監督/脚本:原恵一
声の出演:矢島晶子、ならはしみき、藤原啓治、こおろぎさとみ、屋良有作、小林愛
春日部市に暮らす幼稚園児しんのすけは、ある日庭から書いた覚えのない、
しんのすけ自身による古い手紙を見つける。翌日気が付くとしんのすけはひとり
森の中。そこを抜けると本物のお侍達が戦いちゅう。戦国時代にタイムスリップ
してしまったしんのすけが、ひょんなことからお侍さん・井尻又兵衛由俊を助け
てしまう。春日城へと連れていかれたしんのすけは、子供達や家来達と仲良
くやりだし、お姫さま・廉姫にも一目ぼれ。追いかけてきたひろし・みさえ・ひま
わりとも再会するが、歴史を変えてしまったしんのすけはどうなるのか!?運命
を変えられた又兵衛はどうなるのか!?
美しい青空を淋しそうな表情で見上げ、澄んだ水を両手で掬うお姫様という、
端正なシーンで始まるこの映画、これが本当に「しんちゃん」なのか一瞬戸惑
ってしまうほどの情緒あふれる場面。このシーンが、見事なまでにラストシーン
と対を成しているという構成には、もう身震いするしかない。
井尻又兵衛由俊と廉姫の恋愛のあまりの美しさには、言葉をなくすしかない。
姫のことをいとしく想っているのに、彼女の名前を聞いただけでポッと頬を染め
てしまう、又兵衛。しんちゃんに「おじさんは結婚しないの」と問われ、「妻や子
がいたら、戦で死ぬかもしれないのに、この世に未練が残る」と言い切ったスト
イックな彼。身分の違う姫とは決して結婚できないことを知っていて、しかも政
略結婚で嫁いでいくだろう彼女の運命がわかっているだけに、彼が密かに彼
女を想う気持ちはあまりにも切ない。鬼の井尻と呼ばれた無骨な武将なのに、
恋愛となるといっぺんに不器用になる姿は、いとおしくなる。いつも空を見つめ
ているから、彼は青空侍と呼ばれている。純真で不器用だが、男の中の男だ。
一方、廉姫はこの時代にあってお転婆で気の強い、凛々しいお姫様だ。やが
て政略結婚で顔を見たこともない人の元へ嫁ぐという運命を知りながらも、又
兵衛への想いを隠さない。しんのすけに「おまえの時代の男女はどのように
恋をするのか?」と大胆にも又兵衛の前で尋ねる。川べりの秘密の場所では
又兵衛の胸に思わず飛び込むが、お姫様にしてはずいぶんと思い切った行
動で、観ている側は思わずドキドキしてしまうほどの、ラヴシーン。そして合
戦のシーンでは又兵衛の無事を祈り、思わず最前線に裸足で駆け出してい
く廉姫の姿は、鈴木清順の戦争映画の傑作『春婦伝』の野川由美子を思わ
せる、清冽な情熱がほとばしる美しさだ。それを追う姫のおつきの人も、「姫
様、いけません!私が止めます」と言いつつも、姫の気持ちを察して結局は
行かせるのである。
そして廉姫の父上であるお殿様も人格者だ。しんのすけの時代はどのように
なっているのかと尋ね、平和な世の中になっていて、戦国の群雄たちは悉く
滅び去っている時代であると聞き、闘うことの空しさを知るのである。そして、
どうせ滅びてしまうならば、と姫の婚礼を断るというのは、立派なことだ。だが
戦争と運命の無常感も同時に漂う。このあたりの侘び寂びというのは、なか
なか実写の映画でも出せない深いものだ。
もちろん、この映画の主役はしんのすけと、野原一家。しんのすけが戦国時
代に旅立ったと知って「しんのすけのいない時代に未練はない!」と大見得
を切って自らの意思でタイムトラベルをするひろし。戦が始まり、無事に帰る
こともできたかもしれないのに、敵の部隊にクルマで突っ込んでいく野原一
家の豪快な助太刀振り。
最後は家族一同で力を合わせて、敵将を降参させるのである。しんのすけ、
男だよな、と思ったのは、勝ち目がないことを知って逃げ出そうとする敵将に
対して、敵の大将の前に立ちはだかったしんのすけが「お前、逃げるのか?
お前のせいでこうなったんだゾ! お前がみんな悪いんだゾ!」と叫ぶところ。
カッコよすぎます。自分の起こしたことに対して責任を取らない人間に向かっ
て言っているように聞こえた。
タイムパラドックスはいつか修正されなくてはならない。つまり、又兵衛は死
ぬ運命にあったところしんのすけに助けられたのだけど、やはり生きている
間はしんのすけは現代には戻れない。歴史は変えられないのだけど、でも、
しんのすけが又兵衛に出会った意味は確かにあった。家族は要らないと言
っていた又兵衛が、しんのすけ一家に会って家族の大切さを知り、そして廉
姫への愛に気づいたのだから。子供向けの映画にしてはあまりにも悲しすぎ
る映画だけど、それでも、子供のうちにこの映画を観られるというのも幸福だ
と思う。もちろん、合戦シーンの正確な時代考証と血湧き肉踊る感覚も見事
に再現されていて、子供向け作品とはとても思えないほど。
特筆すべきは美術の素晴らしさ。戦の夜、花が一輪ずつ吹雪のように散って
いく様子を見て、廉姫は又兵衛の危機を知り、何もかもなげうって駆け出すが
この白い花々が夜空に散っていくところの詩的な、儚い美しさはなんだろう。
敵の軍勢が攻め込んでいき、点々と灯りが春日場に攻め寄せていくところも
はっとした。そして、言うまでもなく、同じ場所で始まるオープニングとエンデ
ィングの、静かで水の音が聞こえてくる川べりの心が洗われるような清々し
い美しさ。最後に廉姫が青空を見つめて「おーい、青空侍」とつぶやくところ
で、もう涙が止まらなくなった。同じ青い空を、しんのすけ一家が500年後に
見つめていて、又兵衛の面影を感じていたから。国は滅びても、人の想いは
何百年も生き続け、そして何百年後にも廉姫の想いはしんのすけ一家に届
いた。感想を書いていても、涙が止まらなくなったよ。