千と千尋の神隠し

監督:宮崎駿
声の出演:柊瑠美、入野自由、夏木マリ、内藤剛士、沢口靖子、菅原文太

住み慣れた街を離れて田舎に引越しする10歳の少女・千尋は、その途中に両親と
ともにトンネルの向こうにある不思議な町に迷い込む。無断でご馳走を食べた両親は
豚に変えられてしまい、千尋は湯婆婆(ゆばーば)に名前を奪われ、神々が浮世の
垢を落としに来るお湯屋で働くことになる。美少年ハクや釜炊きの釜爺、先輩のリン
と出会い、必死に働くことを通じて、千尋の中の何かが変わっていく。

10歳の女の子に向けて作ったと宮崎駿が語ったように、難解なメッセージ性の一切
ない、わかりやすいお話になっている。宮崎は「これは千尋の成長の物語ではなく、
本来持っている力に目覚めるお話だ」と言ったそうだ。が、最初はブータレていて不
細工で無愛想な千尋が、お湯屋で働くうちに、一生懸命働くことの大切さや礼儀作
法、前向きに生きることの大切さを学んでいくというプロットは、どう考えても成長物
語のように思えてくる。

千尋が働くことになるお湯屋のある世界は、人間が本来はいてはならない場所であ
り、八百万の神々の安息の場所なのであるのだが、しかしそこに登場する人物?た
ちは現代社会の縮図になっている。湯婆婆は強欲な女で、息子「坊」を甘やかして育
てている。その結果坊は自分で立ったり歩くことが出来なくなるほど太ってしまい、引
きこもってしまっている。お湯屋に迷い込む「カオナシ」は蚊の鳴くような声で弱弱しく
話し、千尋や他の神様の歓心を買おうと金をばらまく。その上、気に入らないことがあ
るとすぐキレて、周りのものを呑み込んで膨れ上がるというのも、他人とコミュニケーシ
ョンできなくてすぐキレる若者を象徴させたものだろう。そもそも、千尋に金を渡して歓
心を買おうとするのは、援助交際しようとするオヤジと一緒だとも言える。そう考えて
いくと、このお湯屋というのは「神々が垢を落とすところ」という聖なる場所でありなが
ら、遊郭のようでもあり、湯婆婆は「遣り手婆」だというふうにも考えられるのだ。

このお湯屋「油や」の中に集う神々のキャラクター造形の奔放さには惚れ惚れする。
釜炊きの釜爺は休むことなくずっと働けるように、腕が6本もあるし、ボイラー室で石
炭を運びこんぺい糖が大好きなススワタリなどの細かいキャラクターもぬかりがない。
神様も、大根の神様のおしらさま、ヒヨコの神様のオオトリさま、なまはげ型のおなま
さま、春日大社のお面の顔をした春日さま。極めつけは、河川の汚れを吸い取って汚
れきっているオクサレさま、とそれぞれの神様の姿が面白い。宮崎駿の無限の想像力
の世界を堪能させていただいた。まるで見世物小屋かお化け屋敷に迷い込んだみた
いで、これらの神様たちを見ているだけでも、十分満足してしまった。人間は決して入
ってはならない不思議の町、強欲を発揮してしまうと豚に変えられてしまうなど、ちょっ
と不気味で少し怖い悪夢のようなファンタジー世界は純粋に面白いし、余計なメッセー
ジ性がないのもかえって良かったと思う。

ただ、あちこちで指摘されているように、起承転結の形になっていないと言うか、クライ
マックスがない映画である。あえてクライマックスがあるとしたら、湯婆婆の姉銭婆の
所に千尋が向かっていき、そしてハクのために鍵を取り戻そうとするシークエンスであ
るはずなのだが、この部分が全然盛り上がらなかったのが、期待に反していたのだ。
ハクというキャラクターも本当に美しい中性的な少年で、しかも竜に化けて傷ついた姿
といったら、思わず目にハート、ってくらい妖しくて綺麗だったのだけど、結局どういうキ
ャラクターなのががよくわからなかった。

それでも、もとの世界に戻っていった千尋が、ほんの少しだけど成長した姿が見られ
て、ブータレているだけの女の子ではなくなったのは良かった、良かった。もっと明る
くて元気そうな姿が見たい気もしたけれども。(それにしても、千尋役の声優のへたく
そなこと!本当に子供に演じさせているのだけど、プロの声優のほうが良かったので
は?)

しかし、一見10歳の子供向けに作っているように見えながらも、お湯屋は実は遊郭だ
ったのではないか、とか湯婆婆の部屋のキッチュな怪しさとか、千尋が見せる尋常で
はない大粒の涙とか、実はかなりヘンで歪んでいる理不尽な部分があるのは、非常
に魅惑的である。とりあえず、2時間は「なんだかよくわからないけどすごく不思議で
魅力的な夢の世界」の中で浮世を忘れ、心を遊ばせることが出来るのだから、たいし
た作品なのだろう。オチやクライマックス、メッセージ性がなくても、面白い映画にする
ことができるという手本みたいな作品だ。ものすごくエポックメイキングな作品だとか、
映画史上に残るような映画とは思えないけど。

点子ちゃんとアントン Punktchen unt Anton

監督:カロリーヌ・リンク
出演:エレア・ガイスラー、マックス・フェルダー、シルヴィー・テステュー、ユリアーネ・ケーラー

本名はルイーゼの点子ちゃんは、小さい頃本当に小さかったので、「点子ちゃん」とい
うあだ名に。高名な心臓外科医のパパと、国連のボランティア活動に熱心なママと、
大きな家でリッチに暮らしている。一方、アントンはシングルマザーのママと小さなア
パートに住んでいる。そんな境遇の違いがある二人だけど、大の仲良し。アントンの
ママは病気になってしまったので彼が代わりにアイスクリーム屋で働き、点子ちゃん
の家庭教師ロランスのボーイフレンドもそこで働く。アントンの家は貧乏で大変だけど、
大忙しの両親になかなかかまってもらえない点子ちゃんは、彼がちょっぴりうらやまし
い。アントンは、死んだと聞いていたパパが実は生きていたことを知り、ママの治療費
をもらうために家出して探しに行く。そして、点子ちゃんは両親が出かけた隙に、街で
歌って踊ってアントンのためにお金を稼ぐのだが…。

まったく境遇は違うけど、大の仲良しの点子ちゃんとアントン。お金はあるけど両親が
不在がちで寂しい点子ちゃんと、優しいお母さんがいるけれども、お母さんの治療費
すら出せないほど貧乏なアントン。二人は、子供なりにけっこう深刻な悩みを抱えてい
て、思わず点子ちゃんの家から金のライターを盗んでしまったアントンのかわいそうさ
には貰い泣きしそうになってしまった。でも、子供二人のさみしさや悩みを描いた映画
なのに、全体的には軽快で楽しい映画になっている。なんといっても、音楽の使い方
が素晴らしいのだ。前作『ビヨンド・サイレンス』でもグロリア・ゲイナーの「I Will Survive」
を巧みに使ったカロリーヌ・リンク監督は、ここでも「バローレ・バローレ」をホームパー
ティの準備のシーンに使って躍動感を出したり、点子ちゃんが地下道で歌を歌ってお
金を稼ぐところでは、まるでミュージカルのように、浮浪者や通行人まで歌って踊って
とても幸せな気分にさせてくれるのだ。アイスクリーム屋さんの陽気なイタリア人たち
のパーティのシーンなども、そういう幸せな気分を盛り上げてくれる。

利発な点子ちゃん、お母さん思いのアントン、と二人ともとても賢くて自立している子供
であるのもいいが、脇役も非常に魅力的だ。家庭教師のロランスはフランス娘らしく、
明るくて活発で、でも遊び好きで男の人に弱いのが玉に瑕の可愛い女の子。(『ビヨン
ド・サイレンス』のララ役を演じたシルヴィー・テステュー)そして点子ちゃんの家の家政
婦のベルタおばさんは温かくて、優しくて点子ちゃんの母親代わりになってくれるだけ
でなく、家に忍び込んだ泥棒までも撃退してくれる、頼りになる人。ロランスの弱みに
付け込んで侵入してきた彼女のボーイフレンドを、思いっきりやっつけてしまうエピソー
ドは最高に笑える。そしてアントンのお母さんは、夫に捨てられ一人で息子を育ててい
るけれども、元サーカスの芸人で影絵も得意、とても愛らしい女性だ。点子ちゃんもア
ントンも、このように欠点はあるけれども善良な大人たちに見守られて、大変な境遇の
中でも心豊かに、まっすぐに育っている。

さて、問題なのが、点子ちゃんの両親。高名な心臓外科医のお父さんは学会で飛び
回り、いつも大忙し。国連ボランティアで、雑誌の表紙にまで登場するほどの有名人
であるお母さんは、アフリカなど発展途上国を駆け回り文字通り世界をまたにかける
大活躍をしているのだが、家のことはそっちのけ。珍しく夫婦が二人で家にいるときも、
パーティやオペラなど社交に忙しくて、点子ちゃんのことなんてすっかり忘れてしまっ
ている。しかも、お父さんはお母さんが家庭そっちのけであれこれ忙しいことを快く思
っていないので夫婦喧嘩は絶えない。その上、このお母さんったらナチスの女看守み
たいな金髪の怖いおねいさんで、アントンが盗んだライターを返しにアントンのママが
やってきたところ、容赦なく「子供でも、絶対許せない、あんたは母親失格よ」」か怒り
狂っていたりして。誰がどう観ても、アントンのママ=貧しいけど健気でその上愛らし
く優しい女性、点子のママ=ボランティアきちがいの鼻持ちならないキャリア女、とみ
んなアントンのママびいきになることだろう。

だけど、もう21世紀だというのに、そんなふうに点子ちゃんのママを一方的に悪者に
した描写でいいのかとふと疑問に思ってしまった。仕事をバリバリやるお母さん=悪
という図式は、ちょっと女性の監督作品にしてはあまりにも時代遅れではないか?
しかも、最後には点子のお母さんは子供のために長期出張を取りやめにしてしまう
のだ。たしかに、点子のお母さん、自分の娘が母親の愛情に飢えて寂しがっている
のにそのことに全く気がつかず、アフリカにいる他人の子供にばかり注意を払ってい
るのはあまり誉められたことではない。でも、母親ならば、当然、自分の子供の子育
てとキャリアの両立について葛藤しているはずなのだけど、その辺が全然描かれて
いないのは、ちょっと浅いのではないかと思ってしまうのだ。子育てそっちのけで国
連の仕事に邁進するには、きっと理由があるはずなのに、説明が全くされていない。
点子ちゃんのお父さんにしても、仕事が忙しくて子供を構ってあげていないという意
味では同罪なのに、母親ほど断罪されていないのは、フェアではないと思う。

映画全体のトーンは非常に楽しくて、しかも内容もしっかりしていて良いだけに、この
お母さんの描写を巡る政治的に正しくない部分が惜しまれる作品だ。最後には点子
ちゃんのママも良い人になって、アントン親子と点子ちゃん一家が仲良くなるからまだ
救われてはいるのだけど。ラスト、二つの家族が点子ちゃんの家の別荘がある海岸
に出かけて海辺で遊ぶところ、点子ちゃんが「幸せで、胸がいっぱい」と本当に幸せ
そうにつぶやくところに満ち溢れる暖かい空気は最高に素敵だ。だから、せめて点子
ちゃんの母親に対しては、もう少しシンパシーを持って描いてあげるべきだったんじゃ
ないか、それさえちゃんとしていたら、満点に近い本当に幸福な作品になったのに残
念、と思う。いくら原作が1930年代の作品とはいっても、現代に置き換えているんだ
からそのあたりは、ちゃんと時代性を持たせないと。