赤髪大海賊団では大頭の誕生日は重要なイベントだ。それに備えて艦内では全船員が慌ただしく準備に勤しんでいる。 今年の宴はもう一人同じ誕生日生まれのある人物を招く為、例年にも増して気合いが入っているらしい。 レッド・フォース号はとアマレット島の前で停泊していた。アーモンドの名産地でもあるその島は、この季節にはア ーモンドの木が降り注ぐほどの花を咲かせる。アーモンドは桜よりも花期が早く、桜を大きくしたような形の花で白い 花弁の中に微かに紅を忍ばせている所もよく似ている。その果樹林の美しさは大昔の詩人が桃源郷と詠ったとも言われ ている。 船員たちは花びらの混じるほの暖かい風に吹かれながらある男を朝から待っている。 「あのヒトはホントに来るのかねぇ?」 ヤソップが誰に尋ねる風でもなく呟いた。 「ま、あいつの気まぐれは昨日今日に始まったものじゃないからな〜」 シャンクスがのんびりした口調で答えた。 大頭の視線の先では彼の相棒が双眼鏡で水平線を見つめていた。 「おいでなすったようだ…」 副船長が振り向いて皆に合図した。 誰の目にも小さな小舟がこちらに向かってくるのが見えた。その後ろに手土産と思わしきタンカーが姿を現すと船員 たちは奇声を上げて小躍りした。 「さっすが、鷹の目サン!太っ腹!」 タンカーの中身は例に漏れず酒であることは言うまでもない。 船員たちと客人は島に上陸し、畑の管理人の許可を得て宴を開いた。 ヤソップが乾杯の音頭をとる為ジョッキを持って立ち上がる。 「え〜、僭越ながらこの私目がこの場を仕切らせていただきます。大頭!鷹の目サン!誕生日おめでとうござま〜す!」 「おめっとさ〜ん!!!」 大歓声が島中に響きわたった。 宴もたけなわになった所で副船長が二人の前にやってきた。 「俺からの祝いの品だ」 副船長が目配せすると二人の船員が船長と客に恭しく祝いの品を差し出した。 シャンクスの前にはサーベルの新しい鞘が、ミホークの前には小ぶりのアタッシュケースが差し出された。 シャンクスは上機嫌で鞘を手に取る。上質な飴色の革と美しい彫りの施された金具、鞘の中心には彼の髪色と同じ色の 貴石がさりげなく象眼されている。 「おお!サンキュ、サンキュ!今度のもなかなかいいな」 「だいぶ傷んでたからな」 シャンクスの様子に贈り主は満足げな笑みを浮かべた。 「己のは…開けてみても良いか?」 「どうぞ」 贈り主の許可を得て鷹の目はケースを開けた。中には鮮やかな藍、緋、黒、紫、萌葱色の柄紐。木製の目釘。刀の手 入れに必要な道具が美しく整頓されていた。 鷹の目が感心したかのように小さく溜息をついた。彼はその中の目釘を一つ摘み上げて凝視する。 「…この目釘はただの木ではあるまい」 副船長がふっと柔らかく笑った。 「ご明察、素材は宝樹アダムだ」 「ううむ、心遣い感謝する。斯様に気の利く細君は赤髪なんぞにはもったいないな」(細君=妻・奥さん) 周囲の幹部がどっと笑った。 「そういう言い方は寄せ!」 副船長が窘めた。 「副ちゃんはオレのもんだからな。お前にはやら〜ん」 赤髪が子供じみた悪態をついた。 「では、己からもお前にこれを」 ミホークはロングジレの内ポケットから封筒を取り出して手渡す。 「何だこれ?」 受け取った淡いクリーム色の封筒は一目見て上質な紙と分かるもので、裏を見ると青い封蝋で閉じられていた。 船長も船員も怪訝な顔で封筒を見つめる。シャンクスは船内一の頭脳の持ち主に目で問いかけるが、彼にさえその 見当はつかないのか首を横に振った。贈り主が説明を付け足す。 「店の紹介状だ」 「紹介状?」 「そこは世界貴族御用達の理髪店でな、紹介状なしには入れぬ評判の店だ。主にウイッグ、かつら作りを得意としている。 将来、トレードマークがなくなった時に困るであろう?特に貴様のように珍しい髪色の持ち主は」 ミホークがシャンクスの頭を指さしてくるくる回して見せた。 「余計なお世話だよっっ!!」 シャンクスの怒声に船員たちの笑いの波がどっと覆い被さった。 船長が振り向くと幹部を含む船員たちが死にかけのゴキブリのようにのたうち回って笑い転げている。 「さっすが!鷹の目サン!」 「一本取られたな!お頭!」 「気が利くぅ〜!」 艦内一クールな男でさえ肩を震わせて笑いを堪えきれずにいた。 「もう!副ちゃんまで撃沈かよ!」 「悪い…お頭…」 答える声までが震えていた。 シャンクスは振り向いて鷹の目を見据える。 「お前、最近嫌がらせの手が込んできたな」 「そう褒めるな」 鷹の目はしれっと答えた。 花の上の空が濃紺に染まる頃には殆どの船員が酔いつぶれていた。 三人は宿泊用に張ったタープの下に移動して飲み続けることにした。船のロープを巻く巨大なボビンを横にして白い木綿 布をかけただけの丸テーブルを三人で囲む。 既に強かに酔った赤ら顔でシャンクスは鷹の目を睨む。 「ああ、そうそう鷹の目。オレはもう一つの宝刀の鞘を変える気はさらさらないからな、覚えとけよ?」 「何の話だよ!?」 副船長は拳で上司に突っ込みを入れた。 「そうか、残念だ」 「分からなくて良いから!」 副船長が声を荒げる。 シャンクスはグラスをテーブルに置き、古き好敵手の顔を無邪気にのぞき込む。 「なあ、鷹の目。前にも聞いたけど、オレから何かプレゼントして欲しいものは何かないのか?」 副船長の瞳が興味の色を示しながら鷹の目を映す。 「そうだな…強いて言うなら、お前にしか出来ない事がある」 「どんな事だ?」 「海賊王ゴール・D・ロジャーの話を聞かせてくれ、お前の口から。どんな船長だったのかを」 シャンクスの顔が驚きに固まった。 「主も興味があろう?」 ミホークの琥珀の瞳が副船長の驚いている表情を捕らえた。 「…ああ」 副船長が微笑んだ。 「そーか、そんなに聞きたい?」 シャンクスがイタズラっぽく笑う。 「うむ」 鷹の目が頷く。 「聞きたいね」 副船長が次の煙草に手を伸ばしながら答えた。 「男は語らず行動すべし!がオレの信条だけど、今日は大サービスで語ってやらぁ!よっっし!」 タープ下のランタンは夜明けまで灯っていた。
