監督:黒澤 清
出演:武田真治、唯野未歩子
2005年という近未来に住むハルとミチという恋人たち。ハルは音楽関係の仕事をし、
ミチは郵便局で働いている。彼らは恋人同士ではあるけれども、関係は落ち着いて
いてお互いに交わす言葉も少ない。ミチは外国から郵便局に届く郵便物をたまに
失敬したりしている。2005年という近未来は、現在とほとんど変わらないような世
界であるけど、微妙に変化している。郵便局のコピー機は、2000年を過ぎてから
おかしくなってしまった。日本には外国人が多く住み着き、ハルやミチの暮らしに
少しずつ入り込んだりしている。謎の花粉が舞う現象が起き、多くの人たちはマス
クや目を覆うゴーグルをして外を歩いている。そしてハルもミチも、生殖能力を失
わせる可能性の大きい花粉症の治療薬のモニターを、お互いに知らせないで引
き受けている。
この映画には、明確なストーリーはない。それどころか、セリフも極端に少ない。
ハルとミチは恋人同士だという設定なのだが、お互いにほとんど言葉を交わすこと
はないし、心が通じ合っているかどうかもわからない。ハルは録音機に向かってい
るし、ミチは郵便局の、カーテンで覆われた窓口に向かっている。あるいは、郵便
物から失敬した品々に囲まれていたりする。お互いには、向かい合っていない。
そして、全体を包む漠然とした不安感。ハルは、カフェで見かけた女の子や、不良
グループのメンバーに「消えてよ」と言われ、実際、部屋の窓辺に佇みながら、消
えたり現れたりしている。花粉の嵐の中でマスクやゴーグルもつけないで座ってい
て、まるでそこに存在していない人のようだ。
何しろ、この映画はストーリーはなくて、ストーリーの断片しかない作品なのだ。
観る者が、断片を自分の中でつなぎ合わせるしかない。これは非常に骨の折れる
作業で、正直、観ていてつらい部分もあった。しかし、かといってつまらない作品
ではないのが困ったところだ。イマジネーションを刺激する部分はあるのだ。漠然
した不安と、自分自身というの存在のおぼろげな様子。心が通い合っているわけ
ではないけれども、でも、相手を想う気持ちはずっとあるというそんな関係。生殖
機能が失われていてもかまわないという感覚。普通の恋愛の情念とか、執着とか
そういったドロドロしたものとは無縁の、自分の存在を消してしまってもいいという
薄くて空気のような感覚。なんと説明していいのかわからないけど、これが、近
未来における恋愛の絆や生き方の一つの形なのだろうか。
監督:スティーブン・フリアーズ
出演:ウディ・ハレルソン、ビリー・クラダップ、パトリシア・アークエット、ペネロペ・クルス
ニューメキシコ州のハイロー・カントリーでたった一人牧場を仕切っていたピート。
彼は、暴れて彼を振り落とした馬を売った相手、ビッグ・ボーイと親しくなる。ピート、
ビッグ・ボーイと彼の弟リトル・ボーイは楽しい時を過ごす。第2次世界大戦が始ま
り、ピートとビッグ・ボーイは戦地に赴く。そして戦争が終わり、彼らは国に帰るが、
一人戦争に行かなかったリトル・ボーイは近代的な牧場経営を押し進めていたジ
ム・エドのために働いていた。ピートやビッグ・ボーイらの、昔ながらのやり方は衰
退し、あたりの牧場は皆ジム・エドに買収されていたのだった。それでも、これま
で通りの牧場運営にこだわりを見せるピートとビッグ・ボーイ。ピートは戦争に行く
前から、美しい恋人ジョセファがいたのだが、ジム・エドの手下の妻であるモナに
惹かれる。しかしながら、モナはビッグ・ボーイと愛し合っていたのだった。友情と
愛の間で思い悩むピートであった。
時代遅れの存在となりつつあったカウボーイたちへの郷愁があふれる作品。カウ
ボーイたちの物語であるが、西部劇という感じの作品ではない。男たちの友情の
物語だ。西部劇に付き物の銃撃戦や保安官、インディアンは登場せず、かわりに
見られるのは美しい風景と厳しい自然、そして牛や馬たちだ。
ウディ・ハレルソン演じるビッグ・ボーイのキャラクターがとても魅力的。まさに「男
の中の男」である。友情と信義を重んずる誇り高い男。その中に少年っぽいいた
ずらっぽさや青臭さ、無鉄砲さも見られて、男から見ても、女から見ても惚れてし
まうような存在だ。彼はモナを全身全霊で愛している。彼らの関係が街中に知れ
渡り、当然モナの夫の知るところとなる。そんなことになっても、彼の想いは止ま
らない。モナは名うての悪女で、元は娼婦だったらしいと聞いても、彼にはそんな
ことは関係ないのだ。気性は荒いが、古いタイプのいい男である。そんな彼にい
つも劣等感を抱いていたのが、弟のリトル・ボーイ。兄への対抗心のため、ジム・
エドの手下になるが兄を超えられなくて心をくすぶらせていた。
ピートはビッグ・ボーイの大胆不敵さに比べて、やや気が小さい等身大のキャラク
ターである。モナに憧れながらも、ジョセファも捨てきれない。モナに「みんなが噂
しているからビッグ・ボーイと別れろ」と諫めても「あんただって私に惚れているくせ
に」と交わされてしまう。しかし、まっすぐな瞳が印象的な、誠実な青年だ。このピ
ートとビッグ・ボーイの友情は本当に美しい。時代に取り残されていく、古き良き
男たちなのだ。
しかしながら、このモナの存在がちょっと弱い。モナは色っぽい人妻で、ビッグ・
ボーイもピートも虜にする。夫にビッグ・ボーイとの関係を知られても物怖じせず、
夫に「奴を殺す」とまで言わせてしまう。しかしながら、演じているパトリシア・アー
クエットのキャラクターが合っていないためか、そこまで魅力的な女には見えない。
ピートにも色目を使うような彼女は、命を賭けるほどのいい女には見えないのだ。
彼女が一体何を考えていたのかもわかりづらい。
ピートは最後、モナを残しジョセファを追ってこのハイロー・カントリーを去る。牧場
経営をあきらめ、古き良きカウボーイの時代の終わりを知るのであった。この上な
く美しいハイロー・カントリーの夕日を見ながら、彼の心にはビッグ・ボーイの面影
が浮かび上がっていたことだろう。女性を描くのはうまくない作品だが、二人の男
性の生き様は心を打つ。
監督:テリー・ギリアム
出演:ジョニー・デップ、ベニチオ・デル・トロ、クリスティーナ・リッチ、キャメロン・ディアス
トビー・マグワイア
1971年。ジャーナリストのラウル・デュークとサモア人弁護士ゴンゾはラスベガス
に乗り込んだ。彼らは、ラスベガスで開催されるオートバイレース「ミント400」の
取材のため、ここにやってきたのだが、彼らの乗った赤いオープンカーには、あら
ゆる種類のドラッグが満載。これらをキメてラリパッパの状態で高級ホテルにチェ
ックインし、取材もそっちのけで部屋を荒らしまくる彼らであった・・・。
ほぼ全編、ジョニー・デップとベニチオ・デル・トロ演じる狂った二人がラリっている
だけと言っても過言ではない映画。彼らの狂った演技は凄まじい。髪の毛を抜い
て横山ノックのような禿頭にしてまで、原作者のハンター・トンプソンに似せようと
しているジョニー・デップ。体重を大幅に増やしたベニチオ・デル・トロ。彼らが完全
にイッてしまった目つきで、ジグザク歩く様子、これは本当に強烈だ。そして、ドラ
ッグの効果によって彼らが目にする光景の描写も面白い。ホテルのフロントの女
性の顔が変形して怪物になったり、床の模様が動き出したり。映像の魔術には
しばらく驚嘆し感心する。しかしあまりにもこのラリラリ状態が垂れ流し状態で長く
続いていて辟易するのも確かだ。耐えられなくなって映画館を後にする観客がか
なり多かった。
前半、あまりにもこの狂った世界がだらだら続いていることに苦痛を感じ始めた頃、
ちょっとだけ物語が面白くなる。バーブラ・ストライザンドの肖像画ばかり描いてい
る、クリスティーナ・リッチ演じる少女が登場するエピソードだ。本当に彼女は天才
としか言いようがない。他の登場人物同様、彼女も狂っているのだけど、彼女の
登場で映画が締まっている。そして、ラリった状態から正気に戻ったデュークが見
た狂乱の宴の、吐き気を催すほどの凄まじい残滓。宴の後の寂寥感とともに、彼
が自分自身が時代から取り残された存在であることに気づく場面はなかなかうま
く描けている。
1971年といえばウッドストックから2年後。ジャニス・ジョップリンが前年に、そし
てこの年ジム・モリソンがドラッグの過剰摂取によって亡くなっている。ラブ&ピー
スのドラッグカルチャーが斜陽に向かっていた時代だ。ラスベガスという街も、実は
平和で健康的な場所。そんなところへジャンキーな二人が乗り込んでみても、この
街に飲み込まれ、悪夢のような思いをするのが関の山だったのに、それでも最後
の悪あがきを見せて暴れてみた、というところだろうか。結果的には「やっつけろ」
ではなくて「やっつけられた」だったのだが・・・。
ジェファーソン・エアプレインの「あなただけを」、ローリング・ストーンズの「ジャンピ
ン・ジャック・フラッシュ」など、70年代の音楽の使い方は素晴らしい。また、トビー・
マグワイア(エンド・クレジットを見るまで気づかない)、キャメロン・ディアス、ハリー・
ディーン・スタントンといった豪華なゲスト陣にもビックリ。映画にストーリー性を求め
ない人には楽しめるかも。