残っていた。 「ああ」 太陽の光は雲に、海に、島々に、あまねく生きている者たちに降り注ぐ。その光が時を止めた 者たちに届くことはない。だが、嘆くことはない。彼らもまた、生きている者の胸の中で温もり に包まれているのだ。生ける者の心に宿り続ける限り、決して消せない鮮やかな残像として。
