監督:ケンツェ・ノルブ
出演:ウゲン・トップゲン、ジャムヤン・ロゥドゥ、ネテン・チョックリン、クンザン・ニマ
インドの奥地にある、亡命チベット僧たちの寺院。チベットから、中国の迫害
を逃れるため命がけで脱出してきたバルデンとニマが到着する。寺院長も、
いつの日にかチベットに帰ろうと荷物をまとめているが、帰れる日はなかなか
来ない。寺の少年僧たちはサッカーに夢中で、どうしてもワールドカップのサ
ッカーが見たい!とひと騒動が起きるのであった。
寺院の少年僧たちは、厳しい状況に耐えている姿を微塵も見せず、修行に
励みながらもごく普通の少年のように、のびのびと生きている。彼らはみん
なサッカーに夢中だ。修行の合間にはみんなでコーラの空き缶を蹴って遊
んでいるし、外国のサッカー雑誌の記事を眺めたりしている。主人公の少年
僧ウゲンは、Tシャツにもロナウドと書いてあったりしてサッカー狂。「ロナウ
ドは僕たちと同じ坊主頭だ」とか、「フランスはチベットを支援しているから、
フランスを応援しなくちゃ」なんて、言っていることもいちいち可愛いのだけど、
同時にちょっとホロリとさせられる。
ウゲンたち少年僧がみんなとーってもかわいいっ!くりくり坊主でマルコメ坊
やみたいなウゲンのクルクル変わる表情は見ていて飽きない。彼の親友ロド
ゥを演じたネテン・チョックリンは、実は活仏で非常に徳の高い人だということ
だそうだけど、とてもそうは見えない。彼らは修行の合間もいたずらをしたり、
メモを回したりと普通の子供とあまり変わらない。どうしてもワールドカップが
見たくて、夜中に寺を抜け出して村のテレビ中継所に入り、そこでも試合に
夢中になり、つまみ出され、挙げ句の果てに先生にも見つかって罰として炊
事当番を1ヶ月やるハメになる。そんなイタズラ坊主たちの生き生きとした感
じがとても魅力的。修行中の身でも青春を謳歌しているのだ。だけど、彼らは
こう見えても亡命中の身なのである。実は胸の奥底では、見知らぬ祖国のこ
とを思うのであった。
そうこうしているうちに、決勝戦が迫ってきた。どうしても決勝戦だけは観たい!
でも外出も禁じられているし、村のテレビ中継所にも出入り禁止となってしまっ
た。ダメもとで、院長先生に頼んでみよう!先生は、「カップを奪い合う競技」と
いうのが一体なんなのか理解できなかったみたいだけど、ロドゥの必死な姿に
根負けして、テレビを調達できるのならワールドカップの中継を見てもいいとい
う。しかし、少年僧たちのわずかなお金をかき集めても、テレビを借りるための
お金は集まらない。そうだ!チベットから脱出してきたバルデンの甥ニマが立
派な懐中時計を持ち歩いていたではないか。
というわけで、ニマがチベットに残った母親から譲り受けた大切な時計をかた
に、テレビを借りる頃に成功したウゲン。でも。明日までに残りのお金を払わ
ないと大事な時計は売り飛ばされてしまう。テレビを借りることに夢中で、残り
のお金を何とかすることなんて、ウゲンの眼中にない。テレビやアンテナの取
り付けは成功し、いよいよ試合が始まる。ニマとバルデンは特等席での観戦
となったけれども、ニマは今にも泣き出しそうな顔をしている。そしてウゲンは、
あんなに見たかったワールドカップの決勝戦だったけど、観戦を放り出してニ
マの時計を取り返すために金策に走るのだった。自分の大事にしていた宝物
のサッカーシューズまで売ろうとしちゃうのである。そんな一生懸命なウゲンの
姿を見て、先生が残りのお金を出してくれたのであった。
この映画の内容の大部分は、実際にあったことを描いているということだが、
実際、とても自然でわざとらしさのかけらもなく、素直に楽しいと思える作品に
仕上がっている。チベットに対する中国の迫害を描いた映画というのは幾多
存在するが、政治的なプロパガンダ性を感じさせて、ちょっときな臭い部分が
鼻についたりする作品が多かった。しかし、この映画にはそういうものは微塵
も感じられないところに好感が持てる。監督はチベット仏教の高僧だし、出演
者たちもみんな素人の修行僧たちなので、彼らの素直な気持ちが現れている。
だ。とにかくワールドカップが見たい!という少年僧たちのストレートな気持ち
に、今の政治状況が投げかける翳りと故郷へ想いが現れていて、楽しみなが
らもほろ苦くせつない気分にもさせられる。
また、監督が高僧だということがあって、ちゃんと仏教のありがたい教えも含ま
れているところが深い。とにかくワールドカップを見たい一心で、ニマの気持も
思いやらないで突っ走ってしまったロドゥが、自分の欲を捨ててニマの気持ち
を推し量り、今度は自分の大事なものを捨てようとしたこと。それが、すべてを
丸く収めるいい結末を招いた。それは仏教の教えに基づいた行為なのだ。
やっと借りることができたアンテナを総出で一生懸命取り付け、ようやく電波を
受信できたときの少年僧たちのキラキラ光る表情。停電したとき、影絵を作って
楽しんでしまう彼らの心のゆとり。とても豊かな気持ちにさせられる。ウゲンの
夢、いつかチベットのナショナルチームができてワールドカップに参加できる日
が来ることが実現できればいいなあ、と心から思った。
監督:テイラー・ハックフォード
出演:ラッセル・クロウ、メグ・ライアン、デビッド・モース、パメラ・リード、デビッド・カルーソー
南米某国にて、アメリカ人ダム技術者ピーターが誘拐された。反政府ゲリラによ
る犯行である。早速人質交渉人のテリーがピーターの会社に依頼されて現地に
やってくる。ところが経営危機に陥ったピーターの勤務先は誘拐保険を解約して
いて、テリーも手を引かざるを得なくなる。ピーターの妻アリスと姉は途方に暮れ
るばかり。現地の怪しげな交渉人を雇おうとするが、さらに事態は混乱する。そこ
へ、テリーが舞い戻りピーターを解放すべく交渉に臨むのだが…。
映画の宣伝文句としては、「命を賭けて彼女を守ること、ただし、決して恋に落ち
ないこと」とあるが、ロマンティックな気分は全く表現されない作品となった。撮影
中の主演二人、ラッセル・クロウとメグ・ライアンの恋というのが現実にあったのだ
が、二人のラブシーンはカットされてしまったのである。ラブシーンがなくても、二
人の間の気持ちが盛り上がっているところが表現されていればまた違っていた
のだと思うけど、恋愛のケミストリーは最後まで感じられなかった。
二人の恋を描かないほうが良いと作り手が判断したのはよくわかる。誘拐された
アリスの夫ピーターの描写が非常に多いのだ。反政府ゲリラに誘拐され、縛られ
たまま山岳地帯を連れ回される。四六時中監視はついているし、髪やひげも伸び
放題。彼の足は傷だらけだし、見るも哀れな状態だ。しかも経営難に陥った会社
からは見捨てられてしまったわけだから、これ以上悲惨なことはない。旦那がこ
んな惨めな思いをしているというのに、その間妻が別の男といい思いをしていた
ら観客に反発されるだろう、という計算が作り手には働いたに違いない。でも、観
客はみんな、今話題のラッセル・クロウとメグ・ライアンのラブシーンが見たいの
だから、それがカットされたどころか片鱗も感じさせないつくりに大いに失望する
であろう。
わずかでもロマンスの要素を感じさせるのは、犯人側と交渉しつづけるテリーに
アリスが寄り添う場面、それから交渉人仲間のデビッド・カルーソーに、テリーが
自分の感情を抑えるのは大変だと告白するところくらいだ。だから、ラストの救出
作戦にテリーが出かけるときのキスがいささか唐突で、まるでキツネにつままれ
たような気分になってしまう。夫が大変な目に遭っている間なのに、テリーに恋し
てしまって、それは禁断の恋なのよ、こんなに苦しいのよ、というアリスの葛藤が
少しでも描かれていればだいぶ違ったんだろうけど。アリスはここでは、ただヒス
テリックに夫を助けて、と泣き喚くだけの、役に立たない愚かな女としか描かれ
ていない。
保険会社からびた一文も報酬が出ないにもかかわらず、テリーがわざわざ南米
の怪しげな国にノコノコ舞い戻り、交渉人として働くのはなぜか。可哀想なアリス
やピーターに同情したというだけでは、説明できない。のクライマックスでは、彼
は交渉人仲間とチームを組んで危険な銃撃戦まで行うのだ。会社の方針に反し
ているばかりでなく、金銭的な見返りもないのだから、そこには愛がなければそ
んなことは決してしないだろう。だけどその愛があまりにも希薄にしか感じられな
いのだ。
冒頭の無彩色で描かれるチェチェンでの救出作戦や、ラストのピーター奪還作戦
はなかなかハードボイルドな感じで迫力満点。いろんな角度から映された立体的
な表現は、位置関係をつかみやすく、とっても楽しめる。交渉人という人はこうや
って犯人側と接触して身代金を値切ったり、奪還作戦を立てるんだ、ということも
わかるし、人質となったピーターの妻を思う気持ちもきちんと描かれている。ラッセ
ル・クロウは相変わらず男汁出しまくりで渋いしセクシーだ。ラストで見せる切ない
表情も素敵。でも、メグ・ライアンはこういう耐える人妻役というのがそもそも似合
わないし、この映画ではその魅力が全く発揮されていない。せめて二人の気持ち
の高ぶりが出ていれば、ラブシーンはなくても、もう少し魅力的な作品になったん
だけどね。あと、白人が全員いい人で、現地人がみんな悪い人という描かれ方や、
アリスの「こんな衛生状態の悪い発展途上国ばかりまわる生活はイヤ!」なんて
せりふに象徴される差別主義的なところも気になった。