監督:リドリー・スコット
出演:ラッセル・クロウ、ホアキン・フェニックス、コニー・ニールセン、デレク・ジャコビ
リチャード・ハリス、オリバー・リード、ジャイモン・ハンスゥ
栄華を誇ったローマ帝国。将軍アエリウス・マキシマスは皇帝マルクス・アウレリウス
に全幅の信頼を置かれ、次期の皇帝になってほしいと託される。そのことを知った皇
帝の息子コモドゥスは皇帝を殺害したばかりか、マキシマスの処刑を命じ彼の妻子を
殺す。処刑を免れたマキシマスは妻子の死を知り倒れこむ。意識を取り戻したとき、彼
は奴隷として売られて行くところだった。生き残るために戦い続けた彼は最強の剣闘
士となった。そして皇帝となったコモドゥスを倒し、元老院の手に政権を取り戻すために
彼は最後の戦いに挑む。
グラディエーターとは、剣闘士のこと。ローマにあるコロッシアム(今も移籍が現存する)
にて、5万人もの観客を前に見世物として剣闘士たちは戦った。人間同士のこともあれ
ば、猛獣との戦いもあった。倒れた剣闘士は観衆に慈悲を乞うが、観客が指を下に指し
たら、その剣闘士はとどめを刺された。
圧倒的な迫力の戦闘シーンが、この作品の最大の見所。まずは、北部戦線におけるゲ
ルマン人との合戦。冷たい空気の中、血走った目、血の匂いが漂い肉が斬られる激しい
戦闘が繰り広げられる。西暦180年頃が舞台なので、当然火器は存在していなくて、弓
矢と刀だけが武器。人間の生身の肉体と肉体のぶつかり合いによる戦闘は、それゆえ
ますます激しく感じられる。まずここで、血が騒ぎ出す。
コロッシアムでの戦いは3回あるが、特に最初の戦いの迫力は凄まじい。コロッシアム
に足を踏み入れると、剣闘士たちを殺そうと虎視眈々と狙う敵、そして嵐のような歓声、
さらには強烈に照りつける陽射し。隙あれば真っ先に死ぬことになる。剣闘士たちと戦う
のは、馬車の上のアマゾネス軍団。馬車の上からの攻撃ということで、彼女たちの方が
圧倒的に優位だ。それを、マキシマスが、これまでの将軍としての経験を生かし、剣闘
士たちで集団戦法を取り、ついに勝利を収めるところにはカタルシスがある。思わず胸が
高鳴り、アドレナリンが放出されっぱなし。剣闘士たちは馬車で疾走する女たちの体を刀
で真っ二つに切り裂いてしまうのだから、強烈だ。2回目の戦いでは虎も登場し、一対一
の接近戦を見ることができて、これまた息詰まるような迫力を肌で感じる。しかし最後の
戦いには、ここまでのインパクトがないのがちょっと残念。
マキシマスを演じるラッセル・クロウが素晴らしい。心の支えであった妻子を失い、魂の
抜け殻となり、奴隷にまで身を落とした男。剣闘士になった当初は、戦うことには乗り気
ではなく、ただ生き残るために戦うのみだった。妻子を失った今、彼は命すら惜しくない状
態だった。でも、最強の剣闘士になることで、皇帝コモドゥスに復讐するチャンスがあるこ
とを思い知らされた彼は、地獄から這い上がった。絶望の中に、静かな復讐の炎を燃やし
た彼の瞳。奴隷の身分でありながら、将軍の威厳を保っている男の中の男。この作品で、
ラッセル・クロウはスターの中のスターとなること間違いなしだろう。
事実、マキシマスは単なる剣闘士に留まらず、元将軍だったという身分もあり、民衆のヒ
ーローとなる。ローマを支配するのは皇帝ではなく、民衆だと元老院の重鎮も語っている。
皇帝コモドゥスとマキシマスが対峙するとき、民衆は卑劣で無能な皇帝ではなく、マキシ
マスの名前を叫び、その声はコロッシアム中に鳴り響く。しかし、マキシマスにとっては、
その一瞬の栄光も虚しいものであった。コモドゥスも、民衆はあっと言う間にヒーローの名
前を忘れ去ってしまうと思っていた。だが、マキシマスだけは、そんなに簡単に忘れ去ら
れる人物ではなかったのだ。
徹頭徹尾悪い奴=皇帝コモドゥスに扮したのはホアキン・フェニックス。コモドゥスは残忍
で凶悪なだけでなく、無能な男である。しかし、彼は自分が無能で人望がない人間だと自
覚している。そのため、猜疑心の塊となり、自分の父親すら信じることが出来ず、手に掛け
てしまうのだ。これまで今ひとつ存在感の薄かったホアキン・フェニックスだが、ここでは、
その甲高い声も相俟って、ふてぶてしいけどどこか脆弱な印象を与えていて、はまってい
る。父親や、実の姉に対する複雑な感情と情緒の不安定さを、彼はなかなか上手に表現
している。
コモドゥスの姉ルッシラも、非常に個性的なキャラクターだ。かつてはマキシマスに想いを
寄せ、今も彼を忘れられない。しかし出来の悪い弟コモドゥスも愛している。妖艶な美しさ
を持っていながら才知に長けた女性であり、策略家である。強い女性なのだが、幼い一人
息子という弱点もある。さらに、コモドゥスとの愛は、姉弟の枠を超えた、危険で淫靡なもの
であった。この妖しさが作品に色を添えている。
3人のメーンキャラクターの他にも、元剣闘士の奴隷商人プロキシモ、剣闘士仲間のジュバ
など印象深いキャラクターが数人いる。しかし、登場人物の性格描写が緻密な割には、肝
心のドラマが多少腰砕けとなってしまっているところがある。ラストに向けて怒濤の展開とな
るはずが、途中で話の勢いが折られてしまって、興を削がれてしまったのだ。(このあたり
ネタバレにつき省略する)冒頭の凄まじい合戦シーンが強烈だっただけに、ちょっと尻すぼ
みの感があるのがとても残念。あらかじめ、ストーリーがどのように終わるのかは見えてい
る作品である。2時間35分という長い上映時間を費やして、結局この程度のことに落ち着
くのか、と思ってしまったのは事実だ。
しかしながら、この作品は熱い魂を感じさせてくれる。それだけで十分満足できる。リドリー
・スコットならではの、光を巧みに使った美しくドラマティックな映像には魅せられる。冷たい
気候の中での血みどろの戦いから、熱い砂漠の中での奴隷売買のシーン、さらには、壮麗
なローマの街並みとコロッシアムの威容。命を賭けての血と肉が飛び散る戦い。大画面で
是非とも観るべき作品だ。
監督:フィリップ・ノイス
出演:デンゼル・ワシントン、アンジェリーナ・ジョリー、クイーン・ラティファ、マイケル・ルーカー
ニューヨーク市警のリンカーン・ライム刑事は、いくつもの著書を持つ高名な犯罪学者でも
あった。しかし彼は捜査中の事故で、両肩と一本の指以外の全身が麻痺してしまう。発作
があれば植物人間になってしまう恐れのある彼は、絶望のあまり安楽死の手続きを依頼
していた。そこへ、富豪の夫妻が誘拐される事件が発生した。夫の死体を発見したのが、
新米の女性警官アメリア。彼女の的確な捜査に感心したライムは、彼女に捜査に加わる
ように指示し、病室から事件の指揮を執る。犯人は死体発見現場に奇妙なメッセージを残
していた。そして第2、第3の猟奇殺人事件が発生する。
第1,第2そして第3の事件が発生し、犠牲者が発見されるまでの息詰まる展開はうまい。
猟奇的なもの、恐怖心を煽るものが苦手な私は、思わず目をそむけなくなったり、息苦しさ
を感じるほどであった。犯罪現場は、ニューヨークの華やかな表の顔からは想像もできない、
うち捨てられたような暗くて不気味な地下の跡地。青少年課へ異動を希望していた女警官の、
慣れない猟奇殺人の現場にたった一人で踏み込んでいくときの恐怖を、同じように肌で感じ
ることができた。そんな彼女が、捜査が進むにつれどんどん勇敢になっていく。恐怖心と戦い
ながら、何度もくじけそうになりながら、そして嫌味で無能な上司に「パトロール警官」と馬鹿
にされ、妨害されながらも、体を動かすことの出来ないライムの手足となって、きびきび動く。
ライムの静とアメリアの動との対比はなかなか効いている。
どちらかというと弱気な一人の若い女性であったアメリアが、ここまで行動することが出来た
のは、ライムがベッドの上から無線で「どこにいても、私がついている」と励まし続けたからで
ある。アメリアの父も実は警官で、自殺したというトラウマがある彼女にとっては、ライムは父
親のような存在であった。話が進むにつれ、この作品はラブストーリーなのではないかと思え
てくる。人生に行き詰まった二人が、この出会い、そこから生まれた愛を通して生きる意欲を
取り戻すというものだ。
アメリアが、二人きりの部屋で、眠りこけるライムの、唯一動く指をなぞったり、首にある痣を
いとおしそうに愛撫するシーンは、どんな濡れ場よりもエロティックである。体が不自由な彼と
の愛はプラトニックなだけに官能的だ。二人の視線が交わる場面も、愛の言葉など一言もな
いのにゾクゾクしてしまうほど。危険な任務に向かうアメリアに最後まで戦えと励ますライム。
ライムの安楽死志願を聞いていた彼女は「あなたも最後まで戦い抜く人だと思っていたのに」
と返す。そこでライムは生きようという意欲を取り戻し始めるのだった。この時生まれた「生へ
の欲求」が、この作品の大きな鍵を握るのであった。
この映画は、二人の心理描写、そして関係性の変化がうまく描かれている。さらに前半の緊
張感、恐怖感、そして謎解きの面白さと非常に快調なのであったが、残念ながら終盤に腰砕
けとなってしまう。唐突に登場する犯人。そして、これだけの残虐な、そして手の込んだ犯罪
行為を繰り返すにはあまりにも平凡なその動機。思いっきりコケてしまいそうになる。最後の
15分まで魅せてくれながら残念だ。それと、主要な登場人物の一人が、意味のない死を遂
げてしまうというのもちょっといただけない。
なんといってもこの作品で魅力的なのは、主演のふたり。肩から上と指一本しか動かせない
という足かせをはめられながらも、声と表情で熱演するデンゼル・ワシントン。ライムの、絶望
の底まで追いつめられながらも、力を尽くす人間の崇高さを感じさせられるのは、彼の品格と
知性あふれる演技に負うところが多い。体が不自由でも、若くて美しいアメリアのハートをつか
むだけの説得力がある。そして、注目の女優アンジェリーナ・ジョリー。分厚い唇がとろけるよ
うな色気を放つ彼女の、警官コスプレ姿!はさらにセクシーだ。父親を失ったトラウマに囚われ、
仕事に行き詰まりかけた迷える若い女性が、持ち前の能力を引き出され、どんどん輝いてい
く様が実感できる。終始ラフな格好で登場していた彼女の、ラストでのドレス姿のきらめくばか
りの美しさには女性でも惚れてしまいそう。
監督:スコット・ヒックス
出演:イーサン・ホーク、工藤夕貴、マックス・フォン・シドー、リック・ユーン、サム・シェパード、
ジェームズ・クロムウェル、鈴木杏
第2次世界大戦が終わって9年後。ワシントン州北西部の小さな島で、事件が起こる。霧深い
海に漁師カールが転落して溺死し、日系人のカズオが殺人犯として逮捕される。裁判の行方を
見守るのはカズオの妻ハツエ、そして新聞記者のイシュマル。実は少年少女だった時代、この
二人は愛し合っていたのだが、戦争が二人を引き裂いた。イシュマルは、今もハツエに思いを
寄せているが、心の傷は未だ癒えない。裁判はカズオにとってとても不利だった。検屍官も、
検事も人種偏見に凝り固まっていた。やがてイシュマルは、真相に迫る証拠を発見する。
これはイシュマルとハツエのラヴストーリーなのか、と思って見に行ったのだが、予想はかなり
裏切られた。この作品は、日系アメリカ人が歩んだ苦難の歴史を丁寧に描いているのだ。第2
次世界大戦時に財産を奪われ、強制収容所に連行された日系人達はまるでホロコーストのユ
ダヤ人のようだ。ハツエの父は開墾に必要な爆薬を持っていただけで、スパイ容疑をかけられ
て逮捕された。カズオはハツエと結婚してまもなく、志願してヨーロッパ戦線に赴き、ナチス・ド
イツと戦う。カズオを始め多くの日系人はアメリカ国民として日本の同盟国と戦ったのに、戦争
が終わっても、「ジャップ」と軽蔑されるのだ。
この作品の最大のテーマは、人間としてのdignity(品位)なのではないかと思った。日系人たち
は人種的な偏見にさらされてはいるが、この島に住んでいる人が全員そうだというわけではな
い。印象的なのは、ハツエの父イマダがスパイ容疑で連行されるシーン。「ミスターイマダは紳
士だから手錠はかけない」と捜査員が言うのだ。ここに住む日系人はみんな物静かで自国の文
化にも誇りを持っている、品位ある人々で、それを理解しているアメリカ人たちもいる。イマダ一
家が小作人として働いていたイチゴ農場の主であったカールの父は、彼らには敬意を払ってい
た。そしてイシュマルの亡き父親も、硬骨漢であり(サム・シェパードがはまり役!)、日系人に
味方していたことで新聞の不買運動を起こされても、決して主張を曲げなかった。
物語はカズオの裁判を軸として進んでいくが、まさにここが人間としての品位が問われる場所
となっていた。私が日本人だから、ということもあったが、検察官や検屍官が、日系人に対す
る人種的な偏見を丸出しにして尋問を行ったり証言したりするのを見ると、なんて品格のない人
なんだろうと思わずにはいられなかった。9年前までは、日本人はアメリカ人にとっては憎い敵
だったのだから、少々の偏見はあっても仕方なかったのだろうが。それに対して、裁判の終盤
に、カズオの弁護人を務めるガドマンドソン(マックス・フォン・シドーが名演)は、人間のあり様
を訴える素晴らしいスピーチをする。そう、あらゆる憎しみ、偏見、怨みや哀しみを乗り越え、人
間は人間としての品位を保ち、理解し合い、公平にならなくてはならないのだ。
それはイシュマルに対しても同じことが言える。強制収容所にいたハツエからの別れの手紙を
読み、自暴自棄になった彼は戦争に行き、片腕を失い、すっかり自分の中に閉じこもってしまう。
彼のハツエへの感情は、愛憎が交錯したものであった。他の男性と結婚して彼のハートを砕い
たハツエはいわば敵であった。そんな彼女の、しかも日系人である夫を助けるなんて…。しかし、
裁判を傍聴するうちに、日系人を守ろうとした父の思い出が甦り、そしてガドマンドソンの言葉に
心を動かされ、彼はカズオを救おうと行動する。そう、イシュマルとハツエを引き裂いたのはハツ
エではなく、戦争という不幸なのであったということにようやく彼は気がついたのだ。心の目を塞
ぐ憎しみ、怨みという曇りを取り除き、ここで彼は自分の人間としての尊厳を取り返したのだった。
そのことに対する最大のreward(褒美)は、彼の愛を終始拒んだハツエの、「あなたを抱きしめて
いいですか」という最後の台詞だろう。
このようにテーマは素晴らしい作品である。しかしながら、演出上の欠点は少々見受けられる。
物語が淡々と進んでいくため、退屈なところがある。裁判を軸に、回想シーンが挿入されるとい
う形式になっているのだが、回想シーンは必ずしも時系列に沿っているわけではないので、混乱
する面がある。ハツエの心理描写はほとんど為されていないので、彼女の気持ちは結局どうだ
ったのかはほとんどわからないし、イシュマルの性格は陰鬱なで魅力に乏しい。彼らの現在が
このように極めて抑えて描かれているだけに、少年少女時代が輝かしく映る。海岸や森の中を
駆けずりまわり、洞窟で愛し合った幼い二人はなんて美しいんだろう。中でも、ハツエの少女時
代を演じた鈴木杏は、ゾクゾクするような少女の官能を見せつけてくれる。工藤夕貴よりはるかに
魅力的だ。
もちろん、撮影の美しさも特筆すべきであろう。カールが海に転落する場面の霧から始まり、細
かい雪が杉林の上にしんしんと降り積もる白い世界。幻を見ているかのようだ。なのに、劇場の
映写が悪くて、2時間以上右半分がピンぼけの映像を見せられてしまうとは…。ひどいよ、シネマ
カリテ。