UNEXPECTED GUEST


 赤髪海賊団では少々困った事態が起きていた。いかに強豪の海賊船と言えど、資金が底をついてしまっては、
次回の航海準備が成り立たない。これといった仕事も入らず、海軍の警備も日に日に厳しく、資金繰りが一層
困難になりつつあった。

 長身の男が船内の洗面台に向かい、黒く長い髪にクリーム類を塗り付けている。他にも何やら楽しげに小細
工をしているようだ。

 翌朝、甲板にクリームベージュのシルクハットに同色のスリーピース・スーツに身を包んだ男が突然現れた。
 見張りが叫び、すぐにその紳士は海賊たちに囲まれた。
 屈強の男たちに囲まれてもペールブルーの眼鏡をかけた紳士は動じる様子もない。ハットの下からブルネット
の長い髪が金の髪留めとともに垂れ、手袋をした両手をステッキに乗せて姿勢良く立っている。
 「てめぇ誰だ?」
 「あんたが乗るような船じゃないぜ?間違えたのか?」
 紳士は口を開いた。
 「落ち着け、俺だ」
 海賊たちの誰もが知っている声だった。
 「ふ、副船長〜!?」
 「お、その変装久しぶり。今回も巧いこと化けたな」
 シャンクスの口振りは日常茶飯事だとでも言わんばかり
だ。
 「お前たちでも分からないようなら、今回も大丈夫そうだな」
 分かるはずもない。黒髪は暗い栗毛色になり、眼鏡のレンズ越しに見える瞳は黄色のカラーコンタクトの効
果で鳩羽色から暗翠色に変わっていた。スーツは特別な仕立てらしく、筋肉質の体を細身に見せている。胸元
にはシルク製と見られるモスグリーンのアスコットタイと、タイのアクセントとして黒真珠のタイピンが調和
を成していた。サンドベージュの上質な皮手袋は船乗り独特のタコを巧みに包んでいる。目の前の優雅な身な
りをした青年実業家が実は大海賊幹部だと誰が思うだろう。
 「海図を売って当座の資金を調達してくるよ。ランス、準備は出来てるか?」
 「はい、副社長」
 執事の格好をした青年が大きなトランクを抱えて副社長の前に歩み出た。ランスは赤髪の船員の中では変わ
り種で、かつては騎士という経歴の持ち主だ。貴族社会に生まれ育った彼には丁寧な言葉遣いが染み着いてい
るので、こういう時の御供役にはうってつけの人材だ。
 「では、社員の諸君。私の留守をくれぐれも頼むよ」
 「行って参ります」
 副船長たちは小舟に乗り込む。彼の通った後に微かな香水の残り香が道のように残された。
 「ホントに毎回驚かされるヨネ」
 「前回とはまた随分違う感じだったな」
 「手配書じゃ声までは分からないとは言え、ああやって海軍がうじゃうじゃいる街を平気で歩くなんざ、大
した度胸だよな」
 残された幹部や船員たちは感心しきりだった。
 シャンクスが帆桁から遠ざかる小舟を見つける。その顔には微妙な笑みが隠されていた。



 二人は街を見張る海兵たちの眼を難なくぐり抜け、海運地図業者のオフィスにたどり着いた。オフィスは簡
単なパーテーションで簡易個室に仕切られ、中ではそれぞれの商談が行われている。
 商人は時間をかけて何枚もの海図に目を凝らしてから顔を上げた。
 「ええ、素晴らしい。この海図なら申し分ありません」
 「お買い上げ頂けますか?」
 副社長がにこやかに問う。
 「是非とも我が社で買い上げたいですが、保証人のサインがないと…」
 「保証人?」
 「おや、ご存じありませんか?この所、海賊の横行が多いのを懸念した海軍が海図の売買には外部の保証人
のサインを付けるよう我々業者に命じたんですよ。1ヶ月ほど前にね」
 ランスと副社長は思わず顔を見合わせた。
 「私としてもまだ情報のない海域の、こんな詳細な海図を他社に譲りたくはありませんが、規則を守らない
ことには商売が成り立ちませんから」
 「我が社は親会社から独立して間もないので、保証人を探すとなると…」
 副社長が言葉を濁しながら、解決策を練り始める。
 「私でよろしければ保証人になりますが、いかがです?」
 副社長の肩がびくりと身じろいだ。記憶にある声の方を恐る恐る振り返る。
 ”シド・マーヴェリック!!”
 彼らの後ろに金髪碧眼で長身の男が立っている。濃紺のスーツの中に艶のある黒いシャツを着込み、プラチ
ナシルバーのネクタイには金に小さなダイヤを一石だけあしらったシンプルなタイピンが光る。その出で立ち
と鼻梁の際だった端正な顔立ちはビジネスマンと言うより俳優の様だった。
 「マーヴェリック社長!ようこそいらっしゃいました」
 商人は立ち上がり喜色満面で彼に挨拶をする。どうやら上得意らしい。
 「今日も仕事で寄らせていただきましたよ。聞き覚えのある声がしたものですから、つい出しゃばってしま
いました。お久しぶりですね、副社長」
 彼は洗練された笑みを二人に投げかける。二人は微笑み返すが副社長の方は少しぎこちなかった。
 「社長直々に保証人になって頂けるので?それはこちらも本当に助かります。おかげさまで貴重な情報を他
社に取られずに済みますよ」
 「お安い御用ですよ」
 マーヴェリックはペンを取り、即座にサインを済ませた。
 「お支払いは現金でよろしいですか?」
 「ええ、お手数ですがよろしくお願いします」
 商人がベルを鳴らすと、警備員と店員がやってきた。商人がメモを渡すとかれらは現金を積んだトレーを持
ってきた。渡された金をランスが空になったトランクに詰めていく。商人が二人のどちらともなく尋ねた。
 「お二人はお知り合いで?」
 「彼は大会にこそ出場しませんが、戦艦将棋(シー・チェス)の名人でしてね。私も一度負かされているんですよ」
 「ええ!マーヴェリック社長を負かした?そりゃ、凄い。大会に出ないなんてもったいないですよ!」
 商人は興奮気味に副社長に詰め寄る。
 「いいえ、まぐれ勝ちですよ」
 何度もお辞儀する商人を後にする二人にマーヴェリックもついてきた。
 「どうです、これから午後のお茶でもいかがですか?」
 今、ここで正体をばらされるわけにはいかない。相手の出方を見る為にも、彼は提案に従う。
 「いいですね。少しの時間でよろしければ」
 「馬車を待たせてありますから、どうぞご一緒に」
 三人がオフィスの外に出ると、私服の海兵らしき男がこちらに視線を向けた。
 外には二頭立てに客車のついた馬車が待機していた。
 馬車に乗ってカーテンを閉めたシドが口を開いた。
 「この島のつぶれかけたホテルを買い取って、いわゆる居抜きでカジノ付きのホテルに改修したんですよ。
そこのサロンは会員制ですから、海軍の尾行を終わらせるにはうってつけだと思いますが?」
 「ご厚意、いたみいります」
 大きなホテルの前で馬車は止まった。豪華なリゾートホテルのロビーを抜けて、彼らはサロン奥の個室に
招き入れられた。
 ティーセットと茶菓子一式を並べたギャルソンが部屋を出るとシドから話し始めた。
 「今日は本当に驚きましたよ。以前のラフなスタイルも素敵でしたが、今日の装いも実に似合っていらっ
しゃる。出来ることならこのままヘッドハンティングして、我が社の副社長に就任させたい程ですよ」
 「はは…ご冗談を」
 「いえ、本気ですよ。貴方と一戦交えたあの夜からずっと」
 副社長のティーカップを持つ手が一瞬止まる。
 「あの時の戦艦将棋の勝負は実にスリリングでした。私はあんな風に追いつめられる事はあまりないので
ね、実に興奮しましたよ。あれ以来、貴方のことが忘れられなくて」
 シドが副社長の視線を追って一瞬捕らえた。だが、副社長はすぐにその視線をふりほどく。
 「あの時はついムキになってしまいましたよ。強敵に出会すのは久しぶりだったものですから」
 一瞬たりとも思い出したくない過去がベンの脳裏をよぎる。それは決して戦艦将棋の勝負などではなく、
別件の記憶だ。
 マーヴェリックは楽しげに紅茶を飲みながら会話を続ける。
 「失礼とは思いますが、資金繰りが苦しいので?」
 「お恥ずかしい話ですが、社長の冒険的な投資が裏目に出まして。今月は少々赤字になってしまいました」
 副社長が苦笑して見せる。
 「資金でしたら、私に言ってくださればいつでも用意しますよ。まあ、ポケットマネーから個人的な投資
という形にはなりますがね」
 「有り難いご提案ですがご遠慮しましょう。返済のあてがありませんから」
 「返済なんてケチな事は言いませんよ。ただ、私と少々プライベートな時間を過ごしていただければ十分
です。戦艦将棋のご指導なども含めてね」
 シドはさわやかに笑ってはいるが、暗に「愛人にならないか」と言っているのがランスにはよく分かった。
貴族社会の裏側でその手の交渉は日常茶飯事だ。ただ、相手が婦人や美少年ではなく、ごつい海賊というの
は流石に彼も初めてだったが。
 <にゃあ〜>
 副船長の膝が僅かに跳ねた。そこには白に薄いグレーの模様を浮かべた長毛種の猫がいた。猫の首には相
変わらず真珠が連なって光っている。首輪の真珠に負けない翡翠の瞳で彼女は副社長を不思議そうに見上げた。
 「おや、クレオパトラ。再会のご挨拶かい?お前は本当に賢い子だね」
 「…何故、ここに彼女が?」
 副社長の顔が微かにひきつっていた。副社長の膝にかけた猫の前足にはピンクのマニキュアのような光沢
の爪カバーがはめられていた。おそらくは絨毯や客の衣服を傷めない為の工夫なのだろう。
 「最近はペットと一緒にお茶を楽しみたいというお客様も増えましてね。一部のサロンをペット解禁にし
ているんですよ。私もこうしてこの子と過ごせますしね」
 「綺麗な猫ちゃんですね。血統書付きなんでしょう?」
 ランスがその場の硬くなった雰囲気を和らげるよう努める。
 「いえ、この子は母猫は血統書付きのターキッシュアンゴラですが、不手際で父猫が分からない状態で生
まれた子でしてね。廉売の末に捨てられる所でした」
 「…意外ですね」
 ランスは人懐こい猫を撫でながら独り言のように呟いた。
 「もったいないじゃありませんか。こんなに美しくて賢いのに。実に馬鹿馬鹿しい話です。少々血統が異
なったくらいで才能を持った者を認めないなんて。私は生まれだの何だのにはこだわらない主義なんです。
こう見えて、私自身も成り上がり者でしてね」
 社長は副社長を見つめてにっこり笑う。
 ランスは表情を変えずになるほどねと納得した。

 マーヴェリックが手配した馬車が二人を波止場近くまで送ってくれた。去る馬車を見つめながら副船長は
言いにくそうに口を開く。
 「…ランス、今日あったことは出来るだけ黙っていてくれないか?特に社長には」
 「守秘義務のなんたるかは心得ているつもりです」
 「恩に着る」
 例え、サイン一筆だけでもあの男の力を借りたなんてシャンクスが知ったら、怒り狂って「そんな金なん
かいらねぇ!全額返金して海図を取り返してこい!」とか言い出しかねん…。


 マーヴェリックとクレオパトラだけが残った個室にホテルの支配人が現れた。
 「お客様はお帰りになられましたか?」
 「ああ、どうしても接触したい人物がこの地方に現れたと聞いて網を張っていたんだ。どうにか会うこと
は出来たのだが、ヘッドハンティングの交渉には失敗したよ」
 支配人が青ざめる。
 「社長の誘いを断るとは、一体どんな人物です?」
 「向こうが断るのは百も承知だが、それでも勧誘せずにはいられない。それほどの魅力と才知の持ち主で
ね。気長に待つさ。まだ時間はある。私の我儘でこちらに長居して迷惑をかけたね。気遣い感謝するよ」
 「いいえ、いつでも喜んでお迎えいたします」
 支配人は深々と頭を下げた。
 シドの膝ではクレオパトラが幸せそうに眠っていた。

 
 水平線に太陽が抱かれ始める頃、小舟は本艦に引き上げられた。帰ってきた二人は甲板で船員たちに囲ま
れた。
 「おかえりやす」
 「で、どうだった?」
 ランスが集まった船員の前でトランクを開けて見せた。中にはぎっしり現金が詰まっていた。船員たちは
一斉に歓声をあげる。
 「ざっとこんなもんだ」
 副船長は素の声で答えた。
 現金に伸ばされる複数の手をランスがピシリとはたき落とす。再び閉ざされたトランクはランスの手から
会計士であるレヴィの手に渡された。
 「後は頼んだ」
 船員たちが浮き足立つ中、副船長は自室に戻る。その後を一人の男がそっと追った。

 副船長がカラーコンタクトを外し終えると同時にドアからノックが聞こえた。
 「いいか?」
 船内唯一の上司の声だった。
 「ああ、何の用だ?」
 シャンクスは部屋に入ると、後ろ手でそっと鍵をかけた。
 「どうだった?」
 副船長は黒真珠のピンを外してケースにしまうと、アスコットタイをほどいた。
 「いつも通りさ。特に変わった事なんてなかった」
 あの男に偶然とはいえ会って、しかも助けられたと悟られる訳にはいかなかった。出来るだけ返答を絞ろ
うと考えながら背広とベストを脱いでハンガーにかける。
 「髪の色はどうやって変えた?」
 「色付きのつや出しを使った。髪を染めたんじゃなく反射光で色が付いてるように見えるだけだ」
 「手伝おうか?」
 「片腕の男に手伝って貰うほど耄碌してない」もうろく
 シャンクスが後ろからシャツの隙間に手を入れてきた。体の一部が欲情を主張しているのが服越しでも
分かる。
 「馬鹿!見境無くサカるな!まだ夕飯だって済んでないんだぞ」
 副船長が小声で器用に叱る。
 シャンクスがシャツを握りしめて脅す。
 「一点物の服なんだろ?破かれたくなきゃあ、早く脱げ」
 「〜っ、脱げばいつもと同じだ!わざわざヤらなくたっていいだろ」
 「でも、香水の匂いとかが新鮮でさv」
 「ったく、この男は…」
 彼が苦虫を噛み潰しながらサスペンダーを引っ張りながら外すとシャンクスの顔に金具が当たった。勿
論、ワザとだ。
 「痛ぇ〜」
 「ほら、離れろ」
 「これぐらいでメゲるオレじゃねぇぞ」
 シャンクスが右腕を回して抱きつく。
 「そんなにくっついてたら脱げないだろ」
 思いがけず艶のある囁きが返ってきて、シャンクスの顔が嬉しそうに緩んだ。
 拒めないのは後ろめたさのせいか?
 ベンはシャンクスのなすがままに任せる。シャンクスは恋人の体から漂ういつもと違う香りを楽しんでか
ら、ベンの中心を口に含んだ。舌のゆっくりとした動きが彼の官能をまさぐる。
 「あんまり時間をかけないでくれ」
 「っへへ」
 シャンクスがベッドの縁に座って、自身の中心に潤滑剤代わりの油を注いだ。彼はこちらに来いと手招き
してから後ろに状態を傾けた。ベンはシャンクスの腰の上に跨り、ゆっくり腰を重ねる。二人が体勢を整え
ようとした時、廊下に足音が聞こえた。こちらに近づいてくる。最小限の小声でベンは懇願する。
 「離してくれ頼む!」
 手をかけて体を剥がそうとするが、シャンクスの隻腕がそれさえ許さない。残った左腕の一部もベンの体
を締め上げる。
 「もう無理!鍵かけたし大丈夫だって」
 「離せ!」
 「やだ」
 シャンクスがベンの髪を掴んで動きを封じた。ベンは思わず舌打ちする。
 ドアの手前で足音が止まった。彼はとっさにシャンクスの口を手で塞ぐ。
 「副船長、お疲れのところすいません」
 「レヴィか、今どうしても手が離せなくて、ドア越しですまん。もう見積もりが出来上がったのか?」
 離せないのは手じゃないだろ?とシャンクスは笑いをこらえる。同時に悪戯心が湧いた。手を髪から離し
恋人の臀部を揉みしだき始めた。口をふさぐ手の指と指の間に舌あを滑り込ませる。ベンが視線で叱るが彼
はその表情さえ楽しんだ。
 「へい、お目を通してもらいたいんですがね」
 臀部を揉んでいた手がさらに奥へと進み、繋がっている箇所へ指が触れた。背が意に反して反り、正気が
ぐらつく。
 「副船長?どうしました」
 執拗な指戯に声が震えそうになるのを堪えながら彼は部下に答えた。
 「手が空いたら行くから、会議室の最新資料の引き出しに入れておいてくれ」
 答え終えても気を緩められず、彼はシャンクスの肩を握る手に力を入れた。シャンクスは恋人が理性を手
離すまいと堪え忍ぶ表情を見てほくそ笑む。
 「お頭にも一応見てもらうつもりでいたんですが、どこにも見あたらなくて」
 ベンは目を強く閉じ、シャンクスにしがみつきながら答えを探す。
 「お頭なら俺が探してつれてくから心配するな。ご苦労さん」
 「へい」
 足音が遠ざかっていく。安堵のため息をついたのも束の間、ベンは体を繋げたままベッドに押し倒された。
 「ホント、お前って呆れるくらい我慢強いよなぁ」
 皮肉な笑みを浮かべながらシャンクスが囁く。ムキになってもシャンクスを面白がらせるだけだと、彼は
しらけた顔でとぼけてみせた。
 「…あんた、最近遅いみたいだけど、年のせいか?」
 「んなワケねーだろ!」
 シャンクスが文字通り本腰を入れると、ベンは目を閉じ、黙って快楽に身を任せた。

 二人は着替えて会議室に向かう。途中シャンクスが副船長に耳打ちした。
 「なあ、今度は伝声管使って、どこまで耐えられるか試してみないか?」
 答えの代わりに容赦ない拳骨が返って来たのは言うまでもない。


 
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