シャンハイ・ヌーン Shanghai Noon

監督:トム・ダイ
出演:ジャッキー・チェン、オーウェン・ウィルソン、ルーシー・リュー


紫禁城から誘拐されたお姫様の身代金を払いにアメリカ西部に出かけた近衛兵
3人と、荷物持ちのチョン・ウェン。彼らが乗り込んだ列車が強盗団に襲われた。
チョンは残り3人とはぐれ、強盗団のボス・ロンと珍道中を繰り広げることに。果た
して姫を救出することはできるのだろうか?

あのジャッキー・チェンが、本格的な西部劇に挑戦。カウボーイの時代に中国人が
やってくるというストーリーはジェット・リーの「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイ
ナ&アメリカ」を思わせる。が、ジェット・リーは自分の意志でアメリカ西部にやって
きたのに対し、ジャッキー演じるチョン・ウェンは事件に巻き込まれて西部劇の中に
身を置く羽目になるのだ。

かの『真昼の決闘』(ハイ・ヌーン)をもじったタイトル。早撃ち、一対一の決闘、イン
ディアンとの交流、縛り首、列車強盗など、西部劇に欠かせない要素も満載。しかし
大きなテーマは、アメリカとは全く違う文化の国からやってきた男が、慣れない土地
で奮闘し、アメリカ人と友情を結び、お互いの文化の良いところを吸収していくという
ことだろう。

最初はチョンを訳の分からない中国男と思っていたロンは、間違った道を教えたり
バカにしたりする。でも、いつしかチョンの誇り高さ、強さに触れるうちに彼に惹かれ
ていく。そして、売春宿に入り、娼婦そっちのけで酔っぱらいゲームに興じたりして
彼らは友情を深めていくのだ。この映画はジャッキーの本格的なハリウッド進出作
「ラッシュ・アワー」と同種のバディ・ムービーなのである。

ジャッキー・チェン主演作品は、もはや一種のジャンル映画と化している。彼の凄い
アクションにハラハラドキドキしながらも、あの人なつっこい笑顔とユーモラスさにも
魅力を感じるというものだ。この作品も、十分水準には達していて、安心して観てい
られるし、誰でも楽しめるものだ。

欠点があるとしたら、やはりジャッキーももはや46歳だし、ハリウッドのシステムで
はあまりに無謀なアクションができないので、香港時代の、命がいくつあっても足り
ないような神業を観ることはできないということ。それでも、彼はすごく頑張っている
と思う。保安官との対決シーンでは、ジャッキーの、ロープを効果的に使った、創意
に富んだ技を観ることができる(やっぱりジャッキーはガンアクションではなくて、しな
やかな肉体が武器なのだ)。クライマックスの教会でのシーンもそれなりに見せてく
れる(とはいっても不満に思う人もいるかもしれないけど。結局、彼の凄いアクション
についていけるアメリカ人はほとんどいないので仕方ない)。

それと、チョンがインディアンに気に入られ、結婚することになったインディアンの妻
の扱いがよくわからない。度々彼女は彼らの危機を救うのだが、チョンは結局彼女
ではなく中国のお姫様を選んでしまい、インディアン妻はロンとくっつく。このあたり
一体何があったのかわからない。中国の伝統を重んじる近衛兵たちを否定し、中国
を去ってアメリカに残ることを選んだ姫を賞賛しているということも、ちょいとアメリカ
万歳的な部分が感じられてしまう。

とはいっても、楽しい映画であることは間違いない。チョンの相棒となるロンを演じた
オーウェン・ウィルソンもハンサムだけど間抜けで憎めないワルを好演している。そし
て、注目は中国の姫君役のルーシー・リュー。体のキレが抜群に良くて、キックもき
れいにキメてくれる。彼女が出演するという「チャーリーズ・エンジェル」が楽しみだ。
お姫様のキャラクターも、封建的なお城の生活ではなく、新大陸で同胞中国人たち
と汗を流して生きていくことを選ぶという進歩的な考えを持っている。華を添える存在
ではあるけど単なるお飾りには終わらなくて、意志の強さを感じさせ、魅力的に描け
ている。

クラークス Clerks

監督:ケヴィン・スミス
出演:ブライアン・オハロラン、ジェフ・アンダーソン、マリリン・ギグリオッティ、ケヴィン・スミス

大学を中退し、コンビニで働くダンテ。彼の最悪の一日は、コンビニの店長の「今日は
代わりに店に出てくれ」という一本の電話で始まった。コンビニをめぐるあらゆる悲喜劇
が展開される、そんな一日の始まりだった。

コンビニには、ありとあらゆる奇妙な客がやってくる。タバコを買いにきた客に対して、肺
がん患者の真っ黒な肺の標本を見せつけ、タバコを売る人は悪魔だと演説し出す客。
卵を一個一個点検する客。牛乳の賞味期限を一個一個調べる客。極めつけは、店で売
っているエロ本をトイレに持ちこみ、オナニーを始める老人。こういった客の存在にイライ
ラさせられっぱなしのダンテ。

店主が一向にやってこないため、ダンテが予定していたホッケーの試合はコンビニの屋
上で開催される。たかがコンビニであるが、ここは人生の縮図のような場所だ。コンビ
ニで人はセックスしたり、死んだりいろんな営みが行われる。彼がコンビニを閉めて抜
け出すと、コンビニがない生活に耐えられない客が群がって怒号をあげている。店の前
で麻薬の取引をしたり、踊ったりたむろしたりして一日を過ごす若者たちもいる。コンビ
ニという場所は、今や生活に欠かせないものになってしまっているのだ。

しかも、ダンテの受難は妙な客たちだけではなかった。まずは、ガールフレンドである
ヴェロニカとの喧嘩。彼女は彼のためにラザニアを作って持ってきてくれ、彼を大学に
復学させるためにわざわざ転校するような、心優しくしっかり者の女性なのだ。が、実
はとても経験豊富であったということを彼女自身の口から聞かされ(男性経験は3人だ
けだけどフェラチオは37人!!)、ショックを受けるダンテなのだった。追い討ちをかけ
るように、彼の昔の彼女であったケイトリンの婚約のニュースも舞いこみ、彼は打ちの
めされる。ダンテはケイトリンに対して未練がたっぷりだったのだ。優柔不断な彼は二
人の女性の間でグラグラ揺れる。

もうひとつダンテを苛立たせるのは、コンビニに併設されたビデオショップの店員ランダ
ル。彼は客商売をしているという自覚がゼロの男で、客に対して平気で下品なことを言
うわ、子供にタバコを売るわ、ビデオショップの番をさぼって油を売りに来るわ、というと
んでもない男だ。そればかりか、もっと大きなダメージをダンテに与えるような行為まで
及ぶ。彼はヴェロニカに対して、ダンテはケイトリンとよりを戻したがっているということを
言ってしまうのだ。そして、当事者にとっては全く笑えなくてシャレにならないのに、映
画を観ている観客にとってはおかしくてたまらない決定的な悲喜劇が起きてしまう。

小心者のダンテに対して、自分勝手に、気ままに生きているランダル。しかし彼は案外
鋭いところをついてくる。ダンテは責任感が強いため、本当は出勤しなくて良かったのに
嫌々ながら店に出て、けったいな客たちの相手をしてさらに最悪な気分に落ち込んでい
く。それに対して、いい加減なランダルはひたすら軽い。でも、客に対して尊大になるこ
とも卑屈になることもなく、対等だという意識で接しているので、決してストレスはたまら
ない。ランダルに言わせると、ダンテは人生から逃げている。大学をドロップアウトした
上、就職もしないでコンビニでバイトするモラトリアム人間。でも彼は単なるバイトの身
分なのに妙に責任感だけは強い。完全に割り切ってしまっているランダルとは違う。ヴ
ェロニカに、復学するようにアドバイスされてものらりくらりと逃げている。さらに、ヴェロ
ニカを選ぶのか、ケイトリンを選ぶのかも決めかねてうじうじしている。このあたりのダン
テのダメさ加減と、昔の恋人を吹っ切れない優柔不断さが実に細かく描かれていて、
リアリティがある。

ケヴィン・スミスがこの映画の後に撮った『チェイシング・エイミー』もそうだったが、台詞
の数が膨大で、しかも一つ一つがとてもリアルだというのが特徴的だ。特にダメな男の
恋愛を語らせることについては、彼は天下一品だと思う。コンビニにたむろする若者の一
人「サイレント・ボブ」は、ケヴィン・スミス自身が演じているが、無口な彼が最後にポロリ
と漏らす「イケている女はラザニアなんて作ってくれないよ」という台詞がとても効いている。

また、ダンテのモラトリアム性というメーンテーマとは別に、奇妙な客たちや、ダンテが
巻き込まれる数々のトラブルのエピソードが、ものすごくおかしい。映画の面白さという
のは、制作費とか俳優の魅力とは関係なく、才能さえあれば面白い作品は作れるとい
う見本のような映画。

人狼 JIN-ROH

監督:沖浦啓之

敗戦後10数年、昭和30年代の東京。反政府組織「セクト」と戦う治安部隊「首都警」
の隊員伏は、地下水路でセクトの少女に、目の前で自爆される。上司には「なぜ撃た
なかったのか」と責められ、少女を救えなかったことで自分を責め続けた彼は、死んだ
少女の墓参りに出かけ、そこで少女の姉と名乗る女性・圭に出会い、少女の遺品の「
赤ずきん」の絵本を渡される。そしてふたりは恋におちる。
一方、「首都警」の組織は先鋭化し、警視庁の中でも権力闘争が起きる。その中で、「
人狼」と呼ばれる組織の存在が囁かれるが…。

この作品の舞台となっている昭和30年代の風景描写が見事の一言。ガタゴト揺れる
路面電車や石畳。アドバルーンの上がるデパートの屋上。すでに失われてしまった風
景が生身の感触を得て甦っている。人々の表情も、原題の人たちとはちょっと違ってい
て、まだ生きるのに必死だった時代を感じさせている。また、暗い地下水路で少女が
逃げまどうシーンの緊迫感、くすんだ色彩感覚もアニメならではのものだ。首都警のメ
ンバーが着用する防護衣はまるでロボットアニメのロボット(モビルスーツ?)を思わせ、
とてもカッコいいととに、人間の表情を消して獣らしく見せることにも成功している。ディ
テールも凝っているし、技術的にはとにかく素晴らしい作品だ。

「赤ずきん」の童話のモチーフも生きている。セクトのメンバーに兵器を渡す役割を果た
していた少女は「赤ずきん」と呼ばれていた。少女の遺品の絵本で語られる赤ずきんの
話は、残酷な物語である。赤ずきんは狼に騙されて母親の肉を食べ、血を飲み、最後
には狼に食べられてしまう。この絵本を読んだ伏は、圭が地下水路の中、狼の群れに
追いかけられて食べられる夢を見てしまう。そして、伏は自分が狼であるということを自
覚するのだった。いつかは、自分が圭を食べてしまうという運命が待っていることも。

伏と圭は恋におちるが、この恋もまた、首都警や警視庁の組織「自治警」そして謎の組
織「人狼」の権力闘争に翻弄されるものだった。狼としての生き方を選ぶか、それとも
「愛」に生きるべきか葛藤する伏。しかし彼のアイデンティティは人間ではなく、狼として
の生き方を選ばせる。群れに依存することで、彼は生きていけるのだ。「人狼」のリーダ
ーは「ヒトと関わりを持った獣(けもの)の物語にはかならず不幸な結末が訪れる」と言う。
狼としての生き方を選んだ伏には、物語の結末を自分でつけることしかできなかったのだ。
そして圭もまた、自分の生き方を自分ではなく、組織や、公安によって決められてしまっ
た存在であった。個としての生き方と、組織の中でのあり方。大きなテーマを投げつける
作品である。

このように、実に魅力的なプロットの作品となっているのだが、すべての試みが成功し
ているわけではない。まずは、首都警と公安、自治警の関係が非常に複雑でわかりに
くい。様々な権力闘争や裏切りがあって、映像を見ながらそれらの関係を反芻したり確
認したりする余裕もなく、頭の中にたくさんの疑問符が生まれてきてしまう。この問題は
致命的な欠点とはなっていない。

しかし、次の点は、大きな欠落である。なんといっても、伏と圭のそれぞれの感情と葛
藤が十分描かれていないということだ。伏は極端に無口だし、圭は喋ることは喋るのだ
が、どうでもいいことばかりを話しているのだ。二人が淡々とデートをする場面は出てき
ても、お互いのことをどう思っているのかはとてもわかりにくい。伏の夢に、繰り返し圭
が狼に襲われる場面が出てくるが、圭というより、死んだ少女に対する固執を感じさせ
るものだ。なんだか曖昧模糊とした伏と圭の交流があり、そして夜の博物館の場面で、
圭の正体が突如明らかになるとともに「人狼」という組織についてもここで明かされる。
しかし彼らの間の感情や葛藤が描けていないためにまたここで?マークが出てきてしま
う。「二人でどこかに逃げようか」という圭のあまりにも陳腐な台詞には失笑を禁じ得なか
った。圭が狼としての彼を全く理解していなかったという証拠にもなってしまう台詞だ。

ラストに伏が取った選択は理解できるし、このように終わるしかなかったんだろうと思っ
たのであったが、胸を締め付けられるような切なさが伝わってこなかったのがなんとも惜
しい。独特の世界観を感じさせ、精緻に組み立てられた物語。映像的にも非常に完成度
が高く魅力的な要素が詰まっているのに。しかし凡百の映画が及びつかない高みに達
した、エポックメイキングな作品であることには間違いない。

あと、圭の声だけはなんとかしてほしかった。幼くて、どこか媚びているような声。本当
にこんな声をした少女が存在するはずはない。おまけに重要な台詞がキチンと聞こえな
かったりする。アイドル性があるからとかそういう理由で声優を起用しないで欲しい。

最終絶叫計画 Scary Movie

監督:キーナン・アイボリー・ウェイアンズ
出演:ショーン・ウェイアンズ、マーロン・ウェイアムズ、シャノン・エリザベス、アンナ・ファリス、
    ジョン・エイブラハムズ、カーメン・エレクトラ
注意:この作品については、予備知識をほとんど持たないで見た方が楽しめると思います。
できれば、映画を観た後で感想を読むことをおすすめします。とりあえず「バカ映画」とだけ
思って鑑賞に臨み、馬鹿馬鹿しいものを見せられても怒らない度量の広い方にだけおすす
めできる作品です。


ハロウィーンの夜、美少女ドリューが自宅近くで殺された。犯人はハロウィン・マスクをかぶ
った殺人鬼なのだが、登場人物たちはそのことを知る由もなかった。小さな町にはテレビレ
ポーターが押し掛けるが、ドリューの友人であったシンディは別の不安に駆られていた。1
年前のハロウィン、シンディ、恋人のボビー、チアリーダーのバフィほか6人でドライブしてい
て誤って人をはねてしまい、被害者の死体(といっても生きていたんだけど)を海に投げ捨て
たのだった。そこへシンディの手元に「去年のハロウィンに何をやったのか知っているぞ」とい
うメモが届けられる。やがて、6人はマスクマンに追いかけ回され、ある者は殺され、ある者
はマスクマンと仲良くなり…。果たしてマスクマンの正体は誰なんだろうか?

「スクリーム」「ラストサマー」「マトリックス」「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」といったヒット作品
を馬鹿馬鹿しく味付けてパロディ化したこれぞバカ映画。特徴的なのは、ほとんどのギャグが
下ネタに由来するものであり、徹頭徹尾下品であると言うこと。登場人物はほぼ全員、セック
スのことしか考えていない。それだけが理由ではないけれども、かなり見る人を選ぶ作品な
のではないかと思う。下品なネタに対する許容範囲が広い人じゃないと、怒って映画館を出
てしまうなんてことにもなりかねない。生ちんぽなども平気で出てくるし。さらに、身体障害者
ネタ、ホモネタなどのあぶないギャグも『メリーに首ったけ』以上に多い。政治的に正しくない
部分が多いし『アメリカン・パイ』以上に下品なので多分、デートには向かない映画だろう(彼
女が怒ってしまう可能性が高い)。パロディの元ネタ映画を知っていないと楽しめないネタも
多いし、寒くてたまらない、すべってしまっているギャグも多い。家で、友人たちと大勢でビデ
オで見ながらツッコミを入れまくり、笑い転げるという鑑賞方法が合っている作品だ。

下品さ、おバカさ、差別ネタが気にならない人にだったら、この映画は時間を忘れて楽しめる
作品になっていると思う。脚本の整合性もないし後に何も残らないけど、とりあえず死ぬほど
笑える場面はいくつかある。また凶悪な殺人犯であるマスクマンが、場合によって表情を変
え、間抜けなところやお茶目なところを見せてくれるというのもちょっと洒落ている。しかも、マ
スクマンはふざけていたり、虚栄心が強かったりどうしようもない馬鹿な若者たちに鉄槌を下
す、ある意味正義の味方だったりするのだ。どう考えても、主人公はマスクマンという怖いけ
ど楽しいキャラクターなのだ。あと、注目すべきは『アメリカン・パイ』にもセクシーな留学生を
演じていたシャノン・エリザベス。今回も、美人で色っぽいけどエッチでさらに性格も高慢ちき
で最悪な女の役を、実に楽しそうに演じている。彼女とマスクマンの対決シーンは死ぬほど
笑える。

以下、ネタバレにつき、ご覧になりたい方はドラッグして下さい→映画ファンの共感を得られ
るシーンとしては、こんなエピソードがある。6人組の一人が映画館でよりによって「恋におち
たシェイクスピア」を観ながら大きな音を立てて食べたり、大声で喋ったり、携帯電話を鳴らし
たりひどい態度をとっている。いつのまにかマスクマンが彼女の隣に座っていてナイフを光ら
せる。それに呼応するかのように、まわりの観客も「こんなヤツは殺せ」と彼女に襲いかかり、
彼女をブチ殺すのだ。この場面を見ながら「もっとやれ!」と共感してしまった自分がいた。
それと、犯人の正体は「ユージュアル・サスペクツ」のオチを借用したものであるというのが、
このようなバカ映画にあってとても意外で驚かされた。「なかなかやるじゃん」って。
←ネタバ
レ終了

この作品、ギャグについても、質より量で勝負している。しかしながら、最後までテンション
を落とさずに突っ走り、徹頭徹尾バカ&下品に徹した潔さは誉められる。もともと青春ホラー
映画というのは旧作のパロディが多いので、それをさらにパロディにしてしまうというアイディ
アの勝利、という企画だろう。さて、あなたはこの映画に登場するパロディの元ネタとなって
いる映画を何本知っているでしょうか?それを考えるということだけでも十分楽しい。