タイガーランド Tigerland |
監督:ジョエル・シューマッカー
出演:コリン・ファレル、マシュー・デイヴィス、シア・ウィグハム、クリフトン・コリンズ
1971年、アメリカがベトナム戦争の泥沼にはまりつつあった頃。ルイジアナ州ポーク基地では、
戦地に赴くため新兵たちが厳しい訓練に耐えていた。ここには、統率を乱す行動をして、毎日の
ように懲罰を受けている若者ボズがいた。上官に対し挑発的な態度を取り続けている彼の行動
は、正しいことを主張できない軍隊の欺瞞を暴いていたのだ。そして、彼は除隊を希望する兵士
を一人、また一人帰還させた。そして彼らは「アメリカのベトナム」と呼ばれる「タイガーランド」へ
送り込まれる。そこは、ベトナムのジャングルでのむごい戦争を再現した、最後の試練の場所だ
った……。
『バットマン&ロビン』『評決のとき』といったビッグ・バジェットの映画を撮っていたジョエル・シュ
ーマッカーが、「ドグマ」方式に影響されて撮った作品。スターは一人も出演していなくて、短期
間、低予算で製作された。ドグマというと、小難しい芸術映画のような印象を与えるが、この作
品に関しては、登場人物の生の感情を捉え、さらに訓練場の生々しさ、臨場感を伝えるのに非
常に効果を与えている。撮影は『π』『レクイエム・フォー・ドリーム』のマシュー・リバティック。人
工的な照明を極力排し、16ミリの手持ちカメラによって撮られているので慣れるまでは画面が粗
い気もするが、時折、非常に美しいシーンが登場する。調理場からボズたちが見上げた月、過
酷な訓練場を若者達が歩き回るところ、色調の変化などに、思わずはっとしてしまう。またこの
手法は、フィクションであるこの映画に、ドキュメンタリーのような被写体を突き放したリアリティ
をもたらしている。ベトナム戦争という歴史上の真実をベースにしているので、非常に有効な手
法だ。
なんといってもこの映画の魅力は、主人公ボズの魅力的なキャラクターだ。彼は反抗的で、日
常的に懲罰房に入れられ、上官に折檻されているが一向に態度を改めない。軍隊の非人間的
な側面が気に入らず、悪態ばかりついている。しかし、彼のその態度は、仲間である新兵達を
守るためのものであった。多くの新兵達は、戦争のことを全く知らず、実態とかけ離れた理想を
描いたり、周りを見返すために軍隊に入り、戦場へと向かう。ベトナム戦争はすでに敗色が濃
厚で、生きて帰ってこられるかもわからないし、ベトナムに行けば多くの罪のない市民を殺すこ
とになるのに、そのことにも気がつかない者ばかりなのだ。ボズは、そんな彼らに、戦争の真
実を伝え、そして、とても戦争に耐えられそうにない者には、除隊する抜け道を入れ知恵する。
しかし、ボズは矛盾を抱えた人物である。彼自身は、これまで人生から逃げてきた男で、ぶら
ぶらしているところを徴兵された。リーダーになる能力があるのに、責任を取ることから常に逃
げていると上官に叱責される。彼自身、何回も軍隊から脱走しようとしている。彼は周囲の兵
士達から一目を置かれ、過酷な軍隊生活を少しでも人間らしいものに改善していく。が、除隊
できた幸運な者たちを除けば、そのことは、兵士達をベトナムという地獄へと駆り立てることに
もなるのだ。そういった矛盾や欠点が、ボズをますます魅力的な男に見せている。
ボズと新兵たちの間につむがれる友情が美しい。親友となるパクストンは、戦争の体験談を小
説にしたいと考えているインテリ学生。酒場で一緒に女の子をナンパしたことから、親しくなる。
セックスの後で「お腹がすいたの」と何回も訴える女の子達を尻目に、男同士の会話に熱中し
て彼女達に逃げられるエピソードが微笑ましい。。この二人の友情にはどこか同性愛的な匂い
もするが、多かれ少なかれ、戦友同士にはそれに近い感情もあるのだろう。
まだ19歳なのに年上の病気の妻と4人の子供達を抱え、小学校しか出ていないカントウェルの
話を聞くときの、見上げた空の美しい月。「この月は、自分も、妻も、そしてベトコンも等しく照ら
しているんだよな」とつぶやいたカントウェル。「神様なんていないんだ」という彼に、ボズは「俺
がお前を除隊させてやるよ」と叫ぶ。また、小隊長のマイターは上官からベトコンにするのと同じ
残酷な拷問を受け、精神的に不安定になる。脱走しようとした彼をボズは止め、マイターのつら
い身の上話を聞き、精神病を理由に除隊する方法を教える。無知ゆえに戦争に向かい、苦しん
でいる彼らを何とか助けようとするボズの態度は、兵士達、そして観客の心を打つのだ。
ベトナムに出発する直前の一週間は、世界で2番目の地獄といわれるタイガーランドでの訓練
だ。ボズに恨みを持つウィルソンは訓練に乗じてボズとパクストンの命を狙っている。彼らを狙
うウィルソンの暗い目の輝きが強烈な印象を残す。以前にもボズの命を狙おうとしたことで別の
部隊に移送されたはずのウィルソンだが、ボズを潰そうとする上官の陰謀で、わざわざ、同じ場
所で訓練させるように仕向けられていたのだ。ここで、ボズは、ウィルソンに暴行され弱ってい
たパクストンのために、最後に大きな決断をするのである。正面から向かっていけば、確実に
ウィルソンに殺されるであろうに、愚直に正面から刃向かって行くのだ。人に対しては励ましを
しながらも、いざ自分のことになると逃げていてばかり、前の日にも逃げ出そうとしていたボズ
が、初めて敵に正面から戦いを挑むのだ。
パクストンを置いて、「戦友とのベタベタした友情なんてご免だから手紙も書かない」と戦場へと
旅立っていくボズの、なんという爽やかな笑顔。なんて魅力的なんだろう。同時に哀しいんだろ
う。戦争を忌み嫌い体制に反抗していたボズも、ベトナムに行ってしまいその生死は不明だが、
きっと彼ならどこかで生きているだろう、と望みを抱かされるのであった。
この作品が素晴らしいのは、実際の戦争のシーンが一切描かれていないにもかかわらず、戦争
の本質が見事に描かれていることである。兵士一人一人の気持ちを押さえつけ、体制への忠誠
を押し付ける。人を殺すことに対する躊躇を失わせる。言葉の通じないベトコンは同じ人間ではな
いし、女子供でも何をするのかわからないので、見つけ次第殺せと教官は教える。そして正しく
なくても上官の命令は絶対服従である。この映画は、そのように人の価値観を狂わせる戦争の
恐ろしさを告発しているのである。そんな非人間的な場所を、すこしでも人間的に変えようと戦っ
た、たった一人の男ボズ。戦争に行きたくない兵士を一人一人除隊させることで、戦争そのもの
に反抗したボズ。矛盾や自分勝手な点を抱えながらも、真のヒーローであると感じさせてくれた。
そして、彼をワイルドかつ繊細に演じたコリン・ファレルのカリスマ性は、スターのものであると思
わせてくれる。
アメリカによる、アフガニスタンへの侵攻が行われている今だからこそ、アメリカ人に観て欲しい
真の反戦映画である。虐殺行為や略奪が行われなかったからといって、他の国に攻め入ってい
いはずはないのだ。この映画の根底には、戦争を行うこと自体についての反抗が、ボズを通して
描かれているのである。