おたまじゃくしの池

 今までの話  

 夫婦2人で仲良く楽しく良い人生を

ずいぶん長い間、治療から離れていた。
あれから7年?8年?その間に家族を次々に失った。
その中でも最愛の母の死は今でも苦痛に感じるほど辛い出来事で・・。
それまでは日々衰弱していく母の闘病生活と、
それと同じ状況の犬猫達の世話でいっぱいいっぱいで、
その全てを失ってからは精神的な治療が必要なほど参ってしまい、
不妊治療にまで気が回らなかった。
両親を失い、より一層、血のつながった家族が欲しくなったのは確かだけど、
あの世界に戻るのか・・と思うと躊躇してしまって結局は進めなかった。
「あの世界」・・治療をしている人にはきっとわかってもらえる感覚だろう。
お金も湯水のように使ったしね。残ったのは体調の悪さだけという。(笑)
はっきり言うと治療に疲れちゃったのだ。もうコリゴリというような。
まだ見ぬ子供を追う気力が湧かなかった。

それでも45歳まではどうしようかな〜どうしようかな〜ってふらふら迷ってた。
うちは風水好きでなにかと気にするんだけど、気づくと子宝風水を意識してたり(笑)
神社で御祈願をおねがいする時、思わず子宝祈願を選んじゃったり。
頭ではもう無理と思っていてもあきらめきれない気持ちが常にあった。

でも、もうやめた。もう子供を産むことはあきらめたよ。

1つあきらめると1つ得られるっていうけど(逆か?)
私は何を得られるのかな。それとももうすでに得たのかな。

今現在、我に返った(ひと皮むけた?(笑))自分が思うことはいろいろあって、
あの時あ〜すればこ〜すればなんてお決まりの後悔はあるけれど、
昔、男友達に言われた言葉「後悔するヤツは負け犬だ」を思い出す。(笑)

わかってるけどさ。全部自分で選んだ道。
こういう結果になったのは、それなりに自分の運というか業というか、
自分は血のつながった子供との縁がなかったんだろう。

もちろん一抹の寂しさはあるよ。どうしてもね、それはぬぐえない。
子供を産み、育てるって生き物はみんなしているのに、それができないんだもの。
変な感じっていうか・・なんて言っていいかわからない悲しさっていうのかな〜
それは乗り越えられないかもしれないね。その悲しみと一緒に生きていくことになるかな多分。

家族増やしたかったな〜。年齢的に養子縁組制度を利用するのは無理そうだから、
今、私達夫婦が家族を増やす現実的な方法は「里親制度」しかない。
ん〜〜勇気いるなぁ。まぁこれは・・宝くじが当たって余裕ができたら考えることかな。(笑)

子供って未来でしょ。自分の子供がいないなんて、子々孫々続いていかないなんて
なんの未来もないのねと・・そこらへんものすごく悲観したこともあったけど、
歳をとるとそうでもないみたいです。
こうして腹をくくってみると、自分自身が、死ぬまでどう生きるかって事が1番大事で。

私は私の人生を精一杯生きて、そして死んでいく。
何も残さずに去りゆくのみっていうのも潔くていいかもね!

これからは、夫、私、犬1匹でやっていきます。

願わくは、うんと楽しくて良い人生でありますように。

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