リムジン ドライブ

監督:山本政志
出演:仲 祐賀子、T.M.スティーヴンス、鬼丸、サンキ・リー、津田寛治

リムジンの運転手マリークは、日本から来たガングロ・ギャルのエリを乗せることに
なる。エリは、NYに住んでいるボーイフレンドを追ってやってきたのだったが、彼は
さっそく現地で女を作ったのだった。リムジンの中で納豆などを原料に特製カクテル
を作ったエリは、日本料理店でボーフレンドにそれをぶちまけてリベンジ完了、のは
ずだった。が、その間にマリークの売上金が盗まれる。犯人の仲間を捕らえたもの
の、今度はリムジンが盗まれた…。そして無敵のギャル、エリはマリークの家に居
候を決めこみ、マリークは仕方なくパキスタン人チンピラ、アクラムの手下となるが。


無敵のギャル、仲祐賀子の存在感が強烈の一言。英語もろくに話せないのに、マ
イペースですべて押し切ってしまう。借り切ったリムジンの後部座席で納豆など日
本食を原料に、超臭い特製カクテルを製造しだされたら、マリークじゃなくてもたまら
ないだろう。最初、彼女は彼にとっては疫病神だった。エリは英語で色々話されて
も「わかんねーよ、日本語で喋れよ」と開き直る。マリークの部屋に居候したら、部
屋をたちまちファンシーなキャラクターグッズで埋め尽くし、奥ゆかしさのかけらもな
い。英語と日本語をチャンポンで話すのだが、不思議とマリークと通じ合うようにな
るから面白い。英語で話すマリークとカタカナ英語日本語混じりのエリの、通じてい
るんだかいないんだかわからない絶妙の雰囲気が最高に可笑しい。外国に行って
も、すべて自分流で押し通してしまう強引さ。新しく作った商社マンのボーイフレンド
が浮気をしていることに気づいたら、ちゃっかり目をつけておいた男を下に待たせて
振ったりするしたたかさ。真っ黒に焼いた肌、金髪、白いアイシャドウ、真冬でもミニ
スカートの山姥ファッションで、最初のうちは「なんだコノ女」という感じなのだ。が、や
がてマリークと友情を築いていき、見知らぬ土地でたくましく生き抜いていく姿を見て
いるうちに、観る側も彼女のことが愛しくなっていく。

彼女と対極の存在なのが、エリと付き合うことになるナオ。バーの店員が、エリの口
利きでいつしか、肩で風を切って歩くギャングになる。肝は据わっているし、腕っ節も
強い。だけど、強くなれば強くなるほど、彼はエリと遠い存在となり、狂気を帯びてく
る。世話になったはずのマリークやアクラムを裏切るようなまねをする。エリに対して
は独占欲を発揮し、部屋に監禁する。エリにとっては同じ日本人であり、恋人だった
のに、もはやまったく分かり合えない存在となってしまったのだ。日本では手にする
ことのできなかった銃を手にしたナオは、すっかり自分がいっぱしのワルになったと
勘違いして、暴走しだすのである。

さて、もう一人の主人公はマリークである。彼は、この人種の坩堝ニューヨークで生き
抜いていくには少々人が良すぎる人物だ。才能のあるファンクベースプレイヤーだった
彼だが、今はリムジンの運転手。甲斐性がないので妻に捨てられ、たまに娘のセラと
会うことだけが楽しみ。エリを居候させてあげたり、ナオに仕事を世話したりと非常に
親切な彼が、エリにいつしかパワーを分けてもらい、プライドを取り戻していく。マリー
クを演じるT.M.スティーヴンスは実際に有名なファンクベーシストということもあり、演
奏シーンはいつもの冴えなさとは打って変わって超・カッコよくてノリノリだ。

そして、この映画は実に色んな人種の人間が登場するのだ!エリとナオは日本人。
リムジンを盗まれてしまったマリークを雇うのは、怪しげな商売に手を染めているパキ
スタン人のアクラム。アクラムが上納金を納めているチャイニーズ・マフィアのボス、ツ
ィ・イーは元ベトナムからのボートピープルだ。文化の違いなんて生易しいものではな
い。わけのわからないカオス的な世界なのだ。それでも、同じ人種のエリとナオがわ
かり合えず、黒人のマリークと日本人ギャルのエリは言葉だって満足に通じているか
どうかわからないのに、すっかりソウルメイトとなっている。恐るべし、日本人アホアホ
コギャルパワーだ!身の程知らず、怖いもの知らず、いい加減だけど筋が通っていな
い物は大嫌いなエリは、すべての壁をぶっ壊し、人種を超えて無敵の存在としてそそ
り立つ。う〜んなんて痛快なんだろう。最高に楽しくてポジティブな映画だ。こういう楽
しくて、国境もぶっ飛ばしてくれる映画がもっと日本で作られて欲しい。

こころの湯 Shower

監督:張揚(チャン・ヤン)
出演:朱旭(チュウ・シュイ)、プー・ツンシン、ジャン・ウー

北京の下町で銭湯「清水池」を営む父親のもとに、都会で働く長男ターミンが帰ってき
た。知的障害のある次男アミンが寄越した手紙に描かれていた、父親が横たわって
いる絵を見て、父親が倒れたのではないかと思ったのである。父親は幸い元気だった
が、アミンが行方不明になったり、父親が風邪を引いたりで、ターミンは滞在を延ばし
て銭湯を手伝う。これまで家業をあまり肯定的に見ていなかった彼が、初めて、銭湯
を愛する父とアミンの気持ちを理解するのだった。しかし、そんなときに、この銭湯が
地域の再開発のために取り壊されることになってしまう。

北京にも、日本のと似ている銭湯が存在していると初めて知った。「清水池」は近所
に住む人々の社交の場と化しているのであった。お風呂に入るだけでなく、マッサー
ジや散髪もしてもらえる。そして、コオロギを戦わせて遊んだり、将棋を打ったりする
地域の人々たちの和やかさは、古きよき時代を思わせる。まるで昔の日本映画のよ
うな、人情味あふれるこまやかな描写なのだ。そして、近代化が進むに連れて、この
ような場が失われるという話だけだったら、よくあるテーマであるが。

この映画の新しいところは、一つには長男ターミンを現代人の代表として登場させて
いること。南の方の都会に住む彼は、普段はお風呂にも入らず、シャワーで済ませて
いる。冒頭に登場する自動シャワーマシンは、そのような合理的な考え方の象徴で
ある。彼は家業があまり好きではなく、そして知的障害者である弟アミンのことを恥じ
ていて、妻にもアミンの存在のことを知らせていないくらいだった。だから、彼が久しぶ
りに実家に戻ってきたとき、無邪気なアミンは親しげに駆け寄ってくるが、父親と彼の
間にはどこかしっくり来ないものを感じさせたのだ。

そして、もうひとつはアミンの存在。アミンは知恵遅れだが、銭湯では実に生き生きと
楽しそうに働いている。障害者ではあるが、まったくお荷物になっていないばかりか、
銭湯の常連たちにも愛され、しっかりと働いていて障害を感じさせないほどだ。父親と
アミンの関係も素敵だ。二人はよくかけっこをしたり、銭湯に潜って我慢比べをする。父
親がズルをして勝ったりするのも微笑ましい。こんな風に非常に仲良しである親子を見
て、ターミンはうらやましかったに違いない。ここで初めて、親子の間の失った年月の
かけがえのなさに気が付き、それを取り戻すべく銭湯で働き、父親の気持ちが理解で
きるようになるターミンだった。アミンこそが、父親とターミンとの間を繋いでくれる接着
剤の役割を果たしてくれるのであり、そしてターミンは弟を恥じるのをやめるのである。

父親役の朱旭の演技が実に味わい深い。皺の一本一本が素敵なのだ。今は銭湯が
あるから、アミンも毎日楽しく働き、人の役に立っている。だけど、いつしか都会化が
進み銭湯は取り壊される。それに、自分ももう年だから、いつ死んでもおかしくない。
とにかくアミンのことは心配だ。ターミンは都会でサラリーマンをやっているから、別に
銭湯がなくなったって困らないけど、アミンはどうなってしまうのだろう、その心配があ
る間は死んでも死にきれない、とあの表情で言われたらターミンはもうたまらない。父
親が語って聞かせる、中国内陸部の水のない地方の挿話もやや唐突な感じはするも
のの、人はなぜお風呂に入るのか、水と言うのはいかにありがたいものなのかを教え
てくれるとともに、エキゾチックな味わいを加えてくれる。

あと、銭湯でいつもバカの一つ覚えのように大声で「オーソレミーオ」を歌って聞かせ
るくせにのど自慢では緊張のあまり全く歌えない男と、アミンのエピソードがとっても
楽しい。失われていく人情に対する惜別の念と、人の温かい気持ちがじんわりと伝わ
ってくる、丁寧に作られたいい話である。