ひかりのまち Wonderland

監督:マイケル・ウィンターボトム
出演:ジナ・マッキー、モリー・パーカー、シャーリー・ヘンダースン、イアン・ハート

伝言ダイヤルで恋人を探すウェイトレスのナディアを中心に、シングルマザーの姉、出産を
控えた妹というロンドンで暮らす三姉妹の4日間が淡々と描かれた作品。

ナディアは、この街のどこかで自分を愛してくれる人を求めて、伝言ダイヤルで恋人を募集
する。彼女のメッセージを聞いた男性とデートしたり、パーティで異性を求めたり。でも、なか
なか理想の人には出会えない。声をかけてくる男性は自分の好みとはちょっと違っていて、
思わず店から逃げ出したり。そして素敵だと思った男性とデートしても、彼の部屋でセックス
した後は態度が変わってしまったのを目の当たりにして、帰宅途中バスの中でそっと涙を流
すナディア。そんな彼女の淋しい気持は胸に堪える。彼女を優しく包み込むのが、光にあふ
れたロンドンの街の灯。

さて、ナディアは3人姉妹の真ん中で、姉デビーはシングルマザー。甲斐性のない息子の父
親と別れ、自由な恋愛を楽しんでいる。ママは息子ジャックを放っておいてセックスを楽しん
でいるんで、ジャックは淋しそう。前夫のダンはだらしなくて、前妻デビーにお金を無心したり、
伝言ダイヤルで知り合った女性と会おうとしたら、それはナディアだったりしてばつの悪い思
いをしたり。そんなダンをなじるデビー。

そして末の妹のモリーは臨月で幸せいっぱいのはずだったが、夫のエディは何を思ったのが、
突然会社を辞めてしまったのだ。エディを問いつめるモリーの剣幕に押され、気の弱そうなエ
ディは家を出てしまう。そして彼の乗ったバイクが事故を起こし…。

この三姉妹の両親の間にもすきま風が吹き、特に母親はイライラが募るばかり。毎晩吠える
隣家の犬がうるさくて寝られず、ついには犬を毒殺してしまう。夫婦仲がしっくり来ない原因の
一つは、この夫婦には三人の娘たちの他にもダレンという息子がいるのだが、彼は両親のこ
とが鬱陶しくて家を出てしまい、音信不通になってしまっているということ。

こうやって、ざっとこの家族のことを見渡してみると、一つのことに気がついてしまう。それは、
登場する女性たちが、ナディアを除いて全員やたら気が強くて、パートナーをなじってばかり
いるということである。彼らは、自分たちのいる境遇が幸せではない。なんとか幸せになりた
いとあがいている。幸せを求める人間の姿というのは本来美しいものであるはずだ。ところが、
ナディア以外の女性たち(デビーとモリー、そして彼女たちの母親)には全然共感できないの
だ。彼女たちはただギャーギャー不平不満を言い、自分たちは努力もしないで人のせいにし
ているだけ。大体平気で犬に毒を盛って殺すような人に同情できるものか。

反面、ここに出てくる男たちは悪くない。だらしのないダンはダメ男だけど、息子をサッカーに
連れていって一生懸命楽しませてあげようとしているし、息子が行方不明になったときも必
死に探す。子供がいなくなったことを、デビーのせいなんかに絶対しない。ダンを演じるイアン・
ハートは、こういうダメ男をやらせると天下一品だ。ガミガミ言われている甲斐性なしのダンだ
が、彼には独特の色気があり、デビーみたいなブスにはもったいない。
気の弱いエディは会社を辞めたことをなかなかモリーに言えなくてなかなか家に帰れず、臨月
で情緒不安定になっているモリーになじられて家を飛び出したはいいけれども、夜の街を一人
さまよい交通事故にあってしまう。ダンもエディも弱さ、情けなさを抱えているけれども、でもち
ゃんと自分で自分の人生に落とし前をつけようとしているのだ。

一番観客が共感できるであろうキャラクターは、当然ヒロインのナディアとなる。予告編を見た
人間もみな、きっとナディアという不器用な女の子が愛を求め、さまよい傷ついて成長する物
語を期待して、映画館にやってきているのであろう。彼女の切ない、淋しい気持ちは良くわかる。

だけど、ナディアのエピソードの占める割合が案外少なくて、ギャーギャーうるさくて自己中心
的なな女どもの話が、この映画の半分くらいを占めている。なんだか焦点がぼけてしまってい
るのだ。しかも、一つの家族の話なのに、彼らが一カ所に集まると言った大団円があるわけで
もないし、散漫な印象が残る。ナディアというヒロインのパートは良く描けているだけに、非常
に残念。

ロンドンという街に住む、平凡な人達の営みを温かく描いた作品というつもりなんだろうけど、
大部分の登場人物に共感できないようじゃね。やりたいことはわかるんだけど、ナディア以外
の女どもが不愉快なので、面白いとは思えなかった作品だった。光あふれるロンドンの街を
美しく捉えた撮影や、マイケル・ナイマンの音楽は良いけれど、せっかくのこれら舞台装置を
生かし切れていない。これまでウィンターボトムの作品は一つも外れがないと思っていたのに。

ポルノグラフィックな関係 Une Liaison Pornographique

監督: フレデリック・フォンテーヌ
出演:ナタリー・パイ、セルジ・ロペス

若くはない女性が「セックスの相手を望む」と雑誌に広告を出し、応募してきた男性とカフェ
で待ち合わせして木曜日にホテルの部屋で逢瀬する。二人はお互いの名前も知らない。
相手の素性も、どんな生活をしているのかも知らない。しかしながら、このようにセックスだ
けの関係を続けていくうちに、二人の間にある変化が起こってくる。

女はたんにセックスだけの相手を求めていた。その事実だけを書くと、それはとってもいや
らしいことのように思える。だけど、この物語は非常に真面目で、慎ましく、かつファンタジッ
クな部分もある。恋愛感情と切り離されたセックスをしたいという願望というのは、よく考え
てみるとアブノーマルなものでも何でもないのだ。相手とセックスを楽しみたいということは、
相手と真摯に向き合うということなのだから。セックスに、名前とか、氏素性とか、私生活と
かを一切持ち込まず、行為だけに集中するということは、セックスを非常に純粋なものと考
えているということ。社会生活とか世間体とか、相手が自分のことをどう考えているのかと
か、余計なことを考えず、社会から自分を切り離す。そしてセックスの間はただ誠実に相手
と向き合い快楽に身を委ねるという行為こそ、究極の愛の姿にほかならないからだ。

二人の関係が終わった後に女、そして男がそれぞれインタビューに答えるという形式で映
画は始まる。彼女はセックスの夢を実現したかっただけだと語る。余計なことを考えずに、
ただひたすらセックスの願望を実現させるというひとつの夢、ファンタジーを彼女は求めたの
であった。だから、2回目に男と会い、セックスをした後で彼女は一瞬思った「この人は違う」
と。男は非常に紳士的で優しい男性だったからだ。こんな「いい人」と関係を続けていると、
恋愛感情とか、執着心とか、セックスだけの関係を続けていくのに邪魔な要素が入ってきて
しまうのではないかと危惧を抱いたのであった。

2週間に一度くらいの割合で逢瀬を重ねた二人。お互いの体にも馴染み、セックスの前後に
はカフェで会話を愉しむ。行為の最中にも愛について、性について語りあう。そしてある時、
女は別れ際に急に涙があふれてきてしまい、どうしていいのかわからなくなってしまった。
そう、二人はお互いのことを愛してしまっていたことに気がつき始めていたのだ。

そんなとき、二人が逢っていたホテルで老人が倒れ、長年彼に会っていなかった妻が彼を看
取るという出来事が起こる。それを見て、彼らは、愛には始まりと終わりがあると言うことを知
る。思い切って愛を告白する女と、感動のあまり涙ぐむ男だったが、それは二人の関係の終
わりを告げる序曲でもあった。男は結婚しようと言い出すが、二人はお互いを深く愛していた
のにも関わらず、このプロポーズが別れの言葉を引きだしたのであった。一緒に生活して、お
互いのことを知ってしまって、愛だけでは済まされない関係になることに二人は耐えられなか
ったのだ。

愛するということに全身全霊を捧げ尽くし、自分の感情に正直に生きることをよしとする恋愛
王国のフランスらしい作品。結婚という「情熱が死ぬ瞬間」を目撃しないで、愛が頂点に達し
たところで潔く別れるというカッコいいことは、多分多くの日本人には理解しがたいことなので
はないか。しかし、この男女の関係は「ポルノグラフィックな関係」ではあるが、素敵なのであ
る。セックスが中心に据えられていながら、いやらしさを微塵も感じさせず品格のある作品に
仕上がっているのは、なんといってもヒロインを演じたナタリー・バイの魅力に負うところが大き
い。50歳という年齢。当然皺も目立つのだが、凛として姿勢が良く、上品な美しさを持ってい
る。しかも、セックスのファンタズムをインタビューアーに話すときの彼女の表情は、まるで夢
見る少女のようである。男と会話を交わすときの笑顔も、どこかあどけなく可愛らしい。この映
画が生々しくなく、一つのおとぎ話に思えてくるのは、そのせいである。男を演じたセルジ・ロ
ッシも決して美男ではなく、毛深くてやや小太りなのだが、人なつっこそうで誠実な感じがす
る。これがアラン・ドロンのような二枚目だったら、ちょっと嘘っぽい。

この作品は冬のパリの風景が実に美しく撮られている。カフェの窓に射し込む冬の柔らかい光。
二人が別れるシーン。最後に街角でキスを交わし、反対方向に歩いていく二人の背中が哀し
い。凛と冷えた空気が見る者にも伝わってくる。そして別れた後、偶然男を街角で見かけた女。
彼女はいとおしそうに彼の姿を目で追うが、結局声をかけることもなく彼も彼女に気がつかなか
った。でも、そのシーンを見たことによって、「彼女でも、やっぱり本当に愛した人には少しは未
練が残るものなのね」と少しホッとした。