アメリカ出産・育児体験記
何も無いところから家具を買い、車を買い、ウィスコンシンの運転免許を取得し、娘の学校(プリスクール)探しも無事に終わり、米国生活がようやく少し落ち着いたと感じたのはマディソンに来てから四ヶ月が過ぎようとしている頃でした。
4ヶ月間とにかくバタバタドタドタと過ごしていたので、自分の体調の変化には全く気が付きませんでした。果てさてそういえば生理が先月はなかったかも?今月も遅れているな?もしかして妊娠?と妊娠検査薬を買いに行ったのが7月下旬。「生理が遅れている」「絶対妊娠!」でも数日後には生理が来て。。。ということを数年繰り替えしてきたので、主人も私もまたいつもの「なんちゃって妊娠」かと思っていたのですが、以外にも結果は陽性!主人はこれは何かの間違いに違いない!再検査の必要がある!と夜近くのドラッグストアへ車を走らせ(この時 既に夜に10時半)数種類の妊娠検査薬を購入して帰ってきました。3度検査したところ見事どれも陽性反応!中でも「pregnant」とアルファベットで表記されるものは迫力ありました。
いつも私のなんちゃって妊娠騒動につきあわされていた主人も4本もの妊娠検査薬の陽性反応にはさすがに信用せざるを得なくなったらしく、その後妙に優しくなりました。長女はもう5歳と6ヶ月。二人目はもう無理なのだと諦めかけていたところに突然の天からのプレゼント。妊娠生活も出産も育児ももう遠い過去の事になっている私が果たして日本を遠く離れた米国の地で無事に妊娠 出産できるのか かなり不安もありましたが、何とかなるものです。
ここでは私のマディソンでの妊娠・出産体験そして4歳で米国に来た娘が学校(プリスクール)に入り、海外生活に慣れていった様子をお伝えしたいと思います。それにしても私の妊娠にいち早く気が付いたのは 長女でした。女の勘がそうさせたのか、妙に甘えが激しくなり、きかん坊になりました。二人目の妊娠を誰よりも早く上の子が察知するというのはよく聞く話ですが、どうも本当のようですね。
妊娠検査で陽性が出たのですから当然病院に行って診察をうけなければなりません。米国では医療保険の関係から日本の様に直接産婦人科を受診することができません。まず自分の加入する医療保険が定めた医療機関に行き、そこから産婦人科を紹介してもらうという仕組みになっています。そういう事情からまず私が向かったのは医療保険会社(SHIP)のオフィスが入っている建物にあるクリニック。(といっても最低限の設備しかない)
妊娠しているかもしれないから診てもらいたいと電話で伝え、翌日主人と二人でクリニックを訪れました。たくさんの書類に記入し、(既往症今までに受けた予防接種の履歴妊娠の有無など)その後診察室に通されました。日本の産婦人科の診察室とはまったく違っていて先生の机と椅子患者さんが座る診察台があるだけでまるでオフィスの様です。医療器具らしきものも何一つありません。(日本の様にカーテンで仕切られたような診察台ではなく、歯医者さんにあるような椅子です)
私は当然内診があるものだと思っていたので主人には廊下で待ってもらうことにし、一人で先生が来るのを待つことにしました。こちらでは先生も看護婦さんも白衣を着ていることがあまりなく、どの人が医師でどの人が看護婦さんなのか一目で区別することはできません。しばらくすると看護婦さんが入ってきてトイレに行って尿検査をしてからまたここに戻ってくるようにとの指示がありましたので、それに従いました。そしてまた少し待っていると今度は罰の悪そうな顔をした主人が入ってきました。何でも廊下にいるところを先ほどの看護婦さんに見つかり、「奥さんが一人で診察室にいるのにあなたはここで何をしているの?」と怒られたのだそうです。米国では妊娠の最初の段階から夫婦そろって検診に行くのが主流なのでしょうか。
いきなり看護婦さんに怒られてしまった主人と二人で待つこと数分後、ウーピーゴールドバーグのような何とも陽気な黒人の女医さんがにこにこと笑いながら入ってきて「おめでとう妊娠しています」と尿検査の結果を伝えてくれました(そんなことはもう既にこちらでも検査ずみなのに。。。)羅針盤の様な定規で最終月経日から出産予定日を教えてくれました。3月11日がdue date(出産予定日)とのこと。いよいよ内診か!!!と下腹部に力を入れた私でしたが、何と先生はどこの病院がいい?とマディソン市内にあるいくつかのクリニックの紹介を始めました。結局産婦人科を備えたクリニックがあり、しかもそこは全ての医師が女医さんということと地の利で(私たちの住むすぐ近く徒歩5分)近所の病院に決めました。
改めて病院に診察の予約の電話を入れ、結局、妊娠発覚から産婦人科を受診するまでに一週間を要しました。スタートからいきなり看護婦さんに怒られてしまった主人は早くも次回の検診に同席するか否かで悩み始めました。長女の時は里帰り出産で大阪の病院で娘を出産した時、主人はつくばにいました。検診も一度か二度一緒に診察室に入ったことはあるけれど(内診はこの時はなかった)米国の夫婦の様に二人で妊娠生活を送り、出産を迎えるということにはどうもかなり抵抗もあるようです。せっかくの機会だから立ち会い出産を望む妻 出産というとどうもグロテスクなイメージがつきまとい尻込みする主人 さあ 一体どうなるのでしょうか。。。。
近所のクリニックに検診の予約を入れ、これから10ヶ月に及ぶ妊娠生活をサポートしてくださる先生と看護婦さんに初めて会うことになりました。
最初に現れたのはとっても元気でボーイッシュな看護婦さん。主人と先生の診察室へ通され、そこで看護婦さんによる質問が30分ほどありました。既往症や長女を出産した時の事などを詳しく聞かれ、尿検査や血圧の測定があり、しばらくするととても美しい女性が入ってきました。故英国元皇太子妃ダイアナさんに雰囲気のよく似たお洒落で華奢な女性。この方が産婦人科医でした。話し方もとてもソフトでとてもエレガントな30代後半から40代前半の女性。子供を3人も産んでいらっしゃるとのことでしたが、とにかくスレンダーで美しさの秘訣は何なの?と、とても気になりました。
こちらでは各産婦人科医の先生がそれぞれ自分の診察室を持っていて、通された部屋には先生の家族の写真が飾ってあります。他に有るものといえば、先生のデスク、椅子、それから診察台と至ってシンプル。診察室というよりはオフィスという感じがしました。内診と超音波検査は別室でということで、そちらへ移動しました。主人も付いてきたのですが、先生の配慮でしょうか、部屋の電気は消され、真っ暗な中で先生の手元を照らすライトと超音波の映像を映すモニターだけが部屋の灯りでした。
内診によると前回出された予定日からすると赤ちゃんが小さすぎるとのこと。胎嚢もまだ見えていないので、さらに一週間後にもう一度検診にくるようにと言われました。一週間後ドキドキしながら検診に行き、再度内診して初めて先生は「congratulation」おめでとうございますと言ってくださいました。
赤ちゃんの様子から予定日は何と最初に教えられたものより一ヶ月も後。どうか無事に生まれますようにと祈りました。主人も本当にいつものなんちゃって妊娠ではないということが分かったせいでしょうか、妙に優しくなったりして、しばらくは女王様気分が楽しめるか!とほくそ笑んだ私でしたが、長女の妊娠の時にも苦しめられたあの存在がもうすぐそこまで忍び寄ってきていたことにまだ気が付いていませんでした。
そうそう、先生の診察室にはいろいろなパンフレットが置いてありました。全部で10種類くらいはあったでしょうか。ご自由におとりくださいという感じで、どどーんと置いてあるのですが、それらのタイトルがとにかく凄い!ちょっと赤面してしまうような内容なのです。検診の度に勇気を出して手にとって主人へのおみやげにしようかとも思ったのですが、もしこの診察室が隠しモニターなんかで監視されたいたらどうしよう?などど、こそっとパンフレットを鞄に忍ばせる自分の間抜けな姿を第三者に見られることを恐れた小心者の私は最後までこのパンフレット類を手に取ることができませんでした。
あのパンフレットはまだ先生の診察室にあるのでしょうか。。。。
長女を妊娠中、私は激しいつわりに悩まされました。実家を遠く離れた、知り合いも全くいないような環境で精神的に不安定だったせいかもしれませんが、水を飲んでも吐く、いや、水を見ても吐くというような状態が続いて「妊娠悪阻」になってしまいました。
ところが、何故か長女の時にはすでにひどかったつわりが嘘のように次女の時はありません。新しい環境という点では日本より米国の方がより過酷なような気がしたのですが、まったく悪阻がないのです。何でもおいしく食べられるし、「おお、これが噂に聞く、食べつわり。要は食べないと気持ちが悪くなるという別のタイプのつわりかー」なんて自分の恐ろしすぎる食欲に妙に感心していたのです。
主人が仲良くしていた韓国から留学していたご夫婦に夕食に誘われた時も彼の奥様も妊娠中で妊娠7ヶ月でもまだつわりがあると言っていたのですが、私がとにかく出された物をペロリっと大蛇のように食べてしまうのを見て、彼女は「今回はきっと男の子を妊娠しているのよ」と言ってくれました。心の底から男の子が欲しかった私でしたから、頭の中で機関車トーマスがレールの上をうるさく走り回りそれを嬉しそうに見つめるまだ見ぬ息子の姿を勝手に想像して「ほんと、どれを食べてもおいしー!韓国料理万歳!」とおみやげまでもらって帰ってきました。
そしてその翌日でした。始まったのです。しかも長女の時よりもさらに激しいつわりが。。。。何も食べられない状態が続き、買い物に行き、食品の臭いを嗅いでも駄目、車の臭い、米国の洗濯用洗剤の臭い、何をしていても何を見ても猛烈な吐き気が襲ってきます。体重が1週間で4キロ減りました。
次回の検診まではまだ3週間あったのですが、これは行けないと看護婦さんに電話をしました。こちらでは先生と看護婦さんはチームのようでこの先生にはこの看護婦さんというようにペアになっています。産婦人科だけでなく、小児科でもこのような制度が取られていて、かかりつけの先生に診察をお願いしたいときは、まず電話で看護婦さんに自分の症状を伝えることが一般的です。看護婦さんは症状を聞いて、それは先生に診てもらった方がいいとか、市販の薬を買って飲みなさいとか、指示を出してくれます。日本よりも看護婦さんの仕事がかなり医師に近いように感じました。
そこで、私も例にならって、看護婦さんにまず電話をして自分の症状を伝えました。すると、すぐにクリニックへ来るように言われ、フラフラの状態で車を運転していくと、看護婦さんが待っていて、尿検査と血圧の測定、それから血液検査がなされました。「こんなフラフラな私から血を抜くんですかー」と目で訴えて見たのですが、看護婦さんは満面の笑みで「It's OK」と言ってくれました。どうも私が注射を怖がっていると思ったようです。尿検査の結果、脱水状態が激しいとのことで、点滴をすることになりました。さらに、猛烈な吐き気を瞬時にとめる!という魔法の様な薬もほとんど強制的に口の中に入れられました。日本だと妊娠中は極力薬の服用を控えますが、こちらでは妊娠が判明した時点からビタミンや鉄分などのサプリメントをバンバン取るように進められます。
そしてつわりにも薬!強制的に口の中に入れられた薬は「ゾフラン」という名前でした。何だか柔軟剤のような名前です。名前はソフトなこの薬、確かに強烈で、口の中に入れると溶けるようになくなるのですが、本当に吐き気がおさまるのです。医師をしている日本の友人に聞いたところ、このゾフラン、何でも抗ガン剤を服用している患者さんが激しい吐き気を副作用で起こした時に使用される薬だそうで、日本では抗ガン剤を処方された患者さんのみ保険が利くというとても高価な薬なのだとか。。。この友人につわりでゾフランを飲まされたと伝えると「先進国米国の医療はやっぱり違うねー」と感心していました。
しかし!ここに思わぬ落とし穴が。。。。先生にゾフランの処方箋を書いてもらって薬局にいったところ、薬ではなく次のような答が返ってきました。「あなたの医療保険で、もし薬を5日分処方箋の通りに出すとすると、あなたはこれから一年間全ての薬を実費で払わなくてはいけません。なぜならあなたの医療保険で免除される薬の限度額にこのゾフラン五日分は既に達してしまうからです。」と。。。。そして、ただでなくても気持ちが悪くてふらふらの私にその薬剤師さんは「でもこの薬ってほんといいのよねー。私は妊娠中これ飲んでたのよー」と言うのです。
「それってかなり不公平!!!」と私は激しい憤りを感じました。日本だとこういう不公平はないと思うのですが。。。では何故こんなことになるのでしょう?
出産体験からはかなり路線が大きくはずれてしまうのですが、この国の医療保険制度について私が知ったことをお伝えしたいと思います。
主人の米国留学ではビザを申請する書類に「米国に入国してから一ヶ月以内に然るべき医療保険に加入する義務がある」と記されていました。そこで、私たちはウィスコンシン大学が推奨している「SHIP」という医療保険に加入しました。主人はJ−1ScholarですからSHIPの中でもいちばん加入額が高くなります。保険料は家族で年間65万円近くになります。これだけの額を払っていてもこの国では満足のいく医療サービスを受けることは難しいです。そしてこの国の医療費は本当にべらぼうに、ビックリするくらい高額なのです。
たとえば子供が風邪をひいて熱を出し、病院へ行ったとします。まず看護婦さんが血圧や体温の測定をし、症状を伝えて医師が診察します。のどを診たり、心音を聞いたり、日本でもおなじみの診察の光景です。聴診器で聞こえた音に問題がなければ、大抵の場合医師はこういいます。
「タイラノールでも飲んで休んでいなさい」と。。。。
タイラノール(Tylenol)とはこちらではとてもポピュラーな解熱剤・鎮痛剤で、市販の薬としてどこでも売られています。食料品を扱うスーパーですら買うことができる米国ではとてもメジャーな薬です。深刻な感染症でない限り、医師は滅多に抗生物質、その他の薬の処方箋は書きません。日本の医療になれているお母さん達はこれにはちょっとびっくりされるようです。医師が何もしてくれないように感じることもあります。
今まで家の二人の娘が風邪などでクリニックを受診した際、処方箋を医師から渡されたのは、次女が中耳炎になった 長女が骨折の手術後、痛み止めと抗生物質をもらった時くらいです。さて、子供が病気になり、クリニックに行って医師に診てもらったけれど、結局、さほどシリアスな症状ではないことから診察だけで家へ帰ることになりました。
こちらの病院では診察後に精算をする必要はなく、後日郵送で請求書が病院から送られてきます。大抵の場合は病院から直接請求書が送られて来る前に、保険の審査会社から今回のあなたの医療費はいくらですよ、というお知らせが先に届きます。私たちの住むウィスコンシン州マディソンは全米の中で最も医療費が高い場所として知られています。そのせいかもしれませんが、一度クリニックを受診すると医療費としておおよそ40ドル。そして、それとは別に治療を行った医療スタッフへの料金(いわば人件費でしょうか)が35ドルほど請求されます。一回の受診で75ドルです。しかもこれは保険に加入しているのにです。では保険がない場合はいくら支払わなくてはならないのか、およそこの10倍と考えてください。風邪で病院にかかり、薬も何ももらえず、ただ診察してもらって、「これは風邪ですねー」と診断されてこの値段です。この国の医療費が如何に高いかを実感できますね。
医療費が高いので、結果として、医療保険の加入料も高くなります。そうなると当然このような高額の医療保険を支払うことが出来ないため、保険に加入できない人が存在することになります。こちらでは必ず病院でも、そして薬局へ処方箋を持って薬を購入する際にも「保険に加入しているか」と聞かれませす。非常に悲しいことですが、この質問に対する答が「Yes」か「No」かでその後応対ががらりとかわります。
私がつわりで苦しみながらこの国の医療制度について考えていた頃、米国ではその二ヶ月後に大統領選挙が迫っていました。テレビではブッシュさんとケリーさんが連日のようにテレビに出て持論を熱弁していました。富裕層から圧倒的に支持を得るブッシュさんに対し、ケリー氏はどちらかというと弱者の味方という感じがしました。彼はイラクからの完全撤退と医療保険制度の改革を訴えていました。よその国の大統領選挙ではありますが、自分でこの国の複雑奇々怪々な医療保険制度を体験して「頑張れケリー!!!」と応援したくなりました。
保険についてはまた別の機会に詳しく述べたいと思います。
相変わらず悪阻は続いていました。それどころかどんどん酷くなってきます。
結局、ゾフランでは一年間に免除される薬代の上限を超えてしまうということで、先生が用意してくれていた別の処方箋で吐き気止めを薬局でもらったのですが、これが一向に効きません。飲むと猛烈な眠気が襲ってきて、気持ち悪いやら眠いやら。。。。病院で点滴を受けてから二日後、クリニックの看護婦さんから調子はどうだという連絡がありました。
そこで、ゾフランはやはり高額の為、処方してもらえなかったこと、今飲んでいる薬は効かないと伝えました。こちらの症状だけを伝えて電話を切ったのですが、しばらくしてまた看護婦さんから電話があり、受付にゾフランの試供品を大量に置いておくので、受付で名前を告げてから貰ってくださいとのこと。受付に行って渡された袋を見てビックリ!中にはゾフランの試供品が大量に入っています。先生も奥から出てきてくれて服用に際しての注意を説明してくださいました。
先生は異国の地での出産に加えて、つわりが酷いなんて気の毒なので、この試供品ならいくらでもあるから持っていけばいいとおっしゃって下さいました。この先生、本当に美しい方なのですが、この時はいつもの美しさに加えて何だか聖母マリア様のような後光がさして見えました。
こちらで仲良くなったロシア人や韓国人の友人達も食事を届けてくれたり、長女を遊びに連れだしてくれたりと本当にみんな涙がでるくらい優しい手をさしのべてくれました。ちょうどこの頃、同じアパートに住む日本人の奥様も妊娠されていて、私より一月早く出産されることをしりました。ゾフランと親切な友人達、そして心強い同志を得て私は悪阻地獄から脱出することができました。
長女を妊娠中、悪阻で苦しんでいた時は大学芋、ワラビ餅、素麺が唯一受け付ける食べ物でした。今回の妊娠中もやはりこれらのものが食べたくなったのですが、素麺以外はこちらで入手することは困難で、何だったら受け付けるだろう?と思って出かけたマディソンの日本食材店「オリエンタルショップ」で見つけたもの。。。。それはカルピスでした!!これだけは本当においしく飲むことができました。普通の白いカルピス一本$4.99(日本円にして、約550円)普段は高いので手を出しませんでしたが、この時ばかりは3本買いました。あと何故か友人が送ってくれたカレーせんべいもおいしく頂くことができました。それから以外にはまってしまったのが韓国のインスタントラーメン「辛ラーメン」たまたま韓国人のお宅に遊びに行ったら、お昼ご飯時で「あんたも食べる?」と出してくれたのですが、すごくおいしく感じられて、マディソンの韓国食材店「Lee's Oriental」で大量に買ってきて食べていたのですが、主人にそんなものを食べたらお腹の子が可哀想だと怒られてしまいました。それにしても妊娠中の食の好みって不思議です。
つわりも何とかおさまった10月下旬、マディソンの短く美しい秋は幕を閉じ、もう冬の気配が漂い始めていました。
検診に行くと先生から一ヶ月後にメリター病院で超音波の検査を受ける為、予約をするようにとの指示がありました。こちらでは先にも書いた以上に高い医療費が原因なのでしょうか、日本で長女を妊娠していた時は、産科へ検診へ行くと、その都度超音波の検査があり、画像で少しずつ人間の形になっていく我が子の画像を見ることができたのですが、こちらでは超音波の検査は三回ほどでした。一番最初の受診の時、それから妊娠中期、(多くの方は性別判断をこの中期の検査でしてもらっているようです)そして臨月近く、検診に行って胎児の画像を見ると何だかワクワクして妊娠気分も盛り上がってきたものですが、こちらでは日本ほど、超音波の検査はしてもらえないので、この点では少々不満でした。(長女の時は検診後に先生が画像の写真を下さったのでそれを全て取っておけたので)。
医療費が高いというのと、もう一つ、アメリカでは頻度の超音波検査が妊婦にとって全く無害であるという保証がないというのも最低限にしか超音波の検査をしない理由だと後で聞きました。こちらでの検診はとってもシンプルです。予め予約をとった日時にクリニックへ出向き、(待合室で待たされるなんてことはほとんどありません)受付でチェックイン。自分でトイレに行って尿検査用の紙コップに尿を取り(このコップには自分で名前を記入します)検査ボックスにおいておきます。トイレで用を足すともう看護婦さんが待っていてくれて、体重測定。病室へ入り、看護婦さんと妊娠の経過についての会話、世間話。それから血圧の測定、最後は胎児の心音を測定。胎児の心音はかなり早いので驚きました。
そして看護婦さんと先生が交代します。特に異常がなければ、先生とは世間話で終わってしまいます。妊娠に関する質問はいつもこの時に先生に尋ねていました。こちらの先生は産科に限らず、実に患者の話によく耳を傾けてくれるように思います。小児科でも整形外科でも、こちらが何を望んでいるのかをきいてくれるのには最初は戸惑いすら覚えました。
日本の産科では予約していても待合室で一時間衣装待たされることもざらで、また診察室に入ってもお決まりの検査があって、先生もいちいち患者の言うことには耳を傾けていられないという雰囲気があるように思うのですが、こちらの病院ではどこでも(救急病院でも)こちらの話を実に良く聞いてくれました。これも高い医療費と関係があるのでしょうか。。。。?
こちらでは検診は自分の選んだクリニック(だいたい加入している医療保険で決まっている)へ、出産は総合病院へというシステムになっていて、自分の産科の先生が総合病院へ出向き、赤ちゃんをとりあげてくれることになっています。
もちろんクリニックにも超音波の検査ができる機械があるのですが、妊娠中期(妊娠18週から23週)に「Target Ultra sound」を出産する病院(これも加入している医療保険で決まっている、もしくはクリニックが提携している)で受けることが義務づけられているようです。この超音波検査はもちろん保険でカバーされますし、出産する病院を予め見学できるというメリットもあります。「Target」なんて言葉がついているせいでしょうか。検査技師さんがとても丁寧にしっかりとありとあらゆる胎児の部位(臓器も)を見せてくれました。「ここは小指ですよ」「ここは口ですよ」などと説明しながら、手際よく超音波の検査はすすんでいきます。
実はこの検査の前、クリニックでの検診の際に、先生に赤ちゃんの性別はいつわかりますかとたずねたところ、先生からはメリターでの超音波検査でわかりますよという答が返ってきました。心底男のが欲しい私!同じアパートの日本人妊婦さんが同じ検査で男の子がお腹にいるということが分かったと聞いて、「ならばわたしも!」と鼻息を荒くして、勇み足ででかけた検診だったのです。
検査技師:「性別は知りたいですか?」
私:「もちろんです」
技師さん:「どちらが欲しいのですが?」(そんなことはあなたには関係ないから早く教えてくれー!!!←内心)
私:「上に女の子がいるので今回は是非とも男の子が欲しいです」
技師さんはにっこりと笑って葉っぱのような画像をアップにして見せてくれました。
技師さん:「これは赤ちゃんを下から見たところです。ちょうど座っているような格好をしているので性器ががよく見えます。おめでとうございます。女の子です」
私:「間違いないですか?」
技師さん:「間違いないです!!!」
私:。。。。。。
隣で主人は食い入るように画像を見ていました。超音波の検査は30分くらいでした。その間お腹の上をぐるぐるとスコープが動き回るのでちょっと苦しかったです。
検査が終わって落胆する私を主人は「無事に生まれてくれれば女の子でも男の子でもいいよ」と言ってくれました。それでも「今夜はやけ酒じゃー」と諦めきれない私に最後は呆れていましたが。。。。
プリスクールから帰ってきた長女にお腹の赤ちゃんが女の子であることを報告すると、それはそれは喜びました。狂喜乱舞です。長女は妹が心底欲しかったそうで。。。。三才頃から「私にも家族が欲しい←どうも弟、妹を意味するらしい」と言い続けてきて彼女にとっては念願の妹!喜ぶ長女を見て「女の子でも悪くないかな」と少し思いました。
でもその晩は妊娠発覚以来の禁酒を破って梅酒でやけ酒を飲んでしまいました。主人も長女もお腹の子は女の子だと確信していたようなのですが。。。。(娘はまだ性別も判明していないのに、私妹ができたのとプリスクールで言いふらしていたそうです)
2005年になりました。マディソンの街は雪一色です。足下は凍ってつるつるなので、歩くのも要注意です。
おなかもかなり大きくなってきました。窓の外ではリス(squirrelがかくしておいたドングリを探してあちらの木の下、こちらの木の下、と忙しく動き回っています。こちらに来てからリスにも冬眠するリスとそうでないリスがいるのだということを知りました。シマリス(chipmunk)は10月頃から姿を見かけません。夏の終わり頃から一生懸命に餌を集めていましたから、今頃は冬眠しているのでしょう。
こちらで知り合いになった韓国人のお友達も現在妊娠していて、予定日は私よりちょうど一ヶ月前、先日彼女のお宅に遊びに行くと、アパートの中に真新しい大きな冷凍庫がありました。何でも自分の産後の事を考えて今からいろいろな食材、料理を冷凍してストックしておくというのです。韓国人の女性は産後最低三週間は絶対に安静にしています。身体を冷やすことを敬遠して、冷蔵庫すら開けない人もいるようです。この友人の家には四歳になる男のがいて、ご主人とその男の子が産褥期に彼女が床に臥せっていても、ちゃんと御飯が食べられるように友人はシマリスのようにくるくると空いた時間を見計らっては買い出しに行ったり、料理を冷凍したりしていました。そこで、私もまねてシマリスの様に食材を貯蔵、冷凍することにしました。
名付けて「チップムンク計画」!
まずは買い出しです。マディソンでは日本食材を扱うお店もありますし、中国や韓国の方もおおいので、食材を調達するのには全く苦労しません。中心部からは離れますが、郊外には我が家の台所を大きく支える「Sam's Club」や「Woodmands」という大きなスーパーがあります。まず、オリエンタルショップで油揚げを大量に購入して、これを茹でで油抜きをした後、お味噌汁の具にすべく、短冊切りにしたものを大量に作りました。そして、一回分ずつ、小分けにして冷凍用のジップロック袋に入れました。ネギも同様に小口切りにしたり、みじん切りにしたりしたものをジップロックへ。ジップロックもSam's へ行けばかなり安く手に入ります。お肉類も鶏肉、豚肉、牛肉、そして鮭なども大量に買って炒め物や煮物用にあらかじめ切って冷凍しました。トンカツやコロッケ、ハンバーグに餃子も大量に作って冷凍しました。
(ハンバーグは成形して、一度茹でておくと便利)それにソース類もたくさん作りました。トマトソースに、ミートソース、ホワイトソース。カレーやシチューも冷凍しました。冷凍庫はあっという間にいっぱいです。私も韓国人の友人の様に大きな冷凍庫が欲しくなりましたが、主人にあっさりと却下されてしまいました。
それにしても、このチップムンク計画は大成功でした。産後は御飯さえ炊いておけば、あとは主人でも簡単に焼いたり、揚げればおかずができあがるのですから、おすすめです。
二月。かなりおなかも大きくなってきました。
検診の回数もこれまで月に一度だったのが、二週間に一度になりました。今のところ検診では何もひっかからず、順調です。しかし、ちょっと心配なことが出てきました。出産の際の上の子の事です。長女は現在幼稚園(preschoolに通っています。幼稚園は主人の職場とはすぐ目と鼻の先にあります。マディソンの幼稚園は日本のそれに比べるとかなり割高です。朝から夕方まで一日、月曜日から金曜日まで通わせるとその学費は10万円近くにまで跳ね上がります(月謝)長女は月曜日から金曜日まで、毎日お弁当を持参して朝8時15分からお昼の2時半までの半日を幼稚園で過ごしていました。
マディソンに到着したばかりの頃は全く英語がわからず、話せなかった長女ですが、半年を過ぎた頃から機関銃のように英語が出てくるようになりました。お迎えに行くと、クラスメイトと英語で喧嘩していたりもします。今なら半日保育を終日保育にしても大丈夫なのではないかと思い、本人に「幼稚園に朝から夕方までいられる?」と聞いてみると、「ずーっと前からみんなと一緒に夕方までいたいと思っていたよ」との答えが返ってきました。
(娘が通う幼稚園は場所柄、大学関係者の親が多く、クラスメイトの9割が終日保育でした)そうとなれば、話は早い!早速、半日保育から終日保育への変更の手続きをとりました。これで、午後一時とかに陣痛が来ても大丈夫!?かくして娘は毎日主人とアパートの前からバスに乗り、幼稚園へ行き、主人と一緒に夕方帰宅するようになりました。おなかもかなり大きくなってきて車の運転もし辛くなってきていたので、これはとても助かりました。でも、陣痛はいつくるかわかりません。予定日は平日ですが、週末になるかもしれません。
一体、アメリカのパパやママ達は二人目以降を出産するときどういう準備をしているのだろう、と興味が湧いて来た私は出産する病院のツアーに参加することにしました。子供がいると申し込みの際に伝えると、経産婦とその家族を対象にしたツアーに予約をいれてもらえました。当日、指定された時間に集合場所へ行ってみると、おなかの大きなママ達の他にパパや子供達がうじゃうじゃいます。中には四人目をご出産!なんていうベテランママもいました。優しそうなお姉さんが子供達の視線から病院の施設や出産の流れを説明してくれました。実際に入院する部屋に入れてもらったり、新生児室を見せてもらったり、とても充実したツアーでした。
その時のお姉さんの説明はこんな感じです。「みんな、これを見て!これはお母さんが赤ちゃんを生む時に着るパジャマなのよ。」「お母さんはベッドに横にならないといけないけど、でもこれは病気じゃないから安心してね。」「これは赤ちゃんが寝るベッドよ。これは赤ちゃんが生まれてから着るお洋服、それからこれはおむつ、ちっちゃいでしょー」「みんなもこんなにちっちゃかったのよねー」子供達はお姉さんの説明をみんな真剣に聞いています。一番子供達の視線を釘付けにしたのはキッチンでした。
「あれは冷蔵庫。あの中にジュースやゼリーが入っているし、冷凍庫にはアイスクリームもあるのよ。」
「そこの棚にはサンドイッチやマフィンもあるし、ポテトチップスやクッキーもあるでしょ。お母さんやお見舞いに来たあなた達が食べてもいいのよ」
家の娘も鋭い視線をクッキーに注いでいます。私も何だか入院するのが楽しみになってきました。ツアーが終わると子供達は塗り絵とクレヨンをプレゼントされました。
それから男の子には「I am a big brother」、女の子には「I am a bib sister」と書かれたバッジもプレゼントされました。長女もかなりご満足の様子。でも、素朴な質問。ママが分娩しているとき、お兄ちゃんやお姉ちゃんはどうしているのでしょう?
私は周りにいたママ達に出産の最中、上のお子さん(達)をどうするのか訪ねてみました。返って来た答は出産の場に立ち会わせるとう方が3割で後の7割は家で待つとのこと。説明をしてくれたお姉さんにも訪ねてみましたが、やはり皆さんケースバイケースとのこと。家の娘は5歳でしたが、この年齢では出産に立ち会わせるのも難しいのではと言われました。
私が出産したメリター病院では陣痛の時期も、分娩の時期もそして出産もすべて自分の病室で行われることになっています。分娩中に何かのトラブルが生じて緊急帝王切開などの処置が必要になった時はそこから手術室に移されることになっているようですが、問題がなければ、出産の為に入院した時点で自分の病室が与えられ、そこに看護婦さんや赤ちゃんを取り上げてくれる産科医、麻酔医などがきてくれることになっていました。病室はかなり広く、すべて個室でシャワーやトイレもありますし、分娩台兼寝台のベッドとは他にソファーベッドもありました。主人と娘が並んで眠っても大丈夫なサイズです。夜遅くに陣痛が始まったとしたら、眠っている娘を連れて来てこのベッドで寝かせることもできるかななどとも考えていました。
でも、陣痛っていつくるんだろう。業務連絡、業務連絡、未だ見ぬ次女様、なるべく平日のお姉ちゃんが幼稚園に行っている間に出て来てねー。
三月になりました。いよいよ臨月です。
マディソンはまだまだ雪の中。前述の韓国人の友人のところには無事に時可愛い女の子が生まれました。彼女のところは韓国からご主人のお母さん、つまりお姑さんが助っ人にやってきていたので、上の子の面倒を見ていてくれました。うちも実家から私の母を呼び寄せようかとも考えましたが、冷静に考えてやめました。まず、母は車の運転ができない!これはかなり厳しいです。まだ足下が凍っているマディソンの街に英語が全く話せない母を買い物に出す訳にはいきません。次に、母は英語が全く話せない!これもきついです。洗濯室へ行って、洗濯機の使い方からを一から教えなくては洗濯もしてもらえません。そして、母は家事が大の苦手!!!これはいただけません!実家とは勝手が違うキッチンやお風呂に呆然と立ちすくむ母が脳裏に浮かびます。うーん、うちの母、浪速のおかんはマディソンではあまり役に立ちそうにない!実際、周りの友人達(主に韓国人)は母や姑が手伝いに来てくれたけど、母と赤ちゃんのお世話でよけいに疲れただの、旦那さんとお母さん(姑さん)との板挟みで気疲れがしただのと言っている人も多くいて。。。。上の子が小さいと遊び相手や話相手になってもらえたりもするでしょうが、うちは娘ももう、5歳でしたし、終日幼稚園にも通っていて、夜は帰宅するとお風呂に入ってすぐに眠ってしまいます。余計な仕事を増やされたくないし、アメリカでの出産なんてこの先もうないだろうから、この一大イベントはぜひとも家族で味わいたい!との思いから実家から母を呼び寄せるのはやめにしました。さて、話がそれてしまいました。三月になって初めての検診でのこと。先生曰く、「うーん赤ちゃんがかなり下がってきているわねー。こりゃ、きっと早くでてくるわよ。早かったら来週、遅くとも来週くらいには出てくるわね」予定日は4月の上旬です。先生はさらりと言いますが、こちらとしてはちょっと困ります。日本だと、三月生まれと四月生まれでは学年が違ってしまいます。「予定日は四月ですが。。。」と言うと先生は「四月まで赤ちゃんがおなかに入っていたらびっくりだわよー」なんておっしゃっていました。そして、極めつけは先生のこの一言!「次の検診よりも先にメリターで会う事になるんじゃない?」先生の「早く出てくる」の一言で我が家は一気に臨戦モード。赤ちゃんを迎え入れる準備に追われました。まずは部屋の家具の配置換えです。二つある寝室の家の一つを赤ちゃんとお姉ちゃんが使う子供部屋にすることにしました。マディソンでお知り合いになった友人から譲り受けたベビーベッドを組み立てて、ベビーバスを用意して、Sam'sで大量におむつとお尻ふきも買いました。ベビー服もそろえました。おお!忘れちゃあいけません。アメリカの病院では退院する時に車にカーシート(チャイルド/ベビーシート)が取り付けられていないと退院させてもらえません。ちゃんと看護婦さんが玄関までチェックしにきます。カーシートもばっちり用意しました。主人も娘もそわそわ落ち着きがありません。私も洗濯物を溜め込まないようにせっせと洗濯をし、食料や水を買い出しに出たり。。。。な、の、に、赤ちゃん、一向に出てくる気配がありません。おなかの中で元気に動き回っています。一体全体これはどういうことだ。結局、次の検診日が来てしまいました。「先生、赤ちゃんでてこないじゃないですかー!!(怒)」と私「あら、なんでかしらね、ちょっと見てみましょう。うーん、子宮口も開いて来ているのにね、ちょっと刺激してみましょうか、、、、」と先生、刺激って一体???それを先生に聞こうと思うよりも先に先生が素早く手袋をササッと装着して、内診を始めました。その痛みといったら。。。。飛び上がりそうでした!上の子の妊娠の時にはこんな経験はありません。帰り際先生はまた「じゃ、メリターで。。。」なんて言っています。この時点でまだ予定日まで3週間以上ありました。検診を受けるクリニックは私の住むアパートからですと歩いても5分程です。大きなお腹で解け始めた雪水を避けながら私はアパートまでの坂道をゆっくりゆっくり歩いていました。自分の部屋に帰って来てほっと一息ついてすぐ、下半身にものすごい激痛が襲ってきました。今まで経験したこともないような痛みです。右側のお尻の肉を5、6匹の飢えた野良犬かオオカミにでも食いちぎられているかのような痛みです。(そんな経験はありませんが)私はしばらく腰を曲げた状態で固まっているしかできませんでした。痛みは5分程で嘘のようにおさまりました。私はクリニックのある方を「一体あの先生は何をしてくれたのじゃ!!!」という怒りに満ちた表情でにらんでいたことでしょう。またまた次の検診日が来てしまいました。私は顔なじみの看護婦さんに前回の検診の後でものすごい痛みに襲われたことを報告しました。看護婦さんは「犬にお尻をかまれた事はないけど、そりゃ痛そうねー」と笑っていました。そこへ、先生登場。またまた私は先生に前回の事をちょっと怒りを込めた口調で伝えました。先生は「おかしいわねー、赤ちゃん出て来たくないのかしらねー」と意にも介さぬ様子。看護婦さんが「今日も内診あるけど、どうする?」と聞いてきたので、「Noっていう選択もできるの?」と聞いてみました。さっすが、自由の国アメリカ。看護婦さんも先生も口を揃えて「Of course You can!」ですって。。。。そんなわけで今回は内診を免れて無事に帰ってきました。
パパとお姉ちゃんがお誕生会から帰って来て目を覚ましました。しばらくすると近所に住む韓国人のお友達が大きなお鍋を抱えてやってきました。中にはわかめのスープが大量に入っています。彼女は私にとにかく横になっていなければいけない!だの、かならず、これから一ヶ月間わかめのスープを一日三度食べるようにと忠告すると、うちの長女の手をとって「ゆっくり休んでね」と公園に出かけていきました。(彼女の家にはうちの長女と同じ年代の女の子がいたのでよく二人は遊んでいました。)それから30分程経った頃、ドアをノックする音が。。。。。うちの娘達が帰って来たのかなと思いきや、立っていたのはうちのアパートのすぐ裏に住む韓国人のご夫婦。彼女の手にはわかめスープが入った瓶が二つ。
そして、今度は電話がなります。パパの韓国人の友人です。実はパパはこの友人の奥さんから再三、「いい、奥さんがメリターで出産したら、必ず私に電話するのよ、わかめスープを持って病室に行くから、必ず赤ちゃんが生まれたら電話してきなさいよ」と言われていたにも拘らず、連絡をしていませんでした。電話口で奥さんがかなり怒っていたそうです。今わかめスープが大量にあって、二週間ぐらいは大丈夫だと伝えると、じゃあその次の週に持って来てくれるとのこと。でも、このわかめスープ、本当に身体にいいのです!何でもおっぱいの出を良くする働きと身体の不浄な血を排出する働きがあるのだそうで、お隣の国、韓国では産後の女性はかならず、一ヶ月間三度の食事の際にわかめスープを食べるのだそうです。
そして、女性も、男性も自分の誕生日にこのわかめスープを食べるというのも習わしなのだとか。。。(ちなみにマディソンで出産した韓国人ご夫婦では必ず、ご主人がこのわかめスープを大量に作っていました)結局、5人の韓国人の友人達からわかめスープをもらったのですが、みなそのご家庭の味があって、入っている具も違い(牛肉とわかめ、貝とわかめ、とりのひき肉とわかめ、豚肉とわかめ等)、どれも実においしくいただく事ができました。
ビバ!!!わかめスープ!(韓国語ではミヨックといいます)次女の誕生日にはこれから毎年、このわかめスープを作って韓国の友人達の温かい心遣いを教えてあげたいと思います。
とても良い経験ができたと思っています。妊娠がわかった時、正直かなり不安もありましたが、でも周りの友人達にも助けられ、本当に無事に次女を出産することができました。立ち会い出産をしたパパも良い経験ができたと感じているようです。こちらの病院では看護婦さんも医師も親身になってこちらの意見に耳を傾けてくれましたし、日本での出産のように、「出産とはかくあるべし!」というような概念もなく、自分なりのスタイルで出産することができました。もし仮に三人目を生むことがあるとしたら。。。。次も絶対にアメリカで生みたい、とそう思います。
最後にマディソンで知り合った日本人妊婦さん達からよく質問された事を記しておきます。
質問 無痛分娩をしましたか? いいえ、「自然なまま、As natural as possible」なお産にこだわりましたので、無痛分娩はしませんでした。ただ、無痛分娩は子宮口がかなり開いてからでないと麻酔の注射を打ちません。
最後に息むときの痛みからは解消されるでしょうが、ずーっと、痛みがないというわけではありません。無痛分娩を経験された妊婦さんによると、出産後の身体の回復が早かったと皆さん口を揃えて言っておられました。質問 会陰切開や剃毛はありましたか? いいえ、これまた自然なお産にこだわったからなのか、ありませんでした。分娩の後半、痛みもマックスに達して「吸引分娩で出してください」とお願いもしてみましたが、先生からあっさりと却下されてしまいました。帝王切開だとまた違うのかもしれません。
質問 入院時何を持って行きましたか? カーディガン、スリッパ、退院の時に赤ちゃんが着る服、ビデオ、mother milk herb tea、魔法瓶、メンソレータムのリップスティック、英文で書かれた日本の母子手帳。質問 二日間の入院/出産費用は? Shipの保険に加入していて日本円に換算して24万円程だったように記憶しています。
質問 病院の食事 はっきり言っておいしくないです。(朝食はまだマシ!)でもキッチンにはたくさんの飲み物も食べ物もありますから大丈夫です。いざとなったら出前(となりのメキシコ人のご家族はみんなで家族室でピザを宅配してもらって食べていました。)質問 看護婦さんや医師の先生にお礼はしましたか? 日本人的な感覚で菓子折り等を差し上げたかったのですが、しませんでした。周りの方々もされていませんでした。ただ、クリニックの先生と看護婦さんにはThanks cardを書いて送りました。(看護婦さんも医療スタッフも毎回ころころと変わるのでずーっと同じ人が面倒を見てくれるわけではありません。)質問 立ち会い出産でのパパの働き倒れたり、失神したりしなかったことはほめてあげましょう!やはりアメリカでは立ち会い出産が一般的ですのでこの先出産にのぞまれる日本人パパさん達にもがんばって、勇気を出して立ち会い出産に望んでいただきたいと切に願います。
質問 アメリカで出産して良かったですか? とってもよかったです。