「氷壁」
...............井上 靖
...............新潮文庫781円+税
...............ISBN4-10-106310-9
先日涸沢に行ったときに徳沢園がモデルになっていることを聞き、読んでみた。ザイル事件そのものは雑誌で読んだり、「神々の山嶺」の中でも題材として使われていたのでだいたいのことは知っていたけれど、改めて読むとなかなかに感動する。
昭和30年の正月に前穂高を登っている時に、切れるはずのないザイルが切れ、一人が墜落死する遭難事件が起きる。そのザイルはそれまで登山で主に使用されていた麻ザイルに変わって、性能が高いとの評判で広まり始めていたナイロンザイルだった。
生き残った同伴者はザイルの性能に欠陥があると訴えたが、ザイルメーカーは登山用具の権威と言われていたある大学教授と組んで切れないように細工した試験でナイロンザイルは切れないことを証明した。世間では「ザイル操作を誤った」、「ザイルをアイゼンで傷つけた」「結びが悪く、ザイルがほどけた」など、パーティーを組んだ生き残った人間を避難する風潮が高まっていった。
この遭難事件以外にもいろいろとあったようだが、日本山○会+癒着企業+御用学者vs個人という対立関係が作られ、弱い個人側をおとしいれる構図ができていった。日本山○会は会報でナイロンザイルは安全との記事まで載せた。
ところが、その年の7月に遭難遺体が発見され、ザイルはしっかりと結ばれていて、切断面にも傷などがないことが判明した。
墜落死した登山者の兄で当のナイロンザイルを渡したIさんはその後命懸けの実験を繰り返し、ナイロンザイルはある角度のエッジにおいては50Kg程度の荷重で簡単に切れるというナイロンザイルの欠陥を発見した。
数年後にはメーカーもその事実を認めたが、日本山○会は上記記事の訂正を20年後の昭和52年になってやっと認めた。こういう面からも登山という小さな閉塞社会の一端が垣間見える。
「氷壁」はこの実話に基づく恋愛小説。世間のほとんどが体制側についていたにもかかわらず、作家井上靖は当事者の話を聞き、真実を明らかにするためにこの小説を書いたという。
自分の会社の商品の欠陥を隠すために、雇った教授と組んで意図的な結果を出すという三流ドラマのようなことが昔からあったんだなと改めて思う。最近でも、松本サリン事件のような弱者を作り上げる構図や雪○や狂牛病関連の事件など隠ぺい工作の話を聞くことがある。
こういうことは必ず後で明るみに出て、そういう人間は必ず滅びると思いたいけれど、現実はなかなかそうもいかないようだ。事実このザイル事件の大学教授は晩年に日本山○会の名誉会員に選ばれ、その時も物議を醸し出したらしい。
こういう話を聞くといつも、高校の古文の先生が口癖で言っていた「天網恢々疎にして漏らさず」という言葉を思い出す。
また、当事者のIさんが作者Jの大学の先輩にあたり、雪辱を晴らすためのその実験を手伝ったのも作者Jの大学だったというのが少しうれしい。
その切れたザイルが大町の山岳博物館に保存・展示してあるという、今度見に行こう。
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