『僕の無事を祈ってくれ』
ロックとドラッグのソヴィエト映画ニュー・ウェイヴ。
主人公が首都アルマ・アタに戻ってくる。かれの居場所はない。デスペレートな心情をきざみつけるリズムのロック。継ぎはぎだらけの布団のような街――。歩いてきたかれが煙草に火をつけると、街は一瞬、かれの背後で黄金色に輝く。ファースト・シーンが印象的だ。
カザフスタン映画として知られるだろうこの作品は、旧ソ連邦から現CISへの混沌に宙吊りにされている。宇宙基地バイコヌール、核実験場セミパラチンスクを含み、スターリン時代の民族強制移住政策により多民族混交地域となった旧連邦における周縁(ペリフェリー)カザフスタン共和国。監督はアルマ・アタ出身のラシド・ヌグマノフ。主演は朝鮮系ロシア人、ヴィクトル・ツォイ(崔)。ブルース・リーの憂愁を気取り、ジェームス・ディーンの夭折の美学を身にまとった人気ロック・ボーカリスト。朝鮮人の父とロシア人の母との間にレニングラードで生まれ、映画出演から間もなく交通事故死した。暗部を果敢に描くことはすでにペレストロイカが〈歴史〉となってしまった旧連邦映画の常識だ。この作品で麻薬コネクションに関わる外科医を演じるピョートル・マモーノフ(これもロック歌手)が次に『タクシー・ブルース』で見事に狂騒的な演技を見せたように――。それはすでに一般的な(旧ソ連)ロシア映画の現在であるだろう。
しかしこの作品に突き刺さっているのはカザフスタンの地政と歴史とだ。ドラッグ中毒の恋人を救けようと街を逃れるが、逃避行の果てに、干上がってひび割れた湖のあとの荒地に取り残された汽船を見つける。国内植民地の最も雄弁なシーンがここにある。出口なしの歴史。救いようのない風景。ラスト・シーンは再び主人公が煙草に火をつける場面。しかしかれの背後には「白い雪と灰色の氷、ひびわれた大地」があるだけ。火を借りるふりをして近付いた組織の殺し屋に刺されてしまうのだ。再び甘いロック・バラードが流れてきて映画は終わる。《安らぎを銃声が壊す/星は僕を戦場へと誘う/軍服には血液型と認識番号/僕の無事を祈ってくれ》。作品はひどく前衛的な手法と俗悪なドラマと稚拙なほどの志との奇妙な混乱に仕上っている。だがメッセージはあまりに明快であり、同時にあまりに過渡的である。
『ミュージック・マガジン』1993.2