ハピネス Happiness

監督:トッド・ソロンズ
出演:ジェーン・アダムズ、フィリップ・シーモア・ホフマン、ララ・フリン・ボイル、
    ディラン・ベイカー、ベン・ギャザラ、シンシア・スティーブンソン

ニュージャージー州の郊外に住む3人姉妹。三女のジョイは30過ぎで独身、作曲家になる夢を
抱いているがなかなかうまく行かない。結婚して幸せな主婦の長女トリッシュ、女流作家として
成功している美貌の次女ヘレンはジョイのことを心配しているけど実はちょっとバカにしている。
ヘレンの隣人アレンは夜な夜ないたずら電話をかけてはオナニーしているが、偶然ヘレンの元に
もイタ電。そしてトリッシュの夫ビルは精神科医なのだがある欲望を抱いており、ついに抑えられ
なくなって事件を起こす。幸せを求めて止まない登場人物たちを待っているのは、不幸のつるべ
打ちだった…。

「ハピネス」というタイトルがとっても皮肉な、不幸の展覧会のような作品。象徴的なのが、作曲
家を目指しているジョイが歌うその名もズバリ「ハピネス」というフォークソング。いい曲ではある
のだけど、思いっきりダサくて時代遅れな上、「私のハピネスはいったいどこにあるの?」という
歌詞があまりにもイタくて、ジョイのちょっとずれている感覚を象徴している。いい年をして不安定
な生き方をしていて性格はいいのに男運がないジョイを、二人の成功している姉たちは心配し
ているように見えるのだが、実はジョイの不幸な境遇を笑うことによって自分たちの幸せを確認
しているのだった。彼女たちは、人の不幸を見ることで、自分たちの抱えている問題から目を反
らそうとしているのである。

冒頭、お洒落なレストランでデートするジョイと恋人。しかし二人は別れ話をしているのであり、
しかもキレイにさわやかに別れようとするジョイの思惑を裏切って逆ギレする恋人。強烈なイン
パクトを与えるオープニングだ。そしてそこから始まるジョイの受難はたいへんなものだ。転職し
た先では「スト破り」と罵声を浴び、そこで新しく出会った男性からは金を巻き上げられたりジョ
イは悲惨な目にあうのだが、しかしどんな目にあっても彼女はめげない。そして彼女よりも幸せ
に見えた姉たちにもまた、さらに大きな不幸が待っていた。

この映画ではジョイを始め、登場人物たちの心情が実に細かく描かれた作品となっている。不
幸にあっても前向きでちょっとズレているけど爽やかなのはジョイだけ。あとはみんなどす黒く
やり場のない欲望を抱えているのだ。トリッシュは裕福で子供にも恵まれ幸せな主婦なのだけ
ど、ジョイを心配しているふりをしてバカにしているし、中産階級の偽善性を露わにしている。そ
の結果、最も大きな不幸に見舞われてしまう。ヘレンは売れっ子作家でモテモテだけど、言い
寄ってくる男たちは本当に自分のことを愛しているのではなくて、単に有名人だから寄ってくる
だけ、自分には才能もないし空っぽなのではないかと悩んでいる。「レイプ経験もないのにレイ
プの物語を書いているなんて!レイプされた経験を持つべきだったわ」なんて悩んでいる姿は
その勘違いぶりを象徴するものだ。

そして、この3姉妹のまわりの人間模様も強烈。3姉妹の両親は離婚の危機に瀕していて、母
親は家を飛び出そうとするし、父親はセクシーな未亡人との浮気願望がある。さらにものすごい
のがヘレンの隣人アレンと、トリッシュの夫ビル。

アレンを演じるのは、あのフィリップ・シーモア・ホフマン。べとついた髪と銀縁メガネ。いかにも
変態っぽい。しかも、だぶだぶに醜く太った体。彼は電話帳をランダムにめくり電話をし、生ケ
ツをスクリーンに見せつけてハァハァとオナニー。飛び出した精液まで見せつけてしまうという
悪趣味な描写がなされている。美しい隣人のヘレンに憧れていて変態的な妄想を抱いている
けど勇気がなくて声をかけることもできない。フィリップ・シーモア・ホフマンの演技は、相変わ
らず恐ろしいほどリアルで、おぞましく寒気がするほどうまい。

トリッシュの夫ビルを演じているディラン・ベイカーは、どこかあのウィリアム・H・メイシーに似て
いて、妙に青い(だけど澄んでいない)目と神経質そうな表情がたまらない。精神科医として成
功しているのだけど、実は幼い少年に目がない。彼が大まじめな顔で幼児ポルノ雑誌を買い
込み、車のバックシートでオナニーしてしまうところにも驚かされてしまった。彼が息子の友人
である少年をレイプしようと、サンドイッチに薬物を混ぜて一生懸命食べさせようと四苦八苦す
るところなんて、ディラン・ベイカーの演技があまりにも達者なので困ったことになぜか彼に感
情移入してしまうのである。

ほかにも強烈なキャラクターには事欠かない。なぜかあの不気味なアレンに恋している太って
いて孤独な中年女クリスティーナ。彼女のおどおどした表情には思わずいらつかされてしまうの
だが、彼女はとんでもない秘密を抱えているのであった。どういうわけだがアレンとクリスティー
ナがエア・サプライ(!)の曲に合わせてチークダンスするシーンまで用意されているがこれもも
うかゆくてたまらない場面である。それに対して、ジョイが働き始めた難民向けの学校で、彼女
を誘惑してモノにしたあげく金まで巻き上げる怪しいロシア人ヴラッドはとってもノーマルでわか
りやすいキャラクター、それゆえ逆に好感を持ってしまう。

登場人物の大部分はハッキリいって人間のクズである。中でも少年レイプ犯のビルに対しては、
同情の余地などあるはずがない。しかしながら、この映画では、ビルのやり場のない欲望があ
まりにも細かく描かれてしまっているので、思わずシンパシーを感じそうになる。でも、彼の犯罪
が露見したときの、彼と息子とのやりとりには思わず寒気。「パパ、僕のことを犯したいと思った
?」「いいえ」「…」「オナニーで我慢するよ」「…」それでも、彼を100%の悪人だと思えないとこ
ろがあるので、賛否両論を呼んでしまうだろう。

この作品にはオナニーのシーンがいくつか登場するが、それらはみな、登場人物たちのやり場
のない欲望の象徴なのだ。しかも、それらのシーンはこれでもか、とばかり露悪的で精液のネ
バネバまで感じられてしまうほどだ。そう、この映画はとっても悪趣味。オナニーのシーンは多い
し、登場人物が不幸になればなるほど、音楽は明るくハッピーな曲が流れる。それもエア・サプ
ライだったり、デビー・ブーンだったりクサいことこの上ない。でも、この作品は傑作である。

登場人物たちはいろんなことで不幸になる。不幸になりたい人間なんて世の中にいるわけない。
みんな幸せになりたくてもがいている。でも、この映画の登場人物たちはもがけばもがくほど、
不幸になっていく。そんな彼らと、作り手は同じ視点に立っていて、同じ感情を共有しているの
だ。登場人物たちはなるほど不幸である。しかし、彼らの不幸はどこにでも転がっている不幸だ。
(幼児愛好家はそう沢山転がっているわけではないけれども)よって、観客は自分たちの姿を登
場人物に重ね合わせることができるのである。才能の限界を感じたり、いい男にめぐり会うこと
ができなかったり、夫婦間のセックスが途絶えたりするくらいのことは誰にだってあることだけど、
でもそれは当人にとっては深刻な悩みとなる「不幸」なのだ。そんな彼らを、突き放したように見
えて、実は温かく見守っているのがこの作品だ。これだけ不幸が描かれる作品なのに、決して
暗い気持ちにはならず、逆に笑ってしまうシーンばかりというのも、なかなかできない技だと思う。

同様なテーマ(幸せを求めていてもなかなか満たされない人々の群像劇)を扱った作品としては、
製作はこの作品よりも後の『マグノリア』がある。『ハピネス』は神の視点で人々を描いていて、
登場人物を見下ろしている『マグノリア』よりもずっと共感できていい作品だと多う。なによりも、
登場人物たちがかくのごとく不幸のつるべ打ちにあっても、めげないでどっこい前向きに生きて
いるところが素晴らしい。(『マグノリア』のように「ある事件」に頼らなくても、彼らは自分たちの
力で困難を解決しようとしているし、別に救われたいなんて声高に主張していない) 終わり方
にも不思議な爽快感がある。

クレイジー・イングリッシュ Crazy English 瘋狂英語

監督:チアン・ユアン
出演:リー・ヤン

英語教師リー・ヤン先生の英語教育を追いかけたドキュメンタリー。彼の英語教育メソッドは独
特のものである。「クレイジー・イングリッシュ」(瘋狂英語)と名づけられたそれは、大観衆とと
もに英語のフレーズを叫ぶというものだ。彼のレッスンは、一種のパフォーマンスのようである。
時には数万人にも上る観客を前に「英語を勉強して外貨を儲けよう!」「金持ちになろう!」と身
振り手振りを交えてアジテートする。観客は熱狂的な反応で同じフレーズを、まるで宗教の教義
のように大声で繰り返す。リー・ヤン先生は、このメソッドを引っさげて中国中を旅する。万里の長
城で人民解放軍兵士相手に英語を教えたり、紫禁城前の広場や、ウィグル自治区、ディスコな
ど、ありとあらゆる場所へ身一つで出かけて行っては、少年少女、兵士たち、おじさんおばさん
などいろんな人たちに教祖のように崇め奉られている。リー・ヤン先生はまだ30歳という若さなの
に、もうすでに1300万人に対してこのレッスンを施したというカリスマ的な人なのだ。

だだっ広い天安門広場にて、赤い幕がいっぱい掛かり、いかにも中国という感じのビジュアルの
ところで大群衆を前にリー・ヤン先生がレッスンを始める光景。それは英語のレッスンというより、
まるで中国の偉大な指導者が人民に向かって演説しているかのような印象を与える。その風景
だけで、私はものすごいインパクトをうけてしまった。彼は選挙に出たら絶対当選するだろうな。
あまりにも、群衆を前にアジテートする姿が様になっているんだもの。

冒頭、雪の中でリー・ヤン先生が「Let's get crazy!」とテンション高く話し、彼に教えてもらった生
徒たちがカメラの前で一人一人アップになって「I like crazy English! 」と口々に語るところもなか
なかインパクトがある。 「日本人は英語が下手だから、日本人よりも英語がうまくなってマーケッ
トを奪ってしまえ」「英語が出来て金儲けができたら親孝行になる」「英語を通じてお金を儲けれ
ば中国のためにもなる」とリー・ヤン先生がアジテートするところなどもとてもわかりやすい論理で
笑ってしまう。彼のメソッドがこれだけ熱狂的に受け入れられた最大の理由は「英語を勉強してお
金を儲けよう」というシンプルでストレートなメッセージが受け入れられたからだろう。彼の英語教
授法は中国政府のお墨付きまで貰っているのだ。中国という国の人々がいかに拝金主義的な思
想に染まっているかがよくわかる話でもある。それゆえ、この国にはびこる拝金主義的な思想をう
まく利用したリー・ヤン先生の、一枚上手な部分も伝わって来るのだ。

リー・ヤン先生のキャラクターはなかなか魅力的だ。彼はもともとは大変な劣等生だったのだけど、
大学時代に一大決心をして、毎日何時間も英語を一人で暗誦して身につけた。英語が出来るよう
になったことで、自分に自信をつけたのである。そして、英語教師であると共に、ビジネスマンぶり
も発揮し、英語教材を売って儲けている。(といっても、著作権の確立していない中国では、不法コ
ピーが大量に出回っているらしいが)テレビなどの取材を受けるときの自己演出も実にうまい。自
分がいかに劣等生であったかということ、そして独学でここまで英語が上達したことをケレン味たっ
ぷりに語り、そして英語学習の重要性を訴えるのである。このようにしたたかなリー・ヤンの姿を、
一歩引いて醒めた目で淡々と映している映画となっている。

しかし残念ながら、映画そのものはリー・ヤン先生ほど面白くはない。さまざまな場所でのリー・ヤ
ン先生の英語教育パフォーマンスを延延と映すことが中心なので、最初のうちは面白くても、途中
で飽きてしまうのだ。リー・ヤンの日常生活の様子とか、まわりの人間のインタビューとか、違った
切り口で彼を紹介するところを見てみたかった気がする。実際にこのメソッドで英語がべらべらに
なって、英語でお金を沢山儲けた人の姿も見せてくれたら、説得力も増すんだろうけど。

とっても皮肉なのが最後のオチ。これだけ「英語を学習して外国に行き、外貨を稼ごう!」と叫んで
歩いているリー・ヤン先生だが、実はこの映画が作られた時点では一度も外国に行ったことがなか
ったのだ。作品が完成した後、プロモーションのために韓国と日本には行ったそうだが、今でも英
語圏には一度も行ったことがないとのこと。外国に行ったことがなくても、彼のように英語が上手く
なることができるるという事実は示している作品だ。(リー・ヤン先生はとても英語の発音がキレイ
なのだ)

60セカンズ Gone in 60 Seconds

監督:ドミニク・セナ
出演:ニコラス・ケイジ、アンジェリーナ・ジョリー、ロバート・デュバル、クリストファー・エクルトン
    デルロイ・リンド、ジョバンニ・リビージ

名うての車泥棒だったメンフィスは盗みから足を洗い堅気の生活をしていた。しかし兄にあこが
れていた弟のキップはまだ泥棒稼業を続けており、へまをして生命の危機にさらされる。弟を救
うために、メンフィスは昔の仲間を集めた。凄腕のクルマ泥棒たちが、キップを救うための条件で
ある、3日間で50台の高級車を盗み出すというミッションを実行することにする。

あのジェリー・ブラッカイマー製作ということで、これはもう「バカハリウッド映画」だというのがすぐ
わかる映画。見る側も、「見終わったら全部忘れてしまってもいい、見ている間楽しめればいい」
という心構えで観る作品だ。でも、期待していたほどの爽快感が得られなくてちょっと残念。

高級車を60秒で盗み出す鮮やかな手腕、そしてカーアクションの凄さというのがこの作品に求
められているものである。ところが、映画の前半はそういう場面がほとんど出てこなくて、まずは
今回だけの窃盗団のメンバー集め、そして盗む予定の高級車たちの下見というのに費やされる。
そのあたり、ちょっとぐずぐずしていてテンポが悪いのだ。

いざクルマたちを盗み出す段になって、もったいないのが、盗み出すときのテクニックの見せ方
の物足りなさ。もちろん、あんまり詳細に描いてしまうと観客に真似されてしまう恐れがあるの
でそういうわけにもいかないんだろうけど。今のクルマは電子機器が発達してしまっているとい
うのもあって、盗み出すのがいかに困難なものなのかというのが、わかりにくくなってしまってい
る。その上、期待していたカーチェイスもラストの一回だけ。ニコラス・ケイジがほぼノースタント
で挑んだそれはさすがに迫力があり、残り少ない制限時間のスリルもあって魅せてくれるのだ
けど、(あっ!そんな馬鹿な!という見せ場が一カ所あるのでそれは期待して置いてね)そこま
での散々待たされた1時間あまりをどうしてくれよう、と思ってしまった。おまけに幕切れも今ひ
とつ爽快感に欠けるのだ。(カーチェイスで決着が付くわけではないのが、ジャンルムービーと
しては決定的にイカンのだ)

物語としては、泥棒稼業から足を洗って真っ当な生活をしていたメンフィスが、出来の悪い弟の
ために一肌脱いで逮捕される危険性や、弟のボスである狡猾で残忍なカリートリーにやっつけ
られるかもしれないということも厭わずに再び盗みをするという、兄弟愛がポイントとなっている。
確かにキップは本当にどうしようもないボンクラだ。盗みの腕も兄より数段落ちるし、頭も良くな
いくせに、自分の能力を過信している。メンフィスは、母親を嘆かせないために、キップも泥棒稼
業についているということを黙っているのだ。とにかく彼は弟思いのいいヤツだ。いいヤツ過ぎて
面白味に欠けてしまうところがあり、そこがちょっとこの作品をつまらなくさせているのではないか、
妙に大人しくさせてしまっているのではないかと感じられた。

この作品では、どちらかというと胸を熱くさせるのは、兄弟愛よりもメンフィスの仲間たちの同志
愛。中でも、中古車を再生させる自動車工場を営んでいるオットーは、ロバート・デュバルの渋い
演技と相俟って、いい味を出している。過去を捨て、今は妻と幸せな生活を送っている彼は、今
更犯罪に手を染めたくない。しかし古い仲間であるメンフィスを助け、キップの命を救うため、迷
ったあげく彼は今の生活を失う覚悟で昔取った杵柄を取る。しびれるねえ。

そうやって一人一人、今は堅気となった仲間を集めてくるところは同じブラッカイマー作品である
『アルマゲドン』を思わせてちょっとにやり。ただ、一人一人の個性が十分描かれていないのが
ちょっと残念だ。『ロック・ストック・アンド・トゥー・スモーキング・バレルズ』のビッグ・クリスことヴ
ィニー・ジョーンズやウィル・パットンなど個性的な脇役をそろえているのに、だ。そしてメンフィス
のかつての恋人スウェインを演じるのは、今やオスカー女優のアンジェリーナ・ジョリー。私は彼
女が目当てでこの映画を観たようなものなのだけど、期待していたほどの活躍を見ることができ
なかった。ただ、登場場面が少ないわりには、そのちょっとエキセントリックでセクシーな魅力を
垣間見ることができ、楽しませてはもらったけど。「盗みとセックス、どっちがいい?」という、いか
にも彼女らしい質問の後には当然色っぽいシーンを期待するのが人情なのに…。やっぱり彼女
にはもう少し物語の中心に食い込んで欲しかった。

メンフィスが高級車を狙っていることをかぎつけ、捜査に当たる刑事にはデルロイ・リンドー。メン
フィス逮捕に執念は燃やしているけど、クルマそのものが大好きであるというとことがけっこう可
愛い。やはり登場場面が少なくて残念だったのだけど、残忍で狡猾なカリートリーを怪演するの
がクリストファー・エクルトン。アメリカ文化が大嫌いで嫌みたらしくブリティッシュ・アクセントで話
す男。高級車50台の盗難を命じたくせに、クルマには愛情を持っていなくて平気で潰すヤツ。し
かしなぜか木製の家具を偏愛していて、変態っぽいという設定が妙に似合っている。クリストファ
ー・エクルトンはクセがあるけど演技はむっちゃうまいだけに、最初と最後だけしか登場しないの
があまりにももったいない。

そう、実はこの映画は出演者がむっちゃくちゃ豪華なのだ。それなのに生かし切れていない。さ
らに「バカハリウッド映画」に徹することができなくてヘンに大人しくなってしまっていて、期待を
裏切らされてしまった。「ブラッカイマー印」をつけたからには、もっとハチャメチャに暴れないとね。

もちろん、クルマ好きには必見の映画だと思う。古今東西の名車が登場するし、これでもか、と
思うくらいつやつやとして色っぽい。アンジェリーナ・ジョリーはグラマラスなイタリア車のイメージ
がピッタリ。オープニングもクルマのつややかな美しさを強調していてスタイリッシュだ。このスタ
イリッシュさを最後まで持ち続けて欲しかった。

コフィー Coffy

監督:ジャック・ヒル
出演:パム・グリアー

11歳の妹を麻薬中毒にされてしまった看護婦のコフィーは、妹をこのような目に遭わせたギャン
グや売人たちに復讐を誓う。自らジャンキーのふりをしてまずは地元の売人を撃ち殺す。彼女に
は野心的な政治家の恋人がいたが彼は選挙で忙しくてつれない。コフィーは幼なじみで気のい
い警官カーターに麻薬の売人やギャングたちを取り締まってくれと頼む。その矢先、収賄を断っ
たカーターは暴漢に襲われ、再起不能に。ついにコフィーの怒りに火がつき、彼女はたった一人
で麻薬取引の元締めに立ち向かう。

70年代ブラック・ムービーのヒロインでクエンティン・タランティーノのミューズ、『ジャッキー・ブラウ
ン』で復活したパム・グリアーが1973年に主演した作品。低予算でありながら大ヒットし、カルト
ムービーとして知られている。

24歳のパム・グリアーの美しさといったらもう大変なもの。伸びやかな肢体とこぼれ落ちそうな
豊かな胸。完璧なプロポーションを誇り、その上とても可愛らしい顔立ちをしている。この映画の
もう一つのテーマ、黒人であることを誇るというのに沿って、パムは誇らしげなアフロヘアーでキメ
ている。ジャマイカ人の娼婦に扮したときのかつらに白いドレスの時の、とびっきりのゴージャス
さ。ウィッグにはカミソリを仕込んだりするところは流石。冒頭、いきなりショットガンで売人の頭を
打ち抜くシーンは強烈にカッコいい。しかしコフィーは美しく可愛いだけの女ではないのだ。

コフィーは、愛する妹を廃人同様にした麻薬、ドラッグディーラー、ひいては生産者まで激しく憎ん
でいる。心優しい警官カーターが「麻薬に関わっている人間全員を殺すわけには行かないだろう」
と現実的な話をしても、彼女は戦い抜く決心を揺るがさない。そして、ある時には女の武器を使っ
て体を張り、命がけの危険を冒してディーラーやギャングたち、はては腐敗政治家にまで復讐を
するのだ。恋を失ってまでも、彼女には守り抜きたいものがあった。

ここまでタフなヒロインが描かれた映画はそうそうないと思う。他には『グロリア』くらいだろうか。
しかもコフィーはタフなだけではなく、恋もする等身大の可愛い女の子でもある。愛する人を失っ
て泣いたり、弱音を吐いたりする。でも、結局は銃を手に立ち上がるのだ。男たちがバタバタ倒
れて行く横で一人強く生きていく、このヒロイン像の鮮烈さは、たしかに27年後も燦然と輝き続
けるにふさわしいものだ。低予算で明らかにB級である作品。内容的にもセックスとヴァイオレン
スを強調したものだし、脚本上の明らかな矛盾点だってある。しかしそれらの欠点を吹き飛ばす
パワーを持った作品だ。

そしてロイ・エアーズによる音楽の格好良さ。ジャジーかつファンキーで洗練されたサウンドに、
物語の内容を織り込んだ歌詞。今の時代に聴いても色あせない新鮮な音だ。加えて、パム・グ
リアーが着こなすファッションも、黒人の美しさを伝えるものでキュートかつファッショナブル。

無謀にもたった一人でこの映画の国内上映権を買い、2000年に甦らせた中田さんはパムの
ようにカッコ良くてすごい人だなぁ、と思ったのであった。