†記憶喪失その2†(書き掛け)

 

 『仮名スズキさん』を発見してくれたマンションの住人の証言に寄ると、仮名スズキさんは屋上で誰かと揉めていたらしい。一際大声で「やめろ!」と叫んだ声は多分仮名スズキさんのものだったが、うるさいなあと窓から首を出して覗こうとした住人の鼻先を掠めるように転落して来た仮名スズキさんは、地面に倒れて意識を失うまでの間にげらげらと笑って「ざまあみろ」と言い続けていたらしい。
 気味が悪かった、と住人は証言しこの仮名スズキさんに関わりたくなさそうな素振りを見せたが、結構長い間拘束されることになってしまったのは言い争っていた相手という者が出て来なかったからだ。
 住人は仮名スズキさんを知らないと言ったし事実まったくの他人であることは後日証明されたが、危うく仮名スズキさんの転落に巻き込まれかけた上に警察には痛くもない腹を探られ、助けた張本人からは誠意のこもった感謝を得ることも出来なかった彼はまったくもって不運だった。
 これでもし仮名スズキさんが普通の状態であったなら気味の悪い男のために迅速に救急車と警察を呼び、言い争っていた相手が逃げ出さないようマンションの入り口を見張り続けていてくれた彼は充分に感謝されただろうし、もしかすると謝礼なんかも受け取ることが出来たかもしれない。仮名スズキさんは身元の解るものなど一切持っていなかったが、着ていた服はブランド物の高級品だったし身に付けていたアクセサリーも有名ブランドの品だった。
 しかし仮名スズキさんらしき人物に対する失踪届けというものは二週間経った今も出されていない。一人暮らしだったのかもしれない、とは担当の刑事の弁だ。
 仮名スズキさんは今は昔検死医をしていたという開業医のところに住まわせてもらっている。
 開業医の専門は脳神経外科で、仮名スズキさんは自分が二十代の男性であることは知ってはいたが住まいの住所も名前も職業も転落する以前に何があったのかすらも何も憶えていない全生活史健忘、つまりは記憶喪失に陥っていたのだった。

 


続く?

 
 
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