プランケット&マクレーン Plunkett and Macleane |
監督:ジェイク・スコット
出演:ロバート・カーライル、ジョニー・リー・ミラー、リブ・タイラー
18世紀半ば。刑務所で知り合ったのは、聖職者の息子マクレーンと、破産した薬屋で強盗の
プランケット。ハンサムな容姿と洗練された物腰のマクレーンが社交界で獲物を探り、頭脳と
盗みのテクニックに長けたプランケットの指揮で強盗を行うようになる。二人の夢は、アメリカへ
逃れること。初めて二人が襲ったのは、裁判長ギブソンとその姪レベッカ。一目惚れしたレベッ
カに対するマクレーンの礼儀正しい対応から、彼らは「紳士強盗」と呼ばれるようになる。この
コンビは強盗を重ね、友情で結ばれる。しかしながら、レベッカに言い寄るチャンス卿は彼らを
執念深く追い、二人は危機に…。
プランケット、そしてマクレーンは実在した「紳士強盗」であった。マクレーンはブレヒトの有名な
戯曲「三文オペラ」のモデルにもなっている。この作品は、彼らの物語を、現代的なアレンジで
見せたものだ。二人が、マクレーンに性病をうつした社交界の女王の結婚式を襲い、逃走する
シーンのスピーディな演出、そして光と暗闇を巧みに使った映像感覚はなかなかのものだ。
しかし作品の魅力を一番作っているのは、ロバート・カーライル。ハリウッド作品でちょっと窮屈
そうにしていた彼が、のびのび楽しんで演じているのが良くわかる。生活苦から追い込まれ、
犯罪稼業に手を染めた男。いっぱしの犯罪者となった彼だが、大変な友達思いの、男気あふ
れるやつであった。お坊ちゃんで自分勝手な相棒を陰でサポート。性病にかかったマクレーン
に特製の塗り薬を調合したり、怪我をしたマクレーンを必死に看病したり。そして、クライマック
ス、最大のピンチに陥ったマクレーンを、自分の命を危険にさらして大胆に救う姿の頼もしいこ
と!
逆にやや頼りなく甘ちゃんなのがマクレーン。育ちの良い彼は、酒好き、遊び好きがたたって
刑務所に入る羽目になる。プランケットとコンビを組むようになっても、強盗で手に入れた金で
流行の服は買うしギャンブルや女で蕩尽してしまう。挙げ句の果てには、レベッカに対する恋
心で舞い上がってしまい、危うく危機を招きかねないような言動をとる。しかし、恋に狂った彼
はとてもロマンティックだし、レベッカとの恋を貫き通す姿には、思わず応援したくなってしまう
のだ。ハンサムな人は得である。
レディ・レベッカもまた、上流階級の娘であるのに意志が強く堂々としていて魅力的。父親が
勧めるチャンス卿を拒絶するところなんていいのだが、活躍する場面がやや少ないのが惜し
いところだ。登場したときにはなんじゃこりゃ、と思ったけど実にいいキャラクターだったのが、
マクレーンの友人で、社交界の毒の華であるロチェスター卿。彼は毒々しい化粧をしていて、
すごく怪しい人なのだけど、やはり義理人情に厚く好感が持てる人物である。振るっているの
が、脱出しようとするマクレーンらの誘いに対して、「私は残って若者たちを堕落させるのに邁
進するわ」というところ。こういう人が社交界に残って欲しい気がしたので、なんだかとてもうれ
しくて、この台詞だけで一気にこの映画の個人的評価が上がってしまった。この映画で一番
気に入ったところかも知れない。
あのゲイリー・オールドマンがプロデュースした作品とあって、コスチューム・プレイとは思えな
いほどワイルドで猥雑な魅力も感じられる映画だ。ただ、一生懸命18世紀イギリスの怪しく
虚飾に満ち、貴族、悪党、犯罪者が跋扈する猥雑な雰囲気を出そうとしていて、終始ダークな
画面であるのはいい。だが、ときどき暗すぎて一体何が起きているのかわからないところが
あるのだ。
最後のクライマックスもやや弱い。一気に畳みかけるようにラストへ持っていこうとしているけ
ど、一旦緊張感が抜けてしまうところがある。最終的にはとても爽快感のある終わり方になっ
ているのだが、ややあっさりしすぎている気がした。でも、プランケット、そしてマクレーン、さら
にはロチェスター卿のキャラクターが立っていることもあって、思っていたよりはずっと楽しめる
作品になっていたと思う。
月の出の決闘 |
監督:丸根三太郎
出演:板東妻三郎、東野英治郎、花井蘭子
居酒屋を営む女と、その亭主である人斬り稼業の浪人。そこに現れたのが、賭博根絶を訴え
る学者大原。大原は、その哲学を農民に伝道する。博打好きの浪人は、大原を斬ろうと決意
するが、やがてその人間性に惹かれ、感化される。幕府は、大原の思想を危険と見なし、村
祭りの日に捕らえようとするが、浪人は妻の制止を振り切って、立ち上がるのであった。
戦後、チャンバラ映画がGHQにより禁止されていた時代の作品であるのだが、この映画の
最大の見せ場は、ラスト、板東妻三郎演じる浪人が月明かりに照らされ、幕府の侍たちと決
闘を演じる場面である。何十人もの侍を相手に立ち回りを演じ、バッサバッサ斬っていく板東
妻三郎の姿にはしびれてしまう。モノクロの画面、月の光と陰の中での戦いにはパッショネイ
トな様式美、そして滅びの美学が感じられる。
もちろん、この決闘シーンだけがこの作品の見所ではない。浪人のところに、大原がやって
きて、懸命にその思想を説く場面でも、二人が月に照らされた川を渡り、対立する者同士が
わかり合う美しい場面がある。考え方は違っていても、同じく一本気で正義感の強い男たち
の友情には、胸が熱くなる。この月明かりの場面は、ラストの決闘へつながっていくのだ。
そして、泣けてしまうのが、大原、そして農民たちを幕府から守ろうと立ち上がった浪人と、
彼を制止しようとした妻との場面。人斬り稼業から浪人が足を洗うことを聞き、ようやく平和で
幸せな二人の生活が送れると彼女が喜んだのもつかの間、彼は戦うという。幕府に刃向かう
とすれば生きて帰ってこれる可能性はほとんどない。これほど待ち望んだ幸せが、指の間か
ら砂のようにすり抜けていってしまうことの悲しみ。毎晩、夫が人を斬ったのではないかと刀を
こっそり抜いて確認していた彼女の姿が記憶にあったことも重なり、涙なくしては観られない
シーンである。
村祭りに幕府の人間が到着する前に、なんとかくい止めようと必死に板東妻三郎が街道を
ひたすら猛スピードで疾走するシーンも、スピード感があってドキドキする。娯楽性、メロドラ
マ性、様式美を併せ持ち、熱い興奮を感じさせ、しかも泣かせてくれるという、希有な作品だ。
太陽は、ぼくの瞳 The Color of Pardise |
監督:マジット・マシディ
出演:モフセン・ラマザーニ、ホセイン・マージゥーブ
8歳の盲目の少年モハマドは、父親や妹たちと離れ、テヘランの盲学校に通っていた。夏休
みになり、彼はカスピ海沿岸の美しい村にある家に帰る。そこでかけがえのない楽しい日々
を送っていた。が、彼の父は再婚を望み、そのためモハマドが邪魔になって、彼を盲目の大
工のところへ修行に出す。優しいおばあちゃんや妹たちと離れるのが嫌、目が見えない僕の
ことを愛してくれないと彼は泣く。そこへ、ある事件が起き…。
モハマドの純真さが思わず胸をかきむしる、美しく悲痛な物語。夏休みになり、盲学校には
子供たちを迎えに親たちがやってくる。しかしモハマドの父親だけはなかなかやってこない。
お父さんは本当にやってくるのか、と不安げなモハマド。ようやく父親が迎えに来て、安堵す
る。幸せな日々を送ることができたのもつかの間、父親は彼を、自立させるためと言って大工
の元へ連れていく。彼の泣きじゃくる顔と言ったら…。父親が去ってしまった後で「誰も僕を好
きじゃないんだ。目が見えないからみんな僕から逃げる」と大工に言う言葉は、ぐさりと胸に
突き刺さるものだ。
カスピ海沿岸の自然の美しさには思わず息が止まるほど。太陽の光と恵み。濃い緑のなか、
色とりどりの花々が咲き乱れる。鳥や虫の鳴き声も聞こえてきて、これほどの豊穣な自然を
映画の中で見たことがないと言っていいほど。盲目のモハマドは、これらの美しい景色を見る
ことはできない。しかし、彼はその代わり人一倍感受性豊かに育った。彼は指先で、この美し
い世界を見ることができる。生まれたばかりのヒナドリを指先で感じて、巣に戻してあげること
ができる。おばあちゃんの手が柔らかくて白いのを、心の目で見ることができる。生き物たち
の息吹を感じることができる。おばあちゃんや、妹たちと無邪気に戯れる姿を見ると、彼が盲
目であるということすら忘れてしまう。映画を観ている私たちも、モハマドと同じように、心の目
でこの美しい世界を見ることができる。目が見えないと言うことは、決して不幸なことではない
ということを、この時点では感じるのだが。
自分の再婚のため、モハマドを追い出してしまおうと考える父親。どう考えても、ひどい親で
ある。同情の余地もほとんどない。でも、父親は彼なりに、地獄を抱えていた。その報いは、
とても悲しい形でやってくる。モハマドのことを愛していたおばあちゃんに責められた父親は、
ついに彼を連れ戻すことを決意するのであったが、その帰り、二人は濁流に呑まれるのだっ
た。そんなときにでも、モハマドを助けることを一瞬ためらう父親。しかし、水の中に飛び込み、
濁流に流されながら、ようやく彼への愛を確信するのであった。そして、小さな奇跡が起きた。
あまりにも悲しいモハマドの運命だが、しかし彼はそれゆえ、神様に守られている奇跡の子
供なのではないかという風にも思った。