ジョー・ブラックをよろしく Meet Joe Black


監督:マーティン・ブレスト
出演:ブラッド・ピット、アンソニー・ホプキンズ、クレア・フォラーニ

交通事故で亡くなった青年の体に死神が乗り移り、死期が迫っている富豪
の家に居候する。ところが、富豪の美しい娘スーザンは、偶然、青年が亡く
なる前にコーヒーショップで出会った女医だった。かくして、死神ジョー・ブ
ラックはスーザンと恋におちる。

珍しく美しく撮れているブラッド・ピット、そして彼にひけを取らず、輝くばか
りの美しさのクレア・フォラーニ。豪邸の調度品も美しく、クラシックで端正な
映画。人間の体を借りていても、ジョー・ブラックは死神で人間の世界には
まるで無知だし、愛も知らない。だけど、その無垢な様子が魅力的。
そして、彼は少しずつ人間の世界に慣れ、人の生の儚さ、愛の素晴らしさに
目覚めていく。

良質な作品である。だけど、大きな欠点がある。とにかく長い。長すぎる。
途中、すっかり退屈して時計ばかり見てしまった。これが2時間半だったら
評価はとても高くなったのに惜しい。アメリカでこけてしまったのもわかる
ような気がする。それに、ラブシーンが必要以上に多い気がした。

アンソニー・ホプキンスの渋さ、そして金持ちなのに朴訥で好感の持てるス
ーザンの姉夫妻、と役者は揃っている。ラブロマンスというよりは、アンソニ
ー・ホプキンスの娘、そして人生への思いのほうに引き寄せられた。コーヒー
ショップの若者がスーザンに惹かれた理由は良くわかるのだけど、なぜ死神
がスーザンに惹かれたのか、その理由は十分描かれていなかったような気
がする。尊大な死神より、コーヒーショップの若者の素朴さの方が好ましく
思えてしまう。

ラストのパーティのシーンはノスタルジックな音楽、絢爛たる花火、ゴージ
ャスな演出に加えて美男美女と、ため息が出るようなドラマティックさが圧
巻。この素晴らしいシーンを通して、人間、人生へのいとおしさが描かれて
いる。

ワン・ナイト・スタンド One Night Stand

監督:マイク・フィッジス
出演:ウェズリー・スナイプス、ナスターシャ・キンスキー、ロバート・ダウニーJr、
    ミンナ・ウェン、カイル・マクナクラン

LAに住む、社会的に成功しているCMディレクターマックス(ウェズリー・スナイ
プス)は、HIVに感染している親友チャーリー(ロバート・ダウニーJr)に会いにNY
に行く。5年ぶりに会う彼は無惨にもやせ衰えていた。そして、ホテルで偶然出
会った人妻カレン(ナスターシャ・キンスキー)と一夜だけの恋に落ちる。LAに戻
った彼は妻(ミンナ・ウェン)や子供たちとの幸せな生活や、高収入な仕事、華
やかな社交に少しずつ疑問を感じ、違和感を残していく。そして、末期エイズ患
者となってしまったチャーリーの病室で、彼の保守的な兄(カイル・マクナクラン)
とその妻であるカレンに再会する。死の恐怖におののくチャーリー。しかしその
横で、ふたたびマックスとカレンの恋の炎も燃えさかっていた。

死を目前にしたチャーリーを見て、生きることとはなんだろうか、一度きりの人生
をどうやって生きていこうかとマックスは自問する。そして、その苦悩は良く描か
れている。少しずつ生活の歯車が狂いだし、何もかもうまくいかなくなっていく様
が絶妙だ。もともとアクション・スターという印象が強いウェズリー・スナイプスだが、
ここでは繊細な演技を見せてベルリン映画祭で主演男優賞も受賞した。
ただ、自分の思うとおりに生きるというのが、不倫の恋というのはちょっと、と
いう気もする。恋の描かれ方が、あまりにもあっさりとしていて、不倫の苦しみ
とか熱い思いが今ひとつ伝わってこないのだ。「人生をいかに生きるべきか」
という葛藤はうまく演出されているのに。「リービング・ラスベガス」ではあれだ
け哀しく純粋な情熱を描けていたマイク・フィッジズ監督だったのだが。
NYでの出会いの場面のドラマティックさやドキドキする感じが、後半持続しな
かったのが残念。

「生」の象徴である「恋愛」とは対局に位置しているチャーリーの「死」。死を目
前にし、痛みにももがき苦しむ彼だが、それよりも果てしない恐怖におののいて
いる。夜明けがやってくるとき、果たして明日の朝、自分は生きているのだろう
かと心を震わせている。彼にはこの夜明け前の時間が一番つらい。この恐ろし
い孤独感をロバート・ダウニーJrは実にリアルに、見事に演じている。この対比
がもう少しかみ合えば、傑作になっていたかもしれない。映像も光と影の対比が
スタイリッシュで美しいだけに、惜しい。

アイ・ウォント・ユー I Want You

監督:マイケル・ウィンターボトム
出演:レイチェル・ワイズ、アレッサンドロ・ニヴォラ
賛否両論出ている作品だが、どうやら私のツボにははまったらしい
です。やっぱり、ウィンターボトム作品は好きみたい。

映像の美しさは特筆ものです。ロングショットを多用し、屋外のシーン
は黄色っぽく、室内のシーンは暗みのある青がかかっていてミステリア
スな雰囲気を作り出している。一つ一つのカットが絵になっている。ヘレ
ンが青いプールの中で泳いだり、死体が水の中に沈んでいく様子も脳裏
に刻みつけられる美しさ。音楽も素晴らしい。タイトルと同じエルヴィス
・コステロの「アイ・ウォント・ユー」のもの悲しい、レコードが血を流
しているような響き、劇中で難民少年ホンダの美しく奔放な姉が歌う
浮遊感のある歌。出演俳優の顔もみんな好み。

話の筋はあっても、何らかの謎解きがあるわけでもなく、ここに至るま
でにどんな心理に基づいて、どんなことがあったのかの饒舌な説明があ
るわけではない。ただあるのは、「アイ・ウォント・ユー」あなたが欲
しいという痛ましいまでの気持ちだけ。「アイ・ウォント・ユー」と言うところ
の、「ユー」というのが特定の人物を必ずしも指していないというのが、
この映画のミソであり、かつやるせなさを増幅している。
まるで、同じくウィンターボトム作品の「バタフライ・キス」のユーニス
が人殺しを重ねながらも追い求めていた「ジュディス」のように。
母を失った喋らない少年ホンダ、誰とでも寝るホンダの姉スモーキー、
マーティンを愛しているのだけど彼の気持ちを受け入れられるはずも
ないへレン、そして絶望的な愛をヘレンに捧げるマーティン・・。
「あなたが欲しい」という激しい気持ちがあるにも関わらす、その対象
すら定まらず、ただ思いだけが決して満たされることなく増幅されてい
く。その思いが観客に伝わっただけで、この映画は成功したと言える。

ウィンターボトムの映画では、厳しい状況の下、まわりからどこまでも
孤立した人々が内なる戦いを戦っていくところが描かれている。愛も
また戦いなのだ。

イン&アウト In & Out


監督:フランク・オズ
出演:ケヴィン・クライン、ジョーン・キューザック、マット・ディロン、
   トム・セレック

同僚(ジョーン・キューザック)との結婚を控えた田舎の実直な高校教師ハワ
ード(ケヴィン・クライン)。彼のかつての教え子で今やハリウッド・スター
のキャメロン(マット・ディロン)が、オスカーの授賞式で「恩師にこの賞を
捧げます。彼はゲイでした」とスピーチし、平和な街は大騒ぎ。テレビのレポ
ーターは押し掛けるわ、母親を始め街中の人々から好奇の目で見られるわで大
災難。果たして彼は無事に結婚できるのだろうか?

笑えるところの多い映画ではある。アカデミー賞授賞式でのノミネート作品「
くそじじい」「老いぼれ」「沈黙のバカ」も爆笑ものだった。だけど、予告編
で美味しいところを全部やってしまった。特に「男を磨くレッスン」でのケヴ
ィン・クラインの踊りは最高なのだが、予告編であそこまでやられたら否が応
でも期待が膨らみすぎてしまう。
ゲイとはこういう人である、というステロタイプが全部出ているのが笑えると
いうかなんというか。バーブラ・ストライザンドやライザ・ミネリが好きとか
ビレッジ・ピープルを聴くとか、清潔好きだとか。ゲイ全員が全員そうだとは
思えないけど。

ウェディング・ドレスを着るために34キロダイエットしたという設定のジョ
ーン・キューザックって相変わらずかわいいし女心のいじらしさを見せてうま
い。母親役のデビー・レイノルズもかわいくてよかったし、トム・セレックの
レポーターもいい。役者は揃っているのだが、どこか物足りない。そもそも、
なぜ授賞式でキャメロンは「ハワード先生はゲイでした」と言ったのだろうか
?この疑問が最後まで解けないから、すっきりしないのだ。せっかく面白い題
材なのに毒の効き方も甘い気がする。

オープン・ユア・アイズ Abre Los Ojos

ハンサムで金持ち、女にもてて何一つ不自由なく生きている青年セサル。
しかし、ストーカーのようにつきまとう女ヌリアの運転する車が事故を起こし、
女は死に彼はふた目と見られぬ顔となってしまう。絶望のどん底に落ち、
愛する女性ソフィアに一度は冷たくされたけど、やがて和解して愛を取り戻す。
手術によって顔も元通りになったはずだったが、それは彼にとって、新たな
悪夢の始まりだった。

夢と現実が迷路のように交錯し、クラクラするような作品。恋人の名前ソフィア
を名乗るのは、死んだはずだった女ヌリア。彼のプライドを形作っていたはず
のハンサムな顔も、鏡を見ると醜く変形している。一体何が夢で現実なのか。
記憶の中にわずかに残る冬眠カプセル。そしてセサルは底知れぬ悪夢の中
に落ちて行き、運命の歯車が狂い始める。

冒頭、セサルの寝室で「Open your eyes」と目覚まし時計が鳴る。だけども、
彼は本当は目を覚ましていなかったのだ。夢から醒めたとき、彼の身に起きる
こととは何か、それは見てのお楽しみだ。

この映画の面白さは、観ている私たちのほうさえも何が真実で何が夢なのか
わからなくなってくることにある。観客の心理を振り回すことによって作り手が
楽しんでいることがわかる。そして、このような迷宮を作り上げたのがほかな
らぬセサル自身であったという事実に、私たちは戦慄する。恐ろしい運命は
自分自身で招いたものだったのだ。

そう、私たち自身の人生だって、現実ではないのかもしれないのだ。今の人生
が、自分が見たいと思って見ていた夢だったらどうする?見たいと思って見て
いた夢だとしても、それがいい夢になるとは限らないのだ。

凄い才能の出現の場面を見たような気がする。

りんご


監督:サミラ・マフマルバフ

監督はなんと18歳のイラン人の少女。しかし、才能のきらめきを感じさせる
映画である。

12歳の双子の姉妹は、父親によって生まれてからずっと家の中に閉じこめら
れていた。学校にも行かないどころか、言葉すらまともに話すこともできない。
動物に近いような状態だった。

福祉局への通報によって、彼女たちは初めて外の世界に出る。その新鮮な驚き。
アイスクリームを買い、いたずらっ子の近所の少年が差し出すリンゴにつられ
て遠くまで出かける。りんごを市場で買い、公園で知り合ったもう一組の双子
の少女たちと友達になる。少女たちは驚くような早さでいろんなことを覚えて
いく。最初は物を買うというのはどういうことか理解できず、アイスクリーム
売りの少年からアイスクリームを盗んでしまう。公園で出会った少女たちにも
どうやって接していいのかわからないのでりんごで殴ってしまうけど、仲直り
する。いろんな驚きや発見にあふれた、みずみずしい描写で、少女たちの成長
ぶりを描いている。またイラン人の子供ってすごく可愛いのだ。

たとえば日本で、同じように父親が娘を閉じこめておいたら、明らかに虐待に
当たることになるだろう。だけど、父親には全く悪意がない。母親は盲目だし
父親も出かけたりで相手をしてやれない。しかも、父親は「女の子は花で、外
に出すと摘まれてしまう」と思っている。まわりの人たちがこの父親を理解で
きず、この件が新聞にも載ってしまったことに彼は嘆く。この映画は決して父
親を非難したりしていない。あたたかく見守っている。ただ、子供たちは親が
いなくても育ってしまうものなのである、ということだ。

りんごは、おそらく「知恵」や「世界」のメタファーなのではないかと思う。
少年が差し出すりんごにつられて、少女たちは冒険をする。りんごを通じて友
達ができる。リンゴを買うことで世の中の仕組みが見えてくる。対して、彼女
たちの盲目の母は顔さえも一度も見せず、ヴェールで覆ったまま、同じいたず
らっ子が窓から垂らす糸に吊られたりんごを手探りで探そうとするけど、見つ
からない。ファンタスティックでありながら、舌を巻くような巧い演出だ。

そして、なんといってもびっくりなのは、この事件は本当にあった事件で、し
かも父親や双子の娘たちは事件の当事者なのだということ。とはいっても純粋
なノンフィクションではなくフィクションの世界も含まれている作品なのだが、
こんなこと、他では考えられない!