トラフィック Traffic

監督:スティーブン・ソダ−バーグ
出演:ベニシオ・デル・トロ、マイケル・ダグラス、キャサリン・ゼダ・ジョーンズ、ドン・チードル
    デニス・クエイド、ルイス・ガスマン、ベンジャミン・プラッド、ヘレナ・クリステンセン

メキシコの国境警備に従事する警察官ハビエル・ロドリゲスは、犯罪取締官サラサール将軍
に、殺し屋フロレスを逮捕するように言われる。ハビエルが捕らえたフロレスは、麻薬カルテ
ルのリーダーオブレゴンの居場所を吐き、サラサール将軍はカルテルの幹部たちを逮捕。し
かし、この逮捕劇には裏があった…。

一方、オハイオ州在住のウェイクフィールド最高裁判事は、大統領令により麻薬取締連邦最
高責任者に任命される。が、優等生であったはずの高校生の娘キャロラインは仲間たちとド
ラッグに昂じて拘束されてしまう。娘に不信感を持つ親と子の断絶が明らかになり、キャロラ
インはさらに麻薬におぼれていくのだった。それでも娘とコミュニケーションも取らず、麻薬対
策の仕事に邁進するウェイクフィールドであったが…。

サンディエゴ。麻薬取締局のおとり捜査官モンテルとカストロは密売人であるエドゥアルド・
ルイスを逮捕し、麻薬王であるカルロス・アヤラに不利な証言を引き出す。アヤラは逮捕され
るが、彼の身重の妻ヘレーナは、彼が麻薬の商売をしていることを知らなかった。ヘレーナに
は常にモンテルとカストロの監視がつき、彼女の幼い息子はオブレゴン・カルテルのメンバー
に誘拐されそうになる。自分と息子の身を守り、元通りのリッチな生活を送るために決意した
ヘレーナは、夫より連絡先を聞き出した殺し屋フロレスにコンタクトを取り、ルイスの殺害を図
る。とともに、単身メキシコに乗り込み、夫のビジネスを引き継ぐべくオブレゴンに面会する…。



麻薬戦争をめぐり、三つの物語が同時進行する。メキシコ編は粒子の粗い黄色い映像、オハ
イオ編はクールなブルーがかった映像、そしてサンディエゴ編は明るくナチュラルな色合いに
分けたことで、登場人物が非常に多いこの映画の構造が、わかりやすくなっている。そしてバ
ラバラに見えた3つの物語がひとつに収斂していく手法の見事さには、唸らされる。

ここで描かれている麻薬の問題には、「戦争」という言葉がぴったりだ。対岸の火事だと思っ
ていたのに、気が付いたときには、麻薬はすぐそばにある。麻薬の取締責任者の娘が麻薬
中毒になってしまっているくらいなのだ。上流階級の、成績はいいけど頭はカラッポのティー
ンエイジャーが空虚な言葉たちとともに、ドラッグを消費し、気が付くと、麻薬欲しさに売春ま
でするようになっている。裕福で幸せな妻は、街の名士であるはずの夫が麻薬商人であるこ
とを知らなかった。しかし、その生活のレベルを維持するために、いつしか彼女自身が麻薬の
商売に手を染めて人殺しまで依頼するようになるのだ。かくもごとく人を狂わせるのが、麻薬
の恐ろしさなのである。

3つのエピソードには、3人の麻薬と戦う男が登場する。彼らは、仲間を失ったり、大事な娘が
危険にさらされたり大いなる危機を迎える。が、それだけ身を挺して戦った結果得られたもの
はいったい何だったのか、それは驚くほど些少である。せいぜい、ハビエルの夢である、メキ
シコの少年たちが野球をプレイできるささやかなナイター施設ができたことくらいである。
言ってみれば、カタルシスのない映画なのだ。だけど、それは、「麻薬戦争はいまだ終わって
いない。この戦いは今でもずっと続いているのだ」というソダーバーグの主張がこの作品にこ
められているからなのである。

しかしながら、娯楽性も鮮やかな幕切れもないこの映画には、圧倒的な迫力があって、よくで
きたドキュメンタリーを観ているがごとくの面白さがある。ひとつは、ソダーバーグが自らキャメ
ラを廻したという生々しい、ホームヴィデオで撮影したかのような粗い映像の持つ力。検問が
行われるメキシコ国境の砂漠と同じ色をした、メキシコ編の映像には特にぐいぐいと引っ張ら
れるようなパワーがある。その砂色の映像に、ハビエル役のベニチオ・デル・トロは映えてい
るし、何よりも、メキシコ編はほとんどがスペイン語で語られているのがリアルだ。『ショコラ』
や『スターリングラード』のように英語で語られたらおかしいような作品に無神経にも全編英語
が使われていることに腹が立っていたから、それらの作品のようにアマアマではないんだ、
という主張が感じられて好ましい。また、ベニチオのスペイン語ってとてもセクシーな耳触りで、
殺し屋のフロレス(=ゲイ)じゃなくてもクラっといきそう。

演技の巧拙はさておき、キャラクター的に非常に興味深かったのが、カルロスの妻ヘレーナ
だ。夫が逮捕されるまでは世間知らずの身重のコマダム。それが、大きなお腹をゆさゆさ揺
らして、弁護士に「あなたしか頼れる人はいないの」と色目を使って泣きつき、元のリッチで
後ろ指を指されない生活を取り戻すために、車でメキシコ入りしカルテルの総帥に面会して
商談までしちゃうのだ。キャサリン・ゼタ・ジョーンズの演技はそれほどうまいとは思わないけ
ど、でっかい腹やぶっとい二の腕、むくんだ顔、妊婦なのに派手なファッションには有無を言
わせないしたたかさと生命力を感じてしまう。このような人間の生きていこうとする欲望が、
麻薬の勢力に勢いを持たせるのである。

あとは、ウェイクフィールド判事の娘キャロリンのエピソードが印象的。彼女は、アメリカのティ
ーンエイジャーにありがちな、子豚のように太り気味のおへちゃな顔立ちで、しかもいかにも
優等生なんだけど小生意気な娘という感じなのだ。彼女が初めてクラックをボーイフレンドに
吸わされるときに、すーっとにじみ出る快感の涙には、ぞっとさせるものがあった。そんな彼
女が、黒人の売人相手に、麻薬欲しさにあんなことやこんなことをしちゃうのだから、生々し
いのだ。
彼女に麻薬を教えた同級生の男がまた、頭でっかちで屁理屈で理論武装した憎らしいガキ
で、こんなやつは麻薬中毒で死んでしまえ、と思ってしまうほどなのだが、これらのキャラクタ
ーにも妙に説得力があるのも、ソダーバーグの演出力が冴えているからだろう。ウェイクフィー
ルドが記者会見の時に、娘のことを思って思わず言葉を詰まらせるところにも息を呑まされた
が、マイケル・ダグラスの演技は、ベニチオ・デル・トロの渋みと安定感に比べるとややインパ
クトに欠ける。

ハビエルが、ウェイクフィールドが、そしてモンテルが戦い収めたささやかな勝利は、本当に
ささやかなものである。それは、広い海の水をバケツで掬っている程度のことなのだ。終盤、
メキシコ国境に登場する大量のトラックがまるで戦争映画に登場する戦車のように押し寄せ
てくるのが、非常に象徴的だ。ひとつの組織をつぶしても、また別の組織が麻薬を積んでや
ってくる。しかしながら、彼らが必死になって繰り広げる戦いは、尊いものである。戦い抜かな
ければ自分がつぶされる。多くの犠牲を払っても得られるものは少ないし、勝ち目はほとんど
ない。それでも、戦うしかないのだ。それが、現実なのだ。そして、フィクションという手法を使
いながらも、この現実を生々しく映し出し、戦う人々の魂にまで踏み込んだ映画を作ったソダ
ーバーグは確かに凄い。

ベティ・サイズモア Nurse Betty

監督:ニール・ラビュート
出演:レニー・ゼルウィガ−、モーガン・フリーマン、クリス・ロック、グレッグ・キニア、
   アーロン・エックハート、クリスピン・グローバー
カンザス州に住むウェイトレスのベティは連続ソープオペラ「愛のすべて」の大ファン。こ
のドラマの主人公である医師のデヴィッドに憧れ、看護婦になるのが夢だ。店の仲間か
ら看護学校の入学金をプレゼントされ、どうしようもない亭主デルとの現実から抜け出よ
うと思っていた。しかし、誕生日に友人と出かける予定をキャンセルされ、家にいて「愛
のすべて」の録画ビデオを見ていた彼女は、夫が二人組の黒人の殺し屋に惨殺される
のを目の当たりにしていまう。あまりの衝撃に彼女は、現実とフィクションを取り違え、自
分がドラマの登場人物の看護婦だと思い込んでしまう。愛するデヴィッドに会いに、彼女
はロサンゼルスへと向かうのであった…。

レニー・ゼルウィガーは不思議な女優だ。決して美人ではないし際立った個性があるわ
けではない。なのに、なんでこんなに魅力的なのだろうか。ダイナーであの古典的な制
服に身を包み、視線はテレビのデヴィッドにくぎ付けなのにしっかりとコーヒーを入れられ
るテクニック。マシュマロのように柔らかそうな頬。夢見るような瞳。観ているうちにはた
と気が付いた。レニーには、往年のハリウッドのコメディエンヌのような魅力があるのだ。
そういえば、アカデミー賞の時に着ていたカナリア色のアンティーク・ドレスは彼女の真っ
白な肌に映えていて、金髪に赤い口紅の彼女は、40年代のスター女優ヴェロニカ・レイ
クを思わせたのだった。

ベティは、むちゃくちゃヘンな女である。夫が殺されてしまったあまりのショックで、自分の
妄想の世界に入り込んでしまう。そして、凄まじい思い込みの結果、看護婦の扮装をして
病院にもぐりこんで職を得、ひいてはデヴィッド役の俳優ジョージ・マクコードのところまで
やってきて求愛までしちゃうんだから凄すぎる。もちろん、デヴィッドという人間は現実には
存在していない、ドラマ上のキャラクターだということにも気がついていない。はっきりいっ
て彼女はちょっと気が触れているのだ。そんなエキセントリックな女性なのに、観客はこの
ベティが可愛いくてしかたなく見えて、応援しなくっちゃ、と思うことだろう。それはすべて、
彼女の決して過剰にはならない絶妙な演技と、自身の魅力の賜物だ。

一方、彼女を追いかける二人組の殺し屋。一応、名目はベティの夫が騙し取った麻薬が
彼女が乗っているクルマのトランクに入っているのでそれを取り返すという口実がある。だ
けど、彼らが彼女を追う理由は別にあったのだ。二人のうちの年長のチャーリーは、彼女
の姿を探すために使った写真を見ているうちに、彼女にすっかり惚れこんでしまったので
ある!チャーリーも、ベティほどではないにしても思い込みの激しい人物だった。殺しの現
場で一瞬目撃しただけの彼女の人物像を勝手に作り上げてしまう。グランドキャニオンで
野宿した彼は、ベティと踊るシーンまで妄想してしまうのだ!チャーリーを演じているのが
かのモーガン・フリーマンであるところから、決して若くはない。それどころか、もう隠居し
てもいいような年なのに、若い女性に恋慕してほとんと色ボケ状態なのだ。こんな間抜け
な殺し屋、見たことない!そしてそれをたしなめようとする子分のウェズリ−とのやりとり
がまた可笑しい。(この二人の関係は映画の中で明らかになるのだけど、なるほど、うま
いオチを見つけたものだ)それゆえ、彼はベティの夫をとても残酷に殺してしまったのに、
魅力的で紳士的ですらある人物に見えてしまうのだ。これも、モーガン・フリーマンの持ち
味に拠るところが大きいが。

そのほかにも、ベティがロサンゼルスで家に転がり込んだラテン系娘とか、ベティが途中
で立ち寄ったアリゾナのバーのマダムとか、失踪したベティを探す新聞記者(クリスピン・
グローバーが怪演)など、美味しい脇キャラがそれぞれの魅力を発揮している。また、ベ
ティの憧れのデヴィッド役の俳優ジョージを演じるグレッグ・キニアの絶妙の安さがたまら
ない。病院を舞台にしたドラマで、そしてジョージという名前で、しかも自分でエピソードの
監督をやりたがり、さらには生放送を企むというのは、思いっきり「ER」のパロディになって
いるのだ。そして、彼もまた、不思議な女ベティの虜となる。

どんなことがあっても、少々気が触れていても、夢に向かって純粋に突き進むベティ。カン
ザスから出てきた「オズの魔法使い」のドロシーさながらの彼女は、いつしか夢見ていた
ドラマの世界そのまんまの人生を生きることになってしまうから凄い!本当に彼女の夢が
現実を変えていき、夢が現実そのものとなったのだ。ついに彼女に追いついたチャーリー
は、彼女にひとつ贈り物を与える。「君には、君自身というかけがえのないものがある」と
いう言葉だ。彼女は、そのとおり、自分自身が信じた夢に従って生き、そして幸せを手に
入れる。

てなわけで、スリルとオフビートなユーモア、甘い夢とシニカルさが絶妙に入り混じった不
思議な作品の出来上がりである。しかしこの絶妙さは、当代一のコメディエンヌ、レニー・
ゼルウィガーなしでは決して成り立たなかったに違いない。ひとつだけ文句をつけるとした
ら、冒頭の殺人シーンがあまりにも残酷すぎることだろうか。いきなりベティの夫の頭の皮
をはぐんだもの。ここでかなり引いてしまったのは事実。そこさえなんとかなれば、こんなに
「うまい!」と思わせられたコメディ映画は近年なかっただろう。