海賊同士の激しい争いの末に辛くも勝利をもぎ取った赤髪海賊団だったが、船体への損傷と多くの負傷者を出した。
手負いの海賊たちは回復するまで他の商売敵に悟られぬようひっそりと航海を続けていた。
副船長が自室で休んでいると、複数の足音と荷車の音が聞こえてきた。音はドアの前で止まりノックに替わる。
「副船長、オレだ。ちょっといいか?」
船医の声だった。部屋の主がドアを開ける。
「どうした、B・J。早急に寄港が必要な怪我人でもいるのか?」
「いや、その必要はないが、ちょっと預かって欲しいものがある」
B・Jが廊下の左側を指さした。その先には船内用の小型荷車を引く水夫とその荷車に座る船長がいた。
「預かって欲しいモンって…コレか?」
副船長が荷車に座る絆創膏だらけのシャンクスを呆れ顔で見る。嬉しそうに小さく手を振るシャンクスの服の隙間
から包帯が垣間見えた。
「ご明察」
「こんなんでも立派な重傷者なんだから、医務室が最たる適所だろうが」
副船長の怒気にも船医は怖じ気付くことなく冷静だ。
「それがな、絶対安静を受け入れる代わりに副船長室で過ごすことを交換条件に出してきたんだ、アレが」
船医は親指で横の船長を指差す。
「そんな条件飲まなくて良い、甘やかすな」
副船長の額に青筋が浮かぶ。
「最初はオレも冗談かと思ったさ。だが、よく考えてみりゃ、暴れないように見張る一番の監視役がいる。医務室の
ベッドはケアの必要な連中で埋まってる。こちらにデメリットはない」
「そっちにはないかもしれんがな…」
頭を垂れる副船長の肩に船医が優しく手を置いた。
「まあ、とにかく頼む」
水夫は苦笑しながら、二人に散々物扱いされた船長をベッドに座らせると船医と一緒に部屋を出ていった。
唐突に監視役を押しつけられた男は向きを変えてベッドに座る男を睨んだ。
「どういうつもりだ?」
「いや、だって医務室じゃ退屈でさ」
シャンクスは悪ガキのような笑みを浮かべる。
「安静を守らなければ即刻医務室帰りだからな」
「そういうお前だって養生しろって言われてんだろ?」
「まあな…」
副船長も実は先の争いで左脇腹を負傷していた。船長を動かせない以上は休みを取る気など毛頭なかったのだが、幹
部たちが「主戦力の回復は最優先、後は元気な者で船を回すから」と拝み倒され、自室待機の身だった。
シャンクスがベッドの空き部分を叩いて招く。
「お前も座れって」
「安静は守れよ?」
「警戒すんな、怪我人押し倒す趣味はねぇって」
シャンクスがクスクス笑う。笑いはやがて痛みに差し止められた。副船長が鼻で笑う。
「俺も怪我人なんぞに簡単に犯られたりしないぜ」
副船長が横に座るとシャンクスは頭を相棒の腿の上に乗せた。
「へへっ、一度こういうのやってみたかったんだよな」
「ったく…」
自分よりも重傷者を無碍に払うことも出来ず、副船長はそのままの姿勢に甘んじた。
シャンクスは幸せそうに目を閉じると、やがて呼吸が寝息から軽い鼾に替わった。
”命が残っているのが不思議なほどの戦いだったからな…。”
副船長の脳裏に数日前に起きた凄惨な戦場の光景が蘇る。シャンクスという男は普段はへらへらしてはいるが、仲間
の危機となると魔神の如き底力を見せる。何度も目にしようとも、その鮮烈な姿は副船長の冷静な心をも奮わせる。
”なのに今はコレだもんな…”
幼子のようにあどけない寝顔を見せる船長に相棒も苦笑を禁じ得ない。
”仕方ない、読みかけだった本でも読んどくか”
副船長は煙草を吸い、ベッドの頭側に置いてある本に手を伸ばした。
副船長室のドアには船医が書いた張り紙がある。
< 臨時病棟特別室 / 絶対安静者在り / みだりに呼ぶべからず/ 船医 >