ブラッドシンプル/ザ・スリラー Blood
Simple
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監督:ジョエル・コーエン
脚本:ジョエル・コーエン&イーサン・コーエン
出演:フランシス・マクドーマンド、ジョン・ゲッツ、ダン・ヘダヤ、M・エメット・ウォルシュ
アメリカ南部の田舎町でバーの経営者マーティが殺された。妻アビーの浮気調査を
依頼した私立探偵に裏切られたのであった。そしてそれぞれの人物の勘違いが新し
い殺人を生み、事態は思いもよらない方向へと勝手に転がっていく。
冒頭のナレーションを行うのは、登場人物の一人である私立探偵。その時点で、この
映画は人を食った作品であるがわかってしまう。この作品の全編を、このようにねじく
れた笑いが支配するのだ。
この私立探偵こそが、この映画の登場人物の中でも最もクセモノだ。依頼主マーティ
に、妻と浮気相手であるレイを殺して欲しいと頼まれた時点で、自分に主導権が渡っ
たも同然だと判断したのだろう。二人が死んでいるように見える写真を偽造した上、
ケチで嫌味なマーティをあっさり殺してしまうのだから。そんな彼にナレーションを担当
させてしまうのだから、コーエン兄弟もシャレがキツイというか。そして、そういう「悪い
人」である私立探偵に翻弄されるのが、「普通の人」であるところのマーティの妻アビ
ーとその愛人であるレイ。
レイはマーティの死体を発見し、その脇にアビーの拳銃が転がっているのを見て、マ
ーティを殺したのは愛するアビーだったと勘違い。あわててマーティの死体を処理しよ
うとする。人間、あせるとろくなことにならない。レイは自分のジャンパーで血糊をふき
取り、血痕をそこら中に撒き散らしながらマーティを自分の車に乗せ、畑に車のタイヤ
の痕を黒々と残しながら闇の中を走り、マーティを埋めようとする。が、マーティはまだ
息があった!土をかけられながらも、最後の力を振り絞って銃をレイに向けようとする。
そのときの、まるでホラー映画を見るような恐怖!マーティは自分が殺そうとした男に
よって息の根を止められるのであった。そして、レイも、死ぬまでこの瞬間の恐怖はトラ
ウマになっていたであろう。
小心者のレイは、マーティを埋めてからも怯えているばかり。アビーもそんなレイには疑
いのまなざしを向ける。一方私立探偵は、愛用のライターをマーティを殺した現場で落と
してしまったことに気がついてあせる。アビーに彼の犯罪行為を知られてしまったとま
たまた勘違いして彼女を消そうとするのだった。しかし、実はアビーはこんな凶悪な私
立探偵が存在していたことすら気がついていなかった。それどころか、夫が死んだこと
すら知らなかったのである。探偵のライターなんて、実は誰も気にしていなかったのだ。
勘違いが重なり、物語はカタストロフィへと突き進んでいく。
コーエン兄弟のデビュー作であり、必然的に低予算の作品である。が、低予算を逆手
に取り光と陰を巧みに使ったスタイリッシュな映像が非常に印象的だ。マーティの死体
(といってもまだ死んでいなかったのだが)のそばで腐っていく魚とその下に隠れた探
偵のライター。マーティの死体からしたたり落ちる血がレイの車のシートに落ち、それを
隠すために敷いたタオルにも血が少しずつ滲みだしていく様子。そしてラスト近く、アビ
ーの返り討ちに遭った探偵が壁の向こうめがけて銃弾を撃ち込み、アビーが潜んでい
る暗い部屋に銃弾によって空いた穴から光が漏れてくる場面のクールなことといったら!
思わずしびれてしまうのであった。
カッコイイだけではない。なんといってもこの作品の皮肉なタッチを際だたせているのは、
観客は殺人事件の犯人は誰なのかよ〜くわかっているのに、登場人物たちは誰一人
として真相を知らず、勝手に勘違いをして、その勘違いに基づいた行動をすることでさら
にドツボにはまっていくという展開。すご〜く意地悪な視点で登場人物たちを描いている
のだ。しかし、この意地悪な視点というのが、観客にとっては決して不愉快なものではな
い。なぜなら、登場人物がドツボにはまればはまるほど、見る者には滑稽に映って思わ
ずクスクス笑ってしまうからだ。
中でも、自分が殺したわけでもない男の死体(しかも実は生きている)を埋めるために血
塗れになり、警察に怯え、一発でばれるような工作を行い、そして実はまだ生きていたゾ
ンビ男に銃を向けられて死の恐怖を味わい、一生トラウマになるような断末魔の叫びまで
聞かされるレイの哀れさったらない。大体、レイはアビーと浮気しているのをマーティに知
られ「あの女はしたたかだ。彼女をものにしたと思ったら大間違いだ」とマーティに嘲笑さ
れ、シュンとするようなせこい男なのである。だけど、その滑稽さにはどこか身につまされ
る部分があり、妙にリアルなのであった。
スタイル、緊張感、そして乾いた笑い。ビシッと決まったオチ。製作されてから16年経っ
た今でも新鮮な作品だ。無駄が全くなく、キリッと引き締まっている中に、人間の愚かさ
を絶妙に描いていてう〜んと思わず唸らされてしまう。これは一本取られましたわ、座布
団二枚、と諸手を挙げて降参。
監督:イ・チャンドン
出演:ソル・ギョング
20年ぶりの工場の労働組合の集まりが開かれているところへ、一人の中年男キム・ヨン
ホがやってくる。明らかに錯乱している彼は走ってくる列車に立ちはだかり、今まさに自殺
を図ろうとしていた。死を目前とした彼の脳裏に、これまでの人生が甦る。そして、物語は
彼の過去へとだんだん遡っていくのだった。
一人の純真無垢な若者が、初恋・兵役・結婚などを経てイノセンスを喪失し、そして失意と
慟哭のうちに人生を終えるまでの20年間を描いた物語。彼の人生を逆廻しに見せることに
よって、人生に絶望してしまった中年男性が、何年か前には社会的に成功していて、その
前には歴史的な事件に巻き込まれ、さらに前には、20年後の姿など想像できないような
希望に満ちあふれた青年であったことが解き明かされてくる。
映画はいくつかのチャプターに分かれており、一つの時代を区切るのは、逆送していく列車
から見える風景である。なぜ、このような形で彼は人生を終えなくてはならなかったのか、
その理由が、彼の過去をひもといていくうちに明らかになってくる。人生の一つ一つの節目
で彼は間違った選択をしてしまい、一つずつ大切なものを失ってしまうのだった。過去に遡
っていくことで、彼がこのようになってしまった原因を解明するためのパズルのピースが、
一つずつはまっていく。
死を選ぶ3日前、ヨンホは初恋の女性スニムが死の床にあることを知り、見舞う。彼女の夫
から差し出されたのは、一台のカメラ。しかしヨンホは彼女の形見となるであろうカメラをわ
ずかな金に換えてしまう。かつて、彼の元にスニムが彼にプレゼントするためのカメラを持っ
てきたとき、彼は彼女を邪険にしてカメラを受け取らなかったのであった。
1980年、兵役中のヨンホの元にやはりスニムは訪ねてきたが、二人は会うことができな
かった。出動の際に慌てたヨンホは、スニムから送られてきたペパーミント・キャンデイを踏
みつぶしてしまう。彼が出動した先は、光州事件の虐殺が行われる場所で、彼も間違えて
女子高生を殺してしまうのであった。このとき、彼の人生は狂い出す。
何より哀しいのが、1979年、奇しくも20年後ヨンホが最期を迎える地として選んだ河原にて
彼が工場の仲間たちとピクニックをする場面。まだ若くて初々しいヨンホ。死の床での姿が
とても想像できない可愛らしいスニム。彼に好意を持つ彼女が、勤める工場で包んでいるペ
パーミント・キャンディをはにかみながら差し出す。美しい風景を見て、カメラマンになる夢を語
るヨンホ。そして希望に満ちあふれた若者たちは歌を歌う。幸福感に包まれたヨンホは、河原
に寝転がって一筋の涙を流す。20年後、彼が同じ場所で全く違った意味を持つ涙を流すと
は、このとき誰が想像できだろうか。20年前の彼のイノセントでピュアな姿を最後に見せら
れると、冒頭の汚れきって堕落し、生きることに絶望した彼の姿を知っている観客たちは彼
の深い悲しみに胸を鷲掴みされるのである。
ヨンホの物語は、韓国の歴史とは切り離せないものであった。彼は、歴史の大きな流れに
小さな木の葉のように翻弄されたのであった。20年前の韓国は貧しいけれど心の豊かさが
あった時代だった。しかし1980年、光州事件という大きな悲劇が襲いかかり、罪もない女
子高生を殺してしまったという罪の意識が彼に大きな影を落とす。全斗喚大統領の軍事政
権下、警察は労働組合を弾圧し、刑事であったヨンホもその手先となる。やがて民主政権と
なり韓国経済も急成長。ヨンホはいっぱしの実業家として成功する。しかしながらアジアを
襲った不況で彼は会社を乗っ取られ、妻子に逃げられすべてを失うのであった。ヨンホという
存在はまた、イノセンスを失った韓国という国の象徴でもある。
時代の流れに翻弄されたヨンホ。彼はその中でも、純粋さを保とうとあがく。ペパーミント・キ
ャンディこそが、彼のイノセンスの象徴である。死を待つばかりのスニムにはもはや意識はな
かった。だけど彼女にヨンホがペパーミント・キャンディを見舞い品として持ってきて、そのキャ
ンディにまつわる思い出話をしたとき、スニムは一筋の涙を流す。彼女は兵役に出たヨンホに
宛てた手紙の中に、ペパーミント・キャンディを一粒ずつ同封していたのだった。なのに、光州
事件の制圧に出かけようとしたヨンホは、イノセンスの象徴であるキャンディを踏みつぶしてし
まうのである。ここが、彼のイノセンスの喪失の原点なのであった。実業家時代、浮気をした後
彼は罪悪感をうち消そうとペパーミント・キャンディをなめた。昔の純粋さを想い出そうとしてい
たのだ。しかし、それが20歳のときの彼がなめたキャンディと同じ味がしていたとは、到底思
えない。
苦く、悲しい物語である。しかし、見終わった後に身震いするような深い感動が残るのはなぜ
だろうか。ヨンホという人間は、完璧な人間とは程遠い。死ぬ前の彼はすべてを失い、家族に
も去られ友人もいない哀れな人間だ。だけど、彼の心の痛みが胸に深く迫ってくるのである。
自分が彼と同じ時代に韓国に生まれ育っていたとしたら、同じような人生を送っていたのかも
しれない。ほんのわずかなボタンの掛け違いで、人間はかくのごとき人生を送ることになるも
のなのだ。彼の運命が狂いだした光州事件で激しく慟哭するヨンホ。初恋のスニムではなく
ホンジャを妻として選んでしまったことで、結果的に二人の女性を不幸にしてしまったヨンホ。
スニムを忘れられず、彼女の故郷で出会った女性にスニムの姿を見て、彼女を抱きながら涙
を流すヨンホ。そして20年後、工場の同僚たちの前で激しく錯乱して列車に飛び込もうとする
ヨンホ。一つ一つのシーンがナイフのように胸に突き刺さる。
ヨンホが拷問した労働運動家の日記には「人生は美しい」と書いてあった。ヨンホは7年後
偶然再会した運動家に「人生は美しい」と投げ返す。ヨンホの人生は、20歳の時には前途
洋々で素晴らしいものであったのに、20年間で彼はイノセンスを失いボロボロになる。しか
し、精一杯あがいて生きて愛したヨンホにとって、人生はそれでも美しかったのだった。どん
な悲劇的な結末になろうとも、幸せを求めて生きる人間の人生は美しいに決まっている。
監督:ベンジャミン・ロス
出演:リーヴ・シュライバー、ジョン・マルコヴィッチ、ジェームズ・クロムウェル、メラニー・グリフィス
ブレンダ・ブレッシン
1939年、ラジオ番組「宇宙戦争」で全米をパニックに陥らせたことで一躍有名になった風雲児
オーソン・ウェルズはハリウッドに乗り込む。25歳の彼がテーマに選んだのが、新聞王ハースト
をモデルに、権力者の栄光と挫折を描くことであった。自分をモデルにした作品がオーソンの手
で作れられたことを知ったハーストは、あの手この手でこの映画が公開されることを阻止しよう
とする。
才気あふれる弱冠25歳のオーソン・ウェルズ。彼は自分にあふれんばかりの才能があること
を十分すぎるほどわかっていた。自分の能力に対する自信は、ハースト主催のパーティで彼の
ことを皆の前で揶揄することができるほどのものであった。時として、オーソンは傲慢にもなる。
この作品「市民ケーン」の脚本の第一稿を書き上げたのが盟友のマンキウィッツであるにも関
わらず、自分がリライトしたということで自分の脚本ということにしてしまい、マンキウィッツの名
前を削ってしまったりする。撮影中も、完全主義のあまりスタッフに極度の緊張を強いた。才気
走っているけどけっこうやなところもあるやつなのだ。
さて、オーソン・ウェルズがものすごい才能を持っているけど生意気な坊やとして描かれている
のに対して、彼の作品が公開されるのを邪魔しようとしたハーストという敵役が存在しているわ
けだ。ところが、ここに登場するハーストは憎々しい悪役ではない。たしかにハリウッドのスタジ
オの重役たち−ゴールドウィン、セルズニック、ディズニー、ワーナーなどを脅して、「市民ケーン
」の公開を差し止めようとする悪い人なのだ。しかし、この映画の中でのハーストはどちらかとい
うと哀れな老人である。彼の築き上げた新聞帝国は傾きかけている。豪華絢爛な城に住み、高
価な美術品で飾り立て、そして愛人であるマリオン・デイヴィスの歓心を買うため湯水のように
金を注ぎ込む。その結果、彼は深刻な財政的危機に陥るのであった。
「市民ケーン」の試写を見てショックを受けたハーストとマリオン。アル中の娼婦に入れ込む哀れ
な男として描かれていたということに、彼らは何よりも傷ついたのであった。しかも、ケーンが最
後に言い残す「バラのつぼみ」とは、マリオンのプッシーの通称であったのだ。ハースト役のジェ
ームズ・クロムウェル、マリオン・デイヴィスのメラニー・グリフィスが素晴らしい名演を見せる。す
べてを失ったふたりが、美術品も撤去されてがらんとした城の中で踊るシーンの哀感といったら!
今年見た映画の中でも指折りの名シーンといっても良いくらい、「諸行無常」を感じさせる場面で
ある。栄光と悲惨が、互いの体に手を廻してゆっくり踊る彼ら二人の姿によって、見事に表現さ
れているのだ。
この映画はテレビ用の映画として作られていた。そのためか、いろんな要素を詰め込みすぎて
突っ込みが浅い面がある。ハリウッドのメジャースタジオ全部の重役が、「市民ケーン」の公開
に反対し、彼の作った作品がもう少しで世間の目に触れることもなく破棄されるという事態。芸
術家にとっては死をも意味するような危機に直面しているというのに、ここでのオーソン・ウェル
ズの葛藤があっさりと描かれ過ぎているというきらいがある。「市民ケーン」という、未だに20世
紀ではナンバーワンとされる作品が生まれるに至ったいきさつのドラマというのは、一本の映画
では描ききれないくらいいろんなことがあったであろう。一つの側面に絞っただけでも一本の映
画がつくれそうだ。
でも、終わり方はなかなか秀逸である。
「市民ケーン」が公開される直前、破産してしまったハーストと、まさにスターダムに登り詰めよ
うとしていたオーソンがエレベーターの中で鉢合わせする。「これは、世界を手に入れようとして
魂を失った男の物語だ」とオーソンが言うと、「私の人生はすでに終わる寸前だったのだ。だけ
ど君の戦いは始まったばかりなのだ」とハーストは予言めいた台詞を口にする。かっちょいい〜!
ハーストの居城における、華麗な美術品や装飾の数々は実に素晴らしい。脇役にもブレンダ・ブ
レッシンがいて強烈な印象を残したりする豪華な配役と、彼らの力演。コンパクトにまとまってい
て、オーソン・ウェルズ入門としても楽しめる作品になっている。