TEMPEST


嵐の夜に




 すべての音を飲み込むような轟風と雨の中、円筒型のバッグを肩越しに掛けて歩く一人の男。
背の高い彼に風は容赦なく吹き付け、長い黒髪は滝と化している。ベン・ベックマンは単独行
動中に嵐に巻き込まれかけていた。
 話は数日前に遡る。特殊な海流を乗り切るために詳細で正確な海図と船舶改造技術を求めて
いたところ、かつて副船長が在籍していた海運会社「箱船の鳩アークズ・ピジョン」に辿り着いた。幹部
たちは秘密の中継支部にはベン・ベックマン一人で来ることと情報は最低限のメモに留めるの
みという条件で譲渡を許してくれた。
 情報を頭に叩き込み、備忘録としての暗号化したメモをもって帰る途中、これから訪れる嵐
を突っ切ることは出来ないと判断し、このセノーテ島に寄港したのだ。彼の判断は実に正しか
った。始源の空シアンカーン海域の嵐は予兆もなく突然出現する上に激しく荒れるゴーストストームの異名を
持つ。
 暴風雨をやり過ごすために彼は宿を探すが、どこも足止めを食らった臨時の客で満室だった。
もしかしたら、空室があるかもしれない。彼は小川になりかけている斜面を登り、岬の上に立
つ大きく豪華なホテルを目指した。

 レセプションに問い合わせてみたが、ここも満室らしい。
コンシェルジュがタオルを手渡してくれた、
 「今、周辺の宿の空室を探しますので、しばらくの間ロビーでお待ち下さい」
 雨の中に放り出さないでくれたのはありがたいが、満室ではどうしようもない。どうしたも
のかと考えている最中、覚えのある気配と視線を感じて思わず身構えながら振り返った。
 「鷹の目…」
 「ずぶ濡れになって、どうしたのだ?」
 鷹の目は周囲を見回す。
 「赤髪と仲間はいないのか?」
 「今日は俺一人だ」
 「この嵐に足止めを食らったようだな。ここに泊まるのか?」
 「出来ればそうしたい所なんだが、空室がないらしい」
 「そうか。ならば、(おれ)の部屋に来い」
 「え…、そりゃぁ…助かるが、良いのか?」
 突然の申し出に戸惑ったベンの返事にはいつもの切れがなかった。
 「己一人泊まるには隙間が多すぎる部屋だ。心配することはない。手続きを済ませてくるから
待っていろ」
 ミホークはフロントに向かった。
 「すまない、頼む」
 鷹の目の話を聞いたコンシェルジュが最初驚いたような顔を見せた後、何度も彼に頭を下げる
姿が遠目に見えた。
 「待たせたな、行こう」 
 二人はエレベーターに乗り込んだ。ミホークは最上階のボタンを押す。
 「従業員たちがやけに喜んでたぞ」
 「そりゃ、そうだろうさ。一般人に海賊と相部屋なんて申し込めやしないし、この嵐の中に追
い出すのも後味が悪いだろうしな。最良の解決策だったと思うぜ」
 ミホークが微かに鼻をならした。
 「己も手酌で飲む気になれなくて、下のバーに降りてきた所でな。晩酌の相手を捕まえられた
し一石二鳥だ」
 「俺は葱を背負った鴨か?」
 「フッ、そんな所だ」
 エレベーターが最上階についた。
 「まずはその濡れた体をなんとかしないとな」
 「全くだ」
 ミホークが部屋を開けた。だだっ広い豪華な空間にベンは言葉を失いかけた。部屋の中央には
暖炉が鎮座し、大きなスクリーンに向かって並ぶソファと楕円形のテーブルの応接間が最初に客
を迎える。褐色のニスがヴァイオリンのように光る食事用のダイニングテーブルには六席の椅子。
バーテンダーがいないのが不思議なくらいの本格的なバーカウンターも有り、さらに別室への扉
も見える。
 「己とお前が泊まるには十分な広さだろう?」
 「二人だって余るだろう…エグゼクティヴ・スウィートルームなら」
 「己はシングルでも十分だと言ったのだがな、払える金額の問題とかで、いつもこういう部屋
をあてがわれるのだ。毎回空間の無駄だと思うのだが、どうしたものかな」
 「はは…」
 ベンは力無く苦笑しながら、バッグをソファ置いた。
 「とりあえず、風呂に入れ。濡れた服は壁に掛けてある袋に入れておけば良い。後は任せておけ」
 「ああ、分かった」
 ベンはポケットの多いズボンから暗器(隠しやすいコンパクトな武器類)を幾つも取り出して、
バッグに仕舞い込むと浴室に向かった。彼が大理石張りの豪華な浴室に入るったのを見計らって、
ミホークは脱衣所に入りランドリーバッグを部屋の外に出した。
 ミホークは部屋に戻りインターフォンの受話器を取る。
 「フロントか?ランドリーサービスを利用したいのだ。部屋の外に出してあるから取りに来てく
れ。それと、ルームサービスを頼みたい。酒のつまみを二人前適当に見繕ってくれ。一人前は夕餉(ゆうげ)
になるような量のあるものを頼む。明日の朝食も二人分を部屋に持ってきてくれ。連れは急いで出
かけるだろうから五時半頃に頼む。連れの服はその時までに間に合えば良い」
 「はい、承りました。ご用意させていただきます。少々お待ち下さいませ」
 「うむ」
 ミホークがソファでくつろいでいると、ベンの荷物から
呼び鈴が聞こえてきた。
 「電伝虫?浴室に持っていくべきか」
 ミホークはバッグのポケットから電伝虫を取り出す。受話器が持ち上がった途端、彼の耳にも覚
えのある声が聞こえてきた。
 『副ちゃん、どうした?いつぐらいに帰れそうだ?』
 「赤髪か」
 思いがけない声に赤髪海賊団の通信室の空気が凍り付いた。
 「鷹の目!?」
 『そうだが、何用か?』
 「副ちゃ…ゴフッ…うちの副船長はどうした?」
 『彼なら嵐に巻き込まれてずぶ濡れになってしまったのでな、今風呂に入っている』
 「な…なんで、それが分かる?まさか、同じ部屋なのか?」
 『彼が来たときには既に満室でな、己の部屋に招いたのだ。いわゆる相部屋というものだな』
 「相部屋?」
 シャンクスの左頬がひきつる。横に並ぶ古参の大幹部たちの顔に冷や汗が浮いてきた。
 『彼と話したいなら、浴室まで持っていくが?』
 「いや!それは待て!」
 浴室で髪を洗い終わったベンがシャワーの栓を止めた。部屋の外に耳を澄ませると、ミホークが
会話しているのが聞こえた。
 「お頭か?」
 ベンは浴室から飛び出した。
 「何だ?髪も拭かずに。今そっちに持っていくつもりだったのだぞ」
 彼は受話器をミホークの手から奪うように受け取る。
 「お頭、俺だ」
 ベンの後ろからミホークが声をかける。それが爆弾に等しい言葉とは知らずに。
 「どれだけ急いでいたかは知らぬが、裸で出てきてしまっては風呂に入った意味がなかろう。ま
た体が冷えてしまうではないか」
 ミホークは浴室に向かった。
 『何!?裸!お前今服着てねぇの?』
 シャンクスの声が狼狽えている。
 「あ…、えっと、何だ。お頭、情報は首尾良く手に入ったんだがな、嵐に邪魔されて」
 『んなこたぁ、どうでも良い!何でも良いから早く着ろ!』
 「赤髪の言う通りだ。さあ」
 ミホークはバスローブをベンの肩にかけ、頭にタオルを被せた。
 「大体の状況は己から説明しておいたぞ」
 「そうか…」
 『相部屋なんて許さんぞ!空室がないなら鷹の目、お前が部屋から出ていけ!』
 ミホークの眉間が険しく歪んだ。ベンの手からすかさず受話器を奪う。
 「赤髪、貴様は道理も分からぬほど呆けたのか?困っている彼に手を差し伸べただけの己に向かっ
て何という言いぐさだ。いいか?どんな事情にしろ今宵の彼は己の客だ。己が己の客をどうもてなそ
うかは己の自由だ。貴様に指図される覚えはない、いいな!」
 ベンが慌てて受話器に手を伸ばした瞬間、部屋全体が強い光に包まれ雷鳴が轟いた。音が止んでも
電伝虫は殻に閉じこもったままだった。
 「近くに落ちたな。雷雲が去るまでは通じまい」
 ベンはタオルごと頭を抱えてソファに座り込んだ。


 「副船長?副船長!」
 シャンクスは電話に必要以上の音量で叫ぶ。
 「お頭、駄目だ。ノイズしか聞こえてこねぇ。雷雨のせいだ、きっと」
 シャンクスは壁に頭を打ちつけだした。
 通信係がルウにこそっと訊ねる。
 「お頭何取り乱してんすか?もう、鷹の目さんは敵じゃないっしょ?むしろ、安全なんじゃないす
かね」
 「いや〜、あのネ、なんて言うかな。ま、知らない方が良い事って世の中あるもんヨ。ね、ヤソさ
ん」
 「ああ、その通りだ。ウチで長くやっていきたきゃ、あの二人に関する小さな疑問には目を瞑るこ
とだ。ご苦労さん、下がって良いぜ」
 ヤソップが通信係の肩を軽く叩いた。
 何も知らない通信係が部屋を出ていった後、ルウたちは船長に釘を差す。
 「お頭、一人抜けだして副船長のトコまで行くつもりじゃないデショね。だめダヨ」
 「あんたが私情を優先して規律を乱すわけにゃいかねえんだぜ、船長」
 「分かってるよ!んなコトあ!」
 シャンクスは部屋を出ていった。


 ベンはいつまでたっても顔を上げない。
 「どうした、ベックマン。体調でも悪くなったか?」
 「〜っ、絶対に誤解された…」
 「誤解?」
 ミホークが微かに首を傾げた。
 「お頭は、あんたが俺を手込めにすると…そう思い込んでる」
 「お前と己の間に何かが起きたとしてもそれは個人の自由と責任ではないか。増して己たちは大人の
男ぞ。何の問題があるのだ?」
 「大問題なんだよ。俺の口から決して言いたくはないんだが…」
 ミホークは腕を組みやや上方向に目をやった。
 「おお、そうか!確かお前たち二人は…。そうだったな。己もあの密林の島で初めて知ったのだ、お前
たちがそういう関係だとな」
 「思い出して欲しくはなかったが、つまり、そういうコトだ」
 ベンは紅潮する頬をタオルで隠した。
 「では、赤髪は嫉妬の念からあんな道理のない発言をしていたという訳か」
 ミホークは顎髭を摘みながら納得した表情を浮かべた。
 「一刻も早く誤解を解きたいんだが、頼みの電伝虫がこれじゃあ…」
 ベンの視線の先に居る電伝虫はあの至近距離の落雷以来殻に閉じこもって、触覚の一本さえ見せない。
 「奴はそんなに嫉妬深いのか?」
 ミホークは他人事顔で質問する。
 「痴情絡みで怒らせると最悪なんだ…」
 ベンはミホークに笑われるのだろうと頭を抱えた。だが、予想に反してミホークは真剣な表情で彼を見
つめた。
 「では、もし己がお前を奪ったなら、あの脳天気なあ奴にも伝わるのかもしれんな。頂で勝負をつける
という約束を反古にされた、己の怒りと痛みが」
 鷹の目と称される褐色の瞳がベンを射抜く。ベンは身構えながら荷物にある武器にたどり着く最短の方
法を頭に描いた。
 「戯言(ざれごと)だ。そう構えるな、ベックマン。お前が気を張りつめると階下の連中が失神するぞ」
 「悪い冗談は止せ…」
 ベックマンはまだ警戒を解かない。
 「奴はともかくお前には罪がない。私怨を晴らす為に咎無き者を巻き込むような真似はせん」
 「そうだろうな、あんたはそういう男だ」
 ベックマンはため息をつくと、荷物から煙草を取り出した。
 「吸っても構わないか?」
 「構わぬ」
 ベックマンが最初の一服を吐くと、鷹の目は再び口を開いた。
 「先の話だが、奴は決めたら曲げない男だ。左腕を失った時も、奴が自分で決めたのだ。その場に例え
己がいたとしても結果は同じだった筈。だから、お前ももう自分を責めるな」
 ベンは言葉を失った。自分でも心の奥底に仕舞い込んで忘れようとしていた、ある問い「なぜ俺が側に
いながら防げなかった?」。それを瞬時に見抜かれたのだから。
 「お前も辛かったのだろう。あれは本当に罪な男だな」
 思いがけなく優しい言葉をかけられて彼の胸が早鐘をうち始めた。
 落ち着け、何だ?この動悸は。落ち着け、小娘じゃあるまいに。
 ベンは冷静を装いながら煙草に火を付け吸い始めた。
 「先の口振りでは、過去に赤髪を妬かせたことがあるのだな?堅物かと思っていたが、お前も中々隅に
おけぬ」
 とどめを刺されてベンはたまらずせき込んだ。
 「い、いや…あれは、その、何と言うか、まあ業務上の過失に近いもので、俺としても本意ではなかっ
た…。って、思い出させないでくれ!」
 鷹の目は柔らかな笑みを浮かべた。
 「冷静を絵に描いた様なお前が取り乱すと、可笑しいを通り越してなんだか可愛らしいな。赤髪がお前
を愛でる気持ち、分からんでもないな」
 「分からなくていい!」
 ベンはしばらくうなだれたまま脱力していた。気を取り直して顔を上げると、今度は鷹の目が俯いていた。 
 「鷹の目?」
 鷹の目の肩が震えだし、堪えきれない笑いが漏れてきた。
 「鷹の目!」
 「クッ、ククッ…はーはっはっはっは!」
 「笑うな!他人事だと思って。大変なんだぞ、前回の時は本当に殺されるかと思ったんだからな」
 「いや、政府も畏れる大海賊にそんな所帯じみた悩みがあるとは誰も思うまいな」
 「俺も天下の大剣豪鷹の目が腹を抱えて大笑いする所なんて初めて見たさ、驚いたのはこっちだぜ」
 負け惜しみ混じりにベンが吐き捨てた。
 「いや、すまん」
 部屋のインターホンがなった。
 「お待たせしました、ルームサービスです」
 「じたばたしても始まらんさ、とりあえず食事でもどうだ。夕餉はまだであろう?」
 「ああ…」
 ベンはタオルでガシガシ掻き毟るように黒髪を拭いた。
 ワゴンにはクラッカーやパンの上に生ハムにチーズや果物を飾り付けたピンチョス、チキンとポテトの
フリット、エビと蛸の入ったサラダ、白い陶製のポットに入ったシチュー等が並んでいた。
 「酒はその棚から何でも好きなものを選べ。己もお前と同じ酒でいい」
 小さな店舗のようなバーカウンター後ろの棚から、バーボンの瓶とグラスを取り出す。
 「電伝虫の件では誤解を招くような事をして済まなんだな」
 「故意じゃないのは分かってるさ」
 ベンがため息をつきながら、二杯のグラスに氷を入れ酒を注ぐ。
 「本音を言えば、お前たちが少しだけ羨ましい。己にはこの先も無縁な悩みかもしれんのでな」
 やや自嘲気味な笑みを浮かべてミホークはグラスを揺らした。ベンは慌てて次の話題を探す。
 「この部屋代、折半しなくて良いのか?」
 「言っただろう、今のお前は己の客人だ。気を使うな。いや…、もう既に部屋代分の報酬は受け取って
いるぞ」
 「どういうことだ?」
 「目の保養になったぞ。鍛え上げた肉体は観賞に価するものだな。充分に堪能したぞ」
 ベンは言葉を失い俯いた。
 「右わき腹の縫い傷や左太股の刀傷について己が詳細を述べたら赤髪はさぞや逆上する事だろうな」
 「頼むから、これ以上あの男を刺激するような真似は止めてくれ」
 「ハハッ、冗談だ」
 ミホークは愉快そうに酒を飲み喉を鳴らした。
 「まあ、お前がどうしても己に借りを作りたくないなら、お前の昔話を酒の肴に出してくれ」
 ミホークはフリットを摘んだ。
 「俺の昔話?」
 「他愛のない話で良いのだ。例えば子どもの頃の好きな遊び、飼っていた動物、何でも良い。出来れば
赤髪の船に乗る前の話、そして赤髪が知らない事を教えて欲しいのだ」
 ベンはピンチョスを酒で流し込んでから返事をする。
 「何でだ?」
 「自分の恋人の知らないことを赤の他人が知っている。これが実に不愉快なものなのだそうだ。力ずく
で寝取るよりも遙かに嫌がらせの効果があるはずだ。特に赤髪のように直情的な男はな」
 「そんなもんなのか?」
 納得出来ないという表情でベンは受け皿ごとポットを持ち上げてシチューを口に運ぶ。
 「意外に色恋の機微に疎いのだな。やはり堅物な面もあるようだ」
 ベンは皮肉な笑みを浮かべてやり返す。
 「俺は娼館出身のあばずれだからな、お貴族様のお坊っちゃんに聞かせられるような話があるかどうか」
 「ほう、初めてとった客の話でもしてくれるのか?」
 「俺は客をとった経験(コト)はない!」
 「悪かった、真面目に聞くから聞かせてくれ。それにもう一つ、己のことは鷹の目ではなくミホークと
呼べ」
 「え?」
 ベンの頬が微かにひきつる。
 「己も赤髪の気分を味わってみたいのだ。赤髪と二人だけの時には名前で呼びあっているのではないか?」
 ミホークは口の片端をつり上げる。
 本当に鋭いよな…、ベンは「そうだ」とも言えず、答える代わりに次の話題に切り替える。
 「そうだな…、あんたにも面白そうな話と言えば前の職場の話とか、時効のものに限るがー」


 ミホークが傍らの時計に目を遣ると、針は2時半を過ぎていた。彼は名残惜しそうにグラスを回してテー
ブルに置いた。
 「実に楽しい夜にだ。己はこのまま夜を明かしたいが、お前はそろそろ眠らねばなるまい。明朝には出か
ける身だしな」
 鷹の目の思いやりが子女を扱うかのように感じられてベンは軽く反発した。
 「俺もそんなにヤワじゃないぞ。徹夜ぐらいは何でもないぜ」
 「赤髪に隈の出来た顔で会ったら、己が夜伽を勤めさせたと思われるのだろう?」
 夜伽…、シャンクスの口からは絶対出てこない言葉だな。
 「確かに眠った方が賢明だな。じゃあ、遠慮なく眠らせてもらうかな」
 「寝室はどちらがいい?キングサイズのベッドが一つの部屋とツインベッドの部屋があるが」
 「ツインの片方で良い。狭い方が慣れてる」
 ベンは部屋を出る時にもう一つの頼みを思い出した。
 「おやすみ、ミホーク」
 「ああ、お前もな、ベン」

 横になって目を瞑ると寝室に入る鷹の目の孤独が染み着いた背中が瞼に浮かんだ。彼の明晰な頭脳がジュ
ラキュール・ミホークと言う男を的確に分析する。
 今夜二人だけで過ごしてみて、あの男について分かったことがある。彼は厳しくて近寄りがたい雰囲気で
はあるが、決して冷徹ではない。胸の奥底には暖かな優しさや包容力も秘めている。人の上に立つ資質も備
えている彼がその気になれば、求心力をもって彼を慕う人間をいくらでも集めることが出来るに違いない。
だが、彼は敢えてそれを自分に禁じているのだ。その理由が生来の禁欲主義(ストイシズム)なのか、権力というものに嫌悪
感を抱いているせいなのかは分からないが…
 予想外だらけの事が立て続けに起きて緊張していた神経を今日の疲れがなだめる。やがて眠りの波が打ち
寄せて、彼は夢の中に落ちていった。


 嵐は去ったが、まだ太陽は水平線から出ていない。目を覚ましたベンは体を起こす。鷹の目には悪いが先
に出発させてもらうか。ベンはベッドを抜けだしバッグを掴む。服を探そうとした先にバスローブに身を包
み腕を組んで立っているミホークの姿が目に入った。
 「バスローブを着て帰るつもりか?それこそ赤髪が怒り狂うぞ?」
 「鷹の目…」
 「名前で呼べ。服は朝食時に届く手筈になっておる。急ぐ気持ちも分からぬではないが、朝食ぐらいつき
あえ。早めの時間に頼んでおいたから直に来る」
 「ああ」
 ミホークの言葉通り、部屋のドアチャイムがなった。
 ワゴンを運んできた客室係がダイニングテーブルにクロスを敷き、テキパキと朝食を並べ、ご丁寧に花を
生けた背の低い花瓶を飾った。袋に入った何かを差し出す。
 「お連れ様の服をお持ちしました」
 「ああ、ありがとう」
 ベックマンはそれを受け取った。
 次に客室係は昨夜の酒宴の後始末も済ませ、一礼を最後に明かりを消して部屋を出た。
 「いただくとしよう」
 「でも、何で明かりを消していったんだ?」
 ベンが首を傾げた。
 テーブルを朝焼けの薄紅を帯びた光が飾り始めた。
 「なるほどな」
 ベンが微かに笑いながら言った。ミホークも窓を見た。海が朝日を照らして部屋に光が満ちていった。 

 二人の朝食が終わりに近づいた頃に部屋のインターホンが鳴った。
 ミホークが受話器をとった。ベンは食事の締めくくりにもう一杯のコーヒーをカップに注いだ。
 「うむ、細やかな気遣い誠に感謝する」
 ミホークは受話器を置くなり口を開いた。 
 「ベン、船はどこの波止場に止めた?」
 名前で呼ばれ、口に含んだコーヒーが逆流しかけた。
 「〜っ、東港だがどうかしたか?」
 「そうか、一番被害が大きいのが東側の波止場らしい。何でも大型の貨物船が乗り上げたとかで、中小の
ボート類はほとんどその下敷きになったそうだ」
 「え…」
 ベンは言葉を失う。
 「事態の収束の為に近隣の島から東の波止場に海軍が来るとのことだ。どうする?」
 「…まずいな、あの小船に俺だと足が着くようなものはないが、帰りの手段がな」
 「どうだ、己の船で赤髪の所まで送ってやろうか?」
 「それは、火に油を注ぎかねないが…、一刻も早く帰りたいしな」
 ベンは腕を組んで口を結んだ。
 「先々月、己の船を海軍に修理させたのだが、その際にDr.ペガパンクとやらが色々と改修していじって
しまってな。まだ使っていない機能が沢山あるのだ。お前なら使いこなせるかもしれぬ、己にも分かりやすく
説明してもらえるとありがたいのだがな」
 「海軍の最新技術って…。そりゃ願ってもないことだが、海賊の俺に見せるのはまずくないか?」
 「己がお前に見せたところで出所が分かるようなヘマをお前はすまい。このホテルの宿泊者名簿にも偽名で
書いておいたし、ここの従業員たちは口が堅い」
 「お気遣い痛みいるよ。何て書いた?」
 「ベンべヌート・チェッリーニ」
 「誰だそりゃ」
 ベンが苦笑した。
 「さあ、己にも思い出せぬが、昔に何かの本で読んだような名前だ」
 シャンクスを怒らせたくはないが、最新の船は見てみたい。ベンは珍しく迷う。
 「それで?乗るのか乗らないのか?」
 リスクは大きいが海軍側の最新技術が搭載された船を見るチャンスをふいにすることはどうしても出来ない。
迷いに迷って、絞り出すように答えを出した。
 「…乗せてくれ、ミホーク」
 「うむ」

 レジャーボートが並ぶホテル専用の波止場には以前見たままの鷹の目のボートが止まっていた。
 「見た目には変わってないな」
 「そうだ、外観は前のままなのだが、とにかく中は変わってしまってな。集めた剣の倉庫が狭くなったのが
一番の不満なのだ」
 「フッ、あんたらしいな」
 ベンは操舵すぐ下の床に開き扉を見つけた。
 「いいか?」
 「好きに見て良い」
 扉を開けると計器が幾つも埋め込まれたボードが舵の前にせり上がる。聖地や海軍本部など複数のエターナ
ルポースとログのデータを複数貯めておけるメモリ機能のついたポース。オート走行機能までついている。
 「すごいな、これは…。うちの旧式とは随分違うな。しかし、この永久指針がこれみよがしに設置してある
あたりが、海軍の召集に対する必死さが伺えるな」
 「このボタンの意味は何だ?」
 「これを押せば最寄りの上納金会計事務所まで連れてってくれるオートナビだ。あんたの上納金の納め方は
かなり海軍泣かせだって評判はガセじゃなかったわけだな」
 「ふん、小賢しい細工をしおって」
 「動力部も見て良いか?」
 「二言はない、好きなだけ見ろ」
 新しい機能を乗せた船を見て目を輝かせる副船長の横顔をミホークは見つめた。
 「やはりお前は船乗りなのだな。まるで少年のような顔をして、可愛らしいものだ」
 「文字通り背も年も大の男にそういう言葉使うか?あんた」
 ベンが白い目で鷹の目を見る。
 「失礼。それでどうだ?運転できそうか?」
 「ああ、してみたい」
 船は高速で進み、あっという間に沖に出た。
 ベンのバッグの外側にぶら下がっていた電伝虫が鳴った。ベンの手より先に鷹の目の手が早く届いた。
 『おい、聞こえるか』
 「おう、赤髪か」
 『鷹の目…てんめぇ、まぁだ副の側にいやがるのか』
 「昨夜の嵐で彼の小舟が潰れてしまったのでな、己の船でそちらに向かっている最中だ」
 『む…だったら、仕方ねぇな』
 ミホークがベンに問いかける。
 「いつ頃には着くかな」
 「何も起きなければ、今日の昼過ぎには」
 「だ、そうだ」
 『んじゃ、昼飯を取っといてやるよ』
 「心配には及ばぬ、ホテルが気を利かせて二人分のランチボックスを持たせてくれたのでな。昼食は二人で取る」
 『ああ、そうですか』
 シャンクスの声を聞いた副船長の脳裏にシャンクスの拗ねた顔が浮かぶ。
 「彼が己の船を操縦しているのだが、優秀な航海士に任せての航行は実に安気で良いものだ。偉大なる航路に
入って何年も経つのにお前が暢気な原因が分かったぞ」
 『ふん!勝手に抜かしてやがれ』
 乱暴な音と共に通信が途絶えた。
 「大分お冠のようだ。余程恋人の身が心配と見える」
 「頼むから、お頭の誤解だけは解いてくれよ」
 「フン、分かっておる」
 ミホークの帽子に隠れきらない口の端が楽しそうにつり上がっていた。


 船乗りの特異に優れた目が前方の小さな島をとらえた。白い皿を伏せたような白く丸い砂浜の中に三日月型の
切り立った崖山が乗っている。
 ミホークが口を開いた。
 「建造物らしきものが見あたらぬ。また無人島か?」
 「無人島で野宿は男のロマンなんだと」
 「ハッ、あいつらしいな」
 「うん?」
 「どうした?ベン」
 「いや、あそこで間違ってないはず何だが、島の形が出てきた時と違うんだ。確か海星の足みたいに細い半島
のような陸が数本はあったのに…」
 「だが、見覚えのあるお前たちのテントが見えてきたぞ」
 浜の部分に小さなテントが並ぶのが見えてきた。
 「…だよなぁ」

 島で待つ彼らもまた遠くから小舟の姿を確認していた。
 ベンが言ったとおり、太陽が頂上をすこしだけ通り過ぎていた。
 いつもは頭の側を離れない幹部以下乗組員たちが、今日だけは彼と距離を置いている。
 「お頭何であんなに機嫌悪いんすか?」
 「一晩で島の形まで変えちゃって、あんなお頭初めて見たっス」
 ヤソップが声を潜めながらもその場にいるも猛者たちに告げる。
 「いいか、おれが合図したら一斉に島の反対側に避難だ。お頭か副船長、どちらかの許可が降りるまで決して
近づくな、いいな」
 全員が頷いた。
 「来た!」
 小舟から二人が降りてきた。ベンに続いて鷹の目もこちらに歩いてくる。
 「お頭、今帰った」
 「おう、ご苦労さん」
 シャンクスが進み出て鷹の目の正面に立った。右手が剣の柄に乗っている。
 「わざわざ、ウチの副船長を送ってくれて、礼を言うぜ、鷹の目」
 二人の膨れ上がった気が押し合って周囲を圧倒する。空気がビリビリ震え、周囲の者は固唾を呑んで見守った。
 「彼のおかげで実に楽しい夜を過ごせた。こちらが礼を言いいたいくらいだ。また伴に飲もうぞ、ベン」
 ミホークが今までに見たこともないようなにこやかな顔を見せた。落雷したかのように空気が激しく裂け、シャ
ンクスが石化する。副船長も半ば固まりかけていた。
 罪の無い人間は巻き込まないって言ってたじゃないか…
 「総員退避!」
 部下たちが一斉に崖山向こうに逃げ出した。
 ミホークが船に戻って出航しても、シャンクスは硬直したまま動かない。
 副船長はそっとこの場から抜け出そうと歩を進めていた。背後から猛烈な気が膨れ上がり、彼は金縛りになった。
 シャンクスが副船長を睨んだ。
 「こっちに来い、話がある」
 頷いて同意して見せたが、足が思うように動かない。
 「こっちに来いって言ってんだ」
 シャンクスは自分より背の高い大男を右腕だけで抱え上げ、バスタオルのように二つ折りにして肩に担いで歩き
だした。担ぎ上げられたベンはシャンクスの背中から懇願する。
 「お頭!下ろしてくれ、逃げないから」
 「言い訳はこれから聞いてやるさ」
 テントに入ったシャンクスはキャンプ用の簡易ベッドに副船長を投げ出した。細目の丸太を組んだ台座の荒縄が
ギリリと鳴った、シャンクスは副船長の襟を掴んで至近距離から問いつめる。
 「どういうことだ?何が楽しかったんだ?きっちり説明してもらおうか」
 「いや、酒を飲んで話し相手になっただけなんだが…」
 「それだけで、あいつがあんっっなに楽しそうな顔で笑うか?何があった?言え!」
 「あんたが考えてるようなことは何も…」
 「オレが考えてるようなことって?」
 「だから、そのっ、〜かっ、体は…許してない!指一本触られちゃいないんだ。信じてくれ!」
 「お前がそう思ってるだけなんじゃないのか?酔い潰されて記憶がないんじゃないのか?」
 「あんた俺が酔ったの見たことあるか?」
 シャンクスが襟を掴んでいた手を離した。
 「ふん、確かにその可能性は薄いな。で、何であいつの船に乗ってきたんだ?お前なら多少時間がかかったって、
他の船を入手出来るだろ?」
 「あの船がDr,ペガパンクが改修したもので、それがどうしても見たくて…」
 「じゃあ、何か?政府の情報を買う為に体を売った、そういう訳か?ああ!」
 「違う!そんな交渉はしてない。本当なんだ、信じてくれ!」
 「とにかく調べる。脱げ!」
 「何言ってんだ、こんな昼間っから!」
 「脱げないのか?見られちゃ困る何かがあるのか?」
 シャンクスのしつこさにベンもとうとうキレた。
 「ねぇって言ってんだろ!この分からず屋」
 ベンは乱暴に服を脱ぎ捨ててベッドの上にあぐらをかき腕を組んだ。
 「好きに調べりゃいい。気が済むまでな」
 「そうさせてもらう」
 シャンクスは鼻が付きそうなほど近づいて首から項、肩、腕の裏、胸、背中を調べる。無遠慮に絡みつく視線が
まるで舐られているようで、ベンの腰から背中に微かな震えが走る。
 シャンクスはベッドに仰向けに倒し、組まれていた足を引っ張って伸ばす。太股から脚の付け根まで視線で撫で
あげた。脚の中央に手を伸ばし、細部をかき分ける。彼の中央が意に添わず素直に反応した。
 「元気じゃねえか」
 「やってない証拠だろ」
 「さあ、どうかな」
 シャンクスはベンを横向きにした。
 「じゃあ、中も調べるぞ」
 シャンクスが食指と中指を口に入れて舐る。
 ベンが目を硬く閉じ、シーツを握りしめた。
 RRRRRRRRRRRR
 電伝虫の呼び出し音とほぼ同時に二人はベッドから跳ね起きた。
 「何だよ、こんな時に」
 シャンクスが頭を強く掻いた。
 「緊急事態?敵襲か」
 ベンが脱ぎ捨てた服に手を伸ばす。
 「おう、何だ」
 『赤髪、己だ』
 二人の間に一瞬の沈黙が流れた。沈黙はシャンクスの怒声で破られた。
 「よし、てめぇ、いいとこにかけてきたな。すぐこっちに戻ってこい!お望み通りタイマンで勝負してやらぁ!」
 『随分頭に血が上っているようだな、それでは恋人の訴えも届いていまい』
 「うるせぇ!てめぇ、オレのベンに何をした?言え!」
 『お前こそ何をしている?』
 「はぁ?オレが、何を?」
 『お前が彼を裸に剥いて、己が何をしたか無駄な取り調べをしているのではないかと思ってな。助ける為にこうし
てかけたのだ』
 「ちっ!違わい!そんなことしてへんもん!」
 透視みすかされてる…。ベンは動揺丸だしのシャンクスをフォロー出来ない。
 『調べるだけ無駄だ。お前がどんな淫らがわしいことを想像したかは知らぬが、己は彼に指一本触れておらぬ』
 「そっ、そうか…」
 『己は酒の肴に彼の昔話を聞いただけだ。お前も知らぬような事も沢山聞いたぞ。聞きたいか?己の口から』
 「お前の口から聞くくらいなら知らん方が何百倍もマシだ!」
 『では、次に会ったときまでとっておいてやる』
 「絶対にいらーん!」
 『そうそう、彼に己のことを名前で呼んでもらったのだが、実に心地良いな。ベン、そこにいるのだろう。これ
からもお前だけは己のことを名前で呼んで良いぞ』
 「呼ばせるか!」
 シャンクスは受話器を置いて悶絶した。
 「あ〜!何かイヤだ。掻けないところが猛烈に痒いようなこの感覚!何なんだ〜」
 悶絶するシャンクスをベンは不思議そうに見つめた。
 本当に効くんだ…。
 『ベン、こんなヤキモチ妬きの亭主に嫌気がさしたら己の船に来い。いつでも歓迎するぞ』
 「ねえよ、そんな日は絶対にな!」
 『己は彼のことがすっかり気に入った。お前が彼より先に死ねば、己は真っ先に彼を迎えに行くとしよう』
 「お前より先には絶っつ対に死なん!!」
 電伝虫がシャンクスの唾を浴びつつ耐えている。
 『せいぜい頑張るがいい』
 通信はあっさり途絶えた。
 受話器を置いたシャンクスの気迫がみるみる萎んでいった。
 「ご…ごめんねぇぃ、副ちゃん」
 シャンクスは恐る恐る背後を振り返る。
 「何で俺の言うことは信用できなくて、ミホークの言うことは素直に信じるんだ?」
 腕を組んだままベンはじろりと睨む。
 「いや、だってあいつはやったことをやってないなんて逃げ口上は絶対に使わないからさ」
 「あんた、俺たちが何年のつきあいだと思ってんだよ。方針も誇りもねじ曲げてベッドの中まで女房役を勤めて
きたってのに、その理由もあんたにはわかんないのかよ!」
 「だから、ホントにごめんって」
 「謝ってすむことか!」
 ベンがシャンクスの首根っこを掴んで引きずり、逆にシャンクスをベッドに投げ出した。
 「えっと…何を?」
 「お仕置きだ」
 ベンはシャンクスの右手首を自分のサッシュでベッドの土台に縛り付ける。次にズボンを引っこ抜くように脱がせた。
 「攻守交代ってこと?」
 「さあな」
 不適な笑みを浮かべて、ベンは何の準備もなしにシャンクスの男の象徴にいつも情事に使う油をいきなりかけた。
 「ひゃ!!」
 ベンはそれをやや手荒に手で擦り上げる。立ち上がったその根本に、ほどいた自分の髪留めを縛りつけた。
 ベンはシャンクスの腰に跨り、体をゆっくり沈め始めた。上から見下ろしながら彼は挑発的な笑みを浮かべ、腰を
前後に波打たせる。縛られた分身が熱い肉に包みこまれ、シャンクスは思わず悩ましい声を上げた。
 「あっ、う、ぁあっ!」
 「いつもの元気はどうした?」
 べンは余裕の笑みを浮かべながらシャンクスの腹筋の割れ目を指で撫でる。
 シャンクスは自棄か身悶えか自分でも分からなくなりながら、腰を上に打ち上げるように動き出す。
 「ぅ!…ハッ…あ!」
 ベンからも声が漏れ始めた。彼が上体を前に倒してきた。黒髪がシャンクスの肩や首をくすぐった。
 「先にイクぜ」
 ベンの囁きがシャンクスの脳内を炙る。シャンクスは身悶えして腰を強く震わせた。
 ずるい、普段は絶対に「イク」なんて言わねえのに…!
縛られてなきゃもう出てる!!
 体を起こして自分の物を握り、体を波打たせて黒髪を揺らす。呼吸がさらに苦しげに短く乱れる。
 シャンクスは腰を激しく上下に動かし、自由にならない分身の苦しさを相棒に訴える。
 「…う!…あ!」
 シャンクスの分身を包んでいた肉が突然弛んだ。
 「イッたか?」
 負け惜しみ気味にシャンクスはからかった。
 「おかげさまで」
 皮肉な笑みを浮かべながらべンは体を離した。縛られた恋人に背を向け、少し震えの残る脚でズボンを履いたと思う
と煙草に火を点けた。
 「おい!早くほどけいてくれよ、コレ」
 「言っただろ、相棒のことを信じなかったお仕置きだ」
 ベンは優雅に一服を楽しむ。
 「食い込んで痛ぇよ!早くほどけって!」
 鼻で笑って煙草の火を消すと、ようやく彼はシャンクスに近づいてきた。まだ精をためこんで張りつめているものに
はらりと布をかけ、素早くほどいた。
 「あっ!」
 苦悶の表情も解けてシャンクスは幸せそうに弛緩する。
 「チクショウ、気持ちよかったじゃねえか…」
 シャンクスは目を瞑り寝息をたてる。数分後には鼾に変わった。
 ベンはその様子を見て表情が緩んだ。
 昨夜はほとんど眠れなかったんだろうな。心配かけて悪かったよ。
 縛り付けた右手のサッシュを解こうと身を乗り出した。自由になったシャンクスの腕が垂れ下がるかと思いきや、
ベンの体に巻き付いて強く抱きしめた。
 何が起きたのか分からないベンにシャンクスが凶悪な笑みを浮かべてみせた。
 「このムッツリど淫乱が!そういう一面があるから心配になるんだろうが!」
 シャンクスはベンを巻き込んで体の下に敷いた。精を放ったばかりの根がまた起き上ってベンの腰を押している。
 「い…淫乱って!あんたが執拗にこますからだろ!」
 ベッドがドタンバタンと音を立ててずれるほど揺れる。
 「痛って!噛むな!吸うな!痕を残すな!」 
 「うるせぇ!好きに犯らせろ!」
 やっぱり、こうなるのか…ベンは抵抗を諦めた。シャンクスはベンを仰向けにして正面から挑みかかる。彼は覆い被さり
ながら、先の仕返しにわざと嫌がりそうな言葉を耳元で囁いてみる。
 「フッ、グイグイ締め付けやがって、ホント淫乱だな」
 ベンが下から潤んだ目で睨みつけるが、普段の威厳は無い。こいつって、時々猫みたいだよなとシャンクスはほくそ笑む。 
 ふぐっ!
 ベンの右フックがシャンクスのにやけた顔を歪めた。
 「調子に乗るな」
 「痛た…ま、これで恨みっこ無しな」
 シャンクスが優しく笑う。ベンが少しだけ体を起こすと、二人は唇を重ね舌を絡ませた。
 呼吸が激しく乱れて、細丸太を縛っている荒縄がギシギシ悲鳴を上げた。


 シャンクスが鼾をかく横でベンが跳ね起きた。
 つられて眠っちまうトコだった…。寝てたのは五分ぐらいか。
 ベンはさっさと服を着る。激しい情交の痕跡は辛うじて服の下に全て収まった。数あるズボンのポケットの一つから、
新しい髪止め用の紐を取り出し、いつものように首の後ろで一つに束ねた。
 テントを出て仲間を探すと、崖の上に見張りを一人見つけた。ベンが手で「来いよ」と合図すると、崖に張った数本の
ロープを伝って蜘蛛の子が湧くように仲間たちが滑り降りて来た。崖山の両端からも、仲間たちが蟻の様に行列を組んで
ぞろぞろやって来る。

 幹部たちがベンの元に集まった。
 「副船長、お頭は?」
 「バカ面で爆睡中。顔に落書きしても起きないだろうぜ」
 幹部は胸を撫で下ろした。副船長は仕事モードに入る。
 「一等航海士と船大工たちを集めてくれ。忘れないうちに仕事を済ませたい。お頭が寝てる内にな」
 「そりゃ、そーだ」
 ヤソップが笑う。
 「で、欲しい情報はもらえたの?」
 ルウが訊ねた。
 「バッチリな」
 くわえ煙草を揺らしながら彼は笑う。
 「ブラコンの社長サンに感謝感謝だネ」
 「あんなんでも、俺の元上司なんだがな…」
 副船長が頭に叩き込んだ情報を部下たちに伝え終え、仕事の目鼻がついた頃には夕暮れを迎えていた。
 当番たちが夕食の準備にかかり、煮炊きの匂いが上り始める。
 凪の海上に明るさを失いつつある空の青、白い雲、夕日の赤の三色が長い旗の様にたなびく。
 もう一人の孤高の王者の目には、この夕景はどんな風に映るのか…。ベンの胸にふとそんな問いが生まれた。

 ミホークもまた沖で同じ夕焼けを見ていた。
 彼もどこかで同じ夕焼けを見ている、今のところはそれだけで我慢してやるさ。皆はどう思っているかは知らぬが、
己は結構気が長いのだ。
 ミホークは椅子の背もたれを倒して目を瞑る。今朝の明け方、風呂に入るついでに盗み見たベンの寝顔を思い出しながら。

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