それは、シャンクスからの思いがけない提案から始まった。
夜、チェスト裏の隠し通路から副船長室を訪れたシャンクスは突然話を持ちかけた。
「なあ、冬至祭から年越しまでを夏島で、休暇も兼ねて過ごさないか?」
「珍しいな、あんたがこの季節に夏島に行こうなんて」
副船長が机に向かったまま、煙草を口から離さずに器用に答えた。
このシーズンに余裕がある時、シャンクスは故郷を懐かしんでか冬島に行きたがる事が多かった。
「良いトコ見つけたんだ。寒がりのお前もこれなら賛成だろ?」
シャンクスが薄い冊子を差し出した。青い海と空を飾るように咲く原色の熱帯花に囲まれた東屋
風の開放的なコテージの数々が並ぶ写真。南海風のリゾートホテルのパンフレットだ。
「リゾートホテル?どうみても堅気向けじゃないか。大丈夫なのか?」
赤髪海賊団は新世界で更に名が売れてからというもの、一般人が経営する場所で逗留した試しが
ない。場所をわきまえずに喧嘩をふっかける連中への苦肉の策なのだ。
シャンクスは笑って答える。
「平気だって、ここのオーナーは昔世話になった船の誼で古い知り合いだ。もう電伝虫で話もつ
けてある」
”あんたの昔の船って言ったら、海賊王乗組員の生き残りじゃねぇか…”
「まあ、それなら問題なさそうだな」
「じゃあ、決まりっ!」
シャンクスは嬉しそうに相棒の銀髪頭にすがりついた。
着いた先はパンフレットの写真以上に美しい夏島だった。待ちかねたかのように、逞しい老人が
彼らを出迎えた。日焼けした肌に白髪が対照的で、青と白のアロハシャツの半袖から見える腕は古
傷だらけで筋肉隆々だ。
「セガール!」
「おーう、シャンクス!随分出世したじゃねえか!見習いの赤毛小僧が今じゃ、あの白髭と並ん
で四皇とはなぁ。船長の見込みは正しかったワケだなぁ、オイ」
セガールは豪快に笑いながら、シャンクスの背中を太い腕でバシバシ叩く。
「世話になるよ」
「この島ごと貸し切りだから、遠慮なくやってくれ。隣の島にはいい女が揃った色街もあるぜ。
連絡船もある。好きに使え」
最初の晩は船長の旧友との宴会になった。
目を覚ました場所はいつもの船室ではなく、コテージのベッドの上だった。体を起こすと同時に
目眩と喉の奥からこみ上げてくる不快感に見舞われた。窓から海を望む開放的な部屋の中にベッド
は二つ並んではいたものの、シャンクスの他には誰もいない。
サイドテーブル上の水差しとコップのすぐ側に錠剤が置いてあった。誰が彼をここに運んで薬を
準備していったのかは言わずもがなだ。
シャンクスは錠剤を飲んでしばし待ってから、相棒を捜しに外へ出た。
崖を切り崩して作った海沿いの細い道を副船長が一人歩いている。シャンクスは飛ぶように跳ね
てすぐさま追いついた。
「もう起きたのか?もう少し寝てればいいじゃないか。休暇なんだから」
「馬鹿言え、折角の休暇だからこそだ。お楽しみはこれからだろ。何でお前はここにいんの?」
「散歩を兼ねて下見。万が一何かが起こった時に備えてな」
シャンクスが副船長の首の後ろに手を回した。
「なあ、ベン…」
「酒臭いぞ、あんた」
相棒はつれなく顔を背ける。シャンクスは体重をかけて副船長の姿勢を自分の方に傾ける。
「止せ、こんな明るいうちから」
シャンクスは恋人の憎まれ口を唇で無理矢理に塞いだ。
副船長がガバとシャンクスを引き離した。
「何だよ、その抵抗の仕方。そんなに臭かったか?」
彼が不満気に睨んでも、周囲に目を向ける恋人と視線が合わない。
「変だな、視線を感じたんだが…」
「視線?そういや…」
シャンクスは背後に何かを感じて振り向いた。視線を落とすと海面にぬるっとしたピンクの球体
が浮かんでいる。球体は長い嘴を開けてカカカと鳴いた。
「視線の主はイルカみたいだな」
シャンクスが笑った。ベンは首を傾げる。
「やけに人に馴れてるな」
シャンクスがその場にしゃがんでイルカと視線を合わせた。
「観光用に餌付けしてるんじゃないか?」
シャンクスがイルカに気を取られている隙に副船長は先に行ってしまった。
「悪いな、今何にも持ってないんだ」
シャンクスはつれない恋人を追いかける。イルカは海に潜って姿を消した。
沈んだ陽に押し出されたみたいに、巨大なクラゲのような満月が水平線から顔を出して波間を照
らしだす。島で一番高い崖の上にあるシャンクスと副船長のコテージの窓からもそれが見えた。副
船長は部屋に一人で蔓製のソファに座り、煙草をふかしながらスタンドの明かりで新聞を読んでい
た。
気配に気づいて新聞から顔を上げると、ずぶ濡れのシャンクスが窓から覗いている。
「あんた海で泳いできたのか?」
シャンクスが窓をまたぐと尻が見えた。
「しかも素っ裸?」
呆れながら副船長はうなだれた。
シャンクスは潮の滴が残る手を伸ばしてくる。
「待て!シャワーを浴びるとか、せめて拭きとるぐらいはしてくれ!」
シャンクスは何も答えないまま、副船長の服を脱がしにかかる。彼の服に海水が滴った。
男が鼻歌交じりに片腕に紙袋を抱えて山の上のコテージを目指して歩いていた。
”新しい潤滑剤をこの休みのために買って置いたってのに、船室に置いて来ちまうなんてドジった
ぜ。だけど、夜も休みもこれからだ。今度のは感度が良くなる成分配合って話だからな、楽しみ〜♪”
サンダルの足音が小刻みにコテージに近づいていく。
「おい!離れろ!誰か来る!」
副船長が小声で叱責しても、シャンクスは首を横に振って彼のズボンを下げようとする。
「馬鹿!」
コテージのドアが勢いよく開いた。
「お待たせ、ハニー♪」
ドアを開けたシャンクスは目を疑った。そこにいたのはソファの上で副船長の服を脱がせようとし
ている裸の自分。
”じゃあ、今ドアを開けたオレは誰?”
副船長は突如現れた二人目のシャンクスと自分の目の前にいるシャンクスを見比べる。顔形、髪型、
隻腕、どちらも特徴は同じだ。副船長は目の前のシャンクスの臍下に視線を落とした。
「ああ!?毛がないし形も違う!」
「ドコで判断してんだよ…って!てめぇ、すぐさまベンから離れろ!」
後から来たシャンクスが先客に殴りかかった。偽物はすかさず後ろに跳びすさった。
”避けた?今のスピードを?”
瞬間、二人は同時に同じ事を思った。
窓に両脚をかけた偽シャンクスはにやりと笑うと、窓を強く蹴って飛び出した。二人は窓に駆けつ
ける。目を上げると月光を反射する流線型のボディが高く跳ね上がって入るのが見えた。
「い?イルカ!」
イルカは回転しながら遙か下の海面に落ち、豪音と水しぶきを残して消えた。
「何だったんだ、アレは…」
さしもの副船長も呆気にとられていた。
「ひょっとして、あいつ、今日の昼間に見た奴か?」
シャンクスが海面を見つめながら言った。
海から何も浮かび上がらないのを確認した二人は窓を離れた。副船長が脱がされかけたズボンを直
そうとすると、その手をシャンクスが掴んだ。二人の目が合う。シャンクスは怒り含みに叱責する。
「おい、偽物にまんまと犯られるとこだったんだぞ?少しは注意しろよ」
「海から素っ裸で上がってきても不思議じゃない、あんたのいつもの行動にも責任の一端はあると
思うが?」
相棒の素っ気ない答えにシャンクスは苦笑した。
「何だよ、ソレ」
シャンクスは落とした紙袋を拾いに行きながら命令する。
「とにかく、お仕置きしてやるからベッドで待ってろ」
ベンは大きく溜め息をついてベッドに腰掛けた。
シャンクスは紙袋をサイドテーブルに置き、中からチューブを取り出した。
「そういうコトだけはマメだよな」
ベンは呆れ顔で恋人を見上げた。
「さあ、脱げよ」
言われるまま彼はズボンを脱いで仰向けに横たわった。
恋人の上に乗ったシャンクスはまず唇を求めた。舌を割り込ませ、執拗に舌を絡ませる。
組み敷かれた恋人は両手で自分のものとシャンクスのものを包み、馴れた手つきでこすり合わせ始
めた。長いキスの呼吸が熱く乱れ漏れ、恋人の口を離れたシャンクスの唇と舌が恋人の体中を這った。
シャンクスはチューブの蓋を口と手でこじ開け、恋人の腹筋の上に絞り出した。粘性の液の冷たさ
に、ぴくりと身じろぎはしたが、彼は表情を変えない。絞り出された液から南国の花と柑橘を合わせ
たような匂いが微かに立ち上る。香る液をシャンクスは指に絡める。その指が腿の間に滑り込むと、
恋人は溜め息を吐いた。
「今度のはどうだろうな?後で感想を聞かせろよ」
シャンクスはベンの長い脚を持ち上げ、自分の腰を下腹に埋めた。表情を変えずに黙り込む相手に
シャンクスは語りかける。
「船の中じゃないんだから、堅苦しい顔してないで楽しめよ。それとも何か、年くって衰えたか?」
相棒は長い脚をするりと絡ませ、両腕ですがりつくとシャンクスの耳元で甘く囁いた。
「枯れるまで搾り取られたいのか?」
耳から入ってきた妖艶な挑発が快楽の波となって背中を這うように巡った。
”くっは〜!これだからこいつとの濡れ事は止めらんない!”
二人は波のようにうねりながら互いの体を揺らし合った。
二人はコテージに備え付けられた小さめの丸い露天風呂に入っている。やや温い湯が熱帯の夜には
丁度良い。ベンは夜空に高く上った小さな満月を見上げる。
「満月でなければもっと星が見えたかもしれんな」
何も言わないシャンクスを彼はのぞき込んだ。何やら考え込んでいる横顔だった。
「どうした?」
「オレ二人とお前の3Pってのも、それはそれで面白い経験だったかも。もったいないことしたか
な〜って」
相棒は返事代わりの拳骨を食らわせた。シャンクスは殴られた部分をさすりながら笑う。
「冗談だって」
シャンクスはベンの腕を掴んで引き寄せる。
「まだやる気があるのか?」
「枯れるまで搾り取ってくれるんだろ?」
湯の中でシャンクスはベンを自分の両腿の上に乗せた。
「水の中で騎乗位なんて、イルカの交尾と同じだぞ?あんた、本当にシャンクスか?」
彼は珍しく恋人をからかう。
「本物かどうか、自分の体で確かめてみな」
二人は唇を重ね、体を重ねた。
少々のハプニングは起きたものの、シャンクスとベックマンはいつになく穏やかながらも濃密な時
を過ごした。
去り際にシャンクスはセガールに訊いた。
「この辺のイルカって人を化かしたりするのか?」
「お?何で知ってるんだ」
「いや、噂でな」
「ありゃうちで飼ってるワケじゃねぇが、いつからか居着いてな。奴が人間に化けて、カップル客
にちょっかいかけたんだよ。そのトラブルの噂が広まったせいか、ここんとこ客足が随分減っちまっ
てなあ。稼ぎも減って困ってたんだよ。ホント、良いところに来てくれたぜ」
「ああ、そう…」
「でも、お前んとこは男所帯だから特に問題なかったろ?」
「まあね…。ありがとな、セガール」
「おう、いつでも来い」
二人を含めた船員たちは艦に戻っていく。
「一杯食わされたワケか。四皇をカモにするなんざ、流石は元海賊王乗組員だな」
副船長が小声で皮肉った。
シャンクスは表情を読みとられない程度に微笑んだ。
”何がどうあれ、オレはお前と楽しくやれたらそれでいいのさ”
島を出るレッドフォース号を一頭のイルカが追ってきている事に誰も気付かなかった。