「あー、巻き付け過ぎたかな、包帯。副船長、目ぇ見えます?」
船医見習が副船長の顔を覗き込んだ。彼の顔の左半分が包帯でぐるぐる巻かれ
ている。勢い余って右目の上まで包帯が掛かりかけている。船医がチェックして
付け足した。
「ま、良いんじゃないか?しっかり巻けてるようだし、朝になればまた様子を
見るのに外すしな」
「アイマスクだと思えば良いさ、今夜は寝るだけだし」
副船長は小さく苦笑しながら腰を上げた。医務室を出て行こうとする副船長を
船医が引き止める。
「医務室で泊まってもらいたいんだが」
「自室の方がよく眠れるんだ。良いだろ?」
「その包帯じゃ、仕事も出来んだろうしな。いいさ、ゆっくり休んでくれ」
右目の視界も自由ではないのだが、長身の彼の視線はいつも下方向になるので、
部屋に戻るのにそれほど苦労はなかった。
怪我のせいか、体がだるい。副船長は珍しくすぐに横になった。
すぐに眠気が彼の頭と体を支配した。
夜半を過ぎて、副船長室の扉が開いた。暗闇の中で見えるのは蝋燭の灯が照ら
す侵入者の手だけ。
副船長はその気配に気がついた。
侵入者は机に蝋燭を置き、こちらに近づいてくる。副船長はシャンクスが様子
を見にきたと判断して警戒しなかった。
不意に両手に布が巻きつけられ、ベッドの梁に縛り付けられた。
「シャンクスなんだろう?悪戯は止せ」
ベッドが軋む。侵入者が副船長の上まで来た。残された右目も視界は悪く、光
源が揺らめく蝋燭の炎では、影も揺れて体躯の正確な大きさが掴めない。
侵入者は毛布を剥ぎ取ると、副船長のシャツをたくし上げた。
「シャンクス?返事をしろよ」
だが、答えは返ってこない。男は黙ったまま副船長の下半身を裸にした。
…何かが違う
頭髪、顎や頬の髭などの普段から肌に馴染んだ感覚が触れないので、シャンク
スだと言う確証が得られない。愛撫する手は右だけだがいつもの狂おしさはなく、
遠慮がちで壊れ物に触れるような扱い方も少々薄気味悪い。
副船長の頭にある疑念が浮かぶ。
今、自分の上にいるのがシャンクス以外の誰かなのではないか?
その疑念をすぐに自分で払う。シャンクスの他に誰が自分とこんな行為に及ぶ
ものか。
故意に他人の振りをしているのか?悪ふざけが過ぎる。
「いい加減にしないか!」
奇妙な沈黙が続く。
まさか、本当にシャンクスじゃないのか?
疑念は再び浮かび上がる。シャンクスは悪戯好きではあるが、体調の悪い時に
無理に求めてきたことはない。体の中心を吸われながら奥を弄られて、快楽とも
嫌悪ともつかない痺れが副船長の体を蝕むように支配し始めた。
「!!」
両足を両手で掴まれた。
シャンクスじゃない!?
「誰だ?」
副船長は手を振り解こうと暴れた。だが何者かも分からぬ男は足首を掴んで離さ
ない。
「止せっ! 止めろ!」
男は無言のまま、副船長の両膝を押さえつけて腿を左右に開いた。柔軟性に富ん
だ彼の体は両膝がシーツに着くのを容易に許してしまった。羞恥で頭に血が上る。
男の先端が有無を言わさず入り込む。
副船長はそれでも抵抗し、奥への侵入を拒む。男の呻き声が聞こえた。だが、男
は副船長の脇腹を掴んで力強く揉んだ。
「はっ…」
副船長の背中が大きく波打った。臀部の力が抜けた瞬間、男は奥深くに自分自身
を打ち込んだ。荒々しく穿たれて、副船長はたまらず声を漏らした。
両肢を抱え込む男に人の理性は残っていない。獣のような荒く乱れた息遣いが副
船長の耳に纏わりつく。己を陵辱する者の聞きたくもない喘ぎが、眼を塞がれた闇
の中から執拗に追ってくる。
悪い夢だ、覚めてくれ!覚めてくれ!!
副船長はもがきながら助けを求めた。自分が唯一肌を許す男の名を呼んだ。
「…シャ…ンク…ッ!」
無理矢理ながら彼は頂点に上り詰めた。
男は副船長の足元でうずくまって動かない。放心している様子だ。
今なら彼を蹴ることも出来る。だが副船長は敢えて何もしなかった。こうなった
のは男の所為だけではない。自分に向けられた意向への鈍感と無知そして油断が招
いたことなのだ。行為が終わってしまった今となっては、自分への憤りしか残って
いない。
男は自分で汚した副船長の体を拭い始めた。固く絞った布が温かい、予め湯を用
意していたようだ。先ほどとは人が変ったように優しく丁寧に拭いている。
副船長はされるがままに任せながら、口を開いた。
「俺に恨みでもあったのか?」
腿の内側に指が触れる。指先が文字を綴り始めた。
”NEVER”
「何だってこんな真似を…」
”好きだった、昔から。見ているだけにしようと思っていた…、でも”
「でも?」
”怪我をしたあなたを見て死んでしまうかと思った途端、箍が外れた。想い
を遂げずにはいられなくなった…”
副船長は返す言葉を見つけられない。
”船を降りようと思う”
意外な意思表示に副船長は驚いた。瞬時に結論を出す。
「…待て、降りなくて良い」
”だって俺はお頭を裏切った”
「今夜は『俺が悪い夢に魘された』だけ、それでいい。”二度としない”と
誓って、名乗らずにこのまま部屋を出て行ってくれ」
”I do(誓います)”
訪問者は副船長の着衣を正して毛布をかけ、両腕の束縛を解いて部屋を出て
行った。
丸窓から朝日が差し込んでいる。
いつもと全く変らぬ風景に、昨夜のことは本当に夢だったのではないかと副
船長は思った。
覚めたばかりの眼には眩し過ぎる日光を遮ろうとして翳した手が止まる。自
分の手首に見つけたのは、生々しく残る抵抗の痕。深い溜め息が洩れた。
「聖アントニウスの夜に起こったことを暴いてはならない、だったか…」
あれが誰なのか考えてはいけない。推察してはならない。「何も考えないこ
と」それは凡人には容易でも、生まれついての頭脳労働者である彼には最も難
問なのかもしれない。
「よっ!体は大丈夫か?」
シャンクスが副船長の顔を覗き込んだ。副船長は黙って静かに笑ってみせた。
この澄んだ瞳に憎悪の火を灯したくない…
副船長は本来の伴侶とベッドに並んでいた。彼はあの視線を思い出して身震
いした。悪い夢で片付けるには重過ぎる烙印。
「ベン?」
「シャンクス…、もっと…いいか?」
副船長はシャンクスの肩に額を預けた。
「お前は病み上がりだからやめとけ。体力が完全に戻ったら長期戦を楽しも
う」
小さく頷いた副船長の肩をシャンクスは抱きしめた。
「悪い夢でも見たか?ずっとこうしてるから、安心して眠れよ」
二人は抱き合ったまま双眸を閉じた。