監督:ティム・バートン
出演:ジョニー・デップ、クリスティーナ・リッチ、ミランダ・リチャードソン、クリストファー・リー
1799年。ニューヨークの郊外にある小さな町スリーピー・ホロウで、住民が首を切られ、
被害者の切られた首が持ち去られるという連続殺人事件が起こった。しかも、住民たちの
話では、首なしの騎士が犯人だという。ニューヨーク市警の刑事イカボッド・クレーンは、首
なし騎士のうわさ話など信ぜず、自慢の科学的捜査手法を駆使して、事件の解決に当た
ろうとするが…。
元祖オタク監督のティム・バートン。だが、今回は、異形の者の持つ哀しみは抑えられ、娯
楽色の高い作品に仕上げられている。もちろん、彼らしさを堪能できる部分はある。まず、
ジョニー・デップ演じるイカボッドの駆使する科学捜査のための道具たち。奇妙で妖しくて
そそられる。18世紀が舞台の怪奇作品ということで、ゴシックな美術も凝りに凝ったものだ。
小さくて閉鎖的な町のいかがわしさ。夜空の不気味な美しさ、血の滴る「死人の木」の気持
ち悪いけれどもなんとなく魅せられてしまう造形。登場人物たちの衣裳も繊細で美しい。カト
リーナの継母ヴァン・タッセル夫人の衣裳や下着などは、実に妖しげで官能的、彼女の毒婦
ぶりを印象づけるものだ。冒頭、目隠しをしたクリスティーナ・リッチ演じるカトリーナにイカボッ
ドがキスされる場面も、ため息がでるほどの美しさだ。まるでバロックな絵画を見ているようで
ある。
登場人物たちの心情は、どこか歪んだものでる。イカボッドは科学的な捜査にこだわってい
るが、その背景にあるのは、母への想いだ。彼の母は無邪気で美しい女性だったが、魔女
の嫌疑をかけられ、父の手によって鋼鉄の処女にかけられて殺されたのであった。だから
こそ、彼は超自然的なものを忌み嫌っていたのだ。彼は母の姿を、カトリーナに求めていた。
ほかの登場人物たちも、それぞれ秘密を抱えていたり、魔術に魅せられていたりして、それ
がこの首なし騎士による殺人事件につながっている。
というふうに、独特の不気味な美しさや、暗い心情がこの作品に魅力を与えていることは
いうまでもない。だけども、暗い心情や秘密たちの描写にやや深みが欠けているので、ちょ
っと物足りない思いもしてしまうのだ。イカボッドの母への想いをもっと噴出させたところが
見たいのに、それは彼の夢の中の世界に留まってしまっている。また、カトリーナがなぜ
イカボッドに惹かれていくのかが見えにくい。クリスティーナ・リッチは魅力的なのに惜しい。
これがティム・バートンの作品でなければ、独特の哀しみの感情の描写をそこまで求めない
のだが。
その分、活劇にかなり重点が置かれている。首なし騎士の登場シーンはスピード感があっ
て迫力満点。スタントを演じているのは、[スターウォーズ エピソードワン」でダースモール
を演じたレイ・パーク。そして、首があるときの騎士を演じるのは、あのクリストファー・ウォー
ケンだ!首がないときよりもはるかに凶暴でコワく、セリフはなくて吼えるのみ、ブチ切れて
いて最高だ。首なし騎士が馬をあやつるところはしびれてしまうほどの格好良さだ。
ただ、不必要に馬車チェイスがあったりするのは考え物。もっとじっくり恐怖を描いてほしか
ったものなのだが。謎解きに関しても、説明的なセリフで端折られていてわかりにくい。
しかしながら、ここまで美しい映像と、不気味で妖しげな怪奇世界を作り上げることのでき
るティム・バートンの才能はやはりすごいと感心してしまう。力のこもった映像に酔わされ
る作品だ。
監督 イム・サンス
出演:カン・スヨン、チン・ヒギョン、キム・ヨジン、チョ・ジェヒョン
韓国・ソウルに暮らす 3人の若い女性。デザイン会社を経営し、仕事も恋も全力投球、自由
奔放に生きるホジョン。ヨニはホテルのウェイトレスで、売れない脚本家である長年の恋人
ヨンジャクとの結婚を夢見る、中山美穂似の美人だけど平凡な女性。そして、スンは恋より
もアウトドアや料理が好きで、未だ処女の大学院生。仲良しの 3人は、ホジョンとヨニが同
居するアパートで食事しながら、ベッドで寝転びながら、あけすけにセックスについて語る。
しかし、都会で楽しく暮らす彼女たちにも、やがてそれぞれ転機がやってくる。
映画は、ホジョンとヨニが同居するアパートで、夕食を食べながら女3人、そしてヨニのボー
イフレンドが会話をするシーンから始まる。3人の女たちは、セックスやオナニーについて
あけすけに語る。男性も一人混じっているのに、あまりにもあからさまな表現でセックスを
語るので一瞬びっくりしてしまったのだが、不思議といやらしさはない。ホジョンとヨニは同
居しているのに、お互い、恋人を部屋に連れ込んでセックスしていたりするというのは、な
かなかすぐには理解しがたいが、それだけお互いに心を許していると言うことか。
そう、セックスについての会話が多いだけでなく、ベッドシーンも多いような気がするのだが、
それでもいやらしさ、エロスは感じないであっけらかんとした感じがする。ベッドシーンにして
も物語の展開上必要なためにあるだけだ。セックスはこの映画のメーンテーマではなく、あく
までも等身大の若い女性の生き方を描くために、セックスを通して語らせるという趣向になっ
ているのがユニークだ。
3人の女性は、決してスーパーウーマンでもなければ、変わっている女性というわけでもない。
美しく才能もあって成功しているホジョンにしても、一人の男性では満足できない飢餓感や
さみしさを抱えている。結婚願望の強いヨニなんて、日本にも、こういう女の子ってたくさんいる
よね、と思ってしまうタイプ。彼女たちはみな等身大に描かれ、リアリティを感じる存在である。
彼女たちはそれぞれに悩みを抱えながらも、楽しい生活を送っている。が、一方では韓国社
会の保守性や社会問題が現れる場面がある。ホジョンはたまたまある男性と一夜をともに
するのだが、男性の妻が通報し、彼女は姦通罪で投獄されてしまうのだ。ヨニは浴室で転
んで腕を骨折したため仕事をリストラされ、恋人にも去られる。スンは初めてのセックスで妊
娠してしまう。しかし彼女たちはそんな逆境くらいではへこたれない。彼女たちのこれからの
人生がどうなるかはわからないし、ほろ苦い部分も残るが、それぞれ新しい道へ踏み出して
いく様はさわやかな印象を残す。
監督:ミロシュ・フォアマン
出演:ジム・キャリー、コートニー・ラヴ、ダニー・デビート
実在のコメディアン、アンディ・カウフマンの半生を描く作品。一度は頂点を極めながらも、観
客に迎合せず自分なりの「笑い」を追及したため、テレビ業界から干され35歳の若さで亡く
なった彼の強烈な生き方を、マネージャーのシャピロ、コンビを組んだボブ・ズムダ、そして
彼を支えた恋人のリンとの関係を通して綴る。
アンディ・カウフマンの芸は独特だ。彼は決して観客に好かれたり、笑わせようとしていなか
った。映画の中でも彼の芸は何度も登場するが、何が面白いのかさっぱりわからない芸も
中にはある。しかし、今まで誰もやったことのない、彼にしかできない独創的な芸であるこ
とは確かだった。そして、しばしば観客を怒らせたり、困惑させた。彼の芸に対して観客が
怒って騒動が起きたり、抗議の電話が殺到するのを見ることが、彼にとっては面白いことこ
の上なかったのだ。それは、従来のコメディや、テレビを中心としたマスメディアへの強烈な
批評にもなっていた。
アンディは、「サタデーナイトライブ」で披露した「マイティ・マウス」の芸がバカ受けし、「タク
シー」というシットコム(コメディドラマ)での奇怪な役で人気を博すが、同じような芸を求める
観客やテレビ局の意向に従わず、観客に嫌われるのもいとわないで自分自身の芸を追及
していったのだ。人々に大きなインパクトを与えることこそが芸だと思っていたからだ。その
結果、彼は番組を降板させられたりして、仕事も減ってしまう。そんな彼を支えたのは、マネ
ージャーのジョージ・シャビロ、ボブ・ズムダ、そしてリンだった。彼らはアンディの類い希な
才能を信じていた。どんなにアンディがマスコミで叩かれたり、仕事を干されたりしてもつい
て行った彼らの友情、愛には思わず泣かされる。
アンディの生き方は、コメディそのものだった。彼はいつでも、どんな芸をやりたいかを考え
ていて、コメディが彼の生活の中を浸食していった。どこまでが真実で、どこまでが演技か、
そしてどこまでが本気で、どこまでがやらせなのか、本人にすらわからなくなっていった。精
神的に不安定になっていた彼は、超自然現象や心霊術に凝るようになる。そして、一つの
悲劇が起こる。進行の早い、珍しいタイプの肺ガンに彼は罹ってしまうのだが、彼がガンに
なったことを告白しても、マスコミはおろか、ジャビロやズムダすらも最初は、彼独特のギャ
グなのではないかと思って信じない。この場面の悲しさ、中でも友人にすら信じてもらえない
彼の悲痛な表情は、筆舌にも尽くしがたいものである。あっという間に彼の病状は進み、
奇跡を求めて心霊手術を受けるためにフィリピンにまで行ったが、それがインチキであったこ
とを知るというさらなる悲劇も待っていた。
人に嫌われることに歓びを感じていたアンディだが、彼は子供のように純粋な心を持ってい
た。夢であったカーネギーホールでの公演を実現した彼は、感謝の気持ちを込め、観客全
員にミルクとクッキーを振る舞う。プロレスの試合のリング上で知り合った恋人リンには、深
い愛情を注いだ。彼の葬儀のシーンでは、彼がいかに人間を愛していたかが彼の遺した映
像で表現され、悲しいながらも暖かい気持ちにさせられる。
この作品の独特の暖かさは、出演者やスタッフの多くが、実際にアンディと一緒に仕事をし
ていた人間であることにも原因があると思われる。ダニー・デビートは「タクシー」でアンディと
共演しているし、劇中の「タクシー」に出演している俳優たちは、実際に当時の「タクシー」で
アンディと共演していた。映画の中で登場するプロレスラーのジェリー・ローラーや歌手の
トニー・クリフトンも本人が演じているし、ボブ・シャピロやポール・ズムタもプロデューサーに
名を連ねている。だから、アンディが愛情たっぷりに描かれているのだ。そしてその結果、
誰が見てもアンディのことを好きにならずにはいられないような作品になっている。
アンデイ・カウフマンを演じたジム・キャリーが実に素晴らしい。アンディ独特のしゃべり方、
目を見開いた独特の表情は忘れられない。中でも、冒頭のシーンには呆気にとられること
間違いなし。また、彼の独特のトリックスターぶり、そして情緒不安定気味な部分、ショービ
ジネスという虚構の世界に生きる人間の哀しさも見事に表現されている。そして実際コメデ
ィアンであるジム・キャリーとアンディ・カウフマンの生き方はどこかオーバーラップするもの
がある。彼をオスカーにノミネートすらしなかったアカデミーは、狂っているとしかいいようが
ない。この作品が、ショービジネス業界への強烈な批判に満ちているからか?だとしたらア
カデミーは、なんてケツの穴が小さいのだろう。ジム・キャリーが、ここまで細かい感情表現
ができるすぐれた役者になっていたとは!
地雷を踏んだらサヨウナラ One
Step on a Mine, It's All Over
監督:五十嵐 匠
出演:浅野忠信、ロバート・スレーター、ソン・ダラチャカン、川津祐介、市毛良枝
1972年、戦火のカンボジアにて25歳の命を散らした報道カメラマン、一ノ瀬泰造。アンコ
ール・ワットを撮影することに取り憑かれ、あっという間に人生を駆け抜けていった彼の青春
を描く。
この映画は、ひたすら一ノ瀬泰造の生き様を追っていった作品だ。カンボジア紛争やベトナ
ム戦争が何だったのか、説明的な描写があるわけでもない。報道カメラマンが、紛争地域
でどのような扱いを受けていたかについても、具体的には描かれていない。なぜ、泰造が
アンコール・ワットに取り憑かれ、自殺行為とも言える無謀な行動の数々を行ったかもわか
らない。子供たちや、高校教師ロックルーとの交流、そして美しい娘レファンとの淡い恋の
エピソードは心温まりながらも哀しいが、通り一遍の描写に終わっている。彼の心理状態
についても、明らかに描き込みが不足している。映画としては、決して良くできているとは
思わない。
それでも、彼の、余計なことは考えず、ひたすらに、がむしゃらに目標に向かって突き進ん
でいく姿には惹かれるものはある。
泰造は、決して腕の良いカメラマン、というわけではなかった。彼が命がけで撮った戦場の
写真は、安く買いたたかれる。入念に下調べをしていくわけでもなければ、安全な道を選ん
だりすることもなかった。フリーのカメラマンは一種の捨てコマに近い存在だった。時には、
彼の身勝手とも思える行動で、他の人の身を危険にさらすことすらあった。そんな彼が、ア
ンコール・ワットを撮ったら2万ドル、という話を聞いてそれを撮影することを決意する。出発
点は金や、名誉だったのかもしれない。だけども、アンコール・ワットを追い求めていくうちに、
決してそれだけでは済まされない何かを彼は感じるようになった。彼は、アンコール・ワット
の美しい姿に恋をしてしまったのかもしれない。
仲良くしていた報道カメラマンや、幼い子供たちですら戦火に倒れていく、死と隣合わせの
毎日。スパイ容疑で国外退去処分にもなる。それでも、彼はひたすらにアンコール・ワット
を目指す。3割の人しか生き残れないという弾薬輸送船に乗り込み、兵士たちが塹壕に
逃げ込んでもシャッターを押し続ける。これはもはや一種の狂気だ。クメール・ルージュの
共産主義ゲリラが占拠した解放区へと立ち入り、そしてついにアンコール・ワットを目の前
にして、命を落とす。どこまでもあの憧れの場所まで駆け寄ろうとしながら。(このあたり、
史実とは違うようだが)
アンコール・ワットに取り憑かれた一人の青年の、極限状態での、死すら恐れない狂気。
しかし、そのまっすぐで鮮烈な生き様は、人の心を捉えて離さない。彼の死という悲劇で
終わっても、どこか爽やかな余韻が残る。ラストシーン、自転車を漕いで憧れのアンコール
ワットへ続く道を行く後ろ姿に、声をかけたくなる。「ありがとう」と。