監督:カリン・クサマ
出演:ミシェル・ロドリゲス、サンティアゴ・ダグラス、ジェイミー・ティエリ、ポール・カルデロン
ブルックリンに住む17歳のヒスパニック系の少女、ダイアナ。粗暴な父親と弟と暮らす
彼女は、つまらない毎日を送っていた。学校に行けば、男の子のことばかり考えチャラ
チャラしている女の子ばかり。親友の彼を奪った同級生を殴ったことで、ダイアナは先
生から厳重注意を受ける。そんなとき、弟が通うボクシングジムの月謝を払いに行った
とき、彼女はボクシングに惹かれたのだった。コーチのへクターに無理に頼み込み、父
親には内緒でジムに入会したダイアナは、やがてボクシングに夢中になり、冷ややか
だった弟にも一目置かれるようになる。やがてジムのスターであるエイドリアンと恋に落
ちるダイアナ。しかし、初めて女性ボクサーも参加するボクシングのリーグ戦に出場し、
勝ち進んでいったダイアナは、あろうことか、恋人エイドリアンと対決することになった。
フラメンコのリズムとともに、ロッカーにもたれて立っている、目を伏せた若い女の子。そ
の彼女が目を開けると、それは上目遣いというよりは三白眼と言ったほうがいい、鋭くて
不敵な視線となっているのが強烈なオープニング。この映画の挑戦的な姿勢を感じさせ
てカッコいい。何よりも、ヒロインを演じるミシェル・ロドリゲスの面構えがとにかくいい。
現状に不満を抱いているけれどもどうしていいのかわからない、若さの持つ不安定さと、
世の中を敵に回したそうな暗い情念を感じさせる。
社会の底辺近くで、若いのにもう人生をあきらめたかのような娘。だが、彼女はボクシン
グに出会うことでどんどん変わっていく。日本でも今は若い女性にボクササイズがはやっ
ているのだが、ここでダイアナがトレーニングしているのは、男性と全く同等の、本格的な
ものだ。コーチにしても、彼女の根性に負け、女の子相手に教えているという意識を取っ
払って厳しく教えるし、彼女も過酷な訓練に耐える。ヘッドギアをしているとはいえ、男性
からも容赦なく打たれ、顔に青あざを作るのである。最初のうちは、ありあまる不満をぶつ
けるかのように力を入れすぎて両腕を振り回していただけの彼女が、リズミカルにパンチ
を繰り出せるようになる。パンチの音が、フラメンコの手拍子と重なるように小気味良く響
き、ダイアナには気高さすら漂わせ、輝いてくるのだ。強くなるにつれて、彼女は自分自
身を誇れるような人間に成長していく。戦う女の美しいことよ!
そして、ハンサムな有望ボクサー、エイドリアンとの恋。いつも不満げに口をへの字にして
にらみつけるような視線の彼女が、彼といるときには可愛い表情を見せてくれる。暴力的
な父親に、夜遅くまで何ほっつき歩いているんだ、とか男なんかと遊ぶんじゃない、と言わ
れても、ボクシングと恋人いう心のよりどころを手に入れた彼女はもうへっちゃらだ。抑圧的
な父親をぶちのめすことができるほど強くなり、ダイアナはすっかり自分に自信をつけてきた。
ところが、ボクシングのトーナメント戦の決勝で、愛するエイドリアンと対決することになって
しまう。エイドリアンは、これまで付き合ってきたような女の子っぽい子たちとは違って熱い
ダイアナのことを愛しているわけだが、それでも旧来のマッチョ志向を捨てきれない。これま
でボクシングではナンバーワンだった俺が、なんでよりによって女の子と対決しなければな
らないのか。俺の輝かしい経歴に傷がついてしまうじゃないか、と思ってしまうのだ。もちろ
んダイアナに負けたら恥ずかしいし、たとえ彼女に勝ったとしても、女の子相手に勝ったとい
うことで軽く見られかねない。ダイアナのボクシングは所詮女の子の暇つぶしだけど、俺は
貧困から這い上がり、一流のボクサーになるためにボクシングをやっているんだ。そんな風
に思っていた彼に、ダイアナは言い放つ。「あんたも、他の男と一緒なのね」と。エイドリアン
のことは好き。だけど、私に自分を誇れるような人間にしてくれたボクシングは、もっとかけ
がえのないものなのよ、とダイアナは泣きそうになりながらも、絶対に試合に勝とうと決心す
る。
ダイアナとエイドリアンはリング上でプライドをかけて戦う。それは、お互い手加減なしのガチ
ンコ勝負。エイドリアンもやっと彼女の気持ちを理解してくれたのだ。勝負の分かれ目は、技
術や体力よりも、どれだけ気迫に満ち溢れているかだ。試合を制した彼女は、ジムの控え室
で優しくエイドリアンを抱きしめる。暗い控え室の窓を開けると、明るい光が差し込んでくる。
一番大切なモノは何かを見極めて、それを選んだ結果、彼女は恋愛にも勝つことができた!
これからの二人の未来を感じさせ、穏やかさと希望に満ちたエンディングだ。敗者のつらさも
理解できた彼女は、きっと、もっともっと強くて素敵な女になるんだろう。
女の子が主人公の映画の場合、たいてい、恋と仕事や夢を選ばせた場合、たいていは恋
愛のほうを選ばせる結末に終わっていることが多い。だけど、この映画は違う。自分の夢を
理解しない男なんていらない。だけど、がんばっている自分の姿を通して、自分の夢を愛す
る人にわかってもらえたらこんなに素敵なことはない。決して媚びず強く優しく生きるダイア
ナには、気高さと共感を感じるのである。こんなヒロインが活躍する映画がもっと観たい。
監督:ジョン・ウォーターズ
出演:スティーブン・ドーフ、メラニ−・グリフィス、アリシア・ウィット
ハリウッドのスター女優、ハニー・ホイートロックは主演作のチャリティ上映会のためにボル
ティモアを訪れ舞台挨拶をする。壇上に上がり挨拶しようとしたとき、彼女は「セシル・B・デ
ィメンティッド」と名乗る男とその一団によって誘拐されてしまう。セシルを中心にしたこの集
団、〈スプロケット・ホールズ〉は、世界中の映画界に蔓延する拝金主義、良識主義の“腐
った映画”を打倒すべく、「予算ゼロ」「究極のリアリティ」をスローガンに真の映画『狂える
美女』を撮ることを企てていた。ハニーが、この映画の主演女優として白羽の矢を当てられ
たというわけである。奇妙なメイクをさせられ、嫌々ながら撮影に参加していたハニ−だが、
やがて彼女も女優魂に目覚め、「映画的不正者に死を!」と叫ぶのであった。
冒頭、いろんな映画館の看板が登場するのだが、それらの看板では「スターウォーズ」「スタ
ートレック」、それからシリーズもの作品ばっかりだったりとかなり冗談キツイ。特にウケてし
まったのが『天井桟敷の人々 英語吹き替え版』アメリカ人は字幕を読むのが嫌いで、吹き
替えじゃないと外国語映画を観ないというのを皮肉っているわけだ。
女優ハニーを誘拐した一団は、それぞれ映画監督の名前を刺青している。ファスビンダ−、
サム・ペキンパ、アルモドヴァル、ウォーホール、ケネス・アンガー、サミュエル・フラー、スパ
イク・リー、デヴィッド・リンチ、ウィリアム・キャッスルといった面々の名前だ。そして彼らは、
『パッチ・アダムズ完全版』の上映をしているシネコンや、『フォレスト・ガンプ』の続編を撮影
中のスタジオを襲撃しては、その模様をキャメラに収めるのであった。ここで気になるのが、
「映画マニア」を称するのはいいんだけど、その対象があまりにもベタだということ。ここに挙
げられた監督たちは、たしかに熱狂的なファンの多いカルト監督ではあるけれども、知名度
はかなり高くて、わかりやすい人選だ。そして目の敵とする作品が『パッチ・アダムズ』や『フ
ォレスト・ガンプ』というのもあまりにもベタベタかもしれない。どうせならもっとひねっても良か
ったのに、このチョイスはまっとうすぎて面白くない。
そんな〈スプロケット・ホールズ〉の面々が追われて逃げ込むのが、カンフー映画を上映して
いる映画館だというのは面白かった。よく、ブルース・リーの映画を観た後の人は、思わず自
分も肩で風を切り、カンフーの真似事をしながら出て行くというが、まさにそのとおりの場面が
展開し、観客たちはカンフーで敵を蹴散らすのである!むさくるしい男どもが大真面目にそれ
をやっているのは、すっごくおかしかった。ポルノ映画館でマスをかいている男どもも、彼らの
味方なのであった。
この映画の見所は、なんといってもぶち切れたメラニ−・グリフィスの演技。この役柄は、まん
ま彼女のセルフ・パロディである。甘い声で金髪、超わがままな、いかにもハリウッド的な女
優というのは、みながメラニー・グリフィスに抱いているイメージだ。しかも、演技については、
批評家からぼろくそに言われているというのも。(実際にはメラニ−はかなり演技派なのだけ
ど)そんな典型的ハリウッド女優であるメラニ−・グリフィスが、魔女メイクで「ハリウッド映画に
死を!」なんて銃を片手に叫ぶのだからすごい根性だ。最後は、女優根性を示すために金髪
に火をつけられるのである!燃える金髪は、そのままハリウッド映画が燃やされるというイメ
ージに重なるのだった。この役を演じられるのは、メラニ−しかありえないだろう。
誘拐された被害者が誘拐犯にシンパシーを感じ、彼らの手先となるのは、有名な新聞王の娘
パトリシア・ハ−ストの事件とぃう実例がある。そして、当のパトリシアが、メンバーの一人の
母親役でこの映画に出演しているというのが、うまいというかなんというか。
そして、続編企画やお涙頂戴作品ばかりになってしまっているハリウッドの現状に喝を入れ、
正しい「真の映画」を作るというのが、セシルBを始め〈スプロケット・ホールズ〉の目的なわけ
だ。が、メンバーの一人、ポルノ女優のアリシア・ウィットに撮影完了まで禁欲を強いたり(セ
ックスのエネルギーを映画に向けさせるための禁欲だ)なんだか貧乏臭いぼろシネコンを襲っ
たりする彼らの姿は、「あいたたたた…」という感じでかなりバカみたいだ。あたりまえだけど、
ハリウッドのメーンストリームの大作や続編作品にだって傑作はあるわけだし。監督の名前を
刺青にして彫るという行為というのも、一般の人間からすれば、相当イタイ行ないである。ここ
で、監督ジョン・ウォーターズは、こういうマニアの人たちまでも揶揄しているという構造が見え
てくる。
やりたいことはよくわかるんだけど、それがちょっと空回りしている感があるのがちょっと残念。
ジョン・ウォーターズという監督には、観客は悪趣味なことを期待しているわけだ。が、今回は
映画というものがテーマとあって、自分の非常に身近なことを扱っているせいか、遠慮がある
のだろうか。正義の味方ぶっているセシルBや〈スプロケット・ホールズ〉の位置付けが、揶揄
と英雄視の両方の要素があるということで、中途半端になってしまっているので、はじけない
のだろう。料理の仕方次第では、もっともっと面白くなっただろうに、惜しい。チャリティ上映会
に登場する、凶暴な障害者の少年というネタはすご〜く笑えたんだけどね。