TRIGER OF LUST



 甲板に雨が降ると、男たちは裸になって艦内から飛び出してきた。それというのも、この艦に搭載された
濾過装置が数日前から故障してしまい、船員たちは海水風呂しか入っていなかった。海は熱帯の海域を航行
中で蒸し暑いことこの上ない。汗を流すには丁度良いと男たちは歓喜した。
 操帆隊が帆布を利用して雨水を集める活動に入る。指示をするのは雨合羽を着た副船長だ。
 「どうだ?」
 副船長が声をかけると帆桁から返事が返ってきた。
 「どれだけ降るかにもよるけど、この雨粒の大きさと量は申し分ないね。飲料水分を確保したら、残りを
湧かして久しぶりに真水の風呂に入ろうぜ」
 「そりゃ、いいな」
 振り返ると裸の男どもが石鹸を手に体中を洗っている。その中には彼らの船長もいた。船長は赤い髪を両
手でガシガシ泡立てている。
 「気持ちいいぞ。お前もどう?」
 「俺は後でちゃんとした風呂に入る」
 「あ、そう。これはこれで気持ち良いぜ」
 「今更止めたりはしないが、石鹸の泡は甲板に残さずにきちんとブラシで洗い落とせよ」
 「だってさ」
 「へーい」
 シャンクスが向きを変えて背中が見えた瞬間、副船長の心臓が軽く小突かれたように跳ねた。
 ”何だ?不整脈か?”
 副船長は不審がりながらも貯水槽のあるバラスト部へ向かった。

 水は充分過ぎるほどに降り、その日は真水の風呂を湧かすことが出来た。副船長も職務を終えた後にその
恩恵を楽しんだ。
 もう後は眠るだけだというのに、何故か副船長は寝付けない。目を閉じるとシャンクスの背中が浮かんで
くるのだ。
 ”まさか…、これは…、考えたくないが…。欲しているのか?あの男と、今夜は…したいと?”
 今夜に限ってあの男は部屋にやってこない。いつもはシャンクスのペースで交わされる二人の情事。シャン
クスはよく言う。
 「お前が欲しけりゃ、いつだって応じるぜ?でも、お前の方からヤりたいって言ったことねぇよな。何で?」
 「こっちはあんたに搾り取られて鼻血も出ねぇよ」
 確かに今まではそうだった。だが、今夜に限って何かが違う。
 ”何なんだ?一体。思春期じゃあるまいし…”
 彼は思春期にもそういった生理的処理を必要としないタイプの男だった。一人ですることには不慣れで多少
の抵抗感もあった。
 煙草を吸いながら机の上を見つめる。急ぎはしないものの、航海日誌で確かめておきたい小さな仕事が残っ
ていた事を彼は思い出した。口実は出来た、部屋に行ってそれで駄目なら無理矢理にでも眠るさ。彼は室内履
きのサンダルで船長室に行き、扉を最小限の音でノックする。
 「お頭、悪い、起きてるか?」
 「おう」
 返事を聞いて扉を開けるとシャンクスがベッドで寝そべっていた。
 「後、五分遅かったら寝てたかもな。珍しいな、お前の方から夜這い?歓迎するぜ」
 副船長は欲望を見透かされぬようあくまでポーカーフェイスで対応する。
 「いや、用があるのは航海日誌。確認しておきたいことがあって、暇のある今の内に済ませておきたくてな。
何、すぐ済ませて戻る」
 彼は副船長として航海日誌に手を伸ばし、確認したいページを探し開いた。シャンクスが仕事中の副船長に
後から声をかける。
 「どうよ」
 「ああ、判った」
 「じゃあ、仕事は終わったんだな?よし!」
 「ああ?」
 後から不意に抱き上げられて宙に浮かんだ副船長の返事に奇声が混ざった。
 「な…!」
 シャンクスが相棒を軽々とお姫様抱っこしている。ベンは予想外の事態に混乱するが、シャンクスは上機嫌
で相棒をベッドに運びこんだ。
 「おい?」
 シャンクスはベンのサンダルを脱がせて床に投げ、馬乗りでベンの動きを封じる。
 「オレが何も手を出さずに帰すような紳士じゃないって、お前が一番知ってるはずだけど?」
 「…そうだったな」
 シャンクスは楽しそうに服を脱ぎ、相棒の服もはぎ取り始める。
 「抵抗しないのか?」
 「それであんたが止めるならとっくにしてる」
 「あはは、その通りだ」
 いつものように感じやすい箇所を唇や手で探ってくる。だが、今日はそれを欲していることを悟られないよ
うにしなければと彼はいつも以上に平静を装う。ベンは覆い被さってくる体に手を伸ばす。シャンクスが体に
痕跡を残そうとすれば背中をつねって止めるのは常からのこと。だが、手が背中に触れた瞬間ベンの手がピク
リと止まった。
 ”そうか!背中は手ではよく知っていても事の最中に目で見たことはない。だから、目で背中を見た時に情
報が混乱して情事を思い出す引き金になったのか。原因が判ってさえいれば何事もなく済ませられたってのに…”
 「何を他所事考えてんだ?最中なのに余裕じゃねぇか」
 ベンはシャンクスの声で我に返る。
 「別に何も…」
 シャンクスは慣れた手つきで潤滑油を指につけ、ベンの奥をまさぐる。空いた手でベンの片足をかつぎ上げて
押さえ込み、彼の口を唇と舌で塞ぎにかかる。
 ベンには嬌声をあげる気など毛頭ないが、口を塞がれ舌を流し込まれるとたまらなく息苦しい。内股にはシャ
ンクスの張りつめたものがこすりつけられてくる。感覚という感覚を刺激され、ベンは蜜のような粘液の中で中
で溺れているような錯覚に陥る。
 「はっ…うぅっ」
 シャンクスが口を放した瞬間、ベンは甘い吐息を思わず漏らした。相棒の下半身から手を離さぬまま、シャン
クスが満足そうな笑みを浮かべて問う。
 「それで、今日はどんな体位(カッコ)がいい?好きなの言ってみな」
 「後ろから以外なら、あんたの好きなように」
 「前から聞きたかったんだけど、何で後ろは嫌なんだ?」
 「何と言うか、動物みたいで…。何をされるか見えないのも落ち着かない」
 「なるほどね。オレも最中のお前の表情が見えないのはちょっとつまんないかもな。楽しみが減っちまう」
 シャンクスは悪戯っぽく笑う。
 「つくづく悪趣味だな」
 「お前がそそるんだよ。ベッドの中まで冷静でいようとするから、オレもムキになるんじゃねぇか。お前があら
れもなく乱れるまでヤりたくなっちまうんだよ」
 「ったく…」
 シャンクスは相棒の体を起こし自分の膝の上に乗せる。ベンは口では不愛想に答えながらも、脚を開きシャンク
スを自ら受け入れる。
 このまま絶頂まで至れば終われる、そう思った矢先に体が宙に浮いてベンは驚いた。シャンクスがベンを抱えて
立ち上がったのだ。体を繋げたままの状態で。
 「なっ!あんた…!」
 「ふっ…好きにして、良い、って言ったろ?」
 シャンクスは息を荒げながら答える。
 ベンは思わずシャンクスの肩にしがみついていた。脚はシャンクスの腰を巻き付けるように組んでいた。木にし
がみつく蝉のような格好をさせられて、ベンは困惑気味に懇願した。
 「降ろしてくれ、頼む…」
 「今度からは…先に、言っておくんだな」
 シャンクスはベンの両腿を抱えて容赦なく打ち込んでくる。ベンはひたすら抱きつくしかない。
 シャンクスは歩いて壁にベンの背中を押しつけ、さらに腰を強く穿ちだす。二人の呼吸が荒く乱れる。
 「はっ…あ! もぅっッ …う!」
 「悪い…、もう限界、イク…」
 「あァッ!」
 ベンとシャンクスは壁づたいにその場へ座り込んだ。ベンは体を離したくても膝が笑って、すぐには言うことを
きかない。
 「はーっ、良かったぁ」
 シャンクスは満足げに溜め息をついて、そのまま後に倒れ込んだ。
 「床に寝るなよ…」
 まだ力が入りきらない脚を無理矢理に動かして、ベンは衣類や履き物に手を伸ばす。これが、シャンクスが一方
的に始めた情事だったら拳骨の一つもくれてやるのだが、今夜は自分が望んだ結果だけに叱る気にもなれない。
 シャンクスが床に寝そべったまま服を着る恋人を見上げた。
 「なあ、お前はオレの体のどこを見るとムラッとくる?」
 シャンクスの問いにベンは内心驚いた。だが、あくまで取り乱さずに対応して真意を探る。
 「俺がそういった類の質問に答えると思ってんのか?あんた」
 「すぐに『ない』とは言わなかったってことは、あるにはあるんだろ?」
 シャンクスの問いはつくづく鋭い。普段から頭の悪そうな演技はある意味アカデミー賞ものだとベンは胸の内で
皮肉る。
 「ないね」
 「オレはあるぞ。どこもかしこも良いんだけどさ。特に背中から腰にかけてのラインを見ると、昼間でも構わず
押し倒したくなる」
 「そんなことばっかり考えてないで、船長としての職務を果たしてくれ」
 「いつまでたってもつれないね、お前は」
 シャンクスは部屋を出ていく恋人を笑顔で見送った。

 自室に戻ったベンは大きな溜め息をついた。机の上の煙草をとって火を点けた。
 ”釣ったつもりで釣られてたとはね、不覚だった。だが、原因がわかってしまえば、もう混乱することもない。
こんな間違いは今夜限りだ”
 彼は煙草を吸い終えると、体を横たえた。艦にはまだ雨が降り注いでいる。雨音が彼の眠りを包むかのように。


 
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