監督:
出演:マーティン・ローレンス、ルーク・ウィルソン、ウィリアム・フォーサイス
宝石泥棒のマイルズは、青いダイヤモンド「ブルー・ストリーク」を盗み出すが、
仲間の裏切りにあって逮捕されてしまう。彼は逮捕される寸前に、建設中のビ
ルの工事現場にダイヤを隠して置くことに成功した。そして、2年後出所した彼
は、ダイヤを隠した建物はLA市警の37分署になっていたことを発見したのだ!
マイルズは、ダイヤを取り返すために警察署に侵入しようと試みる。そして、侵
入するには、刑事になりすますことがベストということに気がつき、実行するだっ
た。
泥棒が、ふとした運命のいたずらで刑事を装う羽目になるという逆転の構図が
この映画のアイディアである。そして、泥棒であったことから、彼は刑事よりもず
っと、泥棒がどのような手口で犯罪を犯すかを熟知している。結果的に、彼は
刑事として大活躍して犯罪を解決、出世までしてしまう。幾たびも、実は泥棒
であったことがばれそうになるというピンチに陥るが、そのたびに持ち前の頭の
回転の良さと型破りなところで切り抜けてしまう。
マイルズが刑事として大活躍してしまう理由は二つある。一つは、彼とペアを
組む新人刑事カールソンがとても真面目で、何でも真に受けてしまう人であり、
また部長刑事も、マイルズの行動を全て肯定的に受け止めてしまうからであ
る。しかし、ここが、この映画のとっても面白いところなのだ。マイルズが容疑
者を尋問するときに乱暴なのも、ストリートっぽいしゃべり方をするのも、すべ
て彼の刑事としての才能の為せる技だと彼らが信じ込んてしまうというのが
なんとも笑える。FBIの高圧的な態度に負けずに仕事をやってのけるのも、彼
の気骨の現れだと誤解してしまう。しかしこの刑事たちはとても性格がよくて、
刑事としての腕はともかく、とても好感が持てるし、このことが爽快なラストへ
繋がっていくのだ。
もう一つの大活躍の」理由は、筋金入りの泥棒であったはずのマイルズが、
案外真面目な男であったと言うことだ。ダイヤをいただいたらさっさとトンズラ
しようと思っていたのに、思いがけず出世してしまって、周囲の期待に応えな
くてはとガラにもなく考えてしまったことだ。おかげで、麻薬王が待ち受ける場
所へ単身おとり捜査官として乗り込むという、この上なく危険な任務まで背負
わされてしまうのだ!
マーティン・ローレンスはまだまだ駆け出しのコメディアンだが、この映画では
しつこくもなく、存在感も光っている。一番最初に警察に侵入しようとして、宅配
ピザの配達員に変身したところなんて大爆笑ものだ。全編を通じて、ギャグの
切れ味は鋭いしとてもテンポがいい。アクションに関しては、ちょっと物足りな
い部分もあるけど、これだけ笑わせてくれるのだから許そうという気になる。そ
して、ラストの幕切れはなんとも鮮やか。二人の同僚刑事との友情で締めくく
ってくれて、爽快な気分にさせてくれる。後に何か残るような映画ではないが、
1時間半、ずっと楽しく笑いながら観ていられる作品だ。
監督:パトリス・ルコント
出演:ヴァネッサ・パラディ、ダニエル・オートゥイユ
自分の不運を嘆き、橋から身を投げようとしていた娘アデル。彼女を助けたの
はナイフ投げ芸人のガボールだった。どうせ死ぬ気だったら、と彼女をナイフ投
げの的になって欲しいと誘う。そして二人はモナコへ。やがて二人の気持ちは
通じ合い、ナイフ投げショーは喝采を浴びる。が、アデルは男から誘われれば、
すぐ寝てしまうという身持ちの悪さが直らない。そして、船上で恋におちた彼女
はガボールの元から去るが・・。
台にくくりつけられたアデルと、ナイフを持つガボールがお互いを見るときの表
情が忘れ得ぬ印象を残す。ガボールの視線は射抜くように強い。そして、彼を
見つめるアデルは、全てを彼に任せたということをその瞳で物語っている。ドス
ンとナイフが突き刺さる音、そしてそのときのアデルの恍惚の表情とうめき声。
どんなラブシーンの時の表情よりも官能的である。ナイフ投げは、投げる側と
的になる側との間に、信頼関係がなければうまくいかない。ガボールを信じて
いるからこそ、アデルは全てを彼に任せ、的となる。しかし、これはまた死と隣
合わせのスリルでもあり、「小さな死=エクスタシー」となるわけだ。二人のベ
ッドシーンもキスシーンもないけれども、濃密なエロスが発散されている。愛情
よりも濃い、緊張感のある関係だ。
この映画はまた、運命についての物語でもある。アデルは自分の運の悪さを
嘆いている。ガボールは、自分についてくれば運が良くなると説得し、そして
ナイフが当たらなかったことも運の良さに結びつけて、ナイフ投げの的になって
くれと説得する。二人でコンビを組むようになってから、急速に二人に運が向い
てくる。カジノに行っても当たりまくり、ショーは大人気でまとまったお金が手に
入る。アデルはガボールの幸運が自分にもやってきたと信じる。しかし実際に
はガボールもアデルと同様、これまでついていたことは一度もなかった。二人
が一緒にいて、初めて幸運の女神がふたりに微笑むのである。二人が別々に
なってからはもはや、かつての幸運は望めなくなり、二人ともどん底に落ちてし
まうのだ。
しかしながら、二人とも、「運」というものは向こうからやってくるものではなく、
自ら呼び込むものであるということに、最後の最後になって気がつくのだ。全て
を失い、イスタンブールにある橋の上から飛び降りようとしていたガボール。彼
の前に現れた、一つの奇跡。天から授けられたものが運命なのではなく、自分
で道を切り開くことだと告げに、アデルがやってきたのだ。これは果たして夢か
うつつかわからないけれども、素敵な幕切れにしてくれたものとして、ルコントに
感謝したいと思う。
光と陰のコントラストの美しいモノクロームの映像の他にも、この映画はとても
魅力的なところがある。ガボールがナイフ投げ芸人ということで、サーカスが出
てくる。サーカスの見せ物の独特のいかがわしいイメージはフェリーニの映画
のようだ。アデルの髪型や衣裳も、20年代のサイレント映画の女優のようで
ある。舞台は現代であると思われるのに、ノスタルジックな、独特のエキゾチ
ズムが匂ってくる。二人が流れ着く果ても、それぞれギリシャ、イスタンブール
だし、全編を通して流れるアラブ調の音楽も、とてもスパーシーだ。ガボールが
流れ着いた果てでも、ベリーダンスのクラブの呼び込みをやっているくらいだか
ら、彼は根っからの芸人であることが物語られる。
おとぎ話のような不思議さと、そして二人の関係性から生まれ出る官能がなん
とも魅力的で、暗く苦い部分があるのにロマンティックな作品だ。若くてきれいな
だけが取り柄のどうしょうもない淫乱な女と、芸の道でしか生きられない男への
限りない愛情とシンパシーが感じられる。
監督:ベルナルト・ベルトルッチ
出演:サンディ・ニュートン、デビッド・シュリース
アフリカの軍事政権の国に住んでいたシャンドライ。小学校の教師をしていた彼
女の夫が政治犯として投獄されてしまい、彼女は医学を勉強するためローマに
渡る。彼女はそこで、イギリス人ピアニスト、キンスキーの家に住み込み、メイド
をしている。キンスキーは金持ちの伯母から屋敷を相続し、豪華な美術品に囲
まれ、一日中ピアノを弾いて暮らしていた。彼がピアノを教えている子供たちが
時々訪ねてくる以外は、人と交わることもない孤独な生活。そんなキンスキーが、
シャンドライに愛を告白した。しかしながら、愛する夫がいるシャンドライは、拒絶
する。そして、何事もなかったように、シャンドライは家事をしながら医学の勉強
に励み、キンスキーはピアノを弾いていた。しかし、少しずつ、ある変化が彼らの
生活に起きているのであった…。
セリフの極端に少ない映画だが、その分、音楽と映像、そして俳優の演技が限
りなく饒舌に物語を綴り、二人の心情を語っている。キンスキーの弾くピアノは、
彼のシャンドライへの想い、その情熱を激しく伝えている。言葉がなくても、伝え
られる想いはあるし、それどころか、想いを伝えるのに言葉なんて邪魔なんじゃ
ないかと思えてくるのだ。そのことを見事に表現した作品である。これだけセリフ
がすくないのに、二人の関係から生じる緊張感が絶妙なため、まったく退屈する
ことなく、全神経を画面に集中することになる。
二人は全く違う世界に生きていた。イギリス人の中年男と、アフリカ人の若い女
性。キンスキーは一日中バッハやモーツァルトを弾き、口数も極端に少ない男だ。
一方、シャンドライはアフリカのポップミュージックを聴き、キンスキーの弾く音楽
を全く理解できない。若い女性なので、時には大学の男友達と酔っぱらって騒い
だりすることもある。上の階でピアノを弾くキンスキーと、下の階で家事をするシャ
ンドライの間を、この屋敷の華麗な螺旋階段が隔てているかのように思わせる。
シャンドライの部屋の戸棚は、上の階と下の階をエレベーターで行き来できる。そ
こに置かれた赤い蘭の花や、疑問符の書かれた五線譜が、キンスキーのシャン
ドライへの想いを運んでくる。
キンスキーはストレートな言葉でシャンドライに求愛するが、即座に拒絶される。
人付き合いが苦手な孤独な男からの「愛している」というストレートな言葉が、
とても痛い。シャンドライは、「ならば、私の夫を牢獄から出してよ」と言う。それ
から少しずつ、キンスキーの家の豪華な調度品が姿を消していく。しかしキンス
キーはそのことについて何も言わない。これまで通り、黙々とピアノを弾くばか
りである。そして、ある時彼は、シャンドライが掃除機をかける横で、インスピレ
ーションを得て曲を作る。その曲に打たれ、少しずつシャンドライの中で何かが
変わっていく。その曲は、どこかシャンドライの愛するアフリカの雰囲気が感じ
られる音楽なのであった。そしてついに、キンスキーの全てであったはずのピア
ノまでが、屋敷の中から運び出された。
シャンドライは、彼女の夫を牢獄から出してもらうために、キンスキーに家財や
ピアノを売れと言ったわけではない。彼がそんなことを本当にするとは夢にも思
っていなかった。自分の財産を全て売っても、本当にシャンドライの夫が出獄で
きるという保証もないし、無事夫が出獄できたとしたら、間違いなくシャンドライ
は彼の元に行ってしまうと考えられる。キンスキーのした行為は、間違いなく、
見返りを求めない愛情の産物である。最も大切だったものまで差し出してしまう
ほどの愛。だけど、がらんとした部屋の中で、横になって微笑むキンスキーの
表情は、さばさばしたものであった。シャンドライとの出会いによって、彼の、こ
の屋敷の中での、音楽に囚われた世界の扉が開かれたからである。たとえ見
返りはなくとも、愛するということの歓びを知ることができたからである。
いよいよ夫が帰ってくる前の晩、シャンパンを開け、キンスキーへのお礼の言葉
をしたためるシャンドライ。しかし、いくつもの言葉を書いたところで、気持ちは伝
えられないのであった。言葉だけでは伝えられない気持ちというものがあるとい
うことを象徴的にあらわしている。
ジンバブエの王室の血を引くというサンディ・ニュートンの気品のある顔立ち、そ
して情念を見事に表情であらわす演技が素晴らしい。微妙な感情の揺れ動きを
表情であらわすことによって、セリフが少なくても、心の動きが見て取れるのだ。
もちろん、もう一つの主役は音楽である。冒頭のアフリカのシーンで歌われる歌
は、それを歌う人の悲しみや情熱をソウルフルに伝え、強烈な印象を与える。撮
影の美しさも、いうまでもなく素晴らしい。屋敷の中の光と陰の絶妙なハーモニー、
カーテン越しに透ける植物、そして胸をかきむしらせる、グランドピアノが運び出
されていく光景…。
そして、幕切れの鮮やかさ。シャンドライの夫がキンスキーの屋敷を訪れ、呼び
鈴を何回も鳴らす。果たしてシャンドライはキンスキーと夫のどちらを選ぶのか、
その結果は映画の中では語られず、観る者の想像に任される。しかし、どちらを
選んでも、全ての者にとって、納得のいく結果になるであろう。
監督・脚本:マルコス・スリナガ
出演:アンディ・ガルシア、イーサイ・モラレス、ジャンカルロ・ジャンニーニ、マルセラ・ウォーラースタイン
フェデリコ・ガルシア・ロルカはスペインの偉大な詩人であった。ダリやルイス・ブ
ニュエルと親しく、彼らの芸術にに大きな影響を与えた。そんなロルカが、スペイ
ンの内戦の始まりの頃暗殺されてしまった。彼の死の真相は未だに謎に包まれ
ている。
グラナダに住んでいた少年リカルドは、ロルカの大ファンだった。ロルカの芝居「
イェルマ」を見に行った際に楽屋で彼にサインをもらい、親しく言葉を交わす。しか
し、しばらくして内戦が激しくなり、ロルカがグラナダに戻ったと聞いて彼に会いに
行こうとした際、親友のホルへが流れ弾に当たって死んでしまう。そしてリカルド
の一家はプエルトリコへと逃れる。
プエルトリコで成長してジャーナリストになったリカルドは、父の反対を押し切って
フランコの軍事政権下にあるグラナダに戻る。ロルカの死の真相を調べるためだ。
ホルへの父親アギーレ大佐と、美しく成長した娘マリア・ウヘニアが彼を出迎え
た。しかし、彼の行動は監視されており、幾度もの警告、暴行によって妨害される。
まず、なんといっても惹かれるのがロルカを演じるアンディ・ガルシア。冒頭、ロル
カの詩「角にかけられた死」を詠唱する彼の、深みのある声、しぐさがたまらなく
魅力的だ。ロルカは当局に危険分子として見なされていたが、彼自身は全く政治
的な人物ではなかった。音楽や美術の才能にも恵まれ、戯曲も書き、そして同性
愛者でもあった彼は、スペインの自由な文化の象徴であった。彼の死は、一つの
時代の死、自由の死をも象徴するものである。ロルカが銃殺される場面で、彼が
見せるあの傷ついた獣のような表情は何とも言えないものであった。自らの死が
きっかけとなって、スペインの文化も暗黒の時代を迎えてしまうことを悟ったかの
ような、哀しい顔。ここでも、アンディ・ガルシアのカリスマ性が光っている。
原題の「Death in Granada」のDeathとは、ロルカの死ばかりでなく、スペインの
自由な文化の死をも意味しているのだ。
ロルカは、常に死を意識していた。彼の書いた詩や戯曲の多くは、死をテーマにし
たものである。そして、彼は自分の死を予感していた。グラナダに戻るのはとても
危険であるということを知りながらも戻り、そして逃げられたのに逃げなかったのだ。
この映画は、しかしながらロルカが主人公というわけではない。ロルカに不思議な
縁を感じた少年が、成長してからロルカの死の真相を追う話である。少年リカルド
は、舞台の楽屋で会ったロルカから、別れ際に「僕を忘れないでね」と言われる。
この「忘れないで」という言葉が、この物語の大きなキーワードとなる。
成長してグラナダに戻ってきたリカルドの調査活動は、あちこちで妨害される。ロ
ルカの死から18年経ったというのに、まだ彼の名前を公衆の面前で語るのは御
法度となっていた。リカルドは何度も警告を受け、逮捕され、命の危険まで冒すが、
調査活動をやめない。それは、彼がホルヘの死に未だに責任を感じているという
ことも関係している。ほとんど自殺行為としか思えないような無謀なことまでして、
彼は当時ロルカに関わった人間たちに会う。そして、内戦によって人々の心が深く
傷ついていることも知るのだ。
そして、リカルドが知ったロルカの死の真相とは、あまりにも苦い事実だった。自分
の行動が、人々が忘れよう、忘れようとしてきた悲しい心の傷をほじくり返す行為で
あったということも知るのだ。そして、ロルカの死とは直接関係がないと思われた
人々、子供までもが、彼の死のきっかけであったりするという、内戦の恐ろしさを
知るのである。
せっかくアンディ・ガルシアが魅力的に演じているのにロルカの登場場面が少なく、
そして自殺行為のような調査活動を、警告を無視し、人々を傷つけてまで強行する
リカルドに、観る者が共感できないという欠点がある映画だ。しかし、ロルカのメッ
セージ「忘れないで」が心にとても引っかかる。スペイン内戦は大きな悲劇であった。
多くの人々にとって忘れたいようなことばかりである。だけども、この事実は忘れて
はいけないのだ。政治のうねりによって、無縁だったはずの文化まで傷つけられ、
殺されるという恐ろしい出来事を。そして、この内戦という悲劇の中でも、文化を守り
抜こうとしたロルカという偉大な芸術家がいたことを。