監督:マイケル・ムーア
さて、現在話題沸騰中の本作。ちょうど公開日にニューヨークに滞在していたので、盛り上がっている現場で観たい!と映画館に駆けつけた。公開直後ということもあり、テレビでも連日この映画について報道されており、全米チャートでも1位を記録しただけあって映画館は大盛況の上、テレビカメラも来ていて観客にインタビューするなど社会的な現象を感じさせる盛り上がりぶり。上映が終わって劇場を出たら、ジョン・ケリーの支持者たちが、彼を応援するコンサートのチラシを配っていたが、出演者がメアリー・J・ブライジ、ジョン・ボン・ジョヴィ、ウーピー・ゴールドバーグなど実に豪華。(このコンサートでブッシュ批判をしたウーピーがCMを降ろされるという後日談つき)
映画そのものの内容は、想像していたよりずっと真摯なメッセージを伝えていた。もっとブッシュを茶化した内容かと思ったら、そうでもない。
もちろん、ブッシュを大統領の座から引き摺り下ろすことがこの映画の目的、とマイケル・ムーアが語っている通り、冒頭はいかにブッシュがアホで間抜けな大統領であるかというエピソードから始まる。フロリダの開票の結果?大統領の座についた彼を出迎える生卵攻撃!こんな映像を見るのは初めてだ。就任後の低支持率を受けて彼が採った対策は休暇を取ること!そんな矢先に起きた9.11テロ。カメラは、第一報を耳打ちされてからも小学校で延々と絵本を読みつづける間抜けな彼の姿を捉えている。
テレビ映りを気にしてメイクされるラムズフェルドやチェイニーやライスの姿を次々と映し出し、朗々と歌を歌う間抜けな姿なども見せてて、権力の座にある人間のこっけいな姿を見せている。そう、ムーアのユーモラスな語り口は健在だ。ヒステリックに訴えるよりも、笑いで真実を見せたほうがよほど効果的であることを彼はわかっている。
続いて、ブッシュ家とサウジの王家やビンラディン家との深い関係を暴き、軍需産業が戦争で大もうけしている現実を見せる。テロの直後にビンラディン家の皆様をアメリカから出国させるなどのとんでもないことが行われていたことも明かされる。
このあたりは、よく調べたとはいえ、予想の範囲内の内容であった。
しかし、この映画の核心は対イラク戦争についてだ。アメリカの攻撃によって多くのイラク市民の命が無慈悲に奪われているということについて、マスメディアはあまりにも明らかにしてこなかった。この映画では赤ん坊の死体や大怪我をした子供の姿も多数登場する。同時に、イラクで戦っているアメリカ兵のかなりの数が戦死したり、ひどい傷を負って帰っているのだが、そのこともあまり報道されない。それどころか、星条旗に包まれてアメリカに帰ってきた棺の写真を撮影した軍のスタッフは解雇された。大マスコミは、これらの事実をひた隠しにしょうとしていたし、政府側からの締め付けもあった。
話は前後するが、この映画の中で衝撃的なエピソードとして、テロに対する戦争でとばっちりを受けた市民の証言がある。そこらへんのおばさんがスポーツクラブのサウナでブッシュの悪口を言っただけで、FBIが調査に乗り出したという。それも、「ブッシュはフセインよりももっとassholeだ」という、飲み屋とかで話すようなレベルの一言で、だ。これは思想や言論の自由を封殺しているというとんでもなく恐ろしいことだ。とても民主主義国家のやることとは思えない。まさに“自由の敵”ってやつだ。
話を戻して、根拠のない“大量破壊兵器がイラクに存在している説”に基づいて始まったイラク戦争では、イラク側も、アメリカ側も深い傷を負ったということをこの映画では描いている。『ボウリング・フォー・コロンバイン』で、マイケル・ムーアは自動車工場が閉鎖され不景気に陥った自分の故郷の姿を描いた。そして『華氏911』では、不景気で職のない貧しい地域の若者たちが、そこからの脱出を夢見たり、それ以外に働き口がないという理由で軍に入っている現実を炙り出す。(そういえば、イラク人捕虜を虐待した女性兵士も、貧しい地域の出身で、大学に行く奨学金を得るために軍隊に入ったということだった) 軍は、入隊すれば大学に行ける、資格が取れるといった甘い言葉を並べて職のない若者を勧誘する。しかし、これらの貧しい若者たちは、自分たちよりさらに貧しいイラクの市民を殺しに行っているというのが現実だ。そして彼らはそんなイラクの子供や市民を傷つけたという罪の意識にさいなまれたり、手足を失うなどの深い傷を負ったり、さらには棺に入って帰ってくる。いつだって、犠牲になるのは弱い人たちなのである。そして強きを助け、弱きをくじくのがブッシュ政権 というわけだ。日本人人質が犯人グループに銃を突きつけられておびえる姿や、ファルージャでアメリカ人が襲撃され、黒焦げの死体を吊るされてしまった事件など、つい最近の出来事すらも映画に取り入れられているという時事性にも驚いた。
『ボウリング・フォー・コロンバイン』では、コロンバイン高校事件で体が不自由になってしまった生徒を伴ってマイケル・ムーアは犯人に銃弾を売ったKマートに乗り込んだ。一方、この映画では、二人の子供を軍隊に入隊させた愛国的な母親が登場する。だが、彼女の息子は、ブラックホークの墜落事故で亡くなってしまう。戦場でのおびえる気持ちを綴った息子の手紙が切ない。そして愛国者だった母親は、ホワイトハウスの前で抗議活動を行うようになるのだ。一人の人物の行動を核にして観客に共感を求めるというマイケル・ムーアの手法はここでも成功している。
そして「アポなし突撃取材」で名を成した彼が本領を発揮したのが、国会議員たちに軍の入隊志願書を持って直撃し、「あなたのお子さんもイラクに参戦させましょう」と呼びかけるくだりだ。ここで彼は用紙を突きつけられて逃げ回る議員たちの情けない姿をカメラで捉えている。ぜひともマイケル・ムーアは国民にろくな説明もなく多国籍軍に自衛隊を参加させようとしている某首相に、迫って欲しいと思う。首相の芸能界にいる息子こそ、イラクに行くべきなのだ。
映画のエンドクレジットで観客が拍手をこの映画に送り、エンドクレジットでも席を立つ人がそれほどいなかったのが印象的だった。きっと日本でも同じ風景が繰り広げられることであろう。